『ヒドゥン・オーサーズ』西崎憲/編 惑星と口笛ブックス

作家、翻訳家にアンソロジスト、そしてミュージシャンなど、数多くの肩書きを持つクリエイター西崎憲氏が新しく立ち上げた電子書籍のレーベル〈惑星と口笛ブックス〉。本書はそのレーベルの記念すべき第1回配本にあたり、大前粟生氏の短篇集『のけものどもの』と同時発売されたオリジナルアンソロジーだ。小説だけでなく詩や短歌、俳句など様々なジャンルの作品を収録しており、しかもどれもが従来の商業枠にはとても収まりそうにない“尖った”作品ばかり。よほど気をつけないと本屋では見つけられないような類いの作品がごろごろ入っていて、次にどんなものがくるのか予想もつかないスリルがあるが、それでいてどれも独特の面白さがある。小説と詩歌が混在しているのも好くて、円城塔やフラワーしげるを探して歩いていたら森の奥に群生していた感じと云えばわかる人にはわかるだろうか。ショーケース的な作品集と言っていいかもしれない。
どちらかといえば小説の方が尖り具合が激しい気がするのは、きっと自分が詩や短歌、俳句の世界に明るくないからだろう。ちょっと難しいが、本書がどんな風に“尖って”いるのか説明してみたい。例えば一般的な小説の場合、読者が住む現実の世界とフィクションの世界をつなぐために、錨(いかり)に当たるようなものがあるのではないかと思う。それはSFのように奇想天外な小説でも同じであって、どんな未来であっても主人公の感情や彼が依って立つ論理体系は今の我々の世界の延長で理解できるものであることが多い。実験小説でも同じことだ。すべての約束事が崩壊して完全に現実世界との接点が絶たれてしまっている文章では、そもそも小説として成り立たない。(少なくとも我々が理解して愉しむための小説としては。それはアンチ・ロマン小説であっても同じこと。面白いかどうかは別にして、書かれている内容自体は充分に理解できる。)
しかし本書に収録された作品(とくに小説)をつらつら眺めてみると、論理や登場人物の情感、世界律などが読者の常識とずれているものが多く、いわゆる「普通」の小説を期待する者には取り付く島がないものも多い。我々の住む世界とは全く繋がりのない世界で異質な人々が紡ぐ物語。共通するものがあるとすれば、唯一彼らが感じる情動ぐらいなものだ。しかも読んでいて面白い。少なくとも自分には読んでいて愉しかった。「初めてなのに美味い」と感じるのはなんだか不思議な経験。(もちろん口に合うかどうかは人によると思う。不味いと思う人も当然いるだろう。)スタニスワフ・レムの作品を読んでいると時に「物語の限界」が奈辺にあるかをつい考えてしまったりするのだが、ここに集められた作品もある意味「小説の極北」を示すものであるかも知れない。受け入れるか拒絶するかの二者択一で読み手を試すような気配が感じられる。同様に西崎氏の編集によって書肆侃侃房から出版されている一般文芸誌の『たべるのがおそい』にも通じる空気があるが、あちらの方が口当たりがよい感じがする。

と、ここまで書いてきてふと思ったのだが、これはもしかしたら食べ物に喩えるなら「名古屋の味」に近いのかもしれないね。味噌煮込みうどんを普通のうどんだと思って食べるから生煮えの「不味いうどん」に思えるのであって、「味噌煮込み」という別種の料理だと思えば素直に味わうことができる。味噌カツだってあんかけスパゲティだって同じことだ。あるいはホヤやナマコや酒盗みたいなものかも知れない。万人受けするものではないが熱心な愛好者をもつ。電子書籍という形態はまさに産地直送の通販なわけで、こういったものを継続して供給するにはもってこいのような気がする。(となれば好き嫌いがあるのは当然であろう。)これだけ冒険的な作品を誰もが手に取れる形で世に出せたのは、まさに電子書籍であればこそだと思う。ちゃんとした形で電子書籍を読んだのは実は初めてだったのだが、色々と苦労した甲斐があった。それにしてもこれだけの濃さとレベルからしても定価700円というのは非常に安いと思う。紙の書籍なら配本数が少ないので見つけるまであちこちの書店を駆けずり回って、悩みながら3000円ぐらい出して買う自分の姿が容易に想像できてしまう。
収録作はどれもわくわくしながら読んだが、特に自分好みだったものを順に挙げるとするなら次のものだろうか。

大滝瓶太「二十一世紀の作者不明」
斎藤見咲子「マジのきらめき」
大原鮎美「月光庭園」
野村日魚子「夜はともだちビスケット」
ノリ・ケンゾウ「お昼時、睡眠薬」
伴名練「聖戦譜」
岡田幸生「『無伴奏』抄」
深沢レナ「芋虫・病室・空気猿」
深堀骨「人喰い身の上相談」

ぜひ他の方の感想も聞いてみたいものだ。
しかし西崎憲さんの文学アンテナの感度と編集の手腕、そして実行力にはほとほと感心してしまう。願わくば氏の創作も、これ以上のペースでたくさん読めますように。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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