2016年4月の読了本

 今月は最後に黄金週間に突入したので一気にたくさん読めた。休み中にがっつり読んでおかなくては。

『愛国と信仰の構造』中島岳志/島薗進 集英社新書
 現政権により日本が向かいつつある全体主義的傾向について、歴史と信仰の視点から読み解く対談集。明治政府における神権政治と立憲政治の二重構造と臣民共育による前者の暴走に見て取り、「煩悶」や「不安」におびえるインテリと大衆がそれを支えたとする。歴史分析はなかなか鋭いと思う。

『南十字星共和国』ワレリイ・ブリューソフ 白水uブックス
 ロシア・シンボリズムの詩人による散文作品集。「鏡の中」や「いま、わたしが目ざめたとき…...」のように、夢と現の区別なく頽廃的で背徳的な幻惑を彷徨う乱歩の如き作品から、シュオッブを思わせるような「地下牢」や「塔の上」「大理石の首」、そして内宇宙と戦慄のJ・G・バラードを思わせるものまで、十二篇の暗く残酷な物語を収録。表題作「南十字星共和国」はもちろんだが、「ベモーリ」や「防衛」といった小品も悪くない。示される昏い幻想がいったい何のシンボルなのかはっきりとは解らないものの、革命前夜の重苦しい空気が感じられるのは確かだ。

『あめだま』田辺青蛙 青土社
 副題に「青蛙モノノケ語り」とあるように、異形の者たちを語り手にした掌篇が詰まった作品集。ぬめぬめとした肌触りの異形の日常がぎっしりで、恐ろしくも美しかったり可笑しかったり。稲垣足穂『一千一秒物語』の皮をくるりと裏返しにしたようなコント集だった。宇宙とか薄さとか少年だとか、常に外へと向かうベクトルがそのままゴムのボールを裏返したみたいに全部内向きになってしまい、真ん中へとどんどん潜っていく感じ。身辺の話ではあるが内田百閒とも違い不安で湿ったりせず、あっけらかんとしている。こういう感触の作品はありそうで無い。

『ねにもつタイプ』岸本佐知子 ちくま文庫
 著者一流の虚言的なエッセイと現実から地続きの虚構とがないまぜになってじわじわくるのが堪らない本。極上の”変”は相変わらず冴えわたっている。元版に「桃」「ピクニックじゃない」「ツクツクボウシ」「鍋の季節」の四篇を増補したとのことで期待して読んだのだが、再読なのに中身を全く覚えていないので得した気分はしなかった。(苦笑)

『天使とは何か』岡田温司 中公新書
 掴み所のないキリスト教における天使という存在について、様々なイメージの変遷を紹介するとともにその意味するところを考察した本。古くは異教の神々の残滓やイエスとの同一性や、或いは天界の調和の音楽を奏でる星に堕天使など、取り上げられる素材は多種に渡りとても濃い。あまりに情報量が多くて読んでいて眩暈がするほどだが、全体を通してみるとキリスト教世界における「天使」というものの意味が時代とともにどう変化してきたか、そしてなぜ掴み所が無いのかがじんわりと見えてくる。著者がいう「(近代になり)神は死んだ」が「天使は死なない」という言葉も、実感をもって迫ってくるようだ。前に読んだのにすっかり忘れてしまっていたが、『創世記』には人間を誘惑して子供を作らせる天使が描かれている。天使をプネウマやダイモンといった異教的なものの残滓と考える著者の視座は納得できるものだ。また初期キリスト教においては、イエスは天使と同一視されていたというのも知らなかった。こうしてみると天使というものは、例えば密教における曼荼羅の諸仏みたいに一種の”装置”なのだということが解ってくる。(ただ何のための装置なのかがわからないのであるが。)
 堕天使についての考察も滅法面白い。神に挑戦して敗れた彼らが幽閉された「地獄」とはギリシア語でタルタロス、すなわちクロノスに味方してゼウスと戦ったあげくティタンたちが堕とされた場所と同じであるとのこと。ここにもキリスト教と過去の異教(ギリシア・ローマ神話)との類似が見られるわけだ。そして堕天使はやがて自由意志で堕ちることを選んだものとして、ミルトン『失楽園』の頃から芸術家の苦悩と重ね合わされプラスのイメージが付加されたり、19世紀には父や子と離れた自由なイメージで描かれるようになった。第5章では『ベルリン・天使の詩』からモローやクレー、ロートレアモンやリルケなど今に至るまでの様々な天使について語られている。
 本書を読んで、昔読んだ『肩胛骨は翼のなごり』をまた読み返したくなった。あの物語に出てくる“天使のような者”は、本書で紹介されたような様々な意味を持たされ曖昧模糊としている天使の表徴を、丸ごとあますところなく描いているようにも思えてくる。

『出身国』ドミトリイ・バーキン 群像社
 男たちの日常を通して救いのない暴力的世界の閉塞感と冷酷さを描く。登場する男たちはいずれも身体や精神に過剰や欠損を抱えたものたちで、一読なんともいえぬ違和感を覚え読み続けるのがつらくなるほど濃密な作品世界となっている。あちこちに貌を出す不気味で無意味なシンボルも含め、ある種のロシア的なリアリズムと云えるのだろう。表題作のほか「兎眼」「根と的」などの作品が気に入った。訳者あとがきには英語版の巻末解説で挙げられていた本書の特徴として「登場人物・神話・言語」というキーワードが紹介されていたが、たしかに云われてみればそんな感じだ。(ただ「神話」と呼ぶのは少しばかり安直な気がしないでもない。どちらかというと「暗くて重くて衝撃度を増した舞城王太郎」といった感じだ。本職がトラック運転手というのも如何にも「謎の作家」らしくて好いと思う。)
 先ほども書いたように、ここに書かれているのは基本的にはある人々の日常生活。しかしふとした拍子に断層がその姿をほんの一瞬みせるときがあり、それがなんとも不気味。気がつかなければそれで何事もなく済んでいきそうな気もするが、どうしてもそこに目がいってしまう。この辺りが味なのかもしれない。こういった本を読んでいると普段慣れ親しんだ本とあまりにタイプが違うため、本を読む行為とはすなわち世界に向けて目を開くことだとも思えてくる。またあらゆるものが混乱して敵対的であるためいずれの物語にも救いは無く、まるで終わりのない責め苦を背負わされているようでもある。そしてそれが世界というものだとも思い知らされる。(少しばかり大袈裟だけど。/笑)なかでも特に「葉」という短篇は難しくて正直いまひとつよく解らなかった。しかし解釈を拒む物語もそれはそれで面白いと思う。なんせ世界は説明不能な矛盾と謎に満ちているのだから。ところで『カステラ』の時もそうだったが、日本翻訳大賞の受賞作は描写が明晰なのに何が書かれているか解らないのが面白い。朦朧とした描写の話はあまり得意じゃないけど、こういうのは好きだ。

『奇妙な菌類』白水貴 NHK出版新書
 「スター性のある菌類を紹介することで、世間一般に抱かれているマイナスイメージを払拭したい」との意図のもとに「とりわけ物珍しい形や面白い生態を持つ菌類」を集めて紹介した本。紹介されるのは例えば昆虫に寄生して操ったり花に擬態する菌。もしくは体内に藻を繁殖させて共生したり、土中に棲むセンチュウを罠で捕食する菌。さらにはある種のカタツムリの殻だけを分解する菌やジェット燃料を糧とする菌などユニークなものばかり。まさに驚きの連続だ。少し気味の悪い写真も出てくるので昆虫嫌いな人にはお薦めできないが、自分としては非常に愉しかった。

『地球礁』R・A・ラファティ 河出文庫
 全宇宙で最も“さもしい惑星”である地球に座礁したプーカ人を襲う試練と、彼らの恐るべき子供たち(アンファン・テリブル)による人類殲滅計画。口承文芸や神話の流れをくみ、死者と生者とが祝祭を繰り広げる分類不能な小説だ。熱狂的なファンをもつラファティではあるが、長篇は様々な要素が入り乱れて目まぐるしく変わるため、自分にとっては話についていくのが大変なときもある。その点で本書は細かなエピソードの積み重ねで判りやすく色んな作品の集大成っぽいところがあるため、ラファティの中で一番好きな長篇作品といって良いかも。(ちなみに二番目は同じく恐るべき子供たちが登場する『蛇の卵』。ラファティでは恐るべき子供たちの話がとりわけ好きなのだ。)作中でプーカ人の女性が述べる 「わたしたちは(中略)素朴な倫理で生きてゆく。素早くあれ、そして唐突であれ!これがわたしたちの秘密」という言葉は、そのまま著者ラファティの秘密といっても良いのかも知れない。

『宇宙の戦士』ロバート・A・ハインライン ハヤカワ文庫
 矢野徹氏による旧版から数十年ぶりに内田昌之氏によって訳出された新訳版。蟻のような集団行動を得意とする異星人との戦争が続く世界で、ジョニー青年が連邦軍に入隊して厳しい訓練と過酷な実戦を経て少尉になるまでを描く。旧版では訳者による示唆もあって社会的責任や戦争の是非といった思想面が強調されたきらいがあったが、今回は新たな視点で訳し直されており、本書を小説として純粋に愉しむことができるという点で評価できると思う。(ただし「ガンダムのルーツ」という帯の惹句に魅かれて読んだ人はちょっと肩すかしを喰うかも。)

『蒲公英王朝記 巻ノ一』ケン・リュウ 早川書房
 架空の多島海を舞台に繰り広げられる七王国の歴史群像劇。(題名の蒲公英は「たんぽぽ」ではなく「ダンデライオン」と読む。)三国志を思わせる魅力的な登場人物と怒涛の展開に心を奪われる。英雄は英雄らしく、そして腐った宮廷人は宮廷人らしく描かれているが、とりわけ市井の者たちの姿が丁寧に描かれているのが好い。生きるものは生き、死ぬべきものは死ぬ。重瞳の目を持つ主人公というのも魅力的で好い感じだ。本書は大長篇を二巻に分けたうちの前半部分であって、訳者・古沢嘉通氏によるあとがきによれば、下巻は「シルクパンク」というキャッチフレーズに相応しい急展開になるとの事。『十二国記』のテイストを加えたケン・リュウ版『三国志演義』のような前半が、これからどのように変貌していくのか楽しみだ。

『こちらあみ子』今村夏子著 ちくま文庫
 表題作と「ピクニック」の他、書下ろしの「チズさん」の3つの短篇を収録した短篇集。本書においては何を語るかではなく何を語らないか、あるいは何が見えたかではなく何が見えなかったかが重要で、見えないものが読む人をえぐり、声なき声で雄弁に語りかけてくる。目の前で物語が展開しているような、まるで手にとってさわれそうなほどの質感が凄い。とりわけ表題作にはアンナ・カヴァンの『アサイラム・ピース』を初めて読んだ時のような衝撃を受けた。「ピクニック」や「チズさん」においても同様で、語られぬことの輪郭が徐々に見えてくることによる、ある種のすごみが感じられる。誰にとっても特別な一冊になる本だと思うが、問題は耐えられるかどうかだ。読む人の強さを試される本ではないだろうか。

『女の子は本当にピンクが好きなのか』堀越英美 Pヴァイン
 アメリカの女子向け玩具の変遷やテレビ番組の紹介や、ツイッターで話題となったダサピンクやプリキュア等のアニメ等を通じて、世界と日本における女性の主体と社会性の問題に想いを馳せる本。重いテーマだが口調は暗くはない。ここでいうピンクとは女性を象徴する色であり性的役割区分を可視化したものと言ってもよいかもしれない。とても面白い。このようにこれまで知らなかったことを教えてくれる本は大好きだ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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