本を食べる

 物心がついてからこのかた、楽しい時も辛い時も自分の傍らにはいつも本があった。
 (物理的にはともかくとして、)感覚的には自分の体の7割くらいは「本で出来ている」という感じがする。まさに「本を食べて育ってきた」という感じ。
 話は変わるが「運命の出会い」という言葉がある。実生活ではあまり経験がないが(笑)、本に関してなら今までに(その時は気付かなくても後から振り返ると)まさに「運命の出会い」とでもいうべき瞬間が確かにあった。幾つかのそんな「運命の出会い」を軸にして、今の自分がどのように出来上がってきたのか、今回はちょっと昔の記憶を辿ってみたい。

 生まれて初めて、自分ひとりで本を読めるようになったのは多分4、5歳のころ。親の転勤で新潟に住んでいたとき、家の近所の“坂井輪児童館”というところで、『ぐりとぐら』(なかがわりえこ・作、やまわきゆりこ・絵)という一冊の絵本と出会ったのがきっかけだった。
 この本は当時の自分にとって一番のお気に入りで、何度も読み聞かせしてもらったので物語を全て丸暗記してしまっていた。それならわざわざ読んでもらう必要はない訳だが、『本は自分で読むものではなく読んでもらうもの』と思い込んでいたので、性懲りもなく何度も読んでもらっていた。(さぞかし迷惑な子供だったろう。/笑) そんなある日、先生が忙しくて構ってもらえず退屈していた時、仕方ないので自分で絵を見ながら、暗記した文章を詠唱して「読んでいるふり」をしていると、頭の中にピーンと閃くものがあった。
 「もしかして、ページの上に絵と並んでのたくっている変な図形は、自分の出す音と一字ずつ対応しているのでは?」
念のために最初のページに戻って、順番に声を出しながら指で文字を辿っていくと、たしかに同じ発音の時には同じ形が使われている。

 「ぼ・く・ら・の・な・ま・え・は・ぐ・り・と・ぐ・ら…」

 こうして『ぐりとぐら』を何度も読み返すことで、自分はひらがなを覚えることが出来たのだった。(*)

   *…まるでシャーロック・ホームズの「踊る人形」みたいで出来過ぎのようだが、
     これはホントの話。特に「ほ」と「ぼ」と「ぽ」の違いが理解できた時は興奮して
     (これもホント)、おもわず「ユリーカ!」と声を挙げた(これはウソ)。

 『ぐりとぐら』に使われているひらがなを全部覚えたあとは、児童館の書棚にあった他の本を片っ端から「解読」していく作業に没頭した。文字の読み方が分からなくなると『ぐりとぐら』に戻り、確認したのち再チャレンジしていく。(つまり『ぐりとぐら』は、自分にとって“ロゼッタ・ストーン”みたいなものだったというわけ。/笑) こうして入学前には、漢字にフリガナが振ってある本なら、大概は自分ひとりで読めるようになっていた。(**)

  **…少し難しい話になるが、『プルーストとイカ』(メアリアン・エルフ/合同出版)
     という本がある。副題は「読書は脳をどのように変えるのか?」といい、要するに
     英語圏における言語習得とリテラシー(読解能力)について、脳研究の最新の成果を
     踏まえて紹介した本。これを読むと、英語のように発話と記述が一致しない言語に
     おいては、リテラシーの習得が脳にとってどれだけ大変なことか良く分かる。
     さっきの話も自分が日本人だったからおそらく出来たことであって、もしも英語圏に
     生まれていたら無理だったかもしれない。

 今ではどうだかしらないが、当時住んでいた新潟の地域には市立図書館というものがなかったので、本を読みたければ親に買ってもらうしか方法が無かった。その代わり(なのかな?)、当時通っていた“新潟市立/新通小学校”には、2年生以上を対象にして図書館の本を貸し出しする仕組みがあり、入学時のオリエンテーションで説明を聞いてから、2年生になるのが待ち遠しかった。
 2年生になってからはその反動もあってか、図書館にほぼ毎日入り浸る生活が始まった。最初のうちは子供向けの科学系の読み物や図鑑類を借りまくっていたのだが、そんな調子なので目ぼしい本はすぐに読みつくしてしまい、新しい分野を発掘すべく図書館じゅうの棚を物色し始めた。そして第2の「運命の出会い」が訪れることになる。
なんとも不可思議な題名にふと目が留まり、何気なく手に取ったのは江戸川乱歩作・ポプラ社版「少年探偵シリーズ(***)」の一冊、『電人M』という本。
 この時の自分がどんな気分でこの本を借りていったのか、今となっては記憶も定かではない。しかしこのあと図書館にあった30数冊の同シリーズを続けざまに全部借りて読むことになるとは、夢にも思わなかったのだけは間違いない。(笑)

 ***…自分は光文社版の第一次ブームが終わった後の世代なので、全く予備知識なく偶然に
     この世界に飛び込んだのだが、世のミステリ好きのエッセイなんかを読むと、多かれ
     少なかれ誰でもこんな「運命の出会い」をしている様子。まあ、いわゆる「お約束」
     というやつです。

 こうしてエンタテイメント系の小説の洗礼を受けた少年は、続けて横の書棚にあったポプラ社版「怪盗ルパンシリーズ(南洋一郎訳!)」を全て読み尽したのち、やがて4年生に上がる年に親の転勤で名古屋へと引っ越して、市立図書館というものがあることを知った。(もちろん学校の図書室の貸出し制度があることも真っ先に確認済み。)こうして4年生になってからというもの、両方の施設から毎週合計で8冊の本を借りる日々が始まり、本格的に活字中毒への道を歩き出すことに。まさに「生き地獄天国(by雨宮処凛)」とはこのこと。(笑)
 
 このような生活の中でポプラ社版「名探偵ホームズシリーズ(山中峯太郎訳!)」や、岩崎書店・あかね書房・偕成社・鶴書房・朝日ソノラマといった出版社から大量に出ていたジュブナイル(子供向け)とも出会ったし、それらを読み漁ったことで、SFやミステリに対する目を養うことが出来た。(それが良かったか悪かったかはここでは敢えて触れないが。/笑)
 それらの素養があってこそ、やがて中学校の図書室で「ポプラ社の本だから面白いかな?」という程度の軽いノリで、筒井康隆編著『SF教室』に手を伸ばし、第3の「運命の出会い」を迎えることになるのだが、話が長くなるのでここから先はまたいつか、気が向いたらと言うことで。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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