温泉読書会ツアー2015

 連休を利用して、本好き仲間による内輪の温泉読書会をしてきた。メンバーが住んでいるのが名古屋から東京までばらばらなので、皆の集まりやすさを考えて場所は伊豆に決定。熱海から少し南にくだったところにある、熱川温泉で行うことになった。(それに「伊豆の温泉」という響きにもちょっと憧れがあったしね。/笑)
目的の第一は何と言っても「美味しいものを食べてゆっくり温泉につかり本の話をする」ということなのだけれど、せっかくなので観光だってしてみたい―― などという欲張りも熱川温泉なら大丈夫、なんせここには、かの有名な観光スポット“熱川バナナワニ園”があるのだ。(笑)
 というわけで仕事のスケジュール調整や準備のドタバタを何とかクリアして、当日集まったメンバーはI氏/K氏/G氏/T氏に当ブログの管理人・小鬼という、いずれおとらぬ本好き仲間の計5人。正午の少し前にはJR熱海駅に集合してレトロな喫茶店でのランチからスタートし、お洒落なカフェでのおしゃべりを経て、伊豆急行のパノラマ特急で風光明媚な海岸線の景色を愛でつつオーシャンビューがきれいな温泉旅館へと移動。その後は途中の夕食を挟んで夜中まで延々と、心ゆくまで本の話に花を咲かせたのであった。(刺身の盛り合わせや金目鯛の煮つけなど伊豆の海の幸に舌鼓を打った夕食の話や、檜風呂の大浴場に猫がいた話、あるいは日本の旅館における正しい朝食の話や、バナナワニ園でレッサーパンダをみたり仔ワニの背中を撫でたりした話など、愉しいエピソードは沢山あるのだが、本の話とは関係ないのでここでは一切省略とさせていただく。/笑)
 宿にチェックインしたのが午後3時。そのまま夕方まで読書会の第一部を実施し、夕食後は風呂に入って8時半に再び集合し、読書会の第二部やお薦め本を紹介しあうという、本好きにとってはまさに夢のような一日を過ごすことができたのであった。(*)

   *…今回の読書会は時間がたっぷりあったので、昼の部と夜の部の二部構成にしてそれ
      ぞれ別の課題本を設定した。昼の部の課題本はクリストファー・プリーストの
      『双生児』として、夜の部ではレオ・ペルッツ『聖ペテロの雪』を取り上げる
      ことにした。

 ではさっそく読書会の内容について触れていこう。
 昼の部の『双生児』読書会は一応、旅行幹事の自分が進行役を務めさせていただくことに。お茶うけの赤福餅やきのこの山などを摘まみつつ、車座になって順番に感想を述べる形で進めたところ、K氏による「本書といい『魔法』といい、なぜプリーストはこんなに男女の三角関係を描くのが好きなのか?」という発言でいきなり波乱の幕開け(笑)となった。うん、そうそう。確かにこの話は歴史改変ファンタジーとして魅力的な仕掛けがたくさんあるのに、そこで主題になっているのが三角関係というのが、自分も納得いかなかったのだ。作者自身が「(歴史改変の結果より)どっちがビルギットとベッドインするかという問題に答えを出すことのほうが重要」なんて言っているし。なんせ氏は本書『双生児』が苦手だったそうで、その理由をよくよく聞いてみると、最初に大森望氏の解説を読んでしまったので、ジャックとジョーとビルギットの三角関係にばかり目がいってしまったためと判明した。K氏は後の方でも「後半のジョーの物語の方が如何にも胡散臭い」「著者は平和主義のジョーに対してシニカルな面がある」「女性の描き方に少しミソジニー(女性嫌悪)の傾向がある」といった鋭い意見を述べていた。
 続くI氏は「プリーストは双子の話が好き」という話から、「本作では双子という以外にチャーチルやヘスも含めたドッペルゲンガーの要素が強い」という指摘になるほどと頷く。ところで今回は親しいメンバーによる少人数の読書会なので、初対面の人が参加するいつものミステリーやSFの読書会とは若干違って前置き無しでいきなり本題に入るので最初からトップギアで話が進むのが面白い。また各自の感想を順に述べる途中で、どんどん鋭い突っ込みが入るのも愉しい。例えば、ジョーとビルギットの夫婦関係は早くに破綻していて、後半で二人が仲よさそうに描かれているのはジョーの側からみた妄想であるという意見は、自分が気付いていなかった点だった。(その証拠として口論になってジョーに都合が悪くなると時間が戻る、というT氏の話には笑った。)
 その次はいよいよ今回大活躍だったT氏による感想の番だ。氏は本書がプリーストの最高傑作でという立場であり、今回再読してその意を強くしたと力強く宣言、こと細かくとったメモに基づいて我々が気付かなかった様々なポイントを指摘してくれたのであった。(ただ、それにより全ての謎が解けたとかいうことではなく、T氏も「極めてリーダビリティが高いにも関わらずあらゆることが破綻している稀有な作品」という立場なのがまた愉快だ。)
 本書の矛盾点については、グラットンとアンジェラの出生にまつわる部分が、まずは一番とっつきやすいといえるだろう。解説で大森氏が述べているような「歴史A(=ジャックの時間線)」と「歴史B(ジョーの時間線)」だけでなく、AダッシュやBダッシュ、あるいはAダッシュダッシュ......といった感じで、まるでミルフィーユのように複数の世界が複雑に入り組んでいるのではないかというのが皆の一致した意見だった。(無限に連なる複数の世界というイメージで、自分は『魔術師』のラストで描かれたショッキングなシーンを思い出した。)これはG氏が述べた「何度も同じシーンが回想されるが、そのたびに細かな部分が違っている」という指摘にも合うのではないだろうか。なおG氏は、「文庫化により上下巻に分かれたので“あの”印象的なシーンで上巻が終わることになったのは良かった」との意見だったがこれには皆が同意。あれは単行本よりもむしろ良くなった点ではないだろうか。
 こういった見方でもって、ジャックやジョーの手記として書かれている「事実」の整合性を検証していくと、かなり面白いことが見えてくるようだ。T氏によれば本書の歴史分岐点であるヘスの英国行きについても、記述の不整合が見られるそうだ。ジャックが目撃したのは「9時と3時」の方向のメッサーシュミットであり、撃ち落されたのが3時で生き残ったのが9時だった。ところがもうひとつの記述では「12時と3時」となっており、撃ち落されたのは12時の方で3時は生き残った。ここからのT氏の話(仮説)が面白かった。共通する3時の機に本物のルドルフ・ヘスが乗っていて、9時と12時の方が替え玉だったのではないか?そして本物と偽者のどちらが生き残ったかかによってその後の歴史が分岐したのではないか?という説だ。うーん、なるほど。これは鋭い。(他にも爆撃機の中の乗組員の様子などもいちいち違っている。)
 さて、最後は自分。色々と面白い意見を聞かせてもらえたので、自分は最初のK氏の指摘に戻り、「なぜにこれほど魅力的な設定と展開なのに、やっていることが村上春樹的な世界なのか?」という疑問を呈しておいた。これに対してはK氏から「同じ“仕掛け”の作家でもジーン・ウルフの方が女性の描き方が上手い」という、「プリースト=ミソジニー仮説」を補強するコメントを付け加えてくれた。
 ひととおり感想を述べたあとはフリーディスカッション。ここまでは小説としての仕掛けの部分に着目した感想が多かったので、つぎに歴史小説としての感想を訊いてみた。やはり現代史は(自分も含めて)苦手な方が多かったようで、あちこちに仕掛けられている(であろう)歴史的なエピソードのくすぐりが理解できないのがもどかしい。おそらく山田風太郎の明治物でふと桂小五郎が出てきたり、といった感じなのだろうか。しかし歴史ばかりでなく例えば23ページに出てくる住所の記述では、「マサダ」や「アンタナナリボ」がマダガスカルに関連していることに気付けば「なにか変だぞ?」と思えるはずなので、歴史にかぎらず知識さえあれば結構愉しめそうという結論になった。
 また、ミステリー読書会でよく聞くキャラクターを軸にした読み方については、今回参加したメンバーは誰もそのような読み方をしていなかった。これは感情移入できるキャラがいないというプリースト自身の特徴によるものもあると思うが、「SFファンはストーリーより設定そのものを愉しむ」という面も大きいのではないかという気もしている。
 さて最後は「次に読むなら?」を出し合って昼の部は終了に。広瀬正『エロス』やP・K・ディック『高い城の男』、N・スピンラッド『鉄の夢』にS・エリクソン『黒い時計の旅』、そしてJ・ユルスマン『エリイアンダー・Mの犯罪』といった歴史改変SFから、氷室冴子『なぎさボーイ』と『多恵子ガール』や海外のサスペンスドラマ「アフェア 情事の行方」といった作品まで、多彩な作品があがってお開きとなった。

 『双生児』読書会終了後は、近所の有名な居酒屋で美味しい海の幸とお酒の夕食をとり、露天風呂で汗を流したあとでいよいよ読書会・夜の部の開始だ。こちらは最近たてつづけに作品が出版されて話題となっている歴史幻想小説作家、レオ・ペルッツを取り上げることにした。課題本は最新刊の『聖ペテロの雪』だが、ゆるゆるとその周辺を語って秋の夜長を過ごそうという趣向だ。
 なお今回は歴史幻想ということでテーマが重なったので、神聖ローマ帝国やロシア革命をネタにした『聖ペテロの雪』の話でも自然と『双生児』に言及されて、複層的な読書会となった。(『聖ペテロの雪』の主人公の手記は、『双生児』のジョーに呼応しているのではないかというコメントには皆で納得。)ただし歴史を扱っている点や真相が判らないという点ではたしかに共通する部分も多い『聖ペテロの雪』ではあるが、『双生児』と大きく違っている点もある。それはエキセントリックで蠱惑的な魅力をもつ登場人物が多く出てくるという点。どのキャラがいちばん気に入ったか?という話では誇大妄想狂の男爵や『ドグラ・マグラ』のように精神を病んだ語り手の主人公、謎多きヒロインにそして「聖ペテロの雪」そのものが魅力的だといった(笑)とても愉しい意見が聞けた。(**)

  **…たしかに「聖ペテロの雪」のアイデアは秀逸。麦角菌がLSDを先取りしているという
      のは解説にも書いてあったが、ヒッピームーブメントなどその後の歴史を知ってい
      る我々からすると、ペルッツの先見性には脱帽するしかない。

 ペルッツでは他に『夜毎に石の橋の下で』が最高だとか、ピカレスクロマンの『スウェーデンの騎士』がラストの着地も美しいといった話、そして『第三の魔弾』では三発目の弾はどうなったのか?といった脱線もしつつ、やがて国書刊行会の「世界幻想文学大系」の『サラゴサ手帳』や『放浪者メルモス』がいかに面白いか、あるいは『ヘリオポリス』がいかに苦行だったか(?)といった幻想文学全般の話題へと移っていったのであった。
 ちなみに今回を含め2回ほど幻想文学の読書会を企画してみて判ってきたのは、「幻想文学読書会はあまり読書会には向いていないのではないか」ということだ。その理由は「あー、面白かった」で皆が満足してしまうから。神秘思想や文学史の膨大な知識を持っているなら他にも話すことがあるかも知れないが、どちらかというと「詰まらない」とか「わからない」といった意見が出やすい本の方が、議論が白熱して面白い読書会になるような気がする。幻想文学で読書会を開く場合は一冊の本を課題にして作品論を語るより、ひとりの作家を丸ごとテーマにして作家論を語った方が良いかも?というK氏の意見はなるほどという気がする。今回は話題があちこちに飛んで、自分としてはそれはそれで面白かったのだが、普通の読書会でそれをやってしまうと置いてきぼりになる人がでる恐れがあるので、少人数でかなり本が好きなメンバーだからこそ上手くいったわけだろう。

 以上、この日の読書会は夜10時頃をもって終了したのだが、その後は各自が持ち寄ったお薦め本をきっかけにして、白井喬二『富士に立つ影』の破天荒な面白さについて(なんせ全十巻なのに主人公が登場するのがやっと四巻になってからなのだ)や、山田風太郎の『魔界転生』がいかに格好いいかといった話、あるいはアンナ・カヴァンの『氷』や『アライサム・ピース』の話、そして私の知らない少女漫画の世界についての話など、夜が更けるまで本にまつわる四方山話は続いていった......。
 そして翌朝になっても、バナナワニ園の観光を終えてから昼食中に笙野頼子『水晶内制度』『金毘羅』の話をしたり、帰りの列車の中でも泉鏡花「眉かくしの霊」や幸田露伴「幻談」を話したりと、隙さえあれば本の話が始まる。かくしてふらふらになりながらも、まことに充実した二日間を過ごして帰宅の途についたのであった。実に罪深きは本好き仲間かな。来年もぜひ企画しよう。(笑)
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR