『空間の日本文化』 オギュスタン・ベルク ちくま学芸文庫

 本書はパリ大学で地理学を学んだ後に東京日仏会館の学長なども務めた著者が、(「日本文化における空間を論じた」のではなく、)「空間を切り口にして日本文化について論じた」本である。なお、たしかに“空間”というキーワード/概念を用いて日本文化を分析したものではあるが、“空間”という言葉に惑わされないようにちょっと注意が必要。ベルクは普通に使っているような物理的な意味としてだけではなく、色々な概念に対してこの“空間”という言葉を使っており、それに気が付くまでは、いつまで序章が続くのだろうかと思っていた。(笑)
 (建築家の隅研吾が巻末で良い解説を書いてくれているので、先にそちらを読んでおいた方が良かったかも知れない。)
 隅の解説に拠ってベルクが「空間」という言葉を用いている対象概念を整理すると、
  1.精神的な領域(心理学や言語学の研究領域)
  2.社会的な領域(社会学や文化人類学など)
  3.物質的な領域(建築学、都市工学など)
の3つになる。物質的な領域を除く2つに対しては普通“空間”という言葉はあまり使われないが、本書ではこれらの諸領域でバラバラに論じられてきた事象を、「空間性」という概念で統合しようと著者は試みているのだ。この本が発表された当時のことはよく分からないが、このあたりはイーフー・トゥアンの『空間の経験』だとかエドワード・レルフ『場所の現象学』に見られるような、当時の地理学の趨勢なのかも知れない。

 第1部ではまず日本語と日本人の意識について考察がなされている。
 ざっとその特徴を挙げてみると、
  ・オノマトペ(擬態語/擬声語)を多用すること
  ・「主語」と「文章の主体」が一致しなくても文が成り立つこと
  ・「間」に対する意識があること(「間」は西洋文化における「休符」とは違う)
  ・物事を論じる際に、「理屈」ではなく「象徴」や「喩え」をそのまま提示するだけで
   良しとすること(西洋の目から見るとそれでは「結論」にはならない)
  ・実態でなく表面的な型や形式を尊重すること(北海道で酪農を学ぶ際、技術や知識
   だけでなくデンマーク人の容姿まで丸ごと真似たことなど)
などがある。これらは日本語の言語構造からくる日本人の意識、つまり「主体を絶対化せず周囲環境との一体によって自分が表される」という特徴からくるものとしている。

 次の第2部では日本の「食」と「住」を取り巻く、いわゆる物理的な「空間」について考察が行われる。
 日本に特徴的な物理的空間の特徴としては、
  ・「線(町をつなぐ街道)」中心ではなく、「点(町・地域などの固定点)」を中心にした
   街づくり(ヨーロッパに代表的な都市とは逆の都市計画。道は単にポイントをつなぐもの
   でしかない。)
  ・道が直線ではなくわざと曲げてある事や、庭などの空間デザインにおいて幾何学的均衡
   (特にシンメトリー)を極端に嫌うこと
  ・形質(物事の表面)を出発点として「外」へではなく「奥/内」へと限りなく延ばされる
   指向性(回り道や折りたたみ、襖や屏風により敢えて細かく区切られた部屋)
などが挙げられている。つまり位相空間の設計原理としては、遠くまで開けて見通せるのでなく先が見えない事を良しとすることや、そして先が見通せない事によって各所の地理的な絶対位置は問題とされなくなり、代わりに行程の途中に小さな区切りを設けることで眺望が見えないことを補完することが優先されているのだ。予めきめられたゴールを目指して空間設計が行われるのではないため、空間全体を統括するのはある場所から別の場所への動きを規定するルールだけ。答えはデータの集合としてでなく、運動の方程式(プログラム)として与えられているに過ぎない。

 最後の第3部においては、今まで進めてきた精神的および物理的意味における「空間性」を踏まえ、いよいよ社会的な考察が論じられる。町内会や田舎といった日本固有の組織形態や、「日本人」という意識、公私のケジメがなく曖昧な点など、様々な現象や仕組みについて検討が行われるが、ここまでの話が理解出来ていれば充分に納得できる内容となっている。

 解説で隅研吾が述べているように、本書は従来の「空間論」の枠組みと「記号論」の枠組みを飛び越えて行き来しながら考察が進む。そのため最初はとっつきにくいかもしれないが、構成を理解した上で読んで行けば決して難しいことを述べている訳ではない。そもそも記号論的アプローチとは、地理学において空間論的なアプローチによる限界が見えてきた時、そのアンチテーゼとして生まれたものであったとのこと。しかしその結果新たな知見が得られはしたが、地理学は空間論派と記号論派という2つの相容れない枠組みによって分断されてしまった。ベルクは本書において、日本文化の分析をケーススタディとしながら、実は記号論的地理学の限界をさらに空間論的なそれと「統合」することで、乗り越えようという試みを行っているのだという。うーん深い。
 日本人はやたらと日本人論とか日本文化論が好き。たくさんの類書が巷に溢れ、自分も幾つか手にとって来たが、本書はその中でも結構良いものだと思う。フランス人と思って最初は舐めてかかっていたが、なかなかどうして結構侮りがたい、参りました。(笑)

<追記>
 刺激にみちた本書によって、
 ①「外」ではなく「内」に向かうという嗜好こそ、いわゆる「縮み志向の日本人」(by李御寧)
  を生み出した直接原因なのか?
 ②小さく区切られた街区の中でチマチマと蟻のように人々が動き回る様子を想像すると、
  まるでマーヴィン・ピークによるダークファンタジー『ゴーメンガースト』を彷彿とさせる
  ようではないか!
 ③韓国語の「ウリ(われわれ)」という概念は日本語の「内(うち)/外(そと)」の内と
  同じ語源か?
などなど、頭の中には様々な妄想が駆け巡ったのだった。
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