2016年9月の読了本

『見た人の怪談集』岡本綺堂・他 河出文庫
 総勢15人もの有名作家による怪談小説を集めたアンソロジー。古くは鏡花や鷗外に荷風といった大家から、橘外男や角田喜久雄に大佛次郎までが並ぶ様子は壮観。さながら文豪怪談といったところか。「停車場の少女」「日本海に沿うて」「海異記」「竃の中の顔」あたりが怖くて特に自分好み。

『瀬戸際レモン』蒼井杏 書肆侃侃房
 新鋭短歌シリーズの一冊。中城ふみ子賞、短歌研究新人賞次席とのこと。作家・翻訳家の西崎憲氏が推薦していたので読んでみた。現代短歌は全くの門外漢なのだが、とても新鮮で思いがけない言葉が並ぶのが面白い。 気に入ったものを二首ほど挙げてみる。
 こんなにもわたしなんにもできなくて饂飩に一味をふりかけている
 まだすこしバニラでしたよ左手の爪のにおいとわたしと月と

『羽虫群』虫武一俊 書肆侃侃房
 同じく新鋭短歌シリーズ。”世間一般では真っ先に排除される「弱み」”というものを、短歌という枠組みの中で表現した内省的な一群の歌を収録する。読んでいてなかなかつらい作品も多いが、読み手の心象が少しずつ変わっていく様子が何となく見てとれて作品に惹きつけられる。
 問い詰める視線にまわりを囲まれて息したらもう有罪だった
 都合よく胸に開いている大穴に空から星が落ちてこないか

『永遠でないほうの火』井上法子 書肆侃々房
 新鋭短歌シリーズの3冊目。水と火のイメージが様々に形を変えて現れる。この人も短歌研究新人賞次席とのこと。言葉の選びかたが上手い。三人の中ではいちばん幻想寄りに思える。
 月を洗えば月のにおいにさいなまれ夏のすべての雨うつくしい
 生みながら食む 火を歌いながら生きるよ 声を熾しつづけて

『神様』川上弘美 中公文庫
 自分の好きな「奇妙な味」と呼ばれる小説だと教えていただいて読んでみた。氏の作品を読んだのは今回が初めなのだが(失礼)、たしかにこれはなんとも形容しがたい。端正さが好きな梨木香歩氏の『家守綺譚』よりも更に軽くて儚い感じがする。ふわふわとして捉えどころがなく変なのだが、怖い話というわけでもない。まさに「不思議」と呼ぶのが相応しいかも。なかでも「河童玉」みたいに飄々とした嘘くさい話は特に好きだ。なお、あとで教えていただいた話によれば、3.11の後に一部を書きなおした『神様2011』という作品もあるらしい。そのうちに読んでみたい。

『わたしの小さな古本屋』田中美穂 ちくま文庫
 蟲文庫という倉敷のユニークな古本屋の店主があちこちに書いた小文を集めたエッセイ。この店主は苔が好きなことで知られているのだが、そのせいか本書もとてもゆっくりした時間が流れている。これまで様々な古書店ガイドや古本エッセイで目にしてきた店の雰囲気そのままだ。著者はある人に「一日二十七時間ぐらいある」と云われたとの一文があったが、それもあながち間違いではない感じがする。休日にアイスコーヒーを飲みながら読むのに相応しい感じ本だ。

『反オカルト論』高橋昌一郎 光文社新書
 講談社現代新書で『理性の限界』『知性の限界』『感性の限界』という哲学・論理の本を出している著者が、スピリチュアリズムやSTAP細胞、超能力に占いや迷信、はては江戸しぐさまで様々な事例を俎上にあげて分析し、欺瞞を信じてしまう原因と「誤信・迷信・盲信」を防ぐ心構えを説く。前掲の三冊と同じく、肩の凝らない対話形式で書かれているので読みやすい。
 内容はまず、フォックス姉妹やミナ・グランドンらの心霊実験にまつわるインチキと、それら非科学的な欺瞞に高名な科学者やコナン・ドイルなどの文学者たちがいかに騙されたかのエピソードから始まる。中盤ではSTAP細胞の事件もオカルト事件として論じているのが痛快。(ちなみにSTAP細胞問題は今や教科書に載るレベルの「世界の三大研究不正事件」のひとつであるらしい。)なお本書でいう「オカルト」とは、本来の意味での「オカルティズム(神秘学、隠秘学)」ではなく、「オカルト映画」とか「オカルト小説」という表現で使われる意味に近い。「非科学的な言説」という程度の意味ととれば良いと思う。問題はそれらが心霊現象や超能力ではなく演者によって仕掛けられたトリックであるということだ。
 ではなぜ科学者たちはだまあされてしまうのか?著者によればそれは「科学者は常に合理的に考えることに慣れすぎているため、体験したことのないような非合理な現象に遭遇すると、逆に簡単に騙されてしまう」ということであるようだ。結論を述べてしまえば、科学的根拠と論理、つまり「学」が大事という話になるわけだが、はたして本当にそれだけで騙されなくなるのだろうか。もっと奥深い悪意に対しては別の何かが必要な気もするのだが、考えていたがそれが何かはよく分からなかった。

『屍人の時代』山田正紀 ハルキ文庫
 『金魚の眼が光る』や『人喰いの時代』などと同じく名探偵・呪師霊太郎が登場するミステリシリーズの一冊。文庫オリジナル作品で、中短篇ミステリを四篇収録する。軽い話もあるのだが、通低音のように作品全体を通じて流れているのは、旧日本軍をはじめとする大正から昭和にかけての日本の病理だったりもする。ちなみに山田正紀氏のミステリには一種独特の味があって、それは誰が何を隠しているのか最後まで判らないこと。フーダニット(“Who done it”/犯人は誰か?)でもファイダニット(“why done it/動機は何か?)でもないのが、実はこの人のミステリの魅力なのだろうと秘かに思っている。ハウダニット(”How done it/どうやったのか?)はきっちり書いてあるので「超絶技巧ミステリ」とか形容されるのだが、それだけではないのだ。シリーズを通して読んでいるうちに見えてくるのは「大きな時代の流れと一人の人間の対峙」のような気がしないでもない。呪師霊太郎は探偵であるが同時に個々の作品における狂言回しであり、さらにシリーズ全体での告発者でもあるのだろう。本書収録の作品の中では中篇「少年の時代」が、宮沢賢治や江戸川乱歩の「少年探偵シリーズ」、そして金田一耕助へのオマージュなどふんだんに盛り込まれていてとても面白かった。

『稲垣足穂 飛行機の黄昏』 平凡社
 スタンダード・ブックス叢書の一冊。『一千一秒物語』の稲垣足穂による20代から晩年までの様々な随筆の中から、著者が愛する天体や飛行機などについて語ったものを厳選。若い頃の文章では、夜空の星など実際には殆ど見たことがないとうそぶいていて面白い。この頃の彼にとって大事なのは頭の中の天体なのだ。そしてもしも青空をまっくろに塗りつぶしたら”お天道”がたちまちダンディになるだとか、ちょっとした言葉がいちいちかっこいい。ところが「横寺日記」を書いた四十歳のころにはどんな心境の変化なのか、野尻抱影の星座随筆を読みながら頭上に広がる現実の星たちを憶えていくのがまた可笑しい。
 子供の頃の思い出が書かれた随筆では、彼の創作の原点になった記憶にも通じているようで興味深い。澁澤龍彦でいえば例えば『狐のだんぶくろ』のような感じといえば判るだろうか。あと、今回著者の随筆をまとめて読んでわかったことがある。それは足穂の文章は年取ってからの方が読みやすいということだ。若い頃の文章は理念に走り過ぎて正直ちょっと解りにくい。若かりし頃の足穂にとって、天体とは現実の空に広がるものではなく、子供の頃に広告でみた天文学者や魔術師たちへの憧憬と、耳馴れぬ科学用語が醸し出す浪漫であるようだ。ロバチェフスキー空間といった言葉が説明もなく書かれるところなどはまさしくそうで、所詮は自らの頭の中の世界でしかない。宮沢賢治の詩に重なって見えたりもする。
 蛇足であるが最後にひとこと。天体と同じく飛行機をこよなく愛した足穂によれば、飛行機の「花」はライト兄弟からわずか10年しか続かなかったのだそうだ。そしてジェット機のような「矢型」の飛行機はもはや鳥とは言い難く、まるで悪魔の尻尾を思わせるとも。「あらゆる「便利なもの」は手段では有り得ても、目的であることは不可能である」という彼の言葉を目にすると、便利なだけの技術を嫌悪して空や風と人が一体になることを理想とした足穂の気持ちが判るような気がする。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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