『アフォーダンス入門』 佐々木正人 講談社学術文庫

 知ってそうで詳しく知らないことの再入門シリーズ、今回は「アフォーダンス」について。
 いやあ、なんでも読んでみるものだ、ダーウィンの申し子がこんなところにもいるとは思わなかった。進化論だけでなく「アフォーダンス」という概念までもが、源流を辿るとダーウィンだったとは。
 ただし正確にいうと、ダーウィンが直接にアフォーダンス概念を考え出した訳ではないらしい。彼は進化論を発表後は、田舎にこもって晩年まで植物のツルや根の発達の様子、それにミミズの生態などを研究していた。それらについてダーウィンが考えていたことを敷衍/発展させると「アフォーダンス理論」そのものになるということ。(詳しくはもう一度あとで述べる。)
 「アフォーダンス理論」そのものはアメリカ人のジェームズ・ギブソンという心理学者が初めて提唱した概念で、正確には「生態心理学(エコロジカル・サイコロジー)」という学問分野のキーワードである。さらに言うと、アフォーダンス理論とダーウィンの研究の共通性を指摘したのはギブソン自身ではなく、エドワード・リードという別の人とのこと。これらの経緯は本書の冒頭に詳しく説明されている。

 で、早速だがこの「アフォーダンス」というのがどういう概念かというと、「生物はあらゆる外部環境についての情報を、入力器官で得たのちに脳で分析して最適な行動をはじき出しているのではなく、環境がアフォード(提供)する情報に基づいて自然に最適解が導きだされる仕組みを生まれながらにして持っていると考えるべきでは?」ということ。つまり「生物のあらゆる行為は“生物の自律的な判断”の結果ではなく、“環境と生物との共同作業“で自然に生まれたものだ」と言い換えても良い。― ああ、言い換えてもやっぱり分かりにくい。(笑)
 このように、概念自体を言葉にするだけなら短く済んでしまうのだが、その意味を(特に実感として)正確に理解するには、ちょっとした補足の説明が必要になる。そこで本書では、ダーウィンの研究事例などの色々な具体例を用いて、懇切丁寧に説明してくれている。

 「アフォーダンス」を説明するには、まず「ブルート・ファクツ」という言葉について知っておく必要がある。これはアメリカの生物学者・ギゼリンが『ダーウィンの方法の勝利』(1965)という著作で述べたもので(*)、直訳すると「在るがままの事実(運動)」という意味だが、要するに「動物や植物が生まれながらにして持っている(生得的な)動きが、外部の環境の影響を受けて変化することによって、この世のありとあらゆる行為(の結果)が生じている」ということ。
 生物が活動することで環境から生物に新たな周囲条件が顕在化/提示(=アフォード)され、それに合わせてブルート・ファクツ」が変化・適合を繰り返して最適な行為を見つける、というのが「アフォーダンス理論」の骨子にあたる。このあたり、抽象的な話が続くので理解しにくいと思うが、大事な話なので省略せずに説明する。なるべく分かり易くするために、具体的な例を使っていこう。
 植物の根は、種が発芽しても空中に浮かせた状態で伸ばしてやると、ぐるぐると回旋運動をしながら伸びていくらしい。また、回っている根の先端が僅かでも何かに触れると逆向きに動いて避ける運動をしたのち、再びもとの回旋運動にもどるという。そのため普通の発芽状態では、根は土中で石や堅い地層にぶつかりながら伸びていくため、自然に石の隙間や柔らかい地層をうまく見つけて、結果的にとても複雑な形に成長を遂げることになる。植物が柔らかい地層を見つける為に特殊な感覚器官を発達させているとか、どこに根を伸ばすと良いのか(まるで人間のように)判断しているとかの、小難しい仮説をひねり出す必要は全然なくて、単純な原理であらゆる外部環境の変化に柔軟に対処できるのが生物の凄いところだ。― とまあ、大体こんな考え方の事。
 将来に起こるであろうことを何ら予期している訳ではなく、「周り」と出会って初めて変化が生じ、その結果として生物の行為に驚くほどの多様性が見られるようになる。いわば「多様性のタネ」のようなものだといっても良いかも。これって、なるべく単純な原理で世界の複雑な現象が説明できてしまう点で、進化論の大元にある考え方と良く似ている気がする。
 因みにダーウィンは「エボルーション(進化)」という言葉を使うことにとても慎重だったらしい。その理由はこの言葉の中には「最初から予定されて畳み込まれている」「萌芽的な状態から広がって、成長した状態に至る」といったニュアンスが含まれているから。彼が代わりに好んで用いたのは「変化をともなう由来(descent with modification)」という言葉だったそうだ。

   *…「イントリンジック・ダイナミクス(力学系としての固有性)」という言い方も
     あるらしい。こちらは同じくアメリカのテーレンという心理学者が、赤ん坊の
     動きを観察して発見・提唱し始めた概念だが、意味は「ブルーノ・ファクツ」と
     ほぼ同じとのこと。かようにアフォーダンス理論の発展には多くの人が関係して
     おり、それも話をややこしくする一因になっている。(笑)

 ここから見えてくることは何かと言うと、全てを統合して身体の制御を司る「“司令塔”のような脳」というイメージが間違っているということ。「入力→演算→出力」と考えるのではなく、まわりの環境に合わせて「その都度(自分の目的に合った)最適な行動を選ぶ”システム“としての脳」と考える方が理にかなっている。
 まずは複雑な情報を与える「環境」が先にあり、眼や鼻といった複雑な「感覚器官および知覚」は、その結果でしかない。なにか特別なことをしようとして生物が水晶体や虹彩などを作り上げた訳ではないのだ。(ましてやこの世のあらゆることを創造した絶対者を想定する必要もない。)今ある生物が出来あがってきた仕組みを探るのに、結果からあれこれ類推するのは意味がないし、逆に間違いのリスクを増やすばかり。自然(=生き物の成り立ち)には意図も目的もないのだから、あるがままを素直に見るべきだろう。

 ギブソンって人は、結構すごいことを考えたと思う。マトゥラーナとバレーラの『知恵の樹』(ちくま学芸文庫)の題名の由来ではないけれど、この「アフォーダンス理論」こそ、一度口にしたら二度と元の無垢な世界には戻れなくなる禁断の「知恵の樹の実」なのでは? 生物個体と環境の二元論を否定することで、多分確実に世界の見方は変わるだろう。
 ただしこの手の社会科学や人文・心理的な話は、自然科学におけるパラダイムと違い、事実としての確からしさを仮説同士で競い合うものではないため、納得した人は世界の見方が変わるけれど納得できなかった人はそれっきりとなる。さらに慣れないうちは従来のモノの見方とごっちゃになって結構混乱するので、多少の「訓練(練習)」が必要になりそう。軽く“お試し”してみるという訳にいかないのが辛いところ。「世界をこんな風にみたらどんな可能性が開けてくるのか?」という点がはっきりしないうち、つまり「世界を切り開く思考道具としての可能性」が未知数であるうちは、「伸るか反るか」の判断はまだまだ保留にされているのが今の正直なところではないだろうか。精神病の画期的な治療法への糸口になるとか、何か具体的な成果が出来たりするといいのだろうけど。(それとも、このように学問を功利的な基準で判断してしまうのは邪道で、本来なら新しい世界の見方を考え出したという知的成果だけで満足すべきなんだろうか?)

 最後になるが、精神科医の計見一雄による解説もGoodだった。

<追記>
 海外のニュースで、目が不自由な人に障害物が沢山ある部屋を歩かせる実験というのがあった。本人には障害物があるということを知らせず、ただまっすぐに部屋を歩くように指示をだしたところ、眼が見えていないにもかかわらずうまく障害物を回避して部屋の向こう側まで歩けたというものだった。しかも、本人も自分は真っすぐに歩いたと思っていたらしい。回避行動は無意識だったというのだ。
 このような話があるとすぐに「超能力」のような特別な感覚器官の可能性とか、「自我とエス」といったややこしい話が出てきがちだが、もしかしたら「アフォーダンス」で簡単に説明がつく話なのかも知れない。
 前方に様々な障害物がある環境というのはごく当たり前のことであって、それを事前に感知して回避するために発達したのが眼や耳といった感覚器官だったとすれば、それらの感覚器官以外にも環境因子を取り込む何らかの仕組みがあって不思議ではない。また、「真っ直ぐ歩く(=障害物の向こう側に到達する)」という行為を完結させる為に、必ずしも「“司令塔”のような脳」の判断が絶対必要なわけでもないだろう。
 もしもこのような多くの事例が「アフォーダンス理論」で簡単に解明できるのであれば、もしかしたら定説として広く認知される日も、意外とそんなに遠くないのかも?
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No title

身体をめぐるレッスン 1の「重力のような」を出稿していた方が佐々木 正人さんでした。ヒトの歩行は転倒の変形で静止がない、と書いてありました。25年ほど看護師として勤務してきましたが、こんなこと習ってないし教科書にも無かったとおもいます。私の脳みそでは半分も理解出来てないと思いますが、ビックリしました。「身体をめぐるレッスン」は面白いです!!今1と4を読み終えたところです。佐々木 正人さんを検索してこのブログに辿りつきました。いっぱい読みたいです!フランクル「夜と霧」、マッカラーズ「心は孤独な狩人」、岡田 尊司「悲しみの子どもたち」が私のベスト3です。よろしく! 宮沢

RE:アフォーダンス入門

宮沢さん、コメントありがとうございます。
『身体をめぐるレッスン』というシリーズは知りませんでした。佐々木正人さんの著作は本書しか読んでいないのですが、なかなか面白そうな叢書ですね。
宮沢さんは看護師をされているとのこと、すばらしいお仕事ですね。『夜と霧』といい『心は孤独な狩人』といい、すごい本をお読みだと思います。「お気らく」な読者の自分としてはちょっとお恥ずかしいです。ちなみに岡田尊司は『パーソナリティ障害』を読みました。
それではこれからも宜しくお願いします。

こちらこそ

お恥ずかしいかぎりです、小鬼さんの「アフォーダンス入門」の書評も私には難解です。だから何度も読むつもりです。睡眠障害でメンタルに通院してますが、パーソナリティ障害の依存型とのこと。今は退職してお気楽な毎日です。心理カウンセラーを目指して5月から専門学校にいきます。それで心理系やDV、サバイバーの手記などをがばがば読んでたら「身体をめぐるレッスン」に辿りつきました。「心は孤独な狩人」ではビフ・ブラノンがとても気になりました。冷静な傍観者ですよね、なかなか心を開いてはくれないタイプかも。小鬼さん、もちっと平易な書評もお願いします。楽しみにして待ってますので。宮

そうですか

そうですか。お勉強、大変なことと思いますが頑張ってくださいね。
こんな文章しか書けなくてすいません(^^;)。毎月、読んだ本のひとくち書評をまとめていますので、宜しければそちらもどうぞ。(「読了本/月別」の中です。)それではまた。

質問、、しても?

小鬼さん、ほんとにビジネスマン?某大学の哲学科の教授だったりして(^^;某サイトでセイゴオさんを、革マルつながりとか、革マル系とか書いてありましたが、それも何となく批判的なニュアンスで。それって、マズイんですかね?中革派とは天敵?話しは突然変わります。書評で進化論をおさらいしてくれたので、今はわかったつもりでおります。竹田 青嗣さんの「自由の相互承認」って、普段私たちがいちいち気にせずしている、他の人とのやりとりのことじゃないのですかね。今、阪大総長の鷲田 清一さん(身体をめぐるレッスンの編者)の「死なないでいる理由」を再読してます。そのなかで、「私が生涯をつうじて(同じ私)であるというのは、とんでもない幻想なのではないのか、、、。これ、「哲学」をなりわいとしてきた私にとって、かなり深刻な問いである。と悩んで?ました。ま、いいか、人の悩みは。どう決着したのか聞いてみたいな(^^)では、おやすみなさい。  宮

こんにちは

宮沢さん、こんにちは。れっきとした(?)某会社の技術系サラリーマンですよ(^^)。松岡正剛とか笠井潔とか小松左京とか昔の学生運動をやってた人は沢山いますけど、今の活動が良ければいいんじゃないでしょうかねえ。逆に昔が立派な人でも今がアブなければ離れるべきだし。
ところでblogの中をいろいろ読んで頂いたようで有難うございます。「自由の相互承認」、いい言葉ですよね。でも当たり前のことだからこそ、きちんと守らなければ簡単に失ってしまうものだと思います。世の中の不幸の陰には「他者の自由の否定」が隠れている気がしますねー。
以上、悩みのないお気楽者でしたw。

世の中の不幸

トルストイは「幸せは似たような顔をしてるが、不幸は千の顔を持つ」と言ったそうな。三島 由紀夫は「家の庭は、ひとつの宿命だ」と言ったそうな。私も父からずっと否定されてきたから、閉所恐怖症気味なのかしら。アポトーシスの例に「脊椎動物の指形成のとき、指間細胞が発生途上で死ぬ現象」と出てました。ヒトの胎児のある段階までは、確かに指カキありますもんね。痛みについては、知覚されないようにプログラムされているのかしら。この指間細胞を別の場所に移植してもプログラムされた細胞死は起こるとありました。皮膚の新陳代謝や破骨細胞の働き、腸粘膜の代謝とか、身体は日々アポトーシスされて在るということでしょうか?いつも話しが飛びまくりで、すみません。  宮

Re: 世の中の不幸

こんにちは。
人間の体の全構成分子は7年(だったかな?)で全部入れ替わる、
という話を聞いたことがありますよ。
アポトーシスかどうかに拘わらず生物は日々変わり続けてるのでは。
福岡伸一『生物と無生物のあいだ』(講談社現代新書)も参考になると思います。

また、アポトーシス自体についても前に考えたことがあります。
以下の記事もよろしければどうぞ。(時系列順です)

『知恵の樹』2010年6月/自然科学・医学・心理(オートポイエーシス理論)
『デカルトの誤り』2010年9月/自然科学・医学・心理(ソマティックマーカー仮説)
『アポトーシスの科学』2010年10月/自然科学・医学・心理
『エロス的人間』2010年11月/エッセイ・評論など(個人的納得…ニルヴァーナ)

ありがとうございます。

小鬼さん、より詳しく記事をあげてくれて、ありがとう(^^)
「生物と無生物の間」は出てすぐに読みましたが、忘れちゃいました。インドア系OKですよね!?韓流ドラマの「風の絵師」おすすめです。私自身、韓流スターに興味はありませんが、ドラマは日本のものより数段良くできてますよ。音楽は徳永 英明の「春の雪」で、歌集は笠井 宏之「えーえんとくちから」にはまってます。これは作家の川上 未映子さんが推薦してました。村上 龍は読むけど、村上 春樹は全く読んだことがないです。皆、大騒ぎして読んでるらしいけど、手にとる気がしない。「コインロッカー・ベイビーズ」の終わり方は中途半端だなあと思いましたが、龍さんのほうが相性がいいみたい。では、また、よろしく!宮

No title

宮沢さんこんにちは。
テレビはニュースぐらいしか、そしてドラマは全く見ないのでスイマセン。(小学校4年生以来見てません。)
村上春樹は悪くはないですよ。今になって読んでる人は、みんな勘違いして読んでるだけだと思いますけど(笑)。

ふう~ん、勘違い?

小鬼さん、こんばんは。ノーベルの候補になったとか、ベストセラーだからとかで読みだすということかしら。池澤 夏樹さんの「本は、これから」を読みましたが、ほぼ全員、紙製本を愛してる、棲み分けの形はどうあれ、必ず生き残るってところですかね。上野さんが活字中毒ってことを
強調してましたが、トイレでスーパーのチラシって、何か意味あります?
って人の趣味にケチつけちゃマズイですね(^^;皆、凄い読書量だなあ!!小鬼さんも最低、二日に一冊のペースですよね。で、内容の分析もこうしてブログに載せて、くだらないドラマ見てる暇ないですね。それに、私のようなレベルの低い訪問者のコメントにもまめに答えてくれて、かさねて有難う御座います。これからもゆっくり漂流してゆきますので、よろしく!宮

村上春樹の件、補足

宮沢さん、こんにちは。
昔から何となくドラマを見る習慣がないんです。映画は良く観ましたけどね。
ところで村上春樹の件ですけど、ちょっと言葉足らずでした、すいません。春樹も龍もどちらの村上も自分はそんなに良い読者ではないんですが(あまり読んでない)、それでも春樹の方は以前の作品はそこそこ読みました。
その経験からすると、アメリカの文学(たとえばジョン・アーヴィングやリチャード・ブローティガンなど)が好みなら合うのではないかと。フィッツジェラルドやチャンドラーに関しては自分で翻訳して出版してるくらいですしね。
ただしオウム真理教事件以降の彼は良く知りません。作風やテーマも変ったのかもしれませんが、ベストセラーの常連になってからは読んでないのです。一般的にベストセラーの本は読んで面白かったためしがないので食指が動かないんですが、村上春樹なら多分悪くないだろうと思います。そのうち中古で安くなったのを買って読むかも知れません。
それではまた。

P.S.
宮沢さんは「レベルの低い」なんてこと全然ないですよ、またまたご謙遜を(^^)。また気に入った記事があればコメントお願いしますね。

なにがなんでも!

読解力に関してはレベル低いです!!(><)でも、コメントしたい(^^;「くだらないドラマ、、」は、決して嫌味で言ったつもりじゃないので、ハイ、御免なさい。ベストセラーには、碌なのが無いというのには、同感です。天童 荒太とか。23歳の男性が、「生きていてもいいんだ、なんて言葉一つで救われるほど、世の中甘かねーんだよ」って、寸評にも同感。私はノンフィクションばかりです。理論優先派の小鬼さんの書評に、ついていくのは大変ですけど、楽しいです。アメリカの作家はマッカラーズの一冊だけです。春樹氏のオウム事件って、彼がオウムを擁護したというアレですか?初期の一冊だけ読んでみようかな、今は山本 譲司氏の「累犯障害者」と鈴木 大介氏「家のない少年たち」を読了し、亀山 郁夫氏「磔のロシア」に挑戦(無謀すぎるか)です、(^^)宮

筆禍事件

こんにちは。あ、今晩は、かな?
村上春樹とオウム真理教と言うのは、『アンダーグラウンド』というインタビュー作品のことです。阪神大震災とサリン事件は村上春樹にかなりの衝撃を与えたと聞いています。(ただ、オウムを擁護したとして非難されたというのは、寡聞にして自分はあまり聞いたことがないですが。)
でも宗教学者の中沢新一がした発言がまるで擁護したように取られて酷い目に遭ったことはありましたね。私は中沢新一の大ファンだったので気の毒で、とても悲しかったです。今も昔も発言の揚げ足をとって非難するのは、日本のマスコミの常套手段ですが。

申し訳ございません。

ごくごく最近読んだのは確かなのですが、その記事の出所がうろ覚えで、どうしても見つかりません。春樹さんとオウムの件です。もっと慎重であるべきでした。すみません、気を付けます。宮

現代用語の基礎知識

2010年度版のP1296、吉本 隆明氏の紹介文に「~92年にはオウム真理教の麻原 彰晃を評価し~」とあり、私は何を勘違いしてしまったのか、村上 春樹氏と思い込んでしまったようです。情けない、春樹ファンの方にも申し訳ないことをしてしまいました。すみませんが、この場をお借りして、ファンの方々にお詫びいたします。ごめんなさい。小鬼さんにもご迷惑をおかけしてしまい、ひたすら、ごめんなさい。勝手に一方的にこの場を借りて、それもごめんなさい。宮

ゆるゆるいきましょう

宮沢さん、こんにちは。
そんなに恐縮されることはないですよ。仕事ではなくて趣味の話なんですから。慌ててご返事を書かれなくても、のんびりユルユルとやっていきましょう。
ちなみにこのブログのポリシーはこんなですのでご参考に(^^)

『2年目を迎えて』 2011/3/5(雑記・その他)
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