イタリアバロック音楽コンサート

 ひょんなことからバロック音楽のコンサートにお招きいただくことになった。毎朝通勤途中でラジオのバロック番組は聴いているが、生のバロック演奏を聴くのは初めてなのでとても愉しみ。コンサートの題名は「イタリアバロック名歌集 ~綴られた悲劇」といい、あいちトリエンナーレ2016パートナーシップ事業のひとつだそう。チラシをみると愛知県立芸術大学同窓会や名古屋音楽大学が後援していたりして何だかすごい。時は2月14日(日)、場所は伏見にある電気文化会館の地下2階コンサートホール。余裕をもって家を出たつもりだったのだが、あちこち寄り道していたら到着が14:00からの開演ぎりぎりになり、会場に駆け込んだのはちょうど出演者の挨拶が終わっていまにも演奏が始まろうとするところ。あぶない、あぶない。人の入りはざっと100名弱ほどだろうか。座席指定は無いので適当なところに席をとり、受付で手渡されたパンフレットに目を移したところでコンサートが始まった。

 ではここで内容について簡単にご紹介。出演者の方は5名で、歌唱担当はソプラノ声楽家の加藤佳代子氏と本田美香氏。お二人をサポートするのがテオルボ(リュート)の坂本龍右(りゅうすけ)氏とバロックチェロの懸田貴嗣(かけたたかし)氏、そしてチェンバロの平井み帆氏という演奏家の皆さんだ。時間は途中15分の休憩を入れて計2時間、アンコールまで入れて全15曲というなかなか盛りだくさんなコンサートだった。構成としてはソプラノ二重唱や独唱による歌唱曲の他、それぞれの楽器の独奏や合奏を交えた器楽曲を加えたりして、バラエティに富んでいる。クラシックのコンサートといえばファミリーコンサートぐらいしか聴いた事がないのでこれが一般的な構成かどうかは知らないが、聴くものを飽きさせないように工夫されていて好かった。以下、当日プログラムから書きだしてみよう。

  1.遠いところに行けるだろうか/シジズモンド・ディンディア
  2.このうえなく甘いためいき/ジュリオ・カッチーニ
  3.東の門から/ジュリオ・カッチーニ
  4.ヴィオローネのためのトッカータ、ルッジェーロ 
          /ジョバンニ・バッティスタ・ヴィターリ
  5.おまえの自由を容赦なく奪う者/ジョバンニ・フェリーチ・サンチェス
  6.私はかわいい羊飼いの娘/クラウディオ・モンテヴェルディ
  7.第2旋法のトッカータ/タルクイニオ・メールラ
  8.フォーリア/ベルナルド・ストラーチェ
    <休憩>
  9.マリア・ストゥアルダの哀歌 “待ちなさい、私に話をさせなさい”
          /ジャコモ・カリッシミ
 10.トッカータ/アレッサンドロ・ピッチーニ
 11.死がわれらを別つまで/バルバラ・ストロッツィ
 12.タランテラ/ジューリオ・デ・ルーヴォ
 13.12のトッカータより/フランチェスコ・スプリアーニ
 14.哀れな美貌/ジョヴァンニ・フェリーチェ・サンチェス
 15.アンコール曲(曲名不明)/クラウディオ・モンテヴェルディ

 このうち冒頭の1と真ん中付近の6、そしてラストの14とアンコールの全4曲が、加藤氏と本田氏による二重唱となっている。2と3と9は本田氏による凛とした独唱、5と11は加藤氏の完全暗譜(歌の場合も楽譜を見ないのは”暗譜”で合っているのかな?)による力強い独唱で、その間に器楽曲が挟まる形。器楽曲でも4と12はバロックチェロ、7と8はチェンバロ、そして10はリュートによる独奏と分けられており、また残りの13は三つの楽器による合奏という贅沢なつくりになっている。普段聴きなれない楽器の音色なので、聴き比べができたのは嬉しかった。さらにそれぞれの演奏前には奏者による曲や楽器についての説明(*)もあったりして、自分のような初心者でも充分に愉しもことができた。

   *…例えばバロックチェロと普通のチェロの違いについて。バロックチェロには床で
      楽器を支えるためのピンが無く、両脚で胴体を抱えて弾くのが特徴。また羊の腸
      で作ったガット弦を使っている。(注:ガット弦は同じくリュートでも使用。)
      自然の素材を使っているため気候の影響で狂いやすく、頻繁に調律しなきゃいけ
      ないらしい。たしかにコンサート中も頻繁に音合わせをやっていたが、そういう事
      だったのか。

 パンフレットに訳詞が載っていたので、歌のパートはそれを読みながら聴いていく。前半の曲は「愛神の鋭い矢を感じないでいられるほど、遠いところに行けるだろうか」などといった能天気なラブソングばかりだ。6なんて全編「私はかわいい羊飼いの娘。バラ色とジャスミンの花のような頬、そしてこの額、この黄金の髪は......(後略)」といった感じで、読んでいる方が赤面してしまうほど。
 しかし休憩を挟んだ後半になると、(確かに愛も謳ってはいるが)徐々に老いや死の悲しみの歌が次第に増えてきて、コンサートの題名の意味が明らかになってくる。9は幽閉の果てに処刑されようとするマリア・ストゥアルダが歌う告発の歌になっていて、歌詞も「もし無慈悲な運命が罪人に当然の死を私に定めているとしても、私は無実で死ぬのです」といった感じ。14に至っては、最愛の人が老いさらばえた様子をみて「君はどのようにして、こんな風になってしまったんだい?」などという不届き千万な歌詞まででてきて驚く。(いまなら訴えられそう。/笑) 毎朝ラジオで聞いているのはミサ曲が中心なので、題名も「目覚めよと呼ぶ声あり」など神やイエスを讃える固めのものが割と多い気がする。したがって今回聴いたイタリアのバロック曲は、奔放さが逆に面白かった。中身は全然高尚ではないのだが(失礼!)、それでも舞台の上で繰り広げられる二人の熱唱や美しい古楽器の柔らかな響きを聴いていると、心が洗われていくような心持ちになっていくのが不思議。

 実をいうと、コンサートの間じゅう中世ヨーロッパを舞台とする様々な物語の1シーンがあたまに浮かんでは消えを繰り返していた。(16~17世紀を中心としたイタリア歌曲なので、厳密にいえば国や地域も時代も違ったりするのではあるが。)例えばヴァーノン・リーの『教皇ヒュアキントス』やエラスムス『痴愚神礼讃』、映画の『ブラザー・サン シスター・ムーン』にエーコ『薔薇の名前』など。さらには山尾悠子『ラピスラズリ』やディネセン『ピサへの道』、それにセルバンテス『ドン・キホーテ』など挙げていけば枚挙にいとまがない。考えてみればバロックはゴシックより前の時代にあたるので、自分が好きな幻想小説の源流にもあたる。道理で相性が良いわけだ。いやこれは愉しい。
 ラジオも決して悪くはないけれど、生で聴くことが出来るコンサートはまた格別なものといえる。毎年夏になると名駅前に薪能を観に行って夢幻の境地を味わうのが愉しみなのだが、バロック音楽のコンサートも、能とはまた違った意味で現実とは違う世界に連れて行ってくれることが判った。本との相性も良いし、これは病み付きになりそうな予感がする。ロマン派の音楽も悪くないけど、バロック音楽をこれから少し追いかけてみても良いかもしれない。あっという間の2時間だった。

<追記>
 今回のコンサートは、元を辿れば声楽家の加藤氏と喫茶リチルでお会いしたことがきっかけだった。その後、幻想文学を語るイベントにもご参加いただいたりして、今度はご本業であるバロック音楽を聴く機会を作って頂くことに。本を通じて思い掛けない方々との出会いが広がっていくのがありがたく、そしてまた愉しい。
 加藤さん、このたびはどうも有難うございました。またリチルで珈琲でも飲みながらおしゃべり致しましょう。マスター、その節は宜しくお願いします。
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舞狂小鬼様

ご高評賜りありがとうございます。
イタリアバロックの言葉と音楽の濃密な関係を味わっていただけて嬉しいです。
バロック音楽は本来メロディーよりも言葉の情感を優先させるのですが、原語を理解していただくお客様が少ない日本では単に音楽の美しさだけが評価されていることが多いのです。
さすが小鬼さん!ツボを押さえてお聴きくださりありがとうございます!
小鬼さんが客席にいてくださるのが舞台上から拝見できてとても心強かったですー。

このコンサートのチラシデザインを迷っている時にリチルさんで初めてお会いしご助言いただいたのでしたね。
小鬼さんとリチルのマスターから色々ご意見をお聞きできて大変勉強になりました。
ありがとうございます!

今後とも本の世界などなどご指導くださいませ。

加藤佳代子

加藤佳代子さま

拙ブログのご訪問ならびにコメントをありがとうございます。

昨日は素晴らしいコンサートの開催おめでとうございました。そして愉しい時間を過ごさせて頂き、どうもありがとうございました。

なにしろ訳詞があったのが曲を鑑賞するうえでとても役立ちました。
身振りを交えて情感のこもった歌い振りも、とっても好かったです。

また、アンコールでなされたモンテヴェルディの曲は、後ろの壁に張り付いたりクライマックスの歌い上げまで、まるでオペラを見ているようで愉しかったです(^^)

こちらこそリチルでお会いしたときなど、また色々と教えてくださいませ。それではまた。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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