『翻訳ミステリー大賞シンジケート名古屋読書会/第15回』

  ※ハラルト・ギルバース『ゲルマニア』の中身に触れています。未読の方はご注意下さい。

 昨日10月24日に開催されたミステリー読書会に参加してきた。課題本は第二次大戦下のドイツを舞台にした戦時ミステリ『ゲルマニア』(集英社文庫)。前回の『シャイニング』に続いてちょっとヘビーな題材だったせいか、割と読むのに苦労した人が多かったようだ。(笑)詳しくは翻訳ミステリー大賞シンジケートのホームページに公式レポートが出されるのでそちらを参照していただくとして、とりあえず速報としてご報告致しましょう。

 今回の目玉は何と言ってもSkypeをつかった千葉読書会との合同開催だったということ。会場に到着すると既に奥には大きなスクリーンが出してあって、世話人の大矢博子氏が画面を見ながら何やらやりとりをしている。初めての試みなのでトラブルもあって大変だったようだが、なんとか時間までには準備ができたようで、予定通り14:00からの開催となった。
 最初に大矢氏から今日のスケジュールについての説明があった。いつものように初めは3つに分かれてのグループディスカッション。その後は全グループのホワイトボードを一か所に集めて、全員によるディスカッションという段取りもいつもと変わらない。今回違うのはそのあとで、休憩時間にお互いの会場の間で取り交わした板書の内容をもとに、質問をぶつけ合うという流れになるとのこと。しかも名古屋会場には出版社から『ゲルマニア』編集担当のS氏が、千葉会場にはドイツミステリ案内人として有名なマライ・メントライン氏や『ゲルマニア』の歴史考証を受け持った神島大輔氏がそれぞれ参加しているとあって、いやがおうにも期待は高まる。しかし慌てないでまずはいつもの読書会からスタート。

 自分が参加したM班は11名で、まずは簡単な自己紹介とそれぞれが読んだ感想を順に述べていく。読みにくいかと思っていたがサクサク読めたという意見や、歴史者が好きなのでとても面白かったという意見が続いたが、やはりナチスの組織の複雑な力関係やヒエラルキーを理解するのに少し時間がかかったようだ。(自分も現代史や戦争物には詳しくないので、そのあたりにはちょっと苦労した。)そんな中でK氏から出たのが「全然自分の趣味ではなく面白くなかった」という意見。がぜん興味が湧いてきて、「おおっ」と身を乗り出す。話を聞いているうちに分かってきたのは、氏が「ミステリとしての完成度」あるいは「登場人物の関係性」に焦点をあてて読まれていた方だということ。(正確にいうと「オッペンハイマーとフォーグラー大尉との間に“バディ的”な要素が読み取れる」という前情報があって、それを楽しみにしていたらしい。/笑)そういわれてみると確かに先ほどからの感想では、自分を含めて本書を「戦時下のベルリンとそこに住む人々」を描いた歴史小説として愉しんだ人が多い気がする。なるほどミステリ小説やキャラクター小説としての読み方はまた別にあるわけだ。そう思えば、K氏いわく「爆撃で二人が地下室に閉じ込められた場面(の人間臭い心の交流)が唯一面白かった」というのも、さもありなんという気がする。
 ここからはミステリ小説としての出来についての話が多く出た。たとえば「ナチス将校がわざわざユダヤ人の元警官に事件捜査を指示する理由がいまいち納得できない(弱い)」とか、「なぜ何万人という人が戦争で無益に死んでいく横で、猟奇殺人とはいえわずか数人の犠牲者しか出ていない事件にここまで拘泥するのか?」など、小説としての骨格について厳しい意見が続く。「なぜ犯人が猟奇犯罪に走ったのかもよくわからない」というのもあった。切り取られた腕が鉤十字の形にされて放置されているシーンなんて、結構よく出来ていると思ったのだけどなあ。総じていうと「歴史小説としてはとてもよく調べて書かれていて面白いが、ミステリとしては犯罪動機や犯人捜査の過程に必然性が薄く、キャラクター設定にも不満な点があるので微妙な出来」という感じだろうか。皆さんなかなか手厳しい。(笑)(*)

   *…自分はこの作品をかなり愉しめた方だったので、皆さんの意見は結構新鮮
      だった。自分がどう読んだかについては、詳しくは後ほど触れることにしたい。

 ちなみにキャラについての不満というのは、主人公オッペンハイマーがあまりにも奥さんのリザに対して冷たい点と(例えば自分だけサンドイッチをぱくついて、家に帰ってからもまた食事を食べるとか/苦笑)、国防軍の「点子ちゃんとアントン」ことリュットケ&バウアーが、あまりにも無能に描かれていた点。(通常の戦争物では国防軍はナチスに敵対する切れ者の集団として格好よく描かれることが多いらしい。知らなかった。)それでも後半の徐々に犯人が絞り込まれていくあたりとか、ヒトラーユーゲントの少年らに取り囲まれるシーンなどはとてもよく出来ているという意見が出た。また、例えばレコードとかペルビチン錠(ヒロポン)などといった小道具の使い方が上手いというのは皆さん同意見だったようだ。
 なかなか興味深い疑問点もでた。「最後のシーンでフォーグラーから青酸カリを渡されたオッペンハイマーが、それを“希望”としてとらえていたが、はたしてユダヤ教では自殺は認められているのか?」とか、あるいは「当時ベルリンに住んでいたユダヤ人は自分達が“疎開”した先に「ガス室」が待っていると本当に知っていたのか?」など。このあたりは後で千葉とのやりとりで質問としてぶつけてみることにした。
 わがM班では『ベルリン・ダイヤリー』などの参考図書をたくさん読まれている歴史好きのM・Y氏が司会をされたり、またリジー・コリンガム『戦争と飢餓』を訳されたKY氏が参加されていたこともあって、歴史小説としての面白さを色々伺うことが出来たのは収穫だったと思う。ナチスの党章がドイツで「カニ(蟹)」と秘かに呼ばれていた(256ページ)とか、これからの生活にはあまり必要ないと思われる(笑)豆知識も仕入れることが出来たのはよかった。(モズクガニの爪に似ているからという理由らしいが、どうみてもそのようには見えない。結局のところドイツの人のセンスはよく解らんという話になった。)

 グループディスカッションでひと通り意見が出たところで、次はイスを並べ直して全員でのディスカッションに。他のグループの板書をみたところ、よく似た意見が多かったようだ。その中から気になった発言について質問と意見交換が進む。自分がなるほどと思ったのは、ラストが投げっぱなしだったというコメント。オッペンハイマーとリザははたして国外へ脱出することが出来たのか?フォーグラーは西部戦線に行って死んでしまうのか?あの人物は本当に真犯人だったのか?など、全てが曖昧なまま放り出されているのが何ともおさまりがわるいというのは、自分はあまり気にならなかっただけに以前聞いた「ミステリファンは決着を付けたがる」という言葉が思い出されて面白い。
 と、ここで本書『ゲルマニア』の編集担当S氏から耳寄りな情報が発表された。実は本書の続篇がドイツでは既に刊行されていて、日本でも出版される見込みというのだ。しかも3部作の構想があるらしい。会場がどよめく。そうか、この曖昧な終わり方はそのあたりの伏線であったというわけか!(違ったりして。/笑)
 他には「登場人物の外観の描写が乏しかったので頭の中で補正をかけながら読んだ」とか、あるいは「イメージが浮べにくいので人物同士の関係性にばかり重点を置いて読んだ」とか、「無駄な描写が多くて伏線と勘違いした」とか、デビュー作であるが故の苦労と工夫を皆さん色々とされていたようだ。「事情を知っている人/知らない人」「ナチス/ユダヤ」といった各種の対立構造が頻出していて読ませるといった、なかなか鋭い意見もでていた。それにしても大矢氏のコメントは相変わらず愉しい。いわく「フォーグラーは友達がいないので、オッペンハイマーに親切にしようとしても加減がわからずヒロポン1000錠を渡したのではないか」など、場内が何度も爆笑に包まれていた。

 さて、残り時間が35分となったところで、いよいよ千葉会場と回線をつなぐことに。特にトラブルも無くうまく時間通りに接続がなされ、スクリーンに千葉読書会の世話人である翻訳家・高山真由美氏の顔が映った。こちらからは予め予定していた質問(「ナチス内部組織の対立構造ってどんなふう?」「ユダヤ人は自分たちの同胞が“ガス室”に送られていることを知っていた?」など)をぶつけ、先述のマライ・メントライン氏と神島大輔氏から丁寧に答えていただく形になった。(**)

  **…国防軍とSSは互いに似たような組織を作って張り合っていたとか、部局内でも
      ユダヤ人の扱いに対する見解はバラバラで、奴隷化すべきという意見や抹殺
      すべきという意見が入り乱れていたとのこと。またユダヤ人は噂としてガス室の
      惨状を知ってはいたが、あまりの話なので信じようとしない人も多かったそうだ。

 また会場からの追加質問に関連して、「ドイツでは鉤十字を本の表紙などに使う事は法律で禁じられているが、日本でナチスを題材にした本が出ると必ず鉤十字が表紙に載る」というメントライン氏の指摘があり、云われてみればなるほど、目から鱗だった。他にもいくつかやりとりがあったのだが、きりがないのでこれくらいで。詳しくは公式レポートに譲ることとしよう。
 最後には先ほどの編集担当S氏から「次回作は1945年1月が舞台。オッペンハイマーが窮地に陥ったヒルダを救おうと奔走する話。フォーグラーが出てくるか調べてみたところ○○○」という衝撃の事実が伝えられ、両会場が大きなどよめきに包まれたところで時間となった。
 恒例の「『ゲルマニア』の次に読むなら……」も時間がなくてホワイトボードを簡単に見せたくらいで終わってしまったので、備忘録として以下に書き写しておこう。(誤記などありましたらご指摘ください。)

【フィクション】
 『国王陛下の新人スパイ』スーザン・イーリア・マクニール
 『帰ってきたヒトラー』ティムール・ヴェルメシュ
 『ファージング』ジョー・ウォルトン
 『虜囚の都 巴里一九四二』J・R・ジェインズ
 『高い城の男』P・K・ディック
 『都市と都市』チャイナ・ミエヴィル
 『将軍たちの夜』ハンス ・ヘルムート・キルスト
 『狼殺し』クレイグ・トーマス
 『ブラジルから来た少年』アイラ・レヴィン
 『偽りの街』他《ベルリン3部作》フィリップ・カー
 『リトル・ドラマー・ガール』ジョン・ル・カレ
 『ユダヤ警官同盟』マイケル・シェイボン
 『雪の狼』グレン・ミード
 『夜歩く』J・D・カー
 『TOKYO YEAR ZERO』他《東京3部作》デイヴィッド・ピース
 『点子ちゃんとアントン』エーリヒ・ケストナー
 『双生児』C・プリースト
 『濡れた魚』フォルカー・クッチャー
 『沈黙を破る者』 メヒティルト・ボルマン
 『夜』エリ・ヴィーゼル
 『人喰いの時代』『ミステリ・オペラ』山田正紀
 『警視庁草紙』『明治十手架』山田風太郎
 『神の棘』 須賀しのぶ
 『ジョーカー・ゲーム』柳広司
 『ヒトラーの防具』帚木蓬生
 『相棒』五十嵐貴久
【ノンフィクション】
 『アンネの日記』 アンネ・フランク
 『ベルリン・ダイヤリー』 マリー・ヴァルシルチコフ
 『戦争と飢餓』リジー・コリンガム
 『秘密機関長の手記』ヴァルター・シェレンベルク
【漫画】
 『アドルフに告ぐ』 手塚治虫
 『蝶はここには住めない』 わたなべまさこ
 『光る風』 山上たつひこ
【映画】
 『ワルキューレ』
 『イングロリアス・バスターズ』
 『ヒトラー最後の12日間』

 読書会が終了したあとも、場所を移してビアホールでの立食形式による2次会でのおしゃべり、ビブリオバトルや初めての参加者の自己紹介といった愉しい企画、そして酔いつぶれて3次会でこんこんと寝続けるG氏や次回読書会の課題本選びが難航した話などまだまだ愉しい話題は尽きないのだが、それはまた別の機会で。とりあえずはこのあたりで筆を置くことにしよう。

<追記>
 自分の『ゲルマニア』に関するもともとの感想は別記事(10/18付)で書いたのでここでは繰り返さないが、今回読書会で気が付いたのは、同じグループにいたミステリ読みの方と自分との読み方の違いだった。一般的な話かどうかは分からないが、興味深かったので少し書いておきたい。自分はまず冒頭でゲルマニアの都市構想がでた瞬間、たとえば島田荘司『火刑都市』のように都市論を中心テーマに据えた物語が展開するのかと期待した。(結果的には都市論や思想的な話はそれで終わってしまったのだが。)それでも面白く読めたのは、ナチス体制化のドイツがいかに異様な世界であったかということが執拗に描かれていたからだと思う。まるでフィクションと見紛うような悪夢に満ちた世界で展開される極限状態での警官小説という設定そのものが、自分の一番お面白かった部分なのだ。ミステリとしての展開や謎解きに関する納得感、そしてキャラクターの造形といった部分は(極論をいえば)必須ではないということに気が付いたのは、グループの皆さんの感想、特に「不満に感じた点」を聞いたとき。結局のところ自分はSF小説のように設定を愉しむタイプなのかもしれない。
 それを踏まえた上で本書をどう楽しんだかについて。警察ミステリは本格ミステリとは違い、容疑者が特定されないところからスタートする。被害者との接点や現場に共通する特徴などから、地道で広範囲な調査で犯人を絞り込んでいくのが醍醐味となっている。しかるに本書は「ナチス支配下のユダヤ人元警官」という厳しい制限がかけられており、その中で行きずり殺人の犯人を捜査しなければならないわけだ。ディスカッションの中では「例えば高級娼婦の館など無駄なシーンが多い」という指摘もあったが、少なくともこのシーンに関しては、「車を自由に乗り回せる」という犯人を絞り込むため、酒類の配達という共通項を見つけ出す意味で必要だったと思う。(館の中の詳しい描写まで必要だったかについてはまた別。)またヒルデを訪問するシーンについても、「あんなに無駄に書きこまれているからヒルデが真犯人だと思った」という意見があったが、「ナチスによるユダヤ人差別」というある意味では限定されたテーマを、性差別というより幅広い差別を示すことで一般化するという役割を果たしているように自分は読んだ。もちろん読書に正解なんてないしどのように読んでも自由なわけで、色々な人の読み方を知るとこができるのは、いつも言っているように読書会の醍醐味といえるだろう。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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