「SFインターメディアフェスティバル2016」

 SFコミュニケーション研究会によって昨年の3月に第一回が開催されたイベントの第二回に行ってきた。日時は本日3月27日の14:00~16:30、場所は名古屋の中心部にほど近い、吹上と今池の中間あたりにあるライブシアターだ。今回のお題は「すべてがRealになる」ということで、ヴァーチャルリアリティ(VR)や拡張現実(AR)が巷にあふれる昨今、いまいちど「現実」とは何かについて考えてみようというもの。うーん、なかなか格調高いぞ。でも1ドリンク付きのチケットだったので、観る側はアルコールを一杯ひっかけながらという気楽なものだったのだけどね。(笑)
 せっかく街に出たのだからと本屋を覗いていたら例によって時間ぎりぎりになってしまい、慌てて地下鉄吹上駅を出て1番出口から会場へと急ぐ。ツイッターの写真案内に従って会場に着き、地下への階段をおりると薄暗い店内には舞台の前にずらりと椅子が並べてある。ざっとみたところ30脚ぐらいはありそうだ。半分ほどは事前予約者の札がついていたので残りは当日の来場者用ということだろう。奥のテーブルに先に来ていた友人を見つけて声をかけ、開会時刻まですこしおしゃべりしながら展示してあった登壇者の方の拡張現実(AR)アートの作品を愉しむことに。
 壁一面に貼られたボードには、不思議の国のアリスの挿絵(ジョン・テニエル?)や北斎の富嶽三十六景(神奈川沖波裏)、ゴッホのひまわりにモナリザといった有名作品が印刷されている。友人の話だとテーブルに置いてあるスマホのカメラを通してそれらのパネルを観ると、絵が動き出すらしい。さっそくやってみる。
 「おおー、これは面白い!」
 肉眼でパネルの方を見てももちろん変化はないのに、スマホの画面の方では大波やグネグネと動きチェシャ猫が消え、ひまわりの花びらがはらはらと散ってゆく。現実世界の上に別の現実が上乗せされるような感覚が面白い。今はスマホ画面の中に閉じ込められた世界でしかないが、メガネがスクリーンになれば将来は普通の生活シーンでも当たり前の風景になっていくかもしれない......。
 ―― なんてことを考えながら席に着き、受付でもらったチラシを読む。今回の登壇者は3名。まず一人目はメディア作家であり岐阜県大垣市の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)の教授でもあるという赤松正行氏。氏はさきほどの展示作品の作者で、かつてi-Phone用として話題になった拡張現実アプリ「セカイカメラ」の製作者であるとのことだ。つづく二人目は心理学講師のかたわら演劇の舞台演出家をされているという加藤智宏氏。そして三人目は臨床心理士の後藤智希氏となっている。本日はまず3名のゲストにそれぞれ予めお願いしておいた演題に沿ってお話しいただき、休憩の後はゲスト同士でのパネルディスカッションや会場からの質問に答える時間となるらしい。この三人によって語られる「現実」とは、いったいどんな話になるのだろうか。わくわくしながら「イエーガージンジャー」なるカクテルをちびちびやっていると、やがてスタートの時間となった。

 司会進行は昨年と同じくSFコミュニケーション研究会の“ぽちこ”氏。開会の挨拶に続いては、ツイッターで事前公募していた「拡張現実っぽいSF作品」の紹介に。ところがどうやら会場備え付けの機材にトラブルがあったらしく、本来プロジェクターに映し出されるはずの小説/映画/アニメといったジャンルの全46作品のリストが映らない。しかたなく“ぽちこ”氏が『ハーモニー』『スキャナー・ダークリー』『パプリカ』などの小説作品や「マトリックス」「キングスマン」といった映画、そしてアニメ「アクセル・ワールド」などを一生懸命口で説明していくが、けっこう大変そうだった。後日、研究会のホームページ(BLOG)にアップするそうなので、そちらを楽しみに待つことにしよう。
 そしていよいよ本日ひとり目のパネリスト赤松正行氏の登壇である。ご自身の経歴に沿ってVRやARの歴史についてざっくりと俯瞰され、エジソンのキネトスコープの懐かしい写真などがプロジェクターに映し出されていく。一番のネックはコンピューターの処理能力と物理的サイズだったという話が面白い。やはり2007年のi-Phone登場は衝撃的だったようだ。GPSや加速度センサーの作用でカメラがどちらを向いているかが判るため、その瞬間に画面に映っている(であろう)景色を推測できるというのもすごい。「セカイカメラ」というアプリはその時、風景に存在しているであろう情報を可視化して画面に表示するというものであったとのこと。しかし残念ながらカメラを構えたままあたりを見回す動作が盗撮に間違えられやすく、話題になった割に普及せず消えて行ったという。
 会場に展示してあったアート作品とそれを鑑賞するためのアプリ「ARART」開発のこぼれ話や、さらにコンセプトを先鋭化させた「Hype Cube」という作品の話から徐々に話題は本題の「リアル」へと移っていく。コペルニクスの天動説やダーウィン進化論などを例に色んな話題が出たのだが、氏の考えをまとめると「今見えている現実が唯一のものではなく、さらに大きな現実の一部であることが判明するときが来るかも知れない」と考えていた方が良いという感じだろうか。総じてVR/ARには肯定的な意見だった。
 かくして一人あたりの持ち時間20分があっという間に過ぎてしまい、続いては加藤智宏氏の番に。氏の専攻は環境心理学だそうで、その大元は認知心理学へとつながるらしい。氏に振られた演題は「舞台演出における現実の拡張法」というものだそうで、これがまた難しい(笑)。氏は新劇やアングラや伝統芸能(文楽など)をネタにしつつ、「舞台を演出する」とはどういう事なのかについて軽妙な語り口で述べていく。
 加藤氏によれば舞台における“世界”とは台本であり、台本を通じて観客に見せたい「テーマ」が骨格となるものなのだそう。したがってどんなに破天荒で荒唐無稽な“世界”であっても、その世界はその作品の中では紛ごうことなき「現実」なのだ。劇団・少年王者館による舞台「夢十夜」の映像を見せながら、プロジェクションマッピングなどを駆使した舞台演出と視覚イメージの変容についての話が滅法面白かった。氏の結論としては、「現実」とは感覚受容器が伝えた情報を脳内で「REALなもの」であると認知しているに過ぎないということのようだ。ユクスキュル『生物からみた世界』やあるいはカント、フッサールといった思想家たちの本の内容が頭に話が浮かんでくる。いやあ面白い。
 つづいて登壇者の三人目は後藤智希氏だ。臨床心理士である氏へのお題は「依存から見る現実世界」というもの。拡張現実からなんで「依存」の話になったのかはよく解らないが、ネット依存症などからの連想なのだろうか。ともかくも氏は「依存症(=ある物事に依存し、それがないと身体的精神的な平常を保てなくなる状態)」だとか万能感の裏返しである「自己不全感(=自己が不完全であり何も満足できないといった劣等感、自らを無価値であると考える自己嫌悪)」といった話や、それらがこじれることで過度な自己愛から生じる「自己愛型人格障害」まで、幅広い話題で飽きさせない。いつもはお酒を飲むとすぐに眠くなってしまうのだが、今回はまったく眠くならなかった。
 とりわけ興味深く且つ恐ろしかったのは、自己愛型のパーソナリティ障害は理想の自分と現実の(さえない)自分の間のギャップに苦しみ、やがて「自分を認めない世の中が悪い」という倒錯した観念に囚われていくことがあるという話や、過去5年ほどの間に自己愛で悩み人が増えたことこれらの症状とネットの関連性が取りざたされているという話。「ルサンチマン」とか「グノーシス主義」という単語がちらりと頭をよぎったが、それよりもぴったりなのはネトウヨやISなどの過激派組織だろう。不全感に悩む者たちが、こじれた自己愛と世界への憎悪を抱えつつ集まっていく構図は大変に怖ろしい。後藤氏の話の要点をまとめると、VR/ARによって「現実のリアル」と「心の中のリアル」の境界が曖昧になることでの危険には、充分に注意していかなくてはならない、といった感じになるだろうか。
 色々考えているうちに時間となり前半が終了。10分間のトイレ休憩を挟んでいよいよ三氏によるパネルディスカッションの開始である。休憩中、この三人の内容をどう結び付ければいいのだろうとずっと考えていたのだが、始まってしまえば結構活発な意見交換がなされていた。以下はその抜粋である。
 ・「現実(=リアル)」と「現実感(=リアリティ)」はきちんと区別して使って
  いかないといけない。【赤松氏】
 ・依存症や人格障害は身体的よりも社会性の問題であり、その人に合った社会なら
  幸せなのかもしれない。【加藤氏】
 ・時代が変わればパーソナリティに対する社会の受け取り方も変わるのかも。
  【赤松氏】
 ・国や文化や時代によって「リアル」の違いがある。【後藤氏】
 ・ウイリアム・ギブスンのSF小説『あいどる』にでてくる仮想アイドルはまさに初音ミク。
  初音ミクのコンサート映像では、最初に生身の人間が出てきたらブーイングで、
  その後初音ミクが出てくると大歓声で迎えられていた。ミク自体はさほどリアリティの
  あるキャラではないのにリアルに感じる。同様に「ARART」でも、使っている動画自体
  は高精細ではなく粗い映像を使っているのに、かなりリアルに絵画が動いているように
  感じられる。これらからすると、リアリティを与える根拠は物理的なものではないと言え
  るのではないか。【赤松氏】
 ・駅の柱のポスターが最近は動画に変わったが、自分としてはとても違和感がある。
  テクノロジーに置いてけぼりになる人間は一定数存在するが、その人たちは永久に
  新しいテクノロジーを拒み続けるのではないか。【加藤氏】
 ・最近では小さなお子さんが紙の雑誌を一生懸命スワイプしようとしたり、「(紙面が)
  動かないからつまらない」というらしい。若い人にとってはそちらの方が自然になる。
 ・人間は適応力が高いからVRやARによる様々な変化にもやがて適応していくと思う。
  ただし「頭で理解する」のと「心でわかる」のはまた別なので、急激な社会変化に対して
  は問題が出る人もいるかも知れない。【加藤氏/後藤氏】

 会場からの質疑応答にもこたえていただけたのはよかった。(当ブログの管理人も調子に乗って質問してしまった。)上のコメントの中にも質問に対する答えが混じっている。
 とても面白いと思ったのは、加藤氏に対してなされた「演劇は“ある役者がある役柄を演じている”とみている人と、“(舞台上の)有る人物”として見ている人がいるが、頭の中ではいったいどうなっているのか」という質問とそれに対するコメント。加藤氏自身は「ある役を演じている役者自身」という見方を前提にして演劇の演出をしているとのこと(つまり「二重に見え、かつ統合されている」という状態)だが、十人いれば十通りの見方があるのではないか?ともおっしゃっていた。

 以上、あっという間の2時間半が過ぎ、今年のSFインターメディアフェスティバルも無事に終了。来年の開催を約束してお開きとなったのであった。次回はどんなテーマになるのだろうか。スタッフの皆さんお疲れさまでした。

<追記>
 このイベントは他で行われている読書会やシンポジウム、セミナーといったSFイベントとは違って、現実にあるテクノロジーをメインに据えて、それらと小説や映画などフィクションの交差を狙っているところが大変に素晴らしい。まさに刺激的で面白いインターメディアなお祭りなのだ。今回は冒頭のフィクションの部分が弱くなってしまったので残念だったが、ぜひともこの路線で独自の面白さを追求していってもらうと良いのではないだろうか。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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