2015年11月の読了本

 11月は前月に引き続いてペルッツ強調月間だった。

『聖ペテロの雪』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
 ドイツの寒村に住む貴族の屋敷を舞台に、皇帝フリードリヒ二世の栄光復活への想いと、信仰の探究が結び付くときに起こる悲劇を描いた長篇。他のペルッツ作品とは若干テイストが違って、「幻想の歴史」ではなく限りなく内側へと向いた物語を描いてユニークだ。印象としては夢かうつつか判らぬ、精巧に作られた愛らしい小宇宙のよう。喩えるならまるでスノードームのような感じだ。そして小宇宙がペルッツの手で振られるたびに雪が視界を覆い尽くして、現実と幻想あるいは夢と真の境が判然としなくなる。しかしそれもやがて静まり、すべては忘却の彼方へと消え去るのみ......。あ、そうか。『ドグラ・マグラ』なんだ。

『旅人 開高健』 高橋昇 つり人社
 開高健の『オーパ!』『オーパ、オーパ!!』などの取材に同行したカメラマンによる、「“釣り人”開高健」の思い出と写真の数々をまとめた本。写真と各地でのエピソードを読んでいるうち、若い頃に開高健が好きで読みふけったことを思い出した。彼は古いタイプの人で、男の格好よさと寂しさを体現したようなところが魅力だったと思う。心の中にはいつも虚無を抱え込んでいて、どれほど愉しんでいても何かの拍子にふとそれが顔を出す。文体もそうだが、性格的な面でもある意味ヘミングウェイに似ていた人だったのかも知れない。この人の作品を読んでいるうち、死ぬのは寂しく辛いことではあるけれど怖くはなくなったような気がする。「上を見て生き、下を見て暮らす」「悠々として急げ」「漂えど沈まず」といった、警句が似合う人でもあった。

『ロマネ・コンティ・一九三五年』 開高健 文春文庫
 開高健のおそらくベストであろう短篇集。冒頭の「玉、砕ける」に始まり最後の表題作まで、いずれおとらぬ珠玉の作品が続く。折に触れつい読み返したくなる作品集なのだ。

『スウェーデンの騎士』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
 ひとりの”泥坊”が辿る数奇な運命を描いたピカレスク・ロマンでありギリシア神話的な非劇であり、そしてまた魔術的中世と近代の端境期を舞台にした歴史物語でもあるという稀有な作品。隙の無い構成や波乱万丈の展開はページを繰る手を休ませない。死者が生者と普通に会話をするあたりも魔術的リアリズムっぽくて面白いし、ここまで読んだ中ではベストだった。この作品の特徴をひとことでいうと、要は『モンテ・クリスト伯』であり山田風太郎なのだ。あるいは「名前の持つ重さ」と「滅びの美学」と言い換えてもいい。

『シャーロック・ホームズとヴィクトリア朝の怪人たち(1・2)』ジョージ・マン編 扶桑社ミステリー
 やあこれは愉快。ホームズ物のパスティーシュを14篇収録していて、本格的なミステリだけでなくさまざまな系統の作品が愉しめる。(なかには『シャーロック・ホームズの宇宙戦争』の後日譚である「火星人大使の悲劇」や、スチームパンクの薫り高い「地を這う巨大生物事件」といった作品まで。)どれも著者たち自身が楽しんで書いている様子が伝わってきて、読んでいるこちらまで嬉しくなる。休日の読書にはうってつけの本だった。

『シュメール神話集成』 ちくま学芸文庫
 杉勇・尾崎亨/訳。古代メソポタミアの碑文テキストからの直接の翻訳により、イナンナやギルガメシュ、エンリルといった神々や英雄が活躍する神話群を紹介。これらの神話が後にいかにしてユダヤ・キリスト教の伝説に影響を与えてきたかがよく解る。碑文の損傷などで文章が途中抜けているのもリアルな感じがして良い。(笑)

『夜毎に石の橋の下で』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
 ルドルフ二世が統治するプラハを舞台にした幻想譚。この作品を著者のベストに推す人も多いと聞くが、読んでなるほど納得。聞きしに勝る傑作だった。当初ばらばらに見えた各短篇は様々に絡み合い、互いに関連しながら大きな物語を形作っていく。そしてそこに見えてくるのは三人の男の哀しき運命とユダヤ人街の喪われた歴史。ひとつの時代の終わりはいつも物悲しいのだ。凄いなペルッツ。つい先日読み終えたばかりの『スウェーデンの騎士』差し置いて、このたび堂々のマイ・ベスト・ペルッツの称号を勝ち取った。(笑)

『芸術脳の科学』 塚田稔 講談社ブルーバックス
 脳研究に従事する傍らで芸術家としても活動している著者が、脳における情報処理や記憶の仕組みとともに自らの創作理論を開陳した本。全体としては三木成夫『胎児の世界』や立岩二郎『てりむくり』に似たテイストといえる。芸術脳の話でも科学の話でも無いような気はするが、興味のある方はどうぞ。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

初めてコメントします。何度か当方のブログにお越しいただき、ありがとうございました。ペルッツは未読ですが、開高健の作品はよく読んでおり、一応全集も買い揃えたりしております。また『シュメール神話集成』はまだ読み終えてはいないのですが、買い求めました。『芸術脳の科学』は立ち読みしただけで敬遠。それやこれやで重なる部分が見つかったので、お便りする次第です。今後とも、いろいろと教えていただければ幸いです。

たんめん老人さま

はじめまして。
こちらこそご訪問ならびにコメントを有難うございます。

開高健がお好きなんですね。同好の士を得て嬉しいです。あの人のぴんと張りつめたような抑制のきいた文章が好きです。拙ブログは気の向くままに広く浅く読み散らたものでありますが、何かひとつでもお気に召すものがあれば幸いです。

たんめん老人さまのブログは考えることが多く参考になります。また時間があるときにお邪魔いたしたいと思います。
それでは今後ともよろしくお願い致します。
最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR