第5回名古屋SF読書会レポート

 ※R・A・ハインライン『宇宙の戦士』の内容に触れています。未読の方はご注意ください。

 さる黄金週間初日の4月29日に、第5回となる名古屋SF読書会が開かれた。第4回(G・イーガン『ゼンデギ』)は都合により欠席だったので、SF関係の読書会は昨年の温泉読書会からおよそ6か月ぶり。名古屋SF読書会に限って言えば昨年の7月26日以来なんと9か月ぶりだ。(*)
 今回の課題本は“御三家”のひとりロバート・A・ハインラインの問題作『宇宙の戦士』。内田昌之氏による新訳版が昨年出たこともあり、「新訳しばり」でやってみようということになったのだ。中高生のころに矢野徹訳による旧版は読んだことがあって、その後、色々と思うところがありハインラインは読まなくなっていた。なので、自分がこの著者の本を読むのはおそらく35年以上ぶりとなるはず。今読むと印象がどのように変わるのか興味は尽きない。

   *…その間に少人数でのディック『ヴァリス』読書会や翻訳ミステリー読書会
      (ギルバース『ゲルマニア』)などには参加しているので、読書会自体は
      そこそこ出席している。すっかり生活の一部になってしまったようだ。(笑)

 今回の場所はいつのもように名古屋駅前の貸会議室。スタッフもいれて30名弱のメンバーなので、3つの班に分ける。前半はそれぞれのテーブルでホワイトボードに記録を取りながら個別の協議を行い、休憩を挟んで後半は一列に並べたボードを前にして全員で意見交換を行う方式。(このやり方は翻訳ミステリー読書会で教えていただいたのだが、本当にスグレモノだと思う。大人数での読書会にぴったりだ。)
 ちなみに司会役の人の頭文字をとってW班/N班/H班と呼んでいる3つの班は、SFを結構読み込んでいる人や読書会自体の参加が初めての人など、様々なタイプの人にあわせてある程度色分けをしてある。しかし回を重ねることで常連さんも増えてきたことだし、そろそろ混ぜても良い頃合いかもしれない。今回はそれも考えてすこしシャッフルしてみたが、そう大きな問題は無かったように思う。というわけで、前置きはこれぐらいにして早速内容について。

 まず読書会の開始にあたっては、今回もご参加いただいた翻訳家の中村融さんから新訳版の翻訳をされた内田昌之氏のブログ記事(「内田昌之翻訳部屋」2015年10月28日付け)の御紹介を頂いたので、読書会世話人のW氏によりそのページの朗読がなされた。
 異星人との戦争のために軍隊に入隊した若者の姿を描くこの小説は1959年に本国アメリカ、1967年には日本で出版された当時から、「右寄り(に見える)主張」に対して議論が起きた。しかし内田氏によれば「同時期にあの『異星の客』が書かれていたことを考えれば、ハインライン自身がこの作品で単純に右とか左とかの主張を繰り広げているとは思えません」とのこと。むしろ「一般的なイメージとは裏腹に、作者のバランス感覚がよくつたわってくる作品」ともおっしゃっておられる。「もちろん、作品の解釈は人それぞれで、これが正解というのはありません」ともあり、まさに読書会向きの本といえることを再認識した次第だ。ただし念のために冒頭で「参加者の方の政治信条ではなく、あくまでも本書の小説としての出来に対して意見を述べていただきたい」という話をさせていただいた。こういう本を取り上げるとけっこう面倒くさいのだ。(笑)
 というわけでいよいよ各班での意見交換開始。自分のいるH班は全部で9名で、読書会はおろかSF小説自体を読むのが初めての方から、専門誌で書評を書いている人まで様々な人がいる。まずは順番に自己紹介と感想を述べていく。中学から高校の頃に読んだという人が4人、今回初めてという人が5人いたが、一生懸命みんな褒めるところを探している感じが面白い。後の意見交換のときに出た話もまとめると、「ズィム軍曹が再登場するシーンで初めに名前を言わないところとか、物語としての演出が上手い」「パワードスーツがとにかく格好いい」「若者の出世物語として面白い」といったあたりは評価されていたようだ。自分も『のらくろ』や『島耕作』のようなイメージを持っていたので納得だった。世間知らずの若者が様々な苦労の末に社会で認められるようになっていくというのは、小説としてひとつの王道ではあるのだろう。好き嫌いは別にして訓練の様子や戦闘シーンに臨場感があった(作者の実体験の賜物?)という点も、皆さん一致して評価されていたようだ。
 さて一方、欠点については皆さん手厳しい。(自分もだが。/笑)まず拒否反応があったのは、新兵の訓練キャンプの指導教官であるズィム軍曹や主人公ジュアン(ジョニー)・リコのハイスクール時代の恩師であるデュボア元中佐の言葉を借りて述べられる、著者(のものであると思われる)思想の数々だ。旧版でも巻末の訳者解説でその手の話がたくさん書かれていて、否応なしに自らの政治信条を試される気分になったのを思い出した。結局のところ本書で書かれているのは「(アメリカにおける)一人前の男」を最上とする世界観であって、それを判りやすく象徴しているのが機動歩兵という陸軍部隊であるという意見には納得がいった。
 次に意見として多かったのは戦闘シーンが殆どなくてやたらそれ以外のシーンが多いということ。ただしこの点については必ずしも悪い評価ばかりではなく、小説としてバランスがとれていて読みやすいという意見が(主に本書を初めて読んだ方から)出ていた。さきほどの『のらくろ』と同様、あとで全員での意見交換をしたときには映画『愛と青春の旅立ち』が出ていたのも同じ理由だろう。なおパワードスーツを用いた「未来の戦争」という点については、その後の『機動戦士ガンダム』をはじめとするアニメの影響もあって、さほど拒否反応なく受け止められていたようだ。
 先にも書いたように日本においては1967年に出版されたため、当時、次第に泥沼化の様相を呈していたベトナム戦争との関連で感想を述べる人が、自分も含めて多かったように思う。ただし(日本においてはそれで間違いではないと思うが)アメリカ本国では59年なので、ハインライン自身はベトナムではなく朝鮮戦争をイメージしていたというご指摘が中村融氏からあり、眼からウロコが落ちる感じがした。敵異星人の思考形態や社会システムに蟻(=共産主義国の揶揄、中村氏によればアジア人?)を用いている点からも、マッカーシズムや「強いアメリカ」を求める考え方が背景にあるというわけだろう。ここで描かれているのはある意味でディック『宇宙の眼』のような作者の夢(理想)の世界というわけだ。本来なら機械によって力が増強されるため性別には関係なく機動歩兵は務まるはずなのに、なぜ機動歩兵には女性がいないのか?という点や、実際の歴史とは違う架空の過去の歴史(**)が書かれているという指摘もあったが、それらもみな「夢の世界」ということで説明が付く。「権利を求めるだけでなく自らの義務を果たせ」という考えで貫かれた社会や、母親の影があまりに薄いことなども全て根っこは同じなのだろう。そして外部に敵を想定しないと成り立たない制度だという世界のいびつさも......。
 異星人の設定があまりにもおざなりなのが自分としてはかなり不満だったのだが、これも作者が書きたいのは理想社会や思想の部分であって敵はただ外側に存在すればいいだけと考えると、適当に手を抜いている感じが理解できた気がして腑に落ちた。うん、やはり読書会やってよかった。

  **…例えば295ページにはフレデリックス少佐が名誉回復をされなかったとあるが、
      事実は本書が執筆される前の1952年に名誉回復されているらしい。

 ただ、この考えを仮に小説の設定としても受け入れることが出来るかはまた別の話であって、事実『夏への扉』やハインラインのジュブナイル作品に親しんだ人からは、読むのがとてもつらかったという意見があったことも付け加えておきたい。さらにここで述べられている考え方が19世紀プロイセン王国の軍人クラウゼヴィッツを始め、所詮あちこちからの借り物であってそう目新しいものではないということも含めて。

 さて、ひととおり各班の意見が出揃ったところで、つぎは休憩を挟んでの全員による意見交換へとうつる。他の班の話の中から面白い意見をかいつまんでご紹介しよう。
 まずW班で面白かったのは、SF読みが比較的多い班だったにもかかわらず初読の人が多かったということ。昔の論争をしっている人ほど、面倒くさい話を敬遠したのだろうか。「読書会がなかったら多分これからも一生読まなかった」というコメントもあり、本を読むきっかけとしての読書会の位置づけを改めて実感した次第。
 感想として出たのは小説として面白くリーダビリティが高いという点。しかし本書を褒める人が言及する「女性や有色人種も白人男性と同じように活躍する社会だから進歩的」という意見には懐疑的で、「とりあえず使っとけ」という程度の扱いなので肩すかしだったと手厳しい。さすがだ。また「主人公は成長など全くしておらず、ただ出世しているだけ(笑)」という指摘も鋭い。「父親が気持ち悪い」とか「リコは特に目立つ才能も無いのに上官や恩師になぜあんなに褒められるのか、それは洗脳しやすいからだ」といった意見には会場内爆笑だった。
 次は翻訳家の中村氏を有するN班。この班の人はさまざまな文献や豊富な知識に基づく説明が聞けたようで羨ましい。作家でハインライン研究家でもあったアレクセイ・パンシンが「『宇宙の戦士』以降のハインライン作品はお説教ばっかりで面白くない」といったとか、「最初に中篇版が書かれてそれを膨らませて長篇が出来たというのは誤り。最初に長篇を書いたが売り先が無かったのでやむなく一部を中篇として切り売りしたのが本当」とか、あるいは「ハイラインがこの作品を書いたのは再婚相手がバリバリの右派だったからでは?」など、興味深い話が色々と出たようだ。意外だったのは、この班では当初肯定的な意見が多かったということ。他の班が終始ほぼ批判大会であったことを思うとちょっとびっくり。(もっとも後になると結局N班でも批判になっていたようだが。/笑)肯定的な意見は先ほどと同様に「読みやすい」という点。この班からは「完全な肉体を持つ強い男性でないと一人前でない」といった先ほどと同様の意見のほか、「おじさんが若者に説教して導く小説(笑)」とか「徴兵制が無いのはハインラインが理想とする社会制度が分業制だから」といったユニークな意見も聞くことが出来た。たしかにこの世界には身体障害者の人は存在しないのだよなあ。(途中で出てきた傷痍軍人も結局はリクルートの為のニセモノだったし。)

 あれこれ話しているうちに会議室の終了時刻が近づいてくる。愉しい時間が過ぎるのはあっという間なのだ。慌てて「『宇宙の戦士』の後に読むおすすめ本」を確認してこの日の読書会はお開きとなった。以下にその時あがった作品リストをざっと並べておしまいにしよう。
 『卵をめぐる祖父の戦争』D・ベニオフ
 『エンダーのゲーム』O・S・カード
 『終わりなき戦い』J・ホールドマン
 『シビリアンの戦争』三浦瑠麗
 『戦争の条件』藤原帰一
 『宇宙兵ブルース』H・ハリスン
 『スローター・ハウス5』K・ヴォネガット
 『銀河英雄伝説』田中芳樹
 『老人と宇宙(そら)』J・スコルジー
 『アラン、海へ行く1』デューイ・ラムディン
 『風雲の出帆 トマス・キッド1』ジュリアン・ストックウィン
 《ストリート・キッズ・シリーズ》ドン・ウィンズロウ
 『銀河おさわがせ部隊』R・アスプリン
 『異星の客』『月は無慈悲な夜の女王』R・A・ハインライン
 『宇宙船ビーグル号』A・E・ヴァン・ヴォクト
 『フルメタルジャケット』(映画)
 『スターシップ・トゥルーパーズ』(映画)
 『フューリィ』(映画)

<追記>
 大勢の方が参加された二次会も含めて今回も大変愉しい読書会だった。ご参加頂きました皆さんを始め、急な用事で参加できなくなったにも関わらず感想や次のお薦め本を紹介してくださったニケさん、ありがとうございました。そして本業が忙しいなか、準備や当日の運営に奔走してくださったスタッフの皆さん、お疲れさまでした。次回の「第6回名古屋SF読書会」の概要も早々に決定したことだし(開催日:7月30日/課題本:B・J・ベイリー『カエアンの聖衣』)、また愉しくやりましょう。(さらに今回は第7回の課題本まで決定した。スタニスワフ・レム『ソラリス』に決定した。『ソラリスの陽のもとに』ではなく原典訳の『ソラリス』の方だということもあわせ、レム好きとしては大変に嬉しい。よーし、やるぞー。/笑)

<追記2>
 読書会の常連のO-bakeさんがご自身のブログにアップされた読書会レポートです。O-bakeさんどうもありがとうございました。
 ■O-bakeと読書とひとりごと 『第5回名古屋SF読書会』


 SFコミュニケーション研究会のおもちΩさんも読書会レポートをアップしてくださいました。おもちΩさんどうもありがとうございました。
 ■SFコミュニケーション研究会活動記 「第5回名古屋SF読書会『宇宙の戦士』レポート」
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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