『物欲なき世界』菅付雅信 平凡社

 ジャンルとしてはマーケティングに分類される本だが、前半と後半では随分と印象が違う。ざっくりと云えば、まず前半は最近の若者に見られる傾向の分析から、従来型の高度経済成長を前提とした資本主義社会の終焉を示唆。そして後半は「幸福」の実現に向けた様々な思想家による提言を紹介しつつ、やがて来るべき「物欲なき世界」を示唆する。最初はよくある感じの本かと思っていたが、後半にはどんどん話のスケールが大きくなっていくのでびっくりした。
 本書で挙げられている「最近の若者にみられる傾向」とは具体的にはどんなものかというと、まずひとつはアメリカのポートランドなどから顕著になってきた「低消費型」のライフスタイルのこと。シンプルで自然な暮らしを求める人たちだそうだ。そのスタイルは「ダウンシフト」もしくは「スペンドシフト」と呼ばれていて、“モノ”ではなく“意味”を求める生活様式なのだそう。日本であれば「LOHAS/ロハス」や「スローライフ」という言葉の方がしっくりくるかもしれない。雑誌では『ソトコト』あるいは『キンフォーク日本語版』といった雑誌が提唱する価値観で、無印良品なんかも同じカテゴリーに入るらしい。こういったライフスタイルの人が増えてくると、これまでのようなマーケティングが通用しなくなってくるのだそうだ。(たとえば金融業界のマネートレードに代表されるような業界に身を置いているうち、資本主義の仕組みに疲れてしまった人たちが起業してオーガニック食品の店を始めた事例なんかも紹介されている。)
 そして傾向のふたつめは、eコマースやデジタル工作機械を利用したカスタムメイド化。まあたしかにITの影響は大きいだろうね。過去、インターネットが無かった時代には、書物にしろ現物にしろ、なんらかの“モノ”を持つことでしか情報を得ることが出来なかった訳だけれど、今はモノではなくコンテンツが重視される。また最近では、なんでも個人持ちするのでなく共有する「シェアリング・エコノミー(共有経済)」の動きもあるということだ。(*)色んな形で従来の資本主義的価値観から脱しようとする若い人たちを紹介する。ただ最後のシェアリングについては、価値観の違う他の人々との共存を受け入れる度量と社会的な認知が前提になるような気もして、もしそうなら今のように社会的弱者を排斥する傾向が強い社会では、なかなか受け入れがたい仕組みかもしれない。

   *…なお本書ではヤフーオークションやイーベイといった、中古品のユーザー同士
      での直接取引もシェアリングの一種にあたるとしている。子育ての手伝いを
      同年代のコミュニティでシェアリングする仕組みも紹介されていたが、これは
      なかなか面白い取り組みだと思う。

 冒頭でも書いたように、後半は色んな思想家の著作を引用しつつ、社会的な「幸福」の実現について考察する。若者文化や個人のライフスタイルというミクロな話題から、世界経済の未来というマクロな話題へと論調を変えた第5章からは、哲学・思想の話が好きな自分にとっては滅法面白かった。
 たとえば「お金はものではなく“信用システム”である」と説くフェリックス・マーティン著『21世紀の貨幣論』。氏によれば、お金と云うのは「①信用/②価値単位の提供/③譲渡性」という、三つの基本要素でできた“社会技術”なのだそう。貨幣論といえばマルクスあたりの知識で止まっている自分としては驚きの連続。他にもジュリエット・B・ショア著『プレニテュード 新しい<豊かさ>の経済学』などを紹介しつつ、幸せというものに対する考え方が変化していると指摘したり、第6章ではピケティ著『21世紀の資本』を引き合いにして、高度経済成長を実現する資本主義社会が長く続くことは無いと説く。「昔の夢をもう一度」みたいな風に考えている年寄りには面白くない話だろうが、でもそんな社会であってもそれなりの幸福は実現できるのだという提案は、自分のような小市民としては元気づけられる(?)ものではあるだろう。
 欲を言えば著者自身によるオリジナルの意見が無いのが残念ではあるが、それでも引用されている本を眺めているだけで充分に面白かった。社会学とマーケティングの両方に興味がある人にはお薦めの本だと思う。バリー・マクガイアや忌野清志郎による名曲「明日なき世界」を連想させる題名だけれど、決して絶望に満ちた内容ではないよ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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