2015年12月の読了本

『宇宙背景放射』羽澄昌史 集英社新書
 副題は”「ビッグバン以前」の痕跡を探る“。「宇宙の究極のルールブック」を探す実験科学者による最新研究の紹介で、「インフレーション理論」の証拠となる「原始重力波によるBモード偏光」なるものを探そうというのが著者の研究テーマなのだそうだ。アタカマ砂漠という、チリの辺境に建つ実験施設が素粒子物理学と天文学の夢を追う最先端というのが、なんとも心を湧き立てる。理論物理学者が唱えた仮説を証明するのも大切だが、逆に仮説を覆すような新事実を見つけるのもまた実験物理学者の醍醐味だという著者の話は、今年のノーベル賞を受賞した梶田氏のニュートリノ観測にもつながっているような気がする。見果てぬ夢を求める途中経過が愉しい。

『ヴィトカツィの戯曲四篇』スタニスワフ・イグナツィ・ヴィトキェーヴィチ 未知谷
 白秋や太宰を思わせるようなろくでなしと純真もしくは性悪な女性が繰り広げる、暗くて辛辣で時に滑稽な戯曲四篇を収録。突如出現する不条理な世界が面白い。甦った婦人に翻弄される三人の男たちを描く三幕物の不条理劇中「小さなお屋敷で」や、強烈な印象を残す「母」が好みかな。目まぐるしく変わる展開にちょっと眩暈がしそうな社会派風ドラマの「水鶏」も、ラストの不条理感がなかなか好い。小篇「狂人と尼僧」もあわせ、いずれの作品もクズ男やダメ女が多い(笑)。「母」は岸田今日子の主演で舞台化されたことがあるらしいが、観てみたかった。

『ノックス・マシン』法月綸太郎 角川文庫
 「このミス」と「ミス読み!」で1位を獲得した作品集。表題作と続篇の「論理蒸発」、そして「引き立て役倶楽部の陰謀」「バベルの牢獄」という四つの短篇は、全てがSFでありミステリでもあり、本と物語を主題にしているという凝りようだ。SF読みとして一番好きなのは「論理蒸発-ノックス・マシン2」の奇想だけど、本好きとしては「引き立て役倶楽部…」も堪らなく面白い。職人が丹精込めて作り上げた箱根細工か何かのような秀作の短篇集。ただし(解説を読んで知ったのだが)、電子書籍版には「バベルの牢獄」は収録されていないとのことなので、本書は絶対に紙版を買うべきだと思う。(作品そのものの仕掛けの問題なので、収録は無理なのだ。)

『ピサへの道』イサク・ディネセン 白水uブックス
 上下巻の作品集「七つのゴシック物語」の上巻。見えているものが必ずしも真実ではない。目まぐるしく変わる展開に驚かされているうち、いつの間にか物語は幕を閉じる。描かれる人間模様は結構ほろ苦いが、この手の味が好きな人には堪らないだろう。下巻「夢みる人びと」も愉しみだ。

『クルアーンを読む』 中田考/橋爪大二郎 太田出版
 日本語を母国語とする極めて知性的なムスリムである中田氏と、キリスト教を中心に様々な宗教にも造詣が深い社会学者の橋爪氏による対談集。イスラム教信仰の内面にまで踏み込んだ真摯でスリリングな議論が交わされる。特に中田氏の論考は強烈だが自分には新鮮で、イスラームの信仰と教義について、今まで読んだ中では一番深いところまで踏み込んでいる。予想もしなかった方向から頭をぼかぼか叩かれてるような刺激がある。結局のところ、人は罪を犯すものであり、且つ神の意志は預言者なきあと残された者が恣意的に判断せざるを得ないと認めたことが、イスラームに内包されたリスクということか。最後はユニバーサリズムたるイスラム教とナショナリズムたるキリスト教的西洋諸国の思想的な比較まで及ぶ。極めて素朴な契約形態であるカリフ制の持つ根本的な脆さと、共産主義との共通点を指摘する橋爪氏の舌鋒は鋭く、この点では中田氏は非常にナイーブで理想主義にもうつるが本当のところはどうなのだろう。本屋の店頭で見かけて衝動的に買ったのだが、良い本だった。

『猫は迷探偵』月刊「ねこ新聞」監修 竹書房文庫
 1994年に創刊された文学紙に掲載された中から再編集したエッセイ集。寄稿したのは作家や漫画家、学者に芸術家など様々で、内容も文字通りの“猫っかわいがり”のものから永久の別離を描いた文章までと、大変に幅広い。それにしても、かくも世の中に猫派は多いものなのか。

『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』アリス&クロード・アスキュー アトリエサード
 怪奇小説ファンの間で話題となっているナイトランド叢書の一冊。ジョン・サイレンス博士やカーナッキの系譜に連なるオカルト探偵ものの短篇集だ。(マニア向けの話ですいません。)ただしオカルト探偵といっても、不可解な事件を快刀乱麻のごとく解決するわけではない。主人公たちが人知の及ばぬ超自然的な出来事を前にして善処するのみなのは、むしろ往年の名作オカルトドラマの「事件記者コルチャック」に近いかも。内容に触れると、まず前半はエイルマーの体験談を後に相棒になるデクスターが聞くという形式。怪奇色は強くなく、むしろ超自然の匂いがするゴシック・ロマンスみたいな印象だ。怪奇色にこだわらなければ、前半に収録された「見知らぬ誰か」「緑の袖」「消せない炎」といった作品は、ファンタジーとしてかなり好きな部類に入る。後半は依頼された不思議な事件をコンビで探る探偵形式になるが、中でも「ヴァンパイア」や「恐怖」は特に好み。怪奇幻想文学のファンとして嬉しい一冊だった。

『作家の収支』森博嗣 幻冬社新書
 『すべてかFになる』で第1回メフィスト賞を受賞するという鮮烈なデビューをとげたミステリ作家が、約20年間に亘る自作の販売部数や収入を赤裸々に語った本。また、同時に作家という職業についての持論も開陳している。(自分は仕事だから小説を嫌々書いているが、作家という職種を客観的にみた場合は投資や効率の面で意外と将来性がある職種であるという意見はちょっとびっくりだが、これでなかなか説得力がある。)実はこの人の本は小説も含めてこれまで読んだことがなく、今回が初めてなのだ。しかし変な自慢も卑下もなく淡々と事実だけを述べているので、自分には読みやすい。デビュー当時は「現役の国立大学工学部助教授」とか「理系ミステリ作家」とかいうキャッチフレーズが飛び交っていたように記憶しているが、なるほど極めて論理的な口調は”理系“というのがぴったりかもしれない。「森博嗣作品では大当りは無理だ」「そのとおり、そのマイナさを売り物にしているのが、森博嗣なのだ」 という、自己分析に基づく戦略もなるほど納得。初めから趣味のための小遣いを稼ぐために作家になったというだけあって、書く作品も売り方もかなり戦略的で感心した。ただ、コンスタントに一定水準以上の作品を大量に書き続けられるアイデアと力量がある事が前提なので、常人には真似し難いかも知れないとも思えた。作家の日常を書いた本としてもなかなか面白い。真面目な口調の中にちょっと諧謔味を忍ばせるというあたりがこの人の文章の味なのかもしれない。

『〈初稿〉眼球譚』 オーシュ卿(G・バタイユ) 河出文庫
 当初は変名で発表されたバタイユの初小説作品。初稿の方を読むのは今回が初めてだ。第一部ではボリス・ヴィアン『墓に唾をかけろ』を思わせる暗黒小説(ノワール)の手法を用いて、死と性が重なりあう圧倒的なまでの放蕩を描く。そこに現出するのは“聖なる呪われし者たち”によって為される、世俗的なものの否定と至高の存在そのものへの冒涜。さらに自伝的要素が強い第二部「暗号」では、眼球、玉子、牡牛の睾丸という「球体幻想」の暗喩と繰り返される汚穢、そして死の描写が持つ意味が明らかにされる。しかしそれでもこの小説のもつ毒と思想性は到底理解できるものではない。(注:ほめてます。)暗黒の魅力を持つ、おそるべき思想家もしくは狂人の作といえるか。両頬を思いきり叩かれて気合を入れられたような気分。相変わらずバタイユは理解に苦しむが、いつか『呪われた部分』も読んでみなくては。

『カンタヴィルの幽霊/スフィンクス』 ワイルド 光文社古典新訳文庫
 かなり滑稽な幽霊譚の表題作やエジプトの幻想動物を題材にした詩を始め、多才なワイルドの小粋な短篇を五つ収録。さらにはボーナストラックとして、彼に”スフィンクス”というあだ名を付けられた親友エイダ・レヴァーソンによる掌編や回想記を附す。幻想味のある作品は「カンタヴィルの幽霊」と「スフィンクス」の二篇だけだが、残りの「アーサー・サヴィル卿の犯罪」「秘密のないスフィンクス」「模範的億万長者」も愉しかった。

『亡命ロシア料理』P・ワイリ/A・ゲニス 未知谷
 1970年代にアメリカに移住した二人のロシア人ジャーナリストによるロシア料理のレシピ付きエッセイ。シチーやスカー、ハルチョーといった、日本人には馴染みの薄いロシア料理の紹介とともに、東欧/西洋の両文化批評と失われしロシアへの郷愁が語られる。語り口は軽くとも時に鋭く、またユーモアにも満ちている。優れた文明批評にもなっているのは、食こそが最も身近であり文化に直結するものだから。そして彼らが祖国を離れ遠いアメリカの地にいることも大きな理由ではあるのだろう。ユーモアあふれる文章は昔テレビでやっていた「世界の料理ショー」みたいで面白いが、同時にどことなくツイアビ(エーリッヒ・ショイルマン)の『パパラギ』に似た香りもした。

『江戸のバロック』谷川渥/監修 河出書房新社
 副題は「日本美術のあたらしい見かた」。侘び寂びとはまた違った日本美術の系譜を示す写真&画集。バロック的ともいえる、豪奢で過剰で異様で奇抜な浮世絵や建築物、変わり兜に焼き物に生人形といった作品群を、江戸を中心に明治・大正期まで紹介。取り上げられる作家(画家)は伊藤若冲、歌川国芳、歌川豊国、葛飾北斎に曾我蕭白、河鍋暁斎といった有名どころから、岩佐又兵衛、海北友松、狩野一信や長沢蘆雪などといった初めて目にした名前まで総勢33名にもおよぶ。序文に挙げられた谷川氏の解説が良い。フォションやドールス、ホッケらによるルネサンス/マニエリスム/バロックの定義から、岡本太郎や辻惟雄らによる縄文vs弥生や奇想に関する考察まで、いわゆるバロック的なものについてざっくりと俯瞰してくれて、この不思議な作品群を捉える視座を与えてくれている。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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