『統合失調症あるいは精神分裂病』 計見一雄 講談社選書メチエ

 ふーむ、世の中にはいい本がまだまだあるもんだねえ。またひとり素晴らしい書き手を見つけてしまったようだ。(自分が知らなかっただけで、「その筋」ではもともと有名な人なんだろうけど。)
 著者は『アフォーダンス入門』(講談社学術文庫)に解説を書いている人で、名前は「けんみ・かずお」と読む。長年にわたり精神科の急性期治療(“救急医療”!)に携わる臨床精神科医であって、本書は(医師や看護師など)精神医学に携わる関係者を対象にして行われた、全9回に亘る講義をまとめたもの。著者が現在の日本の精神医学に対してすごい危機感をもっていることが、行間からひしひしと伝わってくる。講義そのものは専門家を対象にしたものではあるけれど、口調もべらんめぇ調なので親しみが持てるし、話の内容も自分のような一般人が読んでも充分に理解出来るくらい分かりやすい。(でなければ一般向け書籍として販売されなかったはずだからあたりまえか。/笑)

 で、著者が感じている不満を一言で言えば、「一番苦しくて困っているのは患者なのに、今の精神医学界は患者の身になった最大限の努力をしていない。色んなことに対する説明責任をきちんと果たしていない。」ということ。患者に対する社会的な偏見や誤解による差別がいつまでも無くならないのは、それも大きな理由であると計見は考えている。
 説明不足な点を具体的にひとつ挙げてみると、例えば「精神が“異常”とはどういう状態を指すのか?」という定義がきちんとなされていないという事。まさかそんなことすら医学的な共通認識が出来ていないとは知らなかったので、正直言って驚いた。詳しい事情も判らぬ部外者があれこれ言う権利は無いが、確かに著者による説明を読む限りでは、(筆者が批判しているように、)現在の精神医学会における定義はちょっとおかしな感じがする。
それがどんなことかというと、(難しい専門用語を取っ払って簡潔に言ってしまえば、)『“正常”とは“異常”ではないこと』という事になってしまうらしい。 ― この定義って、『“平和”とは“戦争状態”じゃないこと』と言ってるのとまったく同じで、単なるトートロジー/同語反復にすぎないんじゃなかろうか。

 ちなみにずっと前から「精神分裂病」から「統合失調症」へ呼び名が変更された理由が知りたくて気になっていたのだが、本書中にズバリ説明してあったのでスッキリすることができた。要するに、精神疾患は過去から大変な社会的差別の対象になっていて、「精神分裂病」という言葉には「ある種のイメージ」が分かちがたく結びついてしまっているので、いっそのこと名前を変えてしまおうということだったらしい。(*)

   *…ハンセン病と同じでここらへんの話はとても難しい。差別を糾弾するために声を
     挙げれば上げるほど、その言葉が持つ特別な意味が強調されることになってしまう
     から。橋本忍による名作映画『砂の器』(注:松本清張の原作より出来が良い)を
     中井正広の主演でリメイクした時、犯人が罪を犯す動機になった(そして社会に
     対する痛烈なメッセージとして見る人の心を打つ)“ある出来事”に対しては、その
     扱いにかなり苦慮したようだし。
     スーザン・ソンタグの『隠喩としての病』(みすず書房)では癌、結核など特定の
     疾病に取りついた社会的イメージ(隠喩)が論じられていたが、実は「精神分裂病」
     という表現にはとんでもない「穢れ」のイメージを植え付けられていたということ
     だろう。知らなかった自分の不勉強を恥じるばかりだ。

 著者はこの「統合失調症」への名称変更に関しても、(取りついた悪いイメージを払拭する意味でも変更したこと自体は評価するが)その先の対応が昔と変わっていないので、早晩おなじことの繰り返しになると警鐘を鳴らしている。
 過去から「精神分裂病」という呼称に対しても、『果たして“精神が分裂する”とはいったいどういうことなのか?』という疑問に、精神医学界は充分答えてこなかったと計見はいう。そして「統合失調症」に変わった今も『何が“統合”されなくなるのか?』といった疑問に対して、相変わらず説明責任を果たしていないと憤っている。このまま放置すれば、折角の新しい呼び名である「統合失調症」にも、以前と同じアカがまとわりついてしまいかねないと。
 それでは「統合された状態」とは果たして何なのだろうか? そもそも「正常/異常」は何が違うというのだろうか? 実は本書の大きな目的はそれを明らかにすることであり、全9回の講義を通じてその疑問に著者なりの答えを出している。

 一般的な解釈によれば、ひとりの人格としての“私”は「思考/感情/意思」、または「知/情/意」と呼ばれる3つの高度な精神活動がうまく統合されることで、そこに初めて誕生する主体とされているらしい。(ここらへん、理論に詳しくないので本書からの受け売り。ちなみにそれが上手くいかなくなった時にどんな事が起こるかは、『知覚の呪縛』(ちくま学芸文庫)などに厭というほど書かれている。)
 ところが著者は、その理解は全く間違っていると主張する。そのように考えてしまうと、「知/情/意」の3つの精神活動の統合の「程度(レベル)」を想定することになる。すると「理想的な統合状態」という絶対的な基準が生まれ、そこから外れている精神疾患を「劣った状態」と位置づけてしまうのだと。
 それでは「統合」とはいったい何なのだろうか?
 著者は「統合」の持つ意味について順にひも解いて行くわけだが、親切にも本書の最終章にはそれまでの講義によって得られた結論を、まとめて書いてくれている。自分のように飲み込みが悪い読者には大変に便利。(笑)
詳しい説明に興味がある人は中身を直接読んでもらえば良いが、要旨はだいたい以下のとおり。アフォーダンス理論で提唱された見方が基本スタンスになっている。

 アフォーダンス理論によれば、あらゆる生物は(コンピューターのように)事前にインプットされた情報を分析して最適(best)な解を出しているわけではない。予め適切(better)な行動が出来るように準備しつつも、実際にはある行為によって引き起こされた事態に臨機応変に対応しながら次のbetterを準備する。 ― その様な形で現実に対処していくと考えられている。
 ヒトの行動もその他の生物と同様である。刻々と変化する事態に対してその都度、臨機応変にbetterな行動を選択していく。

 ヒトにとって「現実」とは、運動行為を脳内で準備するときに発生する世界の「絵(リプリゼンテーション/具象表現)」である。ヒトは誰しも自分の意志に即したある行動を行う際には、その行為に至る外界の反応を予測して、それに対応する計画的な絵図面を作る。そのためには大脳皮質の一部(前頭前野の四六野)を中心に脳内の関連部位が強力に統制され、「世界の意味付け」や「今からの行動がもつ意味」などの情報を脳内メモリから引き出す必要がある。その情報に基づいて絵図面を作成する機能がいわゆる「統合機能」と呼ばれるもの。
 必要な情報の引き出し~絵図面作成までの一連の作業が可能になるには、前述のように脳の各部が同期をとって統制のとれた動きをする必要がある。もしも何らかの原因で統制が取れなくなる(=脳の各部の統合が失調する)と、合理的な行動が一切取れなくなってしまう。その状態が「統合失調症」なのだそうだ。

 こういう本を読み終えると、なんだか自分が少しレベルアップ出来たみたいで嬉しいね。実生活ではたぶん一生使うことのない知識のような気がするけど。(笑) でもまあ、愉しみとして読んでいる訳だから別に無理して使うこともないし。(笑)

<追記>
 計見一雄の著作は専門書以外のものがまだ2冊あるので、しばらくは愉しめそう。
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