『クルアーンを読む』 中田考/橋爪大三郎 太田出版

 日本人でありながら敬虔なムスリムである中田氏と、キリスト教を中心に様々な宗教にも造詣が深い社会学者の橋爪氏による対談集。副題は「カリフとキリスト」という。日本語を母語にする極めて知性的な人物によって語られるイスラーム信仰についての話は強烈だが新鮮でもあり、予想もしなかった方向から頭をぼかぼか叩かれているような刺激がある。そして橋本氏によって時にあけすけに、時にぎりぎりまで踏み込んだ真摯でスリリングな議論は、緊迫の度合いを深めるシリアを中心とした中東情勢を理解するうえで非常に役に立つ。
 中田氏によれば、多数派であるスンナ派(スンニ派)には、神学的にみて「統治権力の正当性」を論証する術が無いとのこと。したがって民衆が圧制に対して起こす反乱蜂起は、実はスンナ派のシステムそのものに内蔵されたものなのだ。反乱はムスリムにとって原理的に正当な権利である。しかしその代わり、反乱を起こす際には宗教的にも正しくなければならず、単に現政府が民衆に対して「不正」であるだけでは駄目なのだという。したがってISはシリアにおいてアサド政権をまず「背教者」であると認定し、そしてその上で反乱を起こしたらしい。そうなると信仰の根元に関わることだけに基本的には殺し合いになるしかない。互いに相手が背教者であると主張しあいながら、どちらかが殲滅するまで戦いが続くことになる。停戦の可能性がないというのは恐るべしである。
 ところでこれまで読んできた中では、イスラーム信仰の内面については本書がいちばん詳しいように感じた。中田氏の見解は単純な受け売りなどではなく、イスラームの教えの根源的なところまで深く考え抜かれた上でのものなので、読んでいても納得が出来る。ちなみにそしてISに対して氏が感じている(と思われる)シンパシーもまた、宗教的にみて理解できるものではある。ただしそれは西洋的な価値観が主流である世界においては、おおきな誤解を招く恐れと表裏一体のリスキーなものではあるのだが……。おそらく中田氏は根本的に原理主義者なんだろうと思う。テロ思想がどうとかおかしな意味ではなく、ムハンマドから始まったイスラームの教えに忠実という意味で。例えばイスラム銀行の理念も否定、西洋的な資本主義も否定、そしてカリフ制に基づく商業文明に戻るべきと主張するなど、ある意味ではISより過激な思想といえるかもしれない。(笑)
 本書を読んでいちばん驚いたのは、キリスト教でいうところの「自然権」がムスリムの世界には存在しないという点だろうか。自然権に代わるものは「シャリーア(=後世の宗教学者によって書かれた言行録)」であるというのは、ムスリムの考え方を理解する上でまさに目から鱗だった。(*)

   *…結局のところ「人は罪を犯すものであり、神の意志は絶対ではあるが、
      預言者(ムハンマド)あるいは正統的な後継者(イマーム)なきあとは、
      世に残された者が恣意的に判断せざるを得ない」と認めたことが、
      イスラームに原理的に内包されたリスクといえるのかもしれない。

 時事的な話題も適度にとりまぜつつ話は進み、最後は“ユニバーサリズムたるイスラーム教”と“ナショナリズムたるキリスト教”(および西洋諸国)の思想的な比較という壮大なテーマにまで及ぶ。なおこの点において橋爪氏の舌鋒はかなり鋭い。極めて素朴な契約形態であるカリフ制の持つ根本的な脆さと、共産主義との共通点を指摘する橋本氏に対し、一方の中田氏は非常にナイーブすぎるようにも見える。氏の理想主義的な面が見え隠れする所以である。
 まああれこれ書いてはみたが、全体を通して「現在の世界を取り巻く情勢の鍵となるイスラーム教をキリスト教との比較で読み解く」という本書のねらいは、かなり成功しているといえるだろう。面白かった。こういう本は好きだ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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