『トウガラシの世界史』山本紀夫 中公新書

 ちょうど一年ほど前に『チョコレートの世界史』を取り上げた時にも書いたことではあるが、ひとつの食べ物に焦点を当てて歴史を繙いていく本が好きだ。なので本屋で書名に「〇〇の世界史」とか「〇〇の文化史」と付いたものをみかけると、つい手に取ってしまう。そしてまた、その手の本にはどういうわけかこれまでハズレが無いのだ。ざっと書名を挙げてみると、伊藤章治著『ジャガイモの世界史 ―世界を動かした貧者のパン』、角山栄著『茶の世界史 ―緑茶の文化と紅茶の社会』、磯淵猛著『一杯の紅茶の世界史』、臼井隆一郎著『コーヒーが廻り世界史が廻る ―近代市民社会の黒い血液』、武田尚子著『チョコレートの世界史 ―近代ヨーロッパが磨き上げた褐色の宝石』、マーク・カーランスキー著『塩の世界史 ―歴史を動かした小さな粒』、あるいは舟田詠子著『パンの文化史』、石毛直道著『麺の文化史』などなど。(副題が付いている本は、その副題がまた格好いいのだ。)中にはナマコに関する歴史や文化史を徹底的に調べ尽くした鶴見良行著『ナマコの眼』なんて異色作もある。
 特定の物事に焦点を当てて歴史を描くのは割とよくある方法のようで、食べ物に限らなければウイリアム・H・マクニール氏の名著『疫病と世界史』や、先般ベストセラーとなったジャレド・ダイヤモンド著『銃・病原菌・鉄』、船山信次著『毒と薬の世界史』に山田篤美著『真珠の世界史』といったものも。また対象を日本に限定するなら更に多く、桜井英治著『贈与の歴史学』や酒井シズ著『病の日本史』などもある。ただし病気をテーマにしたものは内容が重くなりがちで、続けて読むと次第に落ち込んでいくのが玉に瑕だ。(笑)

 前置きがずいぶん長くなってしまった。今回はそんな“食べ物の世界史”の一冊として『トウガラシの世界史』を取り上げる。南米を原産とするスパイス「アヒー(=トウガラシ)」は、コロンブスによって15世紀に初めてヨーロッパへともたらされ、「ロングペッパー」や「ペペロンチーノ」あるいは「パプリカ」といった名前と共に急速に世界各地の食卓に広がっていった。まさに副題にあるように“辛くて熱い「食卓革命」”を起こした食材なのだ。(ちなみにスワヒリ語ではトウガラシの事を「ピリピリ」というそうだ。これもまた何とぴったりなネーミングだろうか。/笑)
 本書はそんな「世界を虜にした悪魔のスパイス」であるトウガラシについて、その分類や起源から世界各地における受容の状況まで、専門知識が無くとも理解できるように解りやすく俯瞰した本。とりあげる地域は中南米を皮切りに欧州とアフリカを経て東南アジアに南アジアから中国・韓国といった東アジア、そして最後は日本まで、まさしく世界に広がるトウガラシの文化が語られていて面白い。
 なお、この手の食べ物世界史はテーマがジャガイモやチョコレート(カカオ)にコーヒーなど、いずれもヨーロッパ列強の植民地政策と切っても切り離せないものであるため、意外な裏面史を知ることが出来るのも魅力。本書でもアフリカへのトウガラシの移植が奴隷貿易とセットであったことを知って、なかなか複雑な気持ちになった。なお著者は元々農学者であり専攻も歴史学ではなく民族植物学だということで、本書は“世界史”と云いつつトウガラシの植物学的な位置づけや植生についてもかなりのページを割いているのが特徴。自分のような“知りたがり”にとっては却ってありがたかった。
 また、世界各地におけるトウガラシの普及の歴史とともに現在のトウガラシ料理についても紹介してくれていおり、その中でいちばんびっくりしたのはブータン料理だった。「ほとんどありとあらゆるものにトウガラシが用いられ」ていて、「トウガラシなしでは、どのように料理すればよいのかわからない」とまで言われているらしい。他の地域では料理にアクセントをつけるスパイスとして用いられているトウガラシを、ここブータンでは“野菜”の一種としてそのままバリバリと口にしているとのこと(*)。自分は辛い物は決して嫌いな方ではないのだが、さすがにそこまでいくとちょっと......。とてもブータンには住めそうにない。

   *…例えばブータンの国民食とも言われるエマ・ダッツィという料理は、
      トウガラシをチーズとバターとともに煮て塩で味付けしたものなのだそう。

 辛さにはある種の中毒性があるので、辛い物を食べていると更に辛い物を求めるようになる。日本でも例外ではなく、最近は辛い味付けを好む若い人が増えているらしい。この調子ならトウガラシの出番は将来に亘って増える事はあっても減ることはなさそうだ。(本書によれば日本で一番多く生産されている漬物はキムチだそうだ。)
 本書を読んでいて困ったことがひとつある。それは口の中に唾が湧いてきて仕方なかったことだ。でも本書を読んだことで、これから食卓に辛い料理が並んだときは、今までよりさらに料理が愉しめるかもしれない。

<追記>
 最後に恥ずかしい思い出話をひとつしたい。実は小学生の時に、近所の庭に生えていた丸いトウガラシの実が緑や黄色、赤色とあまりに綺麗だったので手で触り、その後何気なく眼を擦ってしまったことがある。当然のことながら目には激痛が走り、幾ら手で擦っても痛みは増すばかり。突発性の目の病気で失明するのではないかという不安と激痛とで気も狂わんばかりだった。(その後、慌てて親に連れて行ってもらった病院で、トウガラシを触った手が原因と分かって大目玉をくらうというオマケまでついた。)そんなわけでトウガラシには個人的に深い思いを持っていたので、本書はとても印象深いものとなった。できれば子供の頃の自分に読ませてやりたいくらいである。もちろんトウガラシを触る前にね。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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