My Choice/2015年印象に残った本

 なんだか年々仕事が忙しくなっている。そのうえ昨年から仕事内容が変わり、出張が全くなくなってしまったので平日の読書時間が激減したせいで、毎月読める量にも制限がかかってなかなか大変。しかし一方では読書会やシンポジウムへの参加など、本に関係したイベントが充実してとても愉しい一年だったのは好かった。さてそれでは、毎年恒例としているように、今年読んだ本の中から「印象に残った本」を挙げてみよう。今年は幻想文学を中心としたフィクション分野で収穫が多かったように思う。

<新刊部門> ―今年出版された本―
『黄金時代』 ミハル・アイヴァス 河出書房新社
 チェコの作家による幻想哲学小説。前作の『もうひとつの街』が面白かったので読んでみたのだが、さらに自分好みだった。文化人類学的な面白さで読ませる前半と、ボルヘスばりのメタフィクショナルな展開が炸裂する後半でがらりと雰囲気が変わるのが面白い。日本翻訳大賞に推薦したが残念ながら最終選考でおちてしまった。(奥付を見たら2014年11月だった。でも読んだのは2015年になってからだからいいや。かたいことは言いっこなしで。)

『巨大ウイルスと第4のドメイン』 武村政春 講談社ブルーバックス
 自然科学系の本の代表として。近年になって新たに発見されミミウイルスやパンドラウイルスと名付けられた巨大ウイルスは、“無生物”であるにも関わらず“生物”であるバクテリアよりも大きなDNAをもつという。本書ではそれらの存在を基軸に、「生物」の誕生過程について分子生物学の大胆な仮説を繰り広げる。はたしてこれまでの「バクテリア(細菌)/アーキア(古細菌)/真核生物」という生物の3つのドメインに対して、新たな第4のドメインは成立するのか。そして細胞を基準とするこれまでの生物の定義は見直されるのか。これからも目が離せない。

『教皇ヒュアキントス』 ヴァーノン・リー 国書刊行会
 19世紀ヨーロッパの作家による幻想小説集。編訳者の中野善夫氏が数年に亘り悪戦苦闘している様子をツイッターで拝見してきただけに、とても印象深い一冊だった。もちろん中身も一級品。古代ギリシアや中世キリスト教などに題材を取った、古風で品の良い作品が特徴で、粒よりの短篇ばかりが集められているベストセレクションだ。価格がちょっと高いがそれだけの価値はあるとおもう。(この本を買ってから、高い本を買うのに抵抗が無くなってしまい、本代が嵩むようになったのは想定外だったが。/苦笑)
栞や蔵書票、豆本プレゼントといった様々な販促イベント“ヒュアキントス祭り”も話題となり、色んな意味で画期的な一冊だった。

『紙の動物園』 ケン・リュウ 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
 こちらはSFジャンルからの今年最高の一冊。今、最も注目されるアメリカ在住の中国系作家の作品を精選した、日本オリジナル編集の短篇集だ。芥川賞を受賞した漫才師の又吉氏がテレビで取り上げるなど、これもまた色んな意味で話題となった。軽妙なアイデアストーリーから痛切で思い読後感を遺す作品まで、バラエティに富んだ十五篇が収録されていて、訳者の古沢嘉通氏の選定がとても素晴らしい。

『反知性主義』 森本あんり 新潮選書
 最近よく目にする「反知性主義」という言葉の源流についてまとめた本。反知性主義とは日本で使われるような「総ての知性に対して反対する主義」という意味ではなく、元来はアメリカで生まれた特定の主義を指す言葉なのだそうだ。

『泰平ヨンの未来学会議』 スタニスワフ・レム ハヤカワ文庫
 今年は自分がもっとも好きな作家のひとりであるレムの本が3冊もでた稀有な年でもあった。本書は数十年前に他社からハードカバーで出て以来、長らく絶版になっていたものの初文庫化。まさかこの本が新刊のとして読めるときが来るとは思えなかった。(さらには本書を原作にした映画公開まで!)他にも国書刊行会のレム・コレクションから新刊の『短篇ベスト10』が発行されたり、同じくレム・コレクションの第一巻として刊行された『ソラリス』がハヤカワ文庫に収録されたりと、まさに夢のような一年だった。

『21世紀の資本』 トマ・ピケティ みすず書房
 経済学の高額な専門書であるにも関わらず大ベストセラーとなった話題の本。現在入手な可能で且つ信頼できるデータのみを集め、それらに精緻な分析を加えることで見えてくる経済政策と資本との関係を示した労作。日本ではあっという間にブームが去ったようだが、こういう学術書がきちんと評価されるのが社会の習熟度を示しているような気がする。

『月世界小説』 牧野修 ハヤカワ文庫
 日本のSFはあまり読んでいないのだが、本書は今年読んだ中では文句なくベスト。言語と物語と神をテーマにした、そしてどこか懐かしい感じもする小説。古代英雄神話や聖書にアニメや漫画、さらには「サピア・ウォーフ仮説」や松岡正剛の”日本という方法”といった思想系をくっつけて、もうひとつ全共闘時代を彷彿とさせるというごった煮状態。テーマも作風も懐かしいつくりなのだが、一方では、主人公がLGBTだったりするのがいかにも現代風で面白い。

『ビットとデシベル』 フラワーしげる 書肆侃侃房(しょしかんかんぼう)
 まさか自分が短歌の本を買うとは思わなかったが、実は本書は翻訳家や作家としてだけでなく、音楽など多方面で活躍する西崎憲氏が、「フラワーしげる」の名前で発表した短歌集なのだ。作風は尾崎放哉や種田山頭火のような自由律短歌で、内容もちょっと形容しがたいものでとても面白い。正直いって短歌がこんなに自由なものとは知らなかった。同じ著者による短篇集『飛行士と東京の雨の森』にも繋がる、良質で密度の高い異界が広がっている。異化とか脱臼とか不穏とかそういうもの。笑いと辛さと、ちょっと不気味さもある。

『動きの悪魔』 ステファン・グラビンスキ 国書刊行会
 20世紀初頭に活躍した、ポーランド唯一の“恐怖小説専業作家”による鉄道怪奇物語集。これまではアンソロジーに短篇がひとつ載っただけなので、本書が実質的な初紹介に近い。乗務員や乗客などいずれ劣らぬ癖ある人々が鉄道事故にまつわる恐怖を体験する前半と、形而上的ともいえる神秘体験が色濃い後半の全十四篇からなり、バラエティに富んでいて飽きさせない。『怪奇小説傑作集』に収録されていても違和感ないものばかりで、なるほどこれは帯にあったようにポーランドのラブクラフトでありポーだと思う。本書が好評だったおかげで第二弾の企画が進められているとの噂もあって、これもまた嬉しい限りだ。

『死者の花嫁』 佐藤弘夫 幻戯書房
 古代から中世を経て近世へと至る、日本人の死生観を探った本。葬送儀礼や遺構、あるいは文芸作品の背景となる社会意識を読み解くことでで、柳田民俗学によって定説となっている日本人の死生観を覆す。大変に刺激的で面白い。また後半には、伝統的な家制度の崩壊によって現在に現れつつある新たな死生観の萌芽も示される。

『回想の人類学』 山口昌男 晶文社
 一昨年に惜しくも他界した文化人類学の泰斗の回想録。山口氏の信頼厚い編集者の川村伸秀氏による聞き書きで、幼少の頃から1980年までのエピソードが克明に記されて、本人しか知らない話が満載となっている。久しぶりに全盛期の山口節が読めて嬉しかった。歯に衣着せぬ毒舌ぶりは相変わらずで、アフリカやパリ、スペインでの生活や旅の様子も楽しい。

『スウェーデンの騎士』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
 日本での再評価が著しい“幻想歴史小説”の巨匠の代表作。ひとりの”泥坊”が辿る数奇な運命を描いたピカレスク・ロマンでありギリシア神話的な非劇であり、そしてまた魔術的中世と近代の端境期を舞台にした歴史物語でもあるという稀有な作品で、波乱万丈の展開はページを繰る手を休ませない。

『クルアーンを読む』 中田考/橋爪大二郎 太田出版
 日本人に珍しいムスリムである中田氏と、キリスト教を中心に様々な宗教にも造詣が深い社会学者の橋爪氏による対談集。イスラームの信仰と教義について、信仰の内面にまで踏み込んだ真摯でスリリングな議論が交わされる。

<既刊部門> ―古本・絶版とりまぜて今年自分が読んだ本―
『グリーン・マイル 1~6』 スティーヴン・キング 新潮文庫
 モダン・ホラーの巨匠キングが、「毎月1冊、6か月連続で刊行」という変わった形式で発表して話題を呼んだ作品。小学館文庫から上下巻の形で先ごろ復刊されたのをきっかけに、せっかくなのでオリジナルの新潮文庫の方で読んでみた。1930年代のアメリカを舞台に、死刑囚を収監した刑務所で起こった不思議な出来事を描いた物語で、看守が老年になって書いた回想記というスタイルも好い。しばらく遠ざかっていたキングだが、これはかなり良かった。個人的には『呪われた町』『IT』にも匹敵する。もっと早くに読めば良かった。

『ゴースト・ハント』 H・R・ウェイクフィールド 創元推理文庫
 20世紀初頭に活躍した怪談の名手による傑作集。語り口はあくまでも伝統的で美しく、英国の泉鏡花と呼ぶに相応しいかも。グロテスクさは無いがかなり怖い。「赤い館」「”彼の者現れて後去るべし”」「目隠し遊び」「最後の一束」や表題作はかなり好み。(いまさらだけど、もしかして本書は国書刊行会から刊行された『赤い館』の文庫化なのかな?)

『ムントゥリャサ通りで』 M・エリアーデ 法政大学出版局
 世界的に有名なルーマニアの宗教学者が発表した幻想小説。世界のすべてを知るかのごとき驚異の語り部ファルマ老人は、保安警察や政府高官らの求めに応じて謎の消失を遂げたラビの息子を巡る思い出話を語りだすが、彼の話は迷宮のように錯綜し、尋問にあたった警官を翻弄する。そしてまた前半の目くるめくような神話的世界は、後半に至りマコーマック『ミステリウム』を思わせるような緊迫感に満ちたメタミステリへと突然変貌をとげる。噂に聞く一品をようやく読めて満足だった。

『家守綺譚』 梨木香歩 新潮文庫
 早逝した友人の家守(いえもり)となった若き文士の元を訪れる数々の不思議と交流を描く。凛とした清冽さとそこはかとないユーモアが感じられるが決してくどくない。新たに個人的な「幻想と怪奇の短篇集」のマスターピースに加えた一冊。

『スティーヴンソン怪奇短篇集』 福武文庫
 『宝島』や『ジーキル博士とハイド氏』で有名なロバート・ルイス・スティーヴンソンの数多い作品の中から、幻想怪奇の味が強い作品ばかりをセレクトした短篇集。神話のごとき薫りがして愉しい「びんの小鬼」「声の島」や、対照的にかなり怖い「ねじけジャネット」「トッド・ラブレイクの話」など、予想をはるかに上回る出来の作品集だった。

『夜毎に石の橋の下で』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
 ルドルフ二世が統治するプラハを舞台にした幻想譚。当初ばらばらに見えた各短篇は様々に絡み合い、互いに関連しながら大きな物語を形作っていく。この作品を著者のベストに推す人も多いと聞くが、なるほど聞きしに勝る傑作だった。

『亡命ロシア料理』P・ワイリ/A・ゲニス 未知谷
 1970年代にアメリカに移住した二人のロシア人ジャーナリストによるロシア料理のレシピ付きエッセイ。日本では馴染みの薄いロシア料理の紹介とともに、東欧/西洋の両文化批評と失われしロシアへの郷愁が語られる。ユーモアもありまた優れた文明批評にもなっているのはさすが。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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