2016年2月の読了本

 今年はうるう年で一日多かったのだが、結局9冊に終わったので少し悲しい。でもまあ面白い本が多かったからいいか。

『奥の部屋』ロバート・エイクマン ちくま文庫
 今木渉/編訳。元は国書刊行会から「魔法の本棚」の叢書の一冊として刊行されたもの。文庫化にあたり、新訳の「何と冷たい小さな君の手よ」と「スタア来臨」が追加されさらにお得になっている。ジャンルとしては怪奇幻想小説になるのだが、漠然とした不安を示すことでその先に待つ恐怖を暗示する不思議な作風が特徴。なにしろ作中で起こっていることの意味が理解できないところが怖い。『郵便局と蛇』のA・E・コッパードと同様に、他に類を見ない作風なのが気に入った。どれも面白かったが、自分の趣味に最も合うのは「髪を束ねて」と表題作の「奥の部屋」あたりだろうか。「学友」と「恍惚」は自分の意志ではどうにもならない状況が本書の中でもかなり怖い。「待合室」もそうなのだが、いずれの話でもいつの間にか歯車が狂って異様な空間に身を置く人々が描かれていて、どこで踏み違えたか判らないまま徐々に状況が緊迫してゆく。訳者解説にもあるように、ホラーではなくストレインジ・ストーリーという表現はかなり合っているような気もする。
 「名前がなければそれは正体が判らぬ恐ろしい怪物だが、名付けられた途端に一頭のライオンでしかなくなる」という言葉を聞いた事がある。本書で描かれる怪異は、読む者の安易な解釈を拒み、まさしく名付けられる前のライオンにあたる。その意味で理想的な怪奇小説かも知れない。

『火星の人』アンディ・ウィアー ハヤカワ文庫
 火星に一人取り残されたクルーが救出までに生き残るための創意工夫と様々な危機の克服、そして彼を救出するためのNASAを始めとする世界中の人々の挑戦を描く。不可能なミッションをやり遂げる冒険小説の登場はいつの時代も歓迎されるのだ。ツイッターの感想では『ロビンソン・クルーソー』だとかDASH村だとか言われていて確かにその通りなんだけど、自分としては『ナヴァロンの要塞』や『ミッション・インポッシブル』なんかも連想した。あと、全体の印象はとにかく明るい、というか軽い。いかにも娯楽映画の原作にぴったりだと思った。そう、喩えるなら現代版のA・C・クラーク『渇きの海』といっても良いかな。(もう少しエピソードを絞っても良い気がするけど。)映画はかなり端折ってあったけれど、その分映像で魅せてくれたし、小説と映画で二度おいしい作品だった。

『プラグマティズム入門』伊藤邦武 ちくま新書
 ちくま新書は哲学入門シリーズをたくさん出していて、どれも結構面白いので好きだ。本書はアメリカを代表する実践哲学プラグマティズムについて、源流から現代までの13人の思想家とともにその概要を示したもの。いまひとつピンとこないこのプラグマティズムという思想について、ポイントとなるところがやっと解った気がする。

『料理長が多すぎる』レックス・スタウト ハヤカワ文庫
 美食家で鼻持ちならない性格の探偵ネロ・ウルフと、彼の助手にして親友のアーチ―・グッドウィンが活躍する料理ミステリ。昔から名前はよく聞くが読んだことが無かったシリーズなので、読書会の課題図書に挙がったとき、真っ先に買ってきた。残念ながら所用で読書会の方は出られなかったのだが、これも機会と読んでみたところ、人種差別など時代背景を感じさせる描写はあるが、語りはあくまで軽くラストも爽やか。なぜだか自分でも判らないのだが、何となく『犬神家の一族』を思い出した。陰惨な事件の後ろに見え隠れする人間模様とか、その中でも捜査陣や探偵を含めた登場人物が基本的に”いいヤツ”だったりするからだろうか。(なお人種差別の描写については、批判として敢えて著者が本作に取り入れたものであることが後から判った。)探偵が旅行でどこか異邦の地を訪れて、地元の因習やどろどろしたものを快刀乱麻の如く断ち切って、爽やかに去って行く。もともとそんな話が好物なので、横溝の「金田一耕助シリーズ」やドン・ウィンズロウの「ニール・ケアリーもの」とかも大好きなのだ。ミステリとしては瑕疵がある物語ではあるが、本書もそんな意味で結構気に入った。

『贋物漫遊記』種村季弘 ちくま文庫
 書名は「にせものまんゆうき」とルビが振ってある。人形、詐欺師、ガセネタ、偽史など、世の中のあらゆるニセモノを俎上に載せて、気の向くままに書き綴った軽めのエッセイ集だ。これだけ様々なネタを並べられると壮観で、むしろ世には本物の方が少ないんじゃないかという気さえしてくる。マダム・タッソーの蝋人形館や恐ろしかった菊人形と生人形の思い出。さらには蜜蝋の材料となる蜜蜂の巣の話題から、再生を祈って死者の棺に蜂の巣を模した穴をあける風習など、話題はあちこちへと飛び、千々に乱れて面白い。中でもニセ帝大生や鼠小僧の話が自分の趣味に合って愉しかった。学生のころは荒俣宏、澁澤龍彦、紀田順一郎あたりが好きで、それに比べると種村氏の本は「あんまり面白くないなあ」と思っていたのだが(失礼!)ここ数年、がぜん面白くなってきた。歳をとると趣味が変わっていくというのはこういう事かと、妙なところで納得してしまった。(笑)。こういうのが面白いと思うようになれば、種村氏の著作はどれも愉しく読めるのだろう。

『殊能将之 未発表短篇集』 講談社
 早逝した著者がデビュー前に書いて講談社の編集宛てに送ったまま仕舞いこまれていた3短篇と、デビュー前夜の様子を描いたエッセイ「ハサミ男の秘密の日記」を収録。驚愕の展開が愉しい「犬がこわい」、手に汗握るアクションが珍しい「鬼ごっこ」も面白いが、『黒い仏』と同様に夢と現実のはざまの世界を描く「精霊もどし」がなかなか好い。久しぶりに殊能センセ―の文章を堪能した。

『月と幻想科学』荒俣宏・松岡正剛 立東社文庫
 二人の碩学による古今東西の月の詩的・文学的イメージを巡る対談。月(=ルナティック)の名に恥じない「憑き」と「気のふれた」ものとなっている。どことなくニュー・サイエンスの薫りも漂うのだが、それも今からしてみるといかにも70年代らしくていい感じだ。のっけから月をめぐる妄想とはったりが炸裂していて、今ならきっとトンデモと非難されそうなネタも未分化で混じっていて、熱病にうかされたような対談が懐かしくも面白い。35年前ってこんな感じだったかとしばし感慨にふけってしまった。月に対して従来からの物狂いや反太陽的なイメージとともに、新たに冷熱や反射や鏡をイメージするのが、如何にも文学と科学を超えた幻想科学を志向する二人らしくて好い。巻末に挙げられた「月をめぐる100冊の本」の選書も使えそうな本が並んでいていい仕事だと思う。松岡氏の『ルナティック』や荒俣氏の『別世界通信』なんかをまた読み返したくなった。

『江戸しぐさの終焉』原田実 星海社新書
 芝三光という一人の人物によって創作された偽史が、さまざまな人の思惑によって実際の教育現場へと蔓延する過程を検証・批判した前著『江戸しぐさの正体』に続く第二弾。前作が出版されてから後の展開を記す。自らが信じる”正しさ”のためなら嘘でも捏造でも構わないという考えは恐ろしいものだ。たしかに「嘘も方便」という言葉もあるが、教科書に載るようになっては宜しくないだろう。江戸しぐさの創始者である芝氏の生前の挙動や発言を読んでいると、人を信じられない人物が自ら創り出した虚構にすがらないと生きていこうともがく哀しさのようなものを感じてしまう。人によってそれぞれ”正しさ”は違うと思うが、その違いに耐えるには、ある程度の心の強さが必要なのだろう。本書を読んでふとそんなことを思ったりもした。

『稲垣足穂さん』松岡正剛 立東舎文庫
 編集工学研究所を主宰する無類の論客セイゴオ氏が、稀代の文学者であった稲垣足穂について語る3つの文章をまとめたプラネタリー・ブックスの文庫化。先ほどの『月と幻想文学』と同じく、立東舎文庫の一冊としてこのたびめでたく復刊の運びとなった。文学という枠を軽々と越えて現代科学の領域へとイマジネーションを広げた稲垣足穂の足跡は、同じく思考の型にとらわれない自由な博物学者だった南方熊楠にも似ている気がする。本書に関するツイッターでのやりとりでもご指摘いただいたのだが、タルホが求めたのは“文学のその先”に行くことだったのだ。そしてその結果、新たな文学の領域が生まれることになった。哲学の価値とは答えを見つける事ではなく新たな問いを見つける事だと聞いたことがあるが、まさに足穂はそれまで存在しなかった新たな文学を作り出したと言えるのかも知れない。見るたびに相貌を変え掴みどころのない作家でもある稲垣足穂。このような作家に関しては、ひとつの視点から切り込むよりも、むしろ本書のようにプリズムによって分光するようなアプローチの方が向いているのかも知れない。そしてそのとき読者も、ホログラムのような読書を試されることになるのだ。冒頭には「初めて稲垣足穂を読む人のために」という言葉もあるが、実際のところ初期の文章に特徴的な省略と直感的イメージの多用で少しばかり読みにくいものとなっている。まあ慣れるとそれが病み付きになったりするわけだが。(笑)
中身について少しふれておくと、松岡正剛氏は稲垣足穂氏のもっとも大きな特徴を、「脱文学」とでも呼ぶしか無いものとして捉えているようだ。タルホが求め続けて届かなかったものは、文学が決して射程に入れようとしない物理学であり物質そのものを表現することであったと。そして文学的イマジネーションの外にあるのは、氏の大きな特徴でもある宇宙的・鉱物的・機械的な何かというわけだ。この主張に全面的に賛同するかどうかはさておき、とても刺激的な本であることは間違いない。立東舎さん、よくぞ文庫化してくれました。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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