第6回名古屋SF読書会レポート

  ※遅くなってしまい申し訳ありませんが、さる7月30日(土)に開催された読書会について
    レポートをまとめました。バリントン・J・ベイリー『カエアンの聖衣』の内容に触れ
    ていますので、未読の方はご注意ください。

 名古屋SF読書会も早や第6回を数えるまでになった。今回の課題本はアニメ『キルラキル』の元ネタになったとして、アニメ放映時に話題になったバリントン・J・ベイリーの『カエアンの聖衣』。刊行当時は「ワイドスクリーン・バロック」と呼ばれる一群の小説の代表作として一部マニアの間で話題になったが、その後、絶版となって長らく入手困難となっていたものだ。このたび目出度く大森望氏の新訳で復刊が叶ったのを記念して、課題本に選ばれた。かなり癖のある作品だけに、SFを読み慣れていない人も多く参加するこの読書会でどのような意見が出るか、興味深くもちょっと怖くもある。(笑)
 ツイッターやフェイスブックで告知をしたところ、申し込みの出足は早かったが、ある程度のところでぴたっと止まってしまった。うーむ、やはり古典的な有名作と違ってファンの食いつきはいいが広く興味をそそるものではないのか?面白いのになあ......。(しかし最終的にはスタッフも入れて30名弱となり、丁度しゃべりやすいくらいの人数になったので、このような作品には却って良かったかも知れない。)

 読書会の前半はいつものように3つのテーブルに分かれ、ホワイトボードに書きながらのグループ協議。そして休憩を挟んだ後半は、ホワイトボードをずらりと前に並べて全員で各グループの意見の確認と質疑応答を行うという、いつものパターンで進めた。
 前半の部は自分の班は9名。まずは各自が順番に感想を述べ合い、その後、疑問点や意見を交わすのだが、旧版刊行当時に読んだというSFファンの人と、今回新訳で初めて読んだという人が入り混じるのでなかなか面白い。さらには翻訳家の中村融氏が加わっていただけたので、「ワードスクリーン・バロック(*)」が日本に紹介された時のエピソードや、ベイリーについてとても興味深い話が聞けたのは良かった。
 なにしろベイリーは奇想天外なアイデアがウリの作家。本書もまともな人物が出てこないアクの強い作品なので初読の人にどのように受け入れられるか不安だったのだが、その点は杞憂だった。自分の班では初読・再読関係なく概ね好評で、「まともな登場人物が出てこない(笑)」と言われつつ、みなさん結構愉しんでいただけたようだ。

   *…SF作家のブライアン・W・オールディスが著書『十億年の宴』で、ある種の
      SF作品に対して名付けた名称。彼はアルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ
      !』について「絢爛豪華な風景と、劇的場面と、可能性からの飛躍に満ち
      た、自由奔放な宇宙冒険物」(P284)と呼んだ。同じような傾向の作品を書く
      作家として、他にはA・E・ヴァン・ヴォークトや、チャールズ・L・ハーネス、
      クリス・ボイスなどがいる。

 グループの中で出た意見で印象的だったのは、人物の描き方が表面的だという指摘。これはベイリー作品の本質にも関わるところだと思う。突拍子もない奇想天外なアイデアを惜しげもなく大量に投入して読者を煙に巻く、あるいは異様な宇宙やいびつな社会を描いて気味悪くも蠱惑的な世界に読者を招待する、そんなところが魅力であるワイドスクリーン・バロックは、その反面、キャラクターが物語を進める上での道具でしかなく、いわゆる「文学的な深み」に欠けるという弱点を持つ。代表格であるベイリーはまさにそういった形容がぴったりくる作家ではないだろうか。(注:これはもちろんベイリーがSF作家として優れていないということではない。)
 ちなみに中村融氏からは「ベイリーは小説がへた」という身も蓋もないご意見を頂戴した。(笑)本書にはリアルド・マストを始めとする3人組のギャングが登場するのだが、この3人の書き分けが出来ておらず区別がつかないという話から、旧訳の翻訳を担当した冬川亘氏はひとりの人物を関西弁にするという荒業に出たというエピソードまでご紹介いただき、みな驚く。なるほど、旧作では主人公の服飾家ペデル・フォバースが自分のことを「あたし」と呼ぶなど優男(?)ぶりが目立っていたように思えたのだが、それも訳者の工夫だったわけか。
 皆がこぞって褒めていたのは、インフラサウンドを武器に戦う生物や蠅の惑星の異様な生物たち、ヤクーサ・ボンズとソヴィア人、カエアン人たちの異質な世界、そして何と言ってもフラショナルスーツに秘められたおそるべき力と隠された秘密など、次から次へと投入される豪華絢爛なアイデアの数々だ。すごいアイデアに圧倒されながら続きを読んでいくとそれっきり出てこなくて、「これで終わりかよ!」の繰り返しだったという方もいたが、本書では最終的には設定がきちんと辻褄を合せた形で収束しているのも、(ベイリーには珍しく/笑)小説としての完成度が高くて好印象だったようだ。
 最初に旧訳版に読んだときには蠅の惑星やヤクーサ・ボンズの印象が強烈に残っていたのだが、今回再読してみて、それらのパートの分量が記憶よりもはるかに少なかったことが意外だった。逆に言えばそれほど強く記憶に残ったということであり、初読の人はあれをどのように感じたのか訊いてみれば良かったのだが、つい聞きそびれてしまった。学生時代は仲間内でかなり話題になったのだが。(他に印象に残ったシーンとしては、惑星プロッシムに“フラショナルスーツの花”が咲くところを挙げておられる方が何人かいた。)
 なお、なぜ本書に日本人(の末裔)が出てくるのか?という疑問に対しては、ヤクーサ・ボンズが裸であることから当時イギリスで人気のあったスモウレスラーと歴史上の僧兵のイメージを重ねたのではないかという意見があったことを付け加えておきたい。これも中村氏の情報によれば、当時のイギリスでは日本ブームがあったということらしい。

 ひととおりの感想が出尽くしたところで、中村氏から参加者への特別サービスの話題提供があった。日本においてワイドスクリーン・バロックがどのように紹介されてきたかについて、1978年刊の「SF兵器カタログ」というムックまで遡って繙いていくというもので、知らなかったことが次々出てきてとても面白い。(**)

  **…中村融氏には他にも「ベイリーは自分がダメ人間なので作品にもダメ人間をよく
       登場させる。結果的にアンチヒーローを描くことになる」とか「ベイリーは蟹が
       好きだが、それは“硬いものの中に柔らかいものが詰まっている”というセルフ
       イメージから」といった、とても面白い話を聞かせていただけた。

 休憩が終わってからはホワイトボードを前にして、各グループからの報告と全員による質疑応答の時間。「少年JUMPの漫画みたい」とか「“服”は自然に反して人間が作り出した“価値”を体現するものであり、ひとつの文化を背負うものである」、あるいは「服を着るカエアン人と服に着られるザイオード人」などといったなかなか示唆に富んだ指摘が出たが、総じていうとやはり「ヘンテコで面白い話だなあ」という感じだったのではないだろうか。
 自分としては、大好きな作家の大好きな作品がdisられることなく好評を博したので正直ホッとした。(笑)『キルラキル』効果なのだろうか、どうやら本書の売れ行きが良かったのか11月には新しい短篇集『ゴッド・ガン』が出るらしいし、ベイリーファンとしては喜ばしい限りだ。

<追記>
 次回、第7回の名古屋SFシンポジウムも予定が決まった。期日は11月23日(水・祝)で、課題本はスタニスワフ・レムの名作『ソラリス』(ハヤカワ文庫)。ロシア語版からの重訳で一部が省略されている『ソラリスの陽のもとに』ではなく、ポーランド語版からの原典訳版なので、これまで読んだことのある人もまた違う印象を持つのではないかと、参加者の皆さんの感想をお聞きするのが今から楽しみで仕方ない。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR