『開かれ』 ジョルジョ・アガンベン 平凡社ライブラリー

 副題には「人間と動物」とある。なんとも中身を説明しにくいのだが、イタリアの哲学者が人間の定義についての思想史を俯瞰しつつ考察した本とでも云えば良いだろうか。博識な著者が案内する「人間と動物の定義を巡るガイドツアー」みたいな感じ。ただし普通のガイドブックにあるようなメジャーなコースではなくて、わざと道を外したり回り道(しかも悪路/笑)だったりする。進んでいく学問領域は人文主義から分類学、生理学に動物学や解剖学と様々。
 古来、キリスト教系の宗教では人間と動物を厳密に区別してきた。そこには、あらゆる動物は神の似姿である人間に使役されるためにある ――という考えが根底にある。となれば、人間(=魂を持つもの)の定義をどうしても明確にしておく必要があり、しかもそれは「動物ではないもの」といった消極的な定義ではなく出来れば「〇〇する存在」という明確なものが望ましい。かようにヨーロッパではこれまで人間と動物を区別するための概念がさまざまに考えられてきたわけだが、残念ながらいずれも上手くいかなかった。
 それは何故か?著者はそれら過去の取り組みによる考察(=「概念装置」)を「人類学機械」と呼ぶ。そしてそこで考察された人間の定義を「機械仕掛けの光学機械で歪められた像」として退け、これまでのものとは違うスタンスで考察していく。数多くの領域を軽やかに横断しながら......。

 具体的な内容に移ろう。本書で取られている方法はフーコーの系譜学の手法。過去からの文献を渉猟し、それらを読み込むことで当時の考えを再構築しようとする。まず取り上げられるのはエゼキエル書にみられる幻視や、グノーシス派の彫刻にある動物の頭部をもつ人々(動物人、無頭人)などの図像。おつぎはスコラ哲学における定義だ。(いずれも古い!/笑)
 たとえばキリスト教で復活した者たちは生前と同じように食事をして排泄するのか?という問題。あるいは性交はどうなるのか?といった難問について、当時の教団がどのように考えたのかを丹念にひもといていく。(自分からしたら正直どうでもいいような気もするが、当時の人々にとっては大問題だったのだろう。)
 そこから見えてくるのは人が「(人として)生きる」とはどういう意味かという問い。つまり終末のときに「復活」するのはどの属性までなのか、あるいはどのような存在としてなのかということ。排泄や生殖といった営みを否定するということは、すなわち自然状態に「生きている」動物の姿を天国から抹殺するということに他ならない。
 “分類学の父”であるリンネによる人間の定義も取り上げられる。本書によればそれは人間とは「自らを人間と認識する動物のこと(意訳)」らしい。これなどはトートロジーっぽいが結構皮肉が効いていて面白い。別の説としては19世紀末のユダヤ系の言語学者ハイマン・シュタインタールによる、「言語の有無が人間と動物を分ける」というのもある。しかしこれらの定義も人間と動物の中間的な存在を考え出すと自己撞着に陥りたちまち破綻していく。(例えば人狼や人熊のような「人獣」と、狼に育てられた少年「動物人」など。)どうやら人と動物の間には、限りなく接近はできても最後にどうしても飛び越えることのできない深い断絶があるようなのだ。ヨーロッパの思想家たちは、結局のところその深い溝をあちこちに恣意的に動かすことしか出来てはこなかったといえる。

 しかし画期的な考察はユクスキュル(*)によってもたらされた。彼の「環世界」の概念は、生物にとって世界は全く違うものだとする認識論や認知科学への道をひらいたものと言える。本書の白眉は何と言っても、ユクスキュルからその後のハイデガーへと至る考察を取り上げた部分だろう。(それにしてもユクスキュルの考え方がハイデガーに影響を与えていたとは知らなかった。言われてみれば確かにハイデガーの云うところの「世界内存在」というのは、まさにユクスキュルが提唱した「環世界」に生きる生物の認識に近いのかもしれない。)

   *…19世紀から20世紀に活躍したドイツの生物学者。『生物からみた世界』が有名。

 ハイデガーによれば、人間と動物を分かつのは動物の「放心」と呼ばれる状態らしい。それは「何かをそのものとして知覚する一切の力を剥奪された状態」だそうだ。(分かりにくいが、何も考えないで受け身の状態のままぼけっとしている感じかな?)
 例えば石のような非生物にとって世界は無いも意味しない。ただそこにあるだけである。次に人間にとって世界とは、様々な目的のためにその都度意味合いを変えて立ち現れるものであって、「世界内存在」とはそのような形で世界を認識・意味づけして状況に応じその都度「開くことができる」存在(=人間)を意味する。それでは動物はどうか。本書によれば動物とは非生物と人間の間で宙つりになった状態なのだそうで、これをハイデガーは「露見なき開示」と呼んでいるらしい。(だとすれば道具を使う猿やカラスはどうなのか?などと思ってしまってはいけないのだろうな。/笑)
 ちょっと余談になるが、ここで思ったことを少し。ハイデガーのこの定義はちょっと恐ろしい考えにつながるものなのかも知れないと思った。世界を意味づける意識こそが人間を人間たりえているものだとすれば、自己意識を持たないまま生きているものや「倦怠」(≒惰性で過ごす無気力状態)に陥った者は、少なくともハイデガーの考える意味では“人間ではない”ということになりはしないのだろうか。そこから脱して未来へ自らを投企していかなくてはならないとハイデガーは説くが、それは動物の「放心」とはいったい何が違うのだろう。いくら両者は根本的に違うと主張しても、外側からは区別できないほどに酷似しているのは否定できない。とすれば(ニーチェの超人がナチスによって曲解され優生学的思想に利用されたように)ハイデガーのこの考えも根本的なところで絶滅収容所へと近づいていく危険を内包するものではないのだろうか。

 閑話休題。アガンベンは、ハイデガーの「動物の放心」と「世界の開かれ」をめぐる関係は、ちょうど否定神学と肯定神学の関係にも似た両義的なものであり共犯関係にあるものだという。そして本書のタイトルでもある「開かれ」(das Offene)とはすなわち“開かれ/リヒトウンク”であり、同時に“無化/ニヒトムンク”でもあるのだと述べる。しごく納得できる意見ではある。彼によれば、ハイデガーは(人間と動物の間の定義という)アポリア/難問を、旧来の人類学機械によって解決できると信じた最後の思想家であったとのことだ。うーん、なんだか格好いい表現。こういうの好きだなあ。(笑)
 ハイデガーの次にはベンヤミンも取り上げられる。彼の思想はグノーシス派のように自然を(悪しき神に創られた)不完全なものとしてではなく、むしろ至福の原形に据えたものだそうだ。人間は「ある程度まで自然」と重なっており、人間を自然から切り離している要因は「性的充足」であるというのがベンヤミンの見解らしい。うーん、ベンヤミンは殆ど読んでいないからよく解らないなあ。性によって人は、羞恥や嫉妬や隠蔽の智恵を知るということだろうか。(これもまたしっくりこないけれど。)
 人間という概念は、人間自身が恣意的につけた区分でしかないとはっきり認める方が理にかなっているような気もするな。ただこの考えは、啓典の民であるキリスト教徒やユダヤ教徒には受け入れがたいところなのかも知れないが。

 以上、あちらこちらをふらふらと彷徨いながら、「人間とは何か?」について考察を続ける本書を読むことで、久しぶりに頭の体操になった。本書を読むことで単純に答えが見つかるわけでも無いのだが、たまにはこういう事を考えるのもいい。少なくとも様々に交差する考察を読むだけでも充分に刺激的な経験だった。読書の愉しみとはこういうところにあるのだよねえ。
 最後に余談になるが、本書の題名である「開かれ」というのは、すなわち人が人であることの根拠は“自らを外の世界へと開いていく試み”にあるのだということを示しているのかも知れない。アガンベンの主著であるとされる『ホモ・サケル』も読んでみたくなったぞ。

『神道』 トーマス・カスーリス ちくま学芸文庫

 著者はアメリカにおける日本思想・宗教研究の第一人者だそうで、元の本は初めて日本宗教にふれるアメリカの大学生向けの叢書として出版されたものらしい。(失礼ながら)日本人の自分でもよく解っていない神社や神道について、外国の方がどれだけ理解して書いているのかなー?と思いつつ読み始めたのだが、実のところは全くの杞憂だった。「神道」というものがどんな“宗教”であるかについて、アメリカ人にもよく解るように整理して書かれているし、逆に日本人が読むとこれまで気が付かなかったことを指摘してくれるような本になっている。
 本書は通常よく言われるような「神道は宗教ではなく、単なる民間信仰と習俗の集合体である」という紋切型の結論から脱し、神道を日本独特の「宗教」として捉え直すわけだが、そのために著者が引いて見せた“補助線”が面白かった。それはどんなものかというと、宗教を狭義の宗教(=一般的に我々がイメージする宗教)と広義の宗教(=もっと漠然とした信仰心のようなもの)に分けるというものだ。(*)

   *…前者はキリスト教やイスラム教などのように意識の上で「○○教の信者である
      こと」を殊更に強調するものであって「本質主義的宗教(スピリチュアリティ)」
      と呼ばれ、そして後者は日常の生活習慣まで含む“宗教っぽさ”みたいなもので
      「実存的宗教(スピリチュアリティ)」と呼ばれている。

 日本人は無宗教だといわれることもあるし自らそう名乗ることもあるが、それは日本人が自分のことを例えば「敬虔なキリスト教徒のように、宗教的な考えで自分を律したことが無い」と自覚しているからだろう。しかし近所を散歩している時にたまたま行った神社の境内でお賽銭をいれたり、あるいは正月になると神社へ初詣に行ったりするのは、誰もがごく一般的に行っていることだと思う。そういった行為を広い意味での宗教心の表れと解釈すれば、日本人だって一概に無宗教とも言えないわけだ。
 またそんな”ゆるめ”の活動ばかりでなく、靖国神社に参拝したり天皇誕生日に皇居に行って旗を振るような人も一方では存在する。そのような人たちはきっと日本人としてのアイデンティティを、神社や皇室をないまぜにした一種独特な宗教観に求めているような気がしている。
 実をいうとこれまで自分が神道や神社について考えるときには、ずっとこのあたりの話が心に引っかかっていた。なので本書で神道に先の定義を当てはめて、両者を「実存的神道」(初詣派)と「本質主義的神道」(靖国派)のふたつに分けることで明快に説明しているくだりを読んだ時には、胸のつかえやモヤモヤがすっと晴れたようで大変に気分が良かった。

 ついでに本書において説明される日本人の宗教観についても少しふれておこう。
 まず日本人に特徴的な生命観に関してだが、著者によればそれは「タマ」とか「ミ」もしくは「モノ」という言葉で表されるものだそう。「タマ(≒魂?)」というのは外在であり、「ミ(≒身?)」もしくは「モノ(≒“物の怪”などの物?)」と呼ばれるのは内在であるとのことだ。人は外部から到来する「タマ」に触れることで、元から自分の体中に内在していたスピリチュアルなものを活性化させる。ちょっと注意しなければいけないのは、神社の境内にある注連縄や鳥居といった仕掛け自体は決して「人に霊性を与えるもの」ではないという点だろう。それらは霊的なもの(=カミ)と交信するための単なる目印に過ぎないのだ。極論をいえばそこらの道端に落ちている石ころを目印にしたって構いはしない。
 また中国由来の「気」という概念が西洋には無い東洋独特のとても重要な概念であって、精神的でも物質的でもあるため神道でいうタマに近い。「気」といえば陰陽や太極をすぐに連想してしまうが、(西洋のように)聖と俗や善と悪といった形で明確な二項対立を設けていないことが大きな特徴であるとも言える。
 そもそも神道の信仰は、キリスト教やユダヤ教や或いはイスラム教のように、唯一無二の絶対神(ヤハウェ)に対する畏れなどではなく、あくまで自分を取り巻く自然や人智を超えたもの全てに対する”畏怖の念”とでもいうものが主体になっている。しかも”八百万の神”という言葉が示すように、カミは物質(ミ、モノ)に内在することで、結果的にこの世の全てのものに遍在していることになっている。(密教などで云う「山川草木悉皆成仏」の概念に近いのかな?)神は西洋のように外部から圧倒的なチカラでもって到来するものではないのだ。(**)

  **…本書によれば、純粋な“HEART”と“MIND”を併せ持ったものが「まごころ」と
      呼ばれるもので、それは「本当の自分自身であること」を意味する。そして本当
      の自分とは内在性を持つがゆえにカミと重なり合い相互依存する関係にある。
      言うなれば神道におけるカミとは、あらゆるものの中に存在する一種ホログラフ
      ィー的なものなのだ。

 日本に特徴的な宗教観はまだある。例えばケガレ(穢れ)。ケガレは西洋の「罪/sin」すなわち「ルール違反をしてやろうという行為者の意図を含むもの」とは異なり、本人の意図とは関係なく起こる。もっともポピュラーなのは死のケガレと血のケガレで、接触で他の対象へも移るため、祓うには水/火/塩などによる「浄め」が必要となる。大掛かりな方法としては禊(みそぎ)という儀式もある。
 「地域差」というのも重要な要因であるようだ。キリスト教では神の下の平等を謳うように同質感を重要視するが、例えば祭りにみられるように宗教性と地域社会性という相矛盾するものの共存は、世界的にみればマルティグラのようなカーニバルにも見られると著者は指摘している。ともあれ宗教に地域差があることで日本らしさを感じるという逆説的な意識が珍しい。
 あ、そうそう。そういえば本書によれば「宗教」という単語も19世紀につくられたものだそうで、茶道や華道、剣道や柔道といった実践を通じて心理に至る「道(とう)」ではなく、「教(きょう)」という文字を使ったため、実践よりは教義や信条というイメージが強い感じがする。

 ざっととばしてきたが、以上が本書における日本人の「実存的宗教」に関するエッセンスといったところ。こういった様々な感覚を持つことで、日本人は神社の境内にあるご神木を大切にしたり神社の境内にはいると敬虔な気持ちになったりすると云いたいのだろう。何となく解る。
 
 では次に神道を巡る最もおおきな問題である「本質主義的神道」について。
 結論を先に云ってしまうと、日本の神はそもそも①『古事記』『日本書紀』(=いわゆる『記紀』)にある人格神と②自然への畏怖、それに③死者の霊の三種類が存在していた。その中で人格神だけが明治期以降に政府が国家神道を推進していく過程で強調された。(そして戦後は英霊として戦没者が。)すべての問題はそこにある。また神道においては神の直系の子孫であるとされる天皇がいることで、国家が統治の手段として神道を担ぎ出す素地が固まったともいえる。
 本書の第3章からは神道的な考え方がいかに需要されていったかを年代順に紹介していて、そこを読んでいくと天皇と神道のかかわりが解りやすく示されている。ここから靖国神社の現在を考察する第5章までが本書の一番のヤマ場ではないだろうか。(特に日本人にとっては大事な部分だと思う。)
 以下、簡単に流れを紹介しよう。本質主義的な神道の流れは、古くは聖武天皇の命により編纂されたとされる『記紀』により道筋が作られ、聖徳太子によって強力に推し進められた。それによって、タマを通じてカミが全ての人々(日本人)と同一化し、さらに天皇がカミの直系の子孫とされることで、全ての人(日本人)は天皇を敬い且つ天皇は未来永劫その地位に居続けるべき―― という理論がいったんは確立することになる。
 しかしその後の歴史において密教の出現とともに、その流れは大きく後退することになった。なぜなら密教と神道の考えが似ていることで、仏教の最高神・大日如来と神道の最高神・天照大神が同一化(神仏習合)していったから。まさに「神も仏もない」というやつだ。(本来の意味とは違うが/笑)
 こうして17世紀初頭までは神仏習合のままに持ちつ持たれつの関係がずっと続いていくが、その流れに次に決定的な変化が加わったのは徳川の時代。幕府が檀家制度の徹底を図ったことで、まず仏教が世俗化していった。その後、幕府が導入を図った朱子学により仏教が一時的に攻撃を受けたため、神仏習合で仏教と一蓮托生になっていた神道も結果的に弱くなってしまった。次には林羅山による神仏ならぬ神儒習合の試みを経て「主君と家臣の精神的な一体化」といった変貌を遂げ、その後の神風特攻隊などの思想的背景に利用されるに至る。
 また『古事記伝』を記して「からごころ(漢意)」に対する「やまとごころ(大和心)」を提唱した“原理主義者”である本居宣長は、日本独自の価値観を追究する「国学運動」によって当時の神道に大きな影響を与え、その後の“恣意的な修正原理主義者”である平田篤胤や水戸学派の活動により、間接的に尊王攘夷や国粋主義へと道を拓くもととなり、結果、神道は「国家神道」へと変貌を遂げていくことになった。
 最終的にとどめを刺したのは「神社神道」という組織と、それを通じた国家による統制がスタートした時点だろおう。「神社神道は宗教ではない」という強弁で神道を通じた思想統制と国家ぐるみで推し進め、国家総動員での太平洋戦争へと突き進んでいったのだ。
 とまあ、大まかな流れはこんな感じ。なかでも第5章の靖国神社をめぐる考察は圧巻で、非常に参考にもなった。変なしがらみが無く客観的に分析ができるので、靖国を巡る問題のポイント(***)もはっきりと指摘できるのは、本書の大きな強みではないだろうか。

 ***…例えば、1869年の設立以降に国家(および国家と一体である天皇)のために
      死んだ人を祀る目的で作られた点。平田神道(=平田篤胤の解釈による神道)
      の考えを 援用して、国家のために死んだ者は死後に(祀られることで)報われ
      るという仕組み。(これはイスラム原理主義の主張に近い気がする。ただし神社
      神道の場合は、靖国神社に合祀されることでカミと同一化される)

 実存的な宗教としての神道のは人類が普遍的にもつものがあり尊重されるべきだが、本質主義的な神道は国家主義に道を拓くものである―― 著者の主張を要約するとこのような感じだろうか。
 そこで著者は、実存的神道の観点から本質主義的神道を否定しようとするならば、(思想化という)同じ土俵に乗らなくてはいけないと述べる。具体的に言うと「最低限の本質主義的規範」のみを神道の定義とすることで、本質主義的神道に対してひとつの宗教として意見を主張することが出来るというのだ。それは一体どんな規範かと云うと、「天地の創造それ自体を不可思議で畏怖を生じさせるものと考えさえすれば、その人を“神道信者”と(定義)する」というもの。(著者は本格主義を超えるものとして「新本格主義」と呼んで提唱している。)
 おそらく「うさぎ追いし…」で有名な唱歌「故郷」を聴いたときに感じる郷愁や心地よさは、著者の云う実存的な神道の体験に近いのかも知れない。そして水木しげる氏の描くところの妖怪の世界なども。

<追記>
 なんだかまとまりのない文章になってしまって申し訳ない。つかみどころのない鵺(ぬえ)のような宗教である神道を、よくぞここまで分かりやすく分析したものだと思う。今一度客観的に日本人であることを見つめるのに、とても良い本だった。こんなご時勢でもあることだし。
 そういえば話は変わるが、先日職場で地鎮祭に参加する機会があった。修祓(しゅばつ)から降神(こうしん)、献饌(けんせん)に祝詞の奏上と進んで、いよいよ「地鎮の儀(じちんのぎ)」や「玉串奉奠(たまぐしほうてん)」といった儀式に参加している間じゅう本書の内容を思い出して興味深かった。たしかにこれは西洋的なものとは違う、日本独自の宗教なのだなあという思いがしきり。心から信じているというよりは、たしかにもっと日常的な習俗であるような気がする。(個人的には仏教についても同じなんだけどね。/笑)

『神学・政治論(上/下)』 スピノザ 光文社古典新訳文庫

 “危険な思想家”スピノザの『エチカ』と並ぶ代表作。古典新訳文庫はこういう本を出してくれるから偉いよねえ。幻想系作家のラインナップもかなり渋いところを攻めてくるし、翻訳系文庫では今や押しも押されもせぬ立派なブランドに成長した感がある。
 さて本書の著者であるスピノザについてだが、17世紀半ばのオランダはアムステルダム出身のユダヤ人だそうだ。父親から貿易商の仕事を引き継ぎ弟と共同で営んでいたのだが、なぜか24歳の時に地元のユダヤ人共同体から破門された。記録には「劣悪なる意見および行動」が原因とあるそうだが、一体どんな言動が問題となったのかについては、残念ながら記されていないようだ。
 ただ、もしも本書に書かれているようなことを若い頃から述べていたのであれば、当時の価値観からすればひとことで言って “不遜”。破門の原因になった可能性は充分にある。なんせ本書におけるスピノザの考え方は、まるで現代人かと見紛うばかりの合理主義なのだ。聖書や教団の教義を自らの信じるところに従って一切の遠慮なく徹底分析し、納得いかないところは一刀両断のもとに切って捨てている。(もう一つの主著である『エチカ』の方は読んでいないから良くわからない。こちらもいつか読んでみたい。)
 本書は1670年(スピノザが38歳の時)に匿名で刊行されたのだが、その4年後には禁書処分にされている。やはり当時はそれほどに過激な内容だったということだろう。

 いきなり話が飛び過ぎたようだ。まずは本書の内容について紹介をしていこう。
 本書が刊行された1670年といえば例えばフランスではルイ14世の治世、欧州では王政がこの世を謳歌していた時代だ。権力争いにうつつをぬかし腐敗したカトリック教団に、ルターやカルヴァンらが宗教改革の狼煙を挙げてからおよそ100年が経過、徐々に変化の兆しはあったが近代国家の出現はまだこれからといったところ。当時は政治権力と宗教が密接に結び付いていて、自由な意見を述べることが出来ない社会が続いていた。そんな時代の中、スピノザが本書で追求しようとしたのは「不寛容な宗教勢力が(中略)政治権力の中枢部に食い入ってしまっている場合に、思想の自由をどうしたら守り抜けるかという問題」だったそうだ。
 たとえば冒頭には次のような言葉が書いてある。

 「本書は、哲学する(≒理性による思索)自由を認めても道徳心(≒信仰)や国(≒当時の社会基盤である絶対王権制度)の平和は損なわれないどころではなく、むしろこの自由を踏みにじれば国の平和や道徳心も必ず損なわれてしまう、ということを示したさまざまな論考からできている。」

 本書の構成は大きく二つに分かれる。本文は全部で約720ページ(全20章)あるが、そのうち3/4(第1章から第15章まで)が神学論、残り1/4(第16章から第20章まで)が政治論に充てられている。
 まず前半の神学論においては、「論理的かつ自由な思考」が信仰による圧力で捻じ曲げられることが無いよう、哲学と神学を互いに切り離して論じることの重要性が述べられる。そのために彼が行うのは、聖書の記述を理性の目で読み解き、不合理な部分と信仰にとって真に重要な部分を分けて見せること。そして聖書における「誤り」が理性の目によって正されようとも聖書の価値は損なわれないどころか、むしろそれによって神への信仰のうち最も優れた点が逆に際立ってくると主張するのだ。(まあ、そんな事を云ってるから禁書にされてしまうわけだが。/笑)
 もっとも実際に読んでみるとそんなに堅苦しい感じはしない。聖書に示された記述をヘブライ語の原典にまで遡って分析し、それまで伝えられてきた解釈が間違いであることを次々に指摘していく様はなかなか爽快だ。(きっと訳が上手いせいもあると思う。)
 たとえば旧約聖書の「創世記」から「申命記」までの“モーセ五書”について、それらがモーセ本人によって書かれたものではなく、後代の誰かによってまとめられたものであることを記述の不整合から明らかにしていく。「ヨシュア記」「士師記」「サムエル記」など、“モーセ五書”から先の一連の書物についても同様に分析を加え、それらが一人の作者(おそらく「エズラ記」に記されているエズラ本人?)によって書かれたのではないかという仮説を示す。
 このような作業を行うことで、スピノザは聖書の記述のうち「道徳的に手本とすべき普遍的な内容」だけを抽出し、それ以外の矛盾や不整合は奇跡でも神の意図でもなく、単に後世の人による誤りや混乱による間違いであると述べる。そしてそれらの間違った記述を一字一句後生大事に信じ込んだり、辻褄が合わない部分に無理やり理屈をつけたりといった当時の聖書解釈の愚を説く。(これは科学的・合理主義的な立場からすれば至極納得がいく見方で、今でいうテキスト分析の見本ともいえる。)
 彼が主張するのはそれだけではない。明らかな不整合がみつからない歴史上の記述であっても、そこから神の知や愛を授かることは出来ないと断言までしている。なぜなら神の知はその時代や地域に住む集団のレベルに合わせて、彼らが容易に理解できる形で示されるものだからだそう。(親が子供に対して平易な言い方で物事を伝えるようなイメージ。正確ではないこともままある。)それはモーセなど旧約聖書に書かれたヘブライ人たちに対しても同じで、彼らに述べられた啓示が必ずしも普遍的な真理であるとは限らないという、徹底した懐疑の立場を貫いている。
 彼はこの理屈を発展させて、さらにすごい事も述べている。(ユダヤ教の神殿などの)宗教施設はもちろん極論すれば聖書すらも、ただの信仰の手段に過ぎず、神に対する「真の信仰」が時代とともに失われてしまえば、単なる無用の長物もしくは神聖どころか不敬な物と化すことすらあるのだという。(ここまで聖書の記述が否定されると、こんなこと書いて大丈夫かな?と他人事ながら心配になってくる。/苦笑)
 しかし続けて彼は次のように述べる。このように哲学(≒理性)を通じて聖書における誤解や間違いを除くことは、神への信仰を冒涜するどころか、逆に真の信仰への足場固めをすることに他ならないのだと。そして聖書に対して不敬を慎む態度が過ぎると、宗教が迷信に変わり神の言葉のかわりに模造品や創造の産物を敬う羽目に陥るのだと。
 ここまで読んできて実感したのが、スピノザにおいては合理的な精神と神への絶対的な信仰が矛盾なく両立しているのだということ。自分からすれば、この論旨を突き詰めると別に神の存在を信じなくても聖書の内容は全て説明がつくような気もするのだが…。このあたりは現代における信仰の話も同じで、いい加減な仏教徒である自分には西洋社会の知識層の考えが深いところで理解できていない気がする。
 それではスピノザにとって信仰上もっとも大切なものとは、いったい何なのだろうか。本書によればそれは教会でも十字架でも聖書でもなく「神に対する思い」なのだそうだ。それが無ければ神に従う気持ち自体が失われてしまうような、あるいは神に従うつもりであれば必ず想定される類いの、そんな篤い想い。聖書に書かれているような、誰が何年生きたとか使徒がどう布教したといった知識が重要な訳ではない。最高の“神の法”とは「神を他の何よりも愛し」、そして「隣人を自分自身のように愛する」ことなのだとスピノザは言う。
 神こそはこの世において最も完全な存在。従って最も完成された人間とは、神を知的に理解することを何よりも愛し、神の知を喜ぶ人に他ならない。人間にとっての最高の善であり至福とは、制裁や罰を畏れる一心で神に従うのではなく、「神を知ること」と「神を愛すること」と「(神の被造物である)隣人を愛すること」、そして「正義(ひとそれぞれにその人の権利を認めようとするゆるぎない不断の意志)を持つこと」なのだ。以上のことから、彼の考える7つの信仰箇条というものが導き出されてくる。

 1. 神が存在すること
 2. 神はただひとつであること
 3. 神はどこにでも存在すること
 4. 神は至高の権利を持ち、無条件の裁量や特別な恩恵に基づいて万物を支配していること
 5. 神への崇拝と服従の具体的中身については、「正義」と「隣人への愛」をその旨とする
   こと
 6. 神に従う人だけが救われるということ
 7. 神に従わなかった人であっても、悔い改めさえすれば神はその罪を許してくれること

 これら聖書に書かれた記述から導きだされた7つの事柄(信仰箇条)を守りさえすれば、人は神への信仰篤く生きることが出来るのだそうだ。彼にとって大事なのはあくまでも“信仰”そのものであり、(たとえ聖書に書かれている事であろうが)個々の歴史的な出来事というのは、所詮どうでもよい瑣末なことなのだ。すなわち信仰に求められるのはいかに神に従って生きるかということであって、「真理」の探究ではない。それが「道徳心」であるとスピノザは定義している。なお道徳的に健全かどうかの判断は、「神への服従」の実施の程度よってのみ決まるとのこと。信仰の核心についての著者による考察が続く第13章から第15章にかけてが、本書中の白眉とも言えるだろう。

 では次に本書の冒頭にも出てきた「哲学」の概念について。スピノザにおける「哲学」が何かというと、それは共通理念を基礎として自然に導かれる「真理」を究明するものなのだそう。対する「信仰」というのは、先ほどから述べているように、聖書や啓示を通じて示される神の威光に対して服従し、道徳心を持つことに他ならない。つまり彼にとっては、信仰/神学と哲学/理性というのは本来全く違う次元に属するものであって、同列で考えてはいけないもの。一緒にせず切り離して考えるべきものなのだ。
 以上長々と説明してきたが、こういった思考を経てスピノザは信仰と哲学を相矛盾すること無く両立させることが出来たようだ。読み進んでいくうち17世紀とは思えないほどの論理的な考察に感心するとともに、なぜこれだけの頭脳の持ち主が無条件で神の存在を信じているのか疑問だったが、ここまで来て一応納得することが出来た。(*)ただし自分が信じるかどうかは別問題だが。

   *…ちなみに彼は「信仰が理性(論理的な判断)と無関係なのに、なぜ人は神を信
      じるに至るのか?」という疑問に対しても、ちゃんと自分なりの回答を用意して
      いる。本書によればそれは「啓示」なのだそうだ。ここでいう「啓示」とは神が人
      間に対して自らを直接指し示すことであって、スピノザが信仰に対して超自然的
      なものを取り入れるのは、本書では僅かこの一点だけだ。おそらく彼にとって
      これがぎりぎりの選択なのだろう。このようにして一旦啓示がありさえすればあと
      は理性が活躍するし、心情的にも充分に納得した上で受け入れることができると
      いうわけだ。ただしスピノザほどの知性をもってして、「神の存在をなぜ信じるの
      か?」という疑問に対しては最終的には超自然的なものを持ち出さざるを得なか
      ったのはちょっと残念な気もする。信仰を持つ者と持たない者との間には、やは
      り越えられない溝があるのかもしれない。「あらゆる体系はその内部論理では体
      系そのものの矛盾を問うことが出来ない」という、不完全性定理のことをなぜだ
      か思いだした。

 さて、ここまでは第1章から第14章までの神学論についてまとめてみた。ここからは後半第15章からの政治学についてまとめてみたい。
 ここでのテーマをひと言でいうと「哲学する(≒自分で判断する)自由は、実際の国家でどこまで認められるべきか」ということになる。(イスラム原理主義の国でもっと読まれるべきと思うが、発禁になるかなあ。/笑)
 あらゆる隣人を愛するのが聖書の示す道徳的な生き方かもしれないが、現実にはなかなか上手くいかない。そこで必要になるのが理性によって取り交わされる契約ということになる。個人や社会との間に取り交わされるそのような契約が、すなわち政治というわけだ。
 もっとも彼が述べる理想の政治形態というのは、(当時の王権制度を反映して)市民が自らの権利を社会(王や諸侯)に譲渡することが基本となっていて、基本的人権という考え方はまだ無い。また『君主論』にあるような国家同士の政治学も混じっていて、神学論のパートに比べると議論が若干不充分な感じがして歯がゆいところがある。(人間存在の本性に関する分析はホッブズやヘーゲルにも近いところがあって納得感はある。)
 具体的には前半と同様に聖書の分析を通じ、ユダヤ支族の国家存亡の様子などについて考察を加えている。その結果彼が得た結論というのは、「宗教的な指導者(=聖職者)」に政治を仕切る権限を与えるのは宗教にとっても国家にとっても大変有害ということだった。ついで彼は、「至高の権力者(=施政者)」と宗教的な指導者を厳密に分けておくことがいかに重要か、そして市民生活を統治する権利と宗教的な事項の解釈および実施は、聖職者に直接与えるのではなく至高の権力者がしっかりと押さえておく必要があるのだと述べる。
 ただし至高の権力者といえども、個々の人間が心に思う事のすべてを支配する事は出来ない。かといってそれを全て取り締まることなど不可能に近い。(**)そこで国家の安泰を考えた場合、(実際に行動に移さない限りは)考えたり口に出したりする程度は自由にさせ、個人の意見を自由に表明できるようにする施策の方が有効だとする。人々が勝手気ままにふるまう「自然状態」に対して基本的にスピノザは否定的であり、権利を社会に譲渡する方が良いと述べている。しかし、だからと言って人が生まれながらにして持つ「存在し活動する権利」は、(他に害を及ぼさない限りにおいて)極力守られるべき、というのが彼の考えのようだ。
 従って理性によって様々なことを判断する(だけの)「哲学」については、最大限の自由が保証されるべきであるというのが本書の結論となる。だからこそ聖書の記述を合理的な精神で分析し意見を表明するのは彼にとって最も重要な「権利」だったというわけだろう。

  **…歴史的には二十世紀になって思想警察という形で現実化したわけだが……。

 本書の最後に書かれている言葉がとても好かった。
 「自由な国家体制においては抑圧できないはずの判断の自由をそれにもかかわらず根絶したがる人たちこそが、実は国を乱す張本人なのである。」
 訳者解説によればこれは「不寛容な宗教勢力が(中略)政治権力の中枢部に食い入ってしまっている場合に、思想の自由をどうしたら守り抜けるかという問題」なのだそうだが、もっと普遍的なことを述べているような気もしてくる。

<追記>
 上記の話とはまったく関係ない話だが、南方熊楠の云う「大日如来の大不思議」の考えとスピノザの神についての考えは近い気がする。人格神ではなく森羅万象にくまなく広がっている創造的原理のようなものと言えばいいだろうか。またそれを突き詰めて考えると、「人間に対して徹底的に無関心な神」という概念につながるような気がする。スタニスワフ・レムが好んで取り上げたモチーフだが、西洋的な知性は最終的にそのあたりに行きつくのかも知れない、なんて考えてみたりも。

『教育の力』 苫野一徳 講談社現代新書

 著者の苫野(とまの)氏は自分が好きな哲学者・竹田青嗣氏の愛弟子。本書は現象学を学んだ哲学徒であり教育学を専門とする著者が、具体的かつ実践的な教育論を提案したもの。著者が確立を目指す「現象学に基づき原理原則をとことん追求した教育論」というのがとても興味深い。本当は最初の著作である『どのような教育が「よい」教育か』(講談社選書メチエ)も読みたかったのだが、ついつい機会を逃してしまっていた。今回は講談社現代新書からの刊行とのこと。おそらく前著での議論を噛み砕いて紹介するとともに、さらに実践的なものになっているだろうと予想し、こちらの方を先に読むことにした。(じっくりと哲学・思想書を読むのも愉しいのだけれど、最近はなかなかその余裕がなくていけない。)
 で、読んだ結果だけれど、だいだい読みは当たっていた。冒頭には現象学的な分析から著者が導き出した“よい教育”とは何かが簡潔にまとめられており、その結論を踏まえた上で様々な提案がなされている。
 まずその考え方の基本を簡単にいうと、ホッブズが『リヴァイアサン』で述べた「普遍的闘争状態」に終止符をうつために、ヘーゲルが提唱した「自由の相互承認(*)」という概念を根本原理としたもの。もともと著者の師匠筋にあたる竹田青嗣氏の本が好きで、『人間的自由の条件』(講談社学術文庫)や『完全読解 ヘーゲル「精神現象学」』(講談社選書メチエ)なんかを読んでいたので、すんなり頭に入ってきた。哲学的な話が大丈夫な方は、出来ればそちらも読んでおくと本書が更に愉しめるのではないかと思う。

   *…ごくごく簡単にいうと、皆が自分のことばかり主張しては水掛け論になり喧嘩に
     なる(≒普遍的闘争状態)ので、お互いに相手の立場を尊重して承認しあおう
     ということ。皆が「自由」であることを認め合えば自分の自由も認めてもらえる
     というわけ。

 著者による公教育の目的と定義をひとことでまとめると「各人の<自由>および社会における<自由の相互承認>の、<教養=力能>を通した実質化」ということになる。それはすなわち「すべての子供に、<自由>に生きるための“力”を育むことを保証するものであると同時に、社会における<自由の相互承認>の土台となるべきもの」であって、単なる読み書き能力や知識をつけることではない。(もちろんそれも大事だけれど。)
 少し自分なりに分かりやすく言い換えると、子供たちが大人になった時、お互いが社会で平穏に暮らしていくためのルール(=自由の相互承認)を体得させ、同時にそれを実現できるだけの最低限の技能や知識を身に着けさせるといった感じだろうか。ちなみに上記の「力能」とは、著者によれば「学力(≒将来に亘り自ら学び続けることが出来る力)」と「相互承認の感度」のことだそうだ。(おそらくここらへんまでの議論が、前著では詳細に検討されていたのではないだろうか。)
 つづいて後半では、これらの「よい」公教育を実現するための基本方針が示される。著者が提案する道筋は、(1)画一的でない徹底した「個別的な学び」/(2)子どもたちの智恵や思考を持ち寄る「協同的な学び」/(3)子供たちそれぞれが自らの目的をもって挑戦する「プロジェクト化の学び」という3つの“学びのあり方”。
 それらが融合して推進するとともに、閉鎖的になりがちな学校を様々な仕方で“開き”、多種多様な人々と交われる空間を作り出すことで、「ゆとり」or「学力重視」や「自由」or「管理」といった二項対立の不毛な教育論議ではなく、真に子供たちのためになる教育が実現できるのではないかと著者は主張する。(確かに、そんなに単純に割り切れるものではないよな。)
 著者は皆が納得できる原理を示すことこそが哲学の使命である―― という竹田氏の考え方を踏襲しており、本書でも納得のいくひとつの原理を示すことで、迷った時に立ち返ったり、正しい方向に進んでいくことが出来るだろうと述べている。そしてそれはおそらく正しい。教育に必要なのは検証不可能で思いつきのような主義主張をぶつけあうことでは無く、皆が納得して改善を進めていくことなのだから。今の教育制度に問題があると思うのなら、まずそこから始めるべきなのだろうと思う。好著。

<追記>
 最後にひとつおまけ。もしも本書で展開された主張に付け加える点があるとすれば、(自ら学ぶ力を付けさせるのが公教育の目的であるならば)「やる気」というものの仕組みを、脳科学の観点からも抑えておく必要があるだろうということ。やる気を司る「淡蒼球(たんそうきゅう)」や、感情の源の「扁桃体」といった脳の仕組みをうまく活用することで、精神論や押しつけではない教育が実現出来るのではないだろうか。
 著者の苫野氏は今年の4月から新たに熊本大学・教育学部の講師として赴任されたとのこと。氏の考えが実践されることで、少しでも子供たちの未来が良くなっていくと良いなあ。(今回は柄にもなく真面目なコメントになってしまった。/笑)

『生命(ゼーレ)の哲学』 岩渕輝 春秋社

 19世紀のヨーロッパ知性を代表する人物、グスタフ・フェヒナーの生涯とその思想について、その詳細をまとめた本邦初の評伝。著者の岩渕氏はフェヒナーを研究するためにドイツ語を新しく学んだほど(!)の入れ込みようで、その熱意にはまことに頭が下がる。当時の学問の発展に大きな影響を与えたにも関わらず、今では殆ど忘れさられてしまった“知の巨人”の全貌を余すところなく伝えてくれる労作となっている。
 本書によれば、フェヒナーは物理学から心理学、はては哲学まで幅広く活躍した人物。例えばその著作『原子論』では、のちに一般的となる原子モデル(太陽系のように大きな粒子の周りを小さな粒子が周っているモデル)を初めて披露するなど、学術的にも数々の優れた業績を遺した、かなり有名な科学者だったのだ。一方ではマーラーやフロイトにも強く敬愛され、音楽家のシューマンとは親戚関係にあって、さらには電磁気学で有名なヴィルヘルム・ヴェーバーとも深い友情で結ばれていたとも。本書にはそんな彼の生涯(*)に亘る様々なエピソードと学問的な業績、人間関係やその思想の本質について詳しくまとめられている。

   *…1801年にドイツ・ポーランド国境近くの小村グロースゼルヒェンに生まれ、
     ロマン主義全盛の時代を背景に成長。当初は医学を志すも当時の医学に疑問を
     抱き、やがて自然哲学を経て物理学へと専攻が移る。若くしてライプツィヒ大学
     の物理学教授となるが、自然哲学や「死後の生」についての興味は持続。やがて
     生死をさまよう病気(おそらく抑鬱症的な精神神経症と光に対する極度の神経
     過敏)に罹り、3年後に奇跡的に回復した後は独特の生命観に基づく著作を発表。
     その後は1887年に86歳でその生涯を閉じるまで、晩年まで物質主義全盛の時代
     に抗すべくその思想を深め、著作を世に問い続けた。

 しかし先ほどは色々書いたが、実をいうとそれ程すごい人がいたとは本書を読むまで一切知らなかった。それもそのはずフェヒナーは、彼の思想の中核をなす「ゼーレの哲学」ともども、今となってはすっかり忘れ去られてしまっている人物なのだそうだ。(著者の岩渕氏はそのことを嘆いておられる。)
 自分が思うにフェヒナーは、例えば16世紀のゲスナーや17世紀のキルヒャーのように“世界が総合的に理解できた時代”のいちばん最後に位置する人物のような気がする。その後の時代になると自然科学の分野があまりに細分化・高度化してしまったため、ひとりの人間が世界をまるごと語ることは質・量ともに不可能になった。そんな意味で、フェヒナーは哲学と科学を同一の地平で語ることが出来た最後の人物であったような気がする。そしてその幸福な時代は、19世紀後半のヨーロッパを席巻したスピリチュアルブームの終焉とともに終わりを告げたのだ。

 では早速フェヒナーが生涯をかけて追い求めた「ゼーレの哲学」について、本書の内容を自分なりにまとめてみよう。
グスタフ・フェヒナーの思想は、題名にもある「ゼーレ(Seele)」という言葉がベースになっている。これは「プシュケー」に起源をもち、“生命”と“心”の両方の意味をもつ言葉なのだそうだ。日本語にはぴったりした言葉が無くて本書では「心」「魂」「生命」「精」「内界」「内面」といった言葉に適宜訳されている。また「生の息吹」や「生の胎動」という意味合いも含まれるとのこと。哲学者の竹田青嗣氏が述べているような(古代ギリシアの本来の意味での)「エロス/生の躍動」に相当する概念と言えるのかもしれない。

 彼はその著書『ナンナ、あるいは植物のゼーレンレーベン(Seelenleben/精神生活)』において、様々な生命体がすむこの世界はゼーレに満ち溢れていると説く。動物ばかりでなく植物を含んだあらゆる生命体にゼーレが存在するという彼の主張は、仏教の考え方(例:「山川草木悉皆成仏」)が浸透している我々などからすると別に驚くにあたらないが、キリスト教徒であったフェヒナーにとっては、世界観を揺るがすほどの大きな分かれ目になる考え方であるようだ。
 そのことが書かれた本書の第7章は、フェヒナー思想の核心にあたる大事な部分になるので、少し長くなるが引用してみよう。
 「全自然界が神によって内界化(ベゼールング)されて(中略)、この世には内界化から零れ落ちるものは何もない。石も波も植物も内界化されている。」「個々の心(ゼーレ)は能動性や感覚や思考や意志を持ち、それらを結びつける統一体を形づくっている。そして、それら下位の統一体同士は、最高位の神の統一体を介して結びついている。」(注:ベゼールング=“ゼーレを吹き込む”という意味の動詞が名詞化したもの)

 なお彼は別のところでは、石や水や波といった「死物」は(動物や植物とは違って)知ることや感じることの出来る内的な統一体を持たないとも言っており、考えに若干まだ整理しきれていない点があるようだ。ただし植物のゼーレについては繰り返しその存在を主張しており、植物には動物のような高次の意識はなくとも“生動”(≒生命の躍動)や感覚というものがあるとしている。
 彼にとって植物のゼーレを信じないということは、「動物や人間は自然界で圧倒的な数の死物(非生物や植物)にかこまれた孤独な存在である」という世界観(闇の世界観)を認めることにつながり、決して与しがたいものであったようだ。彼が信じたのは、生きとし生けるものがゼーレを持って繋がりあうという「光の世界観」もっとも植物にゼーレがあるかどうかだって実験で確かめることは出来ないわけで、それを信じるか否かは結局のところ、その人次第という事になるわけだが......。

 次は彼の思想におけるもうひとつのポイント「客観的な非決定性」について。これは何かというと、当時ヨーロッパ社会を席巻しつつあった決定論的な考え方(自然界には必然的な因果律がある)に対抗する、「世界の客観的性格が世界の進行を原理的に予測できぬものにする」という考え方。彼が宇宙に持っていたイメージは「宇宙は発展の過程で自らを縛る新たな法則を生み出しつつ進行する」というイメージなのだそうだ。
 人間の生命活動の奥底には生の息吹が湧きあがる場(ゼーレ)があり、それはけっして無味乾燥な唯物論的な法則では縛られない。―― 彼のそんなロマンチックな考え方は、ロマン主義全盛の時代に育ちシェリング=オーケンらによる自然哲学(**)の影響を受けたことで育まれたものなのかもしれない。また生涯敬虔なプロテスタントであったフェヒナーは、彼の信仰と矛盾しない理想的な新しい思想を考えることで、極端な方向に走り過ぎている(と彼には思われた)自然科学を、より良い方向へ導けると考えたのだ。
 こういった考え方が科学者として正しいかどうかは別にして、人物的にはとても心惹かれるものがある。温和な性格で、亡くなった時は町中の人々が悲しんだということだから、人間的にも大変に魅力ある人物だったのだろう。(個人的にはこういう人と友人になりたいものだと思う。逆にいくら立派な業績を上げている人であっても、人間としてどうか...という人とはあまりお近づきになりたくない。/笑)

  **…自然哲学の概念を提唱したシェリングはヘーゲルや詩人のヘルダーリンと同時代
     の哲学者。彼が唱えた「世界霊」というのは、古代ギリシアの哲学者が用いた
     生命原理的なものを表す概念だそうで、フェヒナーに大きな影響を及ぼした。
     手塚治虫の『火の鳥』にでてくる「コスモゾーン(宇宙生命体)」みたいなもの
     だろうか。オーケンはシェリングの弟子だそうだ。(当然ながら筋肉少女帯のボ
     ーカル・大槻ケンジのことではない。/笑)

 なお彼のこの考え方はずっと変わることがなく、その後の業績も彼自身が当初考えた思惑とは違うかたちで評価されてしまったのは少し気の毒な気がする。
 例えば彼は客観的なデータの欠如により科学と認められていなかった心理学の分野において、精緻な自然科学的手法(実験による数値化)を用いて人体に与えられる刺激量と被験者が感じる感覚量を数式化した。(これは今日「フェヒナーの法則」として知られ、彼が創始した精神物理学は現在の実験心理学の元となった。)
 元々のフェヒナーの意図は“心”の状態を数値化・客観化することで、思弁的思索や内観的記述に頼っていたために、それまで科学として認めてもらえなかった心理学を科学として認めさせようというところにあったらしい。ところが意に反して心理学はそれを端緒に“無味乾燥で唯物論的な”科学の仲間入りをしてしまい、「ゼーレの哲学」からは遠いところに行ってしまった。
 著者はフェヒナーを「インドに行こうとして、誤ってアメリカ大陸を発見してしまったコロンブス」に喩えているが、ゼーレの考え方に固執していた彼が図らずも科学の発達を通じて、物理学的世界観の浸透に寄与してしまったのは皮肉なものだ。(しかしフェヒナーはめげることなく一生ずっと無味乾燥な自然科学の世界に挑戦し続けた。70代は新たに「実験美学」という学問を創始したが、これは実験科学の手法を用いて美学上の問題を科学的に追求しようとしたものだそうだ。まさに「真・善・美」が混然となった概念こそが、彼の哲学の理想だったのではないかという気がしてくる。)
 参考までに彼の著作を列記してみよう。(先に挙げたものは除く。)
『ゼンド・アヴェスタ、あるいは天界と彼岸の事柄について。自然考察の見地から』(ゾロアスター教の聖典を書名に借りた、神秘主義的世自然哲学の色合いが濃い著作)/『シュライデン教授と月』(フェヒナーの著作を批判した植物学者シュライデンへの反論や月の気象学的影響についての統計学論考)/『精神物理学原論』/『内界(ゼーレ)の問題を巡って』/『美学入門』(実験美学の本)/『生物の創造と進化の歴史に関する若干の考察』(ダーウィン進化論に対する反駁。昆虫と植物の共進化は偶然ではなく、相互にある種の関係性をもって進化した結果だと主張)/『闇の世界観に対抗せる光の世界観』(世界を闇と捉える世界観と、光や音や生命に満ちた世界観の対比をした本)。
さらにはフェヒナー名義ではなく、ミーゼス博士というペンネームでユニークなエッセイやフィクションも出している。『死後の生についての小冊子』/『天使の比較解剖学』/『小品集』/『四つのパラドックス』といった作品だが、これなどは内容説明を読むと、まるでスタニスワフ・レムが書いたユーモア小説『泰平ヨン』シリーズを地で行っているような感じさえする。

 そんなわけでとても優れた業績と現在にも至る影響を与えたフェヒナーではあるが、それほどの人物である彼が今日忘れられてしまっている直接の原因は、本書によれば19世紀に知識人たちを巻き込んだスピリチュアル・ブーム(霊媒による彼岸との交信や妖精写真など)にあるようだ。奇術師によるペテンにはコナン・ドイルなど当時の錚々たる顔ぶれがころりと騙されたわけだが、その渦中にはフェフナー自身もいた。友人の誘いで「四次元の世界から降臨する霊との交信をする」と称したスレードというイカサマ霊媒師の交霊会に何度か連れ出され、それがためにスピリチュアリズムの擁護者と非難される羽目になったらしい。(もっとも、これはある意味仕方ないところはあるかもしれない。霊を四次元の存在であるとする主張や交霊会で本当に霊と交信しているかどうかには懐疑的だったようだが、かといってすべてがインチキとも言い切れないと考えていたようだ。)その前から『死後の生についての小冊子』(ミーゼス博士名義で発表しのちに本名に変更)を書いたり、最晩年に出した自らの思想の集大成ともいえる『闇の世界観に対抗せる光の世界観』の中では、先ほどの交霊術と合致するような世界観を示しているほどだから。(***)

 ***…『死後の生…』では、生まれる前に母親の胎内で過ごす「第一段階」と存命中の
     「第二段階」に続く、「第三段階」たる死後の世界が描かれる。そこでは人々が
     残した個々の精神活動の「波紋」が重なり合って相互関係を持ちつつ一体化し、
     永遠の覚醒/高次の生を形成すると述べられている。

 以上、ざっくりとフェヒナーの「ゼーレの哲学」についてまとめてみた。フェフナーは敬虔なキリスト教徒ではあったが、キリスト教の教義解釈そのものが原因となって「神への信仰」いう精神活動と「質的・機械的な世界観」の分離という“不幸”が起こったと考えていたようだ。そしてキリスト教が排除してきた古の異教的な考えである)自然と人間の精神活動の幸福な一体化を望んでいたらしき雰囲気もある。フェフナーの主張は自分のみたところ最終的には好き嫌いでしか判定できない世界に落ち込む神秘主義と思われるので、字義通り受け入れるのは無理だが、比喩として捉えるならばとても感銘を受けるものであるといえる。少なくとも彼が言いたかった気持ちは非常によく分かる。崇高な精神の活動こそが人間の本質であると信じる見方は(人によってはロマンチストの甘い考えとして批判されるだろうが)嫌いではない。気を付けないと水に「ありがとう」という類の話と同じになってしまうが、一歩ひいて現代から過去の偉大な思想家として見た時に、色々と得られるものは有るに違いないだろう。
 ひと言でいえば、「光の世界観による生の躍動(ゼーレ)の復権」という果たせぬ夢を追いもとめ、古き良き時代の理想的な学者人生を全うした人物。日本でいえば南方熊楠のような感じといえるだろうか。今では望むべくもないが、昔はこのようにあらゆる分野を横断的に渉猟する“総合知”を求めるゼネラリストが確かにいたのだよなあ。
 余談だが、工学系の大学を卒業して新入社員として会社に入った時、特定の技術のスペシャリストとして一生を終えるのでなく、ゼネラリストでありたいと思った事を思い出した。悪く言えば気が多いという事にもなるだろうが、色々な世界を見ることで初めて理解できることというのは有ると思う。そんな意味でもフェヒナーのような人物はかなり魅力的である。
 心温まる一冊だった。結構な値段がしたのだが元は取れたと思う。大変な労作に感謝。

<追記>
 余談ついでに、本書を読んでから以前より気になっていた今西錦司著『進化とはなにか』(講談社学術文庫)を呼んだのでその感想も少し加えておきたい。今西錦司氏は文化人類学者で日本における霊長類研究の礎を築いた人物だが、一方では生命の進化にも興味をもっており、「棲み分け理論」を提唱してダーウィンの進化論を否定する論文を数多く書いた。(いまなら「トンデモ本」に入れられてしまうような内容ではあるが)
 で、読んだ結論から言うと、フェヒナーが「ゼーレの哲学」を追い求めた感覚と今西氏が進化論に求めたものは案外近いものだったのではないかという感触を持った。
 『進化とはなにか』の中で今西氏は哲学者・西田幾多郎の「生物に、眼ができたから物を見るようになったのでなく、物を見るために眼というものもできたのである」という言葉を引用している。ここからもわかるように、著者は(本人は否定しているが)基本的に今西理論はラマルクの進化論(≒キリンは高い樹の上の葉を食べるために首が長くなったというアレ)の延長上にある。実際には生物が周辺環境を知るための手段にはいろいろあり、可視光を含む電磁波を認識するというのもその手段に過ぎないというのがユクスキュル(『生物から見た世界』)やJ・J・ギブスンに始まるアフォーダンスの考え方だが、まだ本作が書かれた時代にはその発想は無かったのだろう。
 今西氏の主張を端的にまとめると、「進化は個体を単位としたランダムな非適応的(≒自然淘汰)な突然変異ではなく、“種”を単位とした、方向性のある適応的(≒棲み分けによる共存)な変異に依らなくてはならない」というものになるが、そこで進化の内的動因となるのは、ヘーゲルの「世界精神」の概念に近い、架空の進化圧とでもいうべきものだ。(具体的には言及されていない。)
 こうして考えていくと、ヘーゲルやラマルク、今西錦司(1902年生まれ)、そして西田幾多郎といった19世紀から20世紀初頭の知性は、個体ではなく種や世界(社会)に埋め込まれた生命力/宇宙生命といったもので一直線に結ばれるような気がする。『生命(ゼーレ)の哲学』によれば、西田幾多郎の『善の研究』の序文にも『闇の世界観に対抗せる光の世界観』の冒頭が記されているとのことだし、思いつきとしては案外外れていないんじゃないかと思うんだが。どうだろうか。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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