2016年5月の読了本

 またまた10冊に届かなかったが、割とバラエティに富んだものが読めたのでよかった。

『菌世界紀行』星野保 岩波科学ライブラリー
 根雪の下などに棲息して取り付いた植物を枯らしてしまう「雪腐病菌(ゆきぐされびょうきん)」を求めて、アイスランドやロシアから南極まで世界中を旅した菌類学者による旅行記。これまで聞いたことも無い名前の菌類だし、中には結構つらそうなエピソードもあるのだが、全編を貫くユーモアによって最後までとても愉しく読めた。そもそも、研究者が自らの体験を素人にも分かりやすく語ってくれる本は好きだ。また内容が専門的であればあるだけ更に愉しめる。その点では本書も青山潤著『アフリカにょろり旅』のウナギや高井研著『微生物ハンター、深海を行く』の深海微生物などと同じく、雪腐病菌などというマイナーな(失礼!)研究対象だけに文句なし。科学ライブラリーだからきっと著者が想定している読者の年齢は低めなのだろうと思うが、大人が読んでも十二分に愉しめる内容だと思う。あちこちに挿入される著者自筆のイラストも玄人裸足の腕前。山口昌男氏なども大層巧かったし、フィールドワーカーの人は絵心のある人が多いのだろうか。

『人形の文化史』 香川檀/編 水声社
 8名の論客による、人形を巡る様々な文化や思想を論じた文章を収めた本。人形の持つ象徴性のルーツや幻想文学における人形の持つ意味、そして第二次大戦(人が人形にされた時代)前後の芸術における人形など社会学や文化人類学的なアプローチによって書かれた文章はどれも読み応えがある。四谷シモン氏など人形作家へのインタビューも付いていて、かなりお得感がある。
例えば第一部。第一章「神のかたどり」では、西洋における“ヒトガタ”に込められた意味と人形文化の系譜を辿ってゆく。続く第二部ではホフマン『砂男』、リラダン『未来のイヴ』、マイリンク『ゴーレム』といった幻想小説の傑作に焦点をあてる。(なかでも桂元嗣氏による『ゴーレム』の論考は出色。ゴーレムを従来のような不完全な従者の如きイメージではなく“未分化なもの”として位置付けて、アフロディーテとの対比まで順に読み解いていく。人形から切り離して読んでも充分に面白い。)他にもフランスで人気を博した黒人人形と植民地の話だとか、ナチスによりユダヤ人が人形とされた時代の考察(「マネキンとマリオネット」)だとか、最終章ではベルメールの球体関節人形と人形写真の関係まで。ちょっと値段は張るが買った甲斐があった。人形のもつ象徴性などに興味がある方は是非。

『楢山節考』深沢七郎 新潮文庫
 「姥捨て」の伝承に題材をとった恐るべき表題作を始めとする全4編を収録した短篇集。なまなかな現実ではたちうちできないほど強いフィクションの力を久しぶりに味わった気がする。今村夏子氏の『こちらあみ子』にも似た力で、架空の歌や風習を作り上げる手法は筒井康隆にも通じる。(いや逆か? むしろ筒井氏の方がこちらを意識して書いたという方が正しいかもしれない。)他では「月のアペニン山」は怖く「白鳥の死」は読むのが辛い。(「東京のプリンスたち」はちょっと台詞に時代を感じてしまったが。)著者プロフィールを見ふと思ったのだけれど、現役作家に喩えるならオールラウンダーなところとか音楽家の資質などが、少し西崎憲氏に共通するところがありそうな気もする。

『子どもは40000回質問する』 イアン・レズリー 光文社
 「好奇心」の有無が人の脳の発達や社会的な成長の上でどのような影響を与えるかについて、豊富な事例とともに説明した本。「好奇心」全般について書かれているため話題の範囲は広い。本屋で教育の棚にあったのでてっきり子供の脳の発達についてだけだと思ったが、最終章ではマーケティングにおける効果効能にまで述べられているので、知らずに読んだ人は面食らうに違いない。(自分がそうだったように。/笑)文字通り「好奇心旺盛」な方にお薦め。

『パリ仕込みお料理ノート』石井好子 文春文庫
 83年に同文庫から出たエッセイの新装版。お得意の料理に関する薀蓄が愉しいエッセイの他、後半にはシャンソンをめぐる自らの歌手としての体験や、プロデューサーとして多くのシャンソン歌手と交流した様々な思い出が語られる。どちらの章も味わい深い。初出は1970年なので、当時はレモン絞り器やホットサンド用のホッターなども珍しかったのだろう。今読むと家庭に浸透している料理や調理道具も多い。時代は少しずつ変わっているのだ。

『黒後家蜘蛛の会 1』 アイザック・アシモフ 創元推理文庫
 極めてオーソドックスな謎解き型ミステリの短篇集。トリック重視というよりも作者によるウイットに飛んだ解釈の妙が主役。給仕役のヘンリーによる鮮やかな謎解きもさることながら、そこに至るまでのメンバーの蘊蓄や丁々発止のやりとりがとても愉しい。本格ミステリで「よくぞこんなに凝ったトリックを思いついた」というのも好きだが、本書はそれより「あ、こんな解釈もあったか」という愉しみ方に近いかも。時には強引な結末の作品も無きにしも非ずだが、それすらも著者が作品を書き終えたあとで、「どうだ♪」と得意げな顔をしている様子が頭に浮かぶようで微笑ましい。実は今回初めて読んだのだが、口当たりが良くていくらでもいけてしまう感じかがした。そして本書を読んでいるうち、ミステリにおけるトリックとはウィットの一種ではないかと思えてきた。本当かどうか(=確からしさの検証)とは一切関係なく、作中人物(=読者)をいかに納得させることができるかが大事。そしてそのためには、謎が魅力的であればあるほど良いのだ。まさに殺人事件なんてうってつけといえる。

『魍魎の匣』京極夏彦 講談社文庫
 何度目かの再読だが何度読んでもすごい。魍魎という“此岸”と“彼岸”の境界に湧くモノ(もののけ)を題材に、科学と宗教と生きることの意味を穿ち、アクロバティックな展開がラストに至って奇跡のように着地する。そもそも京極堂シリーズの面白さは猟奇的で民俗学的な香りのする事件と、奇矯なキャラのオンパレードにあるのだと漠然と思っていたのだけれど、今回読み返してみて新たな発見があった。キャラ立ちするのは、心理描写も含んだ複数のキャラの視点が入り混じっているからなのだと思う。関口、木場、榎木津といった常連キャラの他、女子高生・楠本頼子や福本巡査、そして青木刑事ら複数の視点が順に移り変わりながら、徐々に物語の全体像が見えてくるところは圧巻。そして物語の鍵となる最重要人物でありながら、決して京極堂の視点では決して語られないというのも面白い。これ、全て作者流の小説作法にならったものなのだ。
 また、京極堂シリーズで描かれるのは悪ではなくて不幸であるというのも興味深い。中禅寺秋彦は「犯罪を暴く」のではなく「真相を暴く」だけ。そしてその目的は犯罪を糾弾することではなく、不幸な境遇の人々の心を癒やすことなのだ。当然ながら読後感がいいから後を引く。うまいこと出来てる(笑)。初読の際に、次の日も仕事だというのに、夜中の2時過ぎまでかけて読み終えたのを思い出した。

『黄金の壺/マドモアゼル・ド・スキュデリ』ホフマン 光文社古典新訳文庫
 ホフマンの色々な作品をサンプルケースのように並べた入門編の一冊。表題作のひとつ「黄金の壺」は魔法の飛び交う錬金術的な世界の物語。少し滑稽なところもあって気軽に読めるファンタジーに仕上がっている。ハッピーエンドなのも好い。もうひとつの表題作「マドモアゼル・ド・スキュデリ」はまたうって変わってデュマを思わせるような犯罪活劇物語であり、残りはオペラ「ドン・ファン」論をテーマとする掌編と架空の楽長クライスラーの言行録「クライスレリアーナ」からの抜粋を収録。著者を代表する幻想小説と探偵小説の嚆矢と言える中篇が読めるだけでもお買い得といえる。古典新訳文庫さん、やるねえ。

ゴーチエ『死霊の恋/ポンペイ夜話 他三篇』 岩波文庫
 フランスの幻想小説家による短篇集。妖艶な吸血鬼クラリモンドに誘惑される若き司祭の苦悩を描く「死霊の恋」も、火山の塵と化した若き女性が二千年の時空を超えてひとりの青年の前に現れる「ポンペイ夜話」のいずれも、この世の現実に背を向けてひたすら夜の別世界に心惹かれた者たちの体験する幻想と死の物語。解説によればゴーチエはホフマンの熱心なファンだったらしいが、いかにもそんな感じのする表題作だ。他の三篇「二人一役」「コーヒー沸かし」「オニュフリユス」の中では、「二人一役」がユーモラスな小品ながらぴりっとした感じでかなり気に入った。また「オニュフリユス」の扉には「あるホフマン賛美者の幻想的なるいらだち」とあり、一方で「オニュフリユス」自体の中身は夢見がちな芸術家たちを揶揄・糾弾する類ものであるため、それはそのまま作者の自虐ではないかとも思えてくる。大変愉しい一冊だった。たまに読む幻想小説は心に沁みるようだねえ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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