2017年2月の読了本


『山怪(弐)』田中康弘 山と渓谷社
日本全国の山林を取材するカメラマンが、あちこちで聞きかじった山人達の体験をそのままの形でまとめた実話系怪談の第二集。姿が見えぬもの達の来訪をはじめ、様々な怪異の様子が前作と同様の語り口でつづられる。正体が判らない方が恐ろしいのは、例えばロバート・エイクマンの『奥の部屋』の怪奇小説などと同じ。オチなし意味なしの怪異がただ素材のままゴロリと放り出されているのがいい。まるで怪異の活け造りだ。

『アレント入門』中山元 ちくま新書
ハンナ・アレントの思想を『全体主義の起源』『人間の条件』『イェルサレムのアイヒマン』、そして連続講義「道徳哲学のいくつかの問題」という著作に沿って俯瞰する入門書。ハイデガーとの関係やユダヤという彼女の出自から出発し、やがて到達し得た独自の道徳哲学を解説する。『人間の条件』や『責任と判断』といった著作も読んでみなければ。

『狂気の巡礼』ステファン・グラビンスキ 国書刊行会
『動きの悪魔』で本邦初紹介となった作家の第二作品集。超常的な戦慄に満ちた十四篇はいずれもレベルが高い。精神が現実世界に、あるいは死者が生者の思考に影響を及ぼす話が多いが、これもまた20世紀初頭という時代を感じさせて好い。全篇を通じて『動きの悪魔』よりも凄惨で狂気に満ちている気がして、どちらかといえば前作よりこちらの方が好みかもしれない。
中身については、例えば「薔薇の丘」では夢野久作『ドグラ・マグラ』やD・リンゼイ『憑かれた女』にも通じる感触があるし、「接線に沿って」では稲垣足穂のロバチェフスキー空間を思わせるような描写もある。また「海辺の別荘にて」や「灰色の部屋」といった短篇は、どことなくバラード〈ヴァーミリオン・サンズ〉の「ステラヴィスタの千の夢」あたりを思わせるし、「チェラヴァの問題」に至ってはスティーブンソン『ジキル博士とハイド氏』を連想したりと、大変バラエティに富んでいる。全体を通しての印象は、無意識や精神に関する怪奇譚が多いということだろうか。これは19世紀末から20世紀初頭という時代背景からして、フロイト心理学の影響が大きかったのかも知れないがよく分からない。かなり面白かったので、同じ著者の3作目が出ることをぜひ期待したい。

『ようこそ授賞式の夕べに』大崎梢 創元推理文庫
〈成風堂書店〉と〈出版社営業・井辻智紀〉の両シリーズが合流する贅沢な書店ミステリ。あちこち走り回る主人公たちがやがて「書店大賞」の授賞式で一堂に会して謎が解かれる。これはあれだ、ジョージ・R・R・マーティンらによる<ワイルド・カード>のシリーズと同じ「モザイク・ノベル」のスタイルだ。本屋大賞ならぬ「書店大賞」を扱った作品とあって、書店を巡る状況の厳しさやそれを打破しようと尽力する人々の姿がいつにも増して強く描かれていて、読んでいてとても気持ちがいい。毀誉褒貶相半ばする本屋大賞ではあるが、本書のような思いで関わっている人もいるのだろうねえ。このシリーズはキャラが魅力的だ。

『スタッキング可能』松田青子 河出文庫
現代日本の女性が感じているであろう怒りや焦燥や哀しみや、その他諸々の思いを絶妙な言語感覚でまとめ上げた不思議な短篇集。取り上げられている内容は、所謂ジェンダーと呼ばれるものではあるのだろうけど、抗う気持ちは女性も男性も同じようだ。女性が日々感じている気持ち悪さを知るためだけでも、男性は読むといいのではないか。(しかし気持ち悪さを与えている当の本人は、こういう本は一切読まないような気もするけど。)

『ピエール・パトラン先生』 岩波文庫
『パンタグリュエル』の訳者・渡辺一夫御大の手による中世フランスの笑劇。作者不詳だが創作年代は15世紀半ば、日本でいえば応仁の乱の時代にあたる。(一休禅師の『狂雲集』と同じころだ。)
話は単純で、素寒貧の代言人(弁護士)ピエール・パトランが、羅紗屋(服地屋)を相手に高級服地を騙し取り、まんまと逃げおおせるまでの顛末を描く。同じく中世のいたずら者ティル・オイレンシュピーゲルの説話と同じで、今とは違う価値観に基づいた哄笑が全編に響きわたっている。なんだか狂言みたいな感じもあって面白い。

『動物農場〔新訳版〕』ジョージ・オーウェル ハヤカワepi文庫
叛乱を起こして農場主を追放し、農場の自主経営を始めた豚や馬や犬といった動物たち。はじめは自由と希望に満ちていた彼等の暮らしは、やがて一匹の豚による独裁によって地獄へと変貌を遂げていく。たしか開高健が『1984年』よりも優れていると手放しで褒めていた作品で、テーマは重いが寓話なのですらすらと読める。一読すれば判るように本書のテーマは直接的には当時の共産主義批判なわけだが、内容としてはもっと普遍性を持っているといえる。スターリンを模した豚による権力の奪取の過程や、ある種のプロパガンダを利用した独裁制の描写は確かに過去のソビエト連邦や隣の半島の収容所国家を思わせるけれど、我々だって決して他人事ではない。愛国の名の下に暴力と恫喝で社会を私物化しようとする施政者にも通じるものではないだろうか。割と薄めの本だけれど、著者自身による序文や訳者の山形浩生氏の解説もついてお買い得だ。

『湯女図』佐藤康宏 ちくま学芸文庫
江戸の私娼である湯女たちを描いて重要文化財に指定される「湯女図」の構図を詳細に分析し、その視線の先にあるものを推測する。絵の崩れから原図からの写本であることを示唆したり、元絵の描き手の推定やそして絵に込められた意図まで内容は盛りだくさん。様々な参考資料を縦横無尽に飛び回り、読む者に知的興奮を呼ぶ。辻惟雄氏により提唱された「二曲屏風の左扇が残ったもの」が通説になっていたらしいが、本書では代わりに「四曲屏風の一部」であるという説を新たに示したりするところは、詳しい人にも結構刺激的な内容ではないかと思われる。また、江戸幕府の公娼たる吉原と市中の湯屋との確執から当時の風俗までを視野に入れ、女性の置かれていた社会的立場まで考察するなど、社会学の領域にまで踏み込んでいる。まさに副題「視線のドラマ」に相応しい、盛り沢山な内容だった。元々は平凡社の〈絵は語る〉のシリーズの一冊として二十年ほど前に出たものの文庫化だそうで、画像が小さくて見難いことだけが残念だが内容は今でも全く古びてはいない。いやあ、美術史って面白いなあ。

『おそれミミズク』オキシタケヒコ 講談社タイガ
”僕”は十年前の暗い座敷牢での少女との邂逅をきっかけにして、彼女に週に一度会いに行くことになった。ただこわい話を聞かせに行くために……。実話怪談かと思いきや、物語はやがて驚く展開を遂げて最後は綺麗に着地する。怪異に全て理屈がつくのは怪談というよりSFといえる。「実話怪談ホラーSF」だ。ラストもしっかりハッピー・エンドで読後感も悪くない。講談社タイガというレーベルの本を読んだのは本書が初めてだが、「講談社ノベルスの兄弟」という位置づけや表紙イラストのテイストからして、もしかしたらヤングアダルト向けのレーベルなのかな?こういう話が中高生の頃に読めたら良かったのだがなあ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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