2016年10月の読了本

『少年と空腹』赤瀬川原平 中公文庫
 以前、講談社文庫から出ていた食べ物エッセイ『少年とグルメ』を改題したもの。前半は貧乏ゆえのゲテモノ食や犯罪すれすれの食事の思い出、後半はまだ見ぬ物への憧れが極上の調味料になる。およそ35年前の文章なので、表現に若干気になるところはあるがやはり巧い。そして面白い。食べ物エッセイではあるのだが、副題に「貧乏食の自叙伝」とあるようにグルメではない。食べ物が無かった時代に胃の中に放り込んだ妄想や犯罪や羞恥が塊になっていて、文章の質感がすごい。さすが赤瀬川原平である。それにしても氏の文章に出てくる天丼は本当に旨そうだ。実は甲殻類アレルギーなので海老天は食べられないのだが、赤瀬川原平の天丼は食べてみたい気がする。本当に食べたら喉が痒くなるが、氏に倣って妄想を膨らませるだけなら大丈夫だろう。

『ヘリオガバルス』アントナン・アルトー 河出文庫
 14歳で叛乱とともに戴冠し、放蕩と残虐の限りを尽くしたのち、18歳で暗殺されたローマ皇帝ヘリオガバルス。彼の生涯をシュルレアリストのアルトーがシリアの異教信仰とアナーキーという視点で捉えた異色の歴史書。エメサの残酷な生贄のシーンなど妄想的で迫力に満ちた描写に圧倒される。「見てきたような」力技の文章を前にすると、はたして真偽はどうなのか、あるいは解釈として正しいのかなんてことは、どうでも良くなってしまう気がする。アルトーの妄想力はもしかして岡本太郎や梅原猛のそれにも匹敵するんじゃないか。
 ところで本書は最初のうちとても読み難くて時間がかかったル・クレジオといいドゥルーズといいアルトーといい、仏語系の著者とは相性が良くないのかともおもったが、ツイッターで呟いたところ「フランス語は言語の構造のせいなのか、ワンセンテンスがえらく長くなる傾向があるので、訳文も英語に比べると読みにくくなる」というコメントを頂いて納得した。確かに一文が長い。谷崎潤一郎が得意でないのを思い出した。(ちなみに後半は突然文章が短くなって読みやすくなった。)

『カント「視霊者の夢」』エマニュエル・カント 講談社学術文庫
 『純粋理性批判』を始めとする”三批判”の書で有名な哲学者カントが、同時代に話題だった霊視能力者スヴェーデンボリの神智学的な主張を理性によって検証・批判した異色の小論。それらを幻想/妄想の産物として一蹴するとともに、理性の限界を越えた先にあるものについて語ることの無意味さを説く。
 まずカントによる霊の定義が面白い。彼によれば「ひとつの空間を占める物質があるにも関わらず、同じ空間に受け入れられる性質を持ち(=非物質的存在)、且つ肉体という物質と相互作用をもつもの」(大意)であるという。また「道徳」とは霊的な存在同士に作用する万有引力のようなものではないかという仮説も斬新。霊同士の相互作用により利己的な主張が退けられ社会的な合意がなされるのだというが、心身二元論を突き詰めるなら、たしかに引力が物質にしか働かないと考える理由は無い。(もっとも物質とは違う原理に従うから霊だという理屈もあり得るわけだが。)
 カントが鋭いのは、霊的存在(=魂)が物質とは全く干渉しないのに「肉体」という物質だけには繋がるという、根本的な矛盾に言及している点。たしかにこの矛盾を解消しようとするとかなり無理がある気がするのだが、でもスヴェーデンボリは(丹波哲郎みたいに)「私は視た。霊界はある」って言ってるのだ。カントは最終的にどう論駁するんだろうと興味津々で読んでいくと、原理的に真偽が判断できないことについてあれこれ真面目に考えるのは無駄だから、これ以上この件を考察するのは止めて本当かどうかは随意の探究に委せるという結論。
 「わたしは、相当悪質な夢想家のとてつもない幻想をひたすら模写したり、あるいはこうした作業を彼特有の死後の記述までつづけてゆくことにすっかり飽きてきた。それにわたしには他に配慮しなければならないことがある」だって。わはは、これは面白い。「彼の大著述のなかには、もはや一滴の理性も見当たらない」とか「(本書では)本来は賢明な教えと有益な指示が占めるべき狭い場所をいかにも利口そうに、いっぱいに満たした迷妄と空虚な知識を一掃したとか」もう滅多打ちである。きっとカントにとってスヴェーデンボリの活動は「江戸しぐさ」みたいなものだったのだろう。視霊者の見る夢とはまさしく「胡蝶の夢」だったのだ。

『はじめての短歌』穂村弘 河出文庫
 初心者には詩とか俳句とか短歌とかいったものはなかなかとっつき難い印象があるが、本書は実例をもちいて、散文と違った論理で作られる短歌のポイントについてとても解りやすく説明してくれている。学校の作文や会社の報告書のように「わかりやすいことが価値のある」ことでなく、むしろ情報を減らし価値を日常から反転することが短歌としての価値を高めるのだそうだ。「生きのびる」のでなく「生きる」、「役に立つ」よりは「役に立たない」を言葉にするための方法が、実例とともに示される。ちょっとずれることの面白さが心地よい。自由律になってしまえばもはや俳句と短歌の区別もつかず、限りなく詩に近づいていく。読むことでフッと肩の力が抜けた。これでいいのか。
 本書を読んだ後で短歌を始めてみた。(自由律のお遊びみたいなものだが。)

『死をもちて赦されん』ピーター・トレメイン 創元推理文庫
 七世紀のウィトビア教会会議でおこった殺人事件。一つ間違えば戦乱の火蓋が切って落とされるこの一触即発の危機に、アイルランドの聡明な法廷弁護士でもある修道女"キルデアのフィデルマ"が謎を解く。ミステリ読書会のために読んだ歴史ミステリの人気シリーズの一作目だが、殊のほか面白くて気に入った。こういう話好きだな。

『大きな鳥にさらわれないよう』川上弘美 講談社
 泉鏡花記念文学賞受賞作。全部で十四の小さな物語が、やがて大きな物語となって遠い未来の運命を描き出す。異形の者たちと物哀しさは筒井康隆の『幻想の未来』やオラフ・ステープルドンの『最後にして最初の人類』、或いはピエール・クリスタンの『着飾った捕食家たち』を思わせるが、本書はどこまでも静かで美しい。おそらく著者の幻想小説としての代表作になるのだろう。傑作である。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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