2015年9月の読了本

 ※今月はイベントがあったりして読書時間があまり取れなかった。
  これからは秋の夜長で読書もはかどるかな?

『家守綺譚』 梨木香歩 新潮文庫
 早逝した友人の家守(いえもり)となった若き文士の元を訪れる数々の不思議と交流を描く。凛とした清冽さとそこはかとないユーモアが感じられるが決してくどくない。まさに夢幻へと誘う倉橋由美子氏の『酔郷譚』とは好対照をなすのではないか。ただし常に“ここ”ではない処へと向かう『酔郷譚』に対して、こちらはどこへも往かぬ、あるいは往きて帰りし物語だ。こういう話は好きだなあ。本書はぜひとも私的「幻想と怪奇の短篇集」のマスターピースの一冊に加えておきたい。(ちなみに他の作品は、今のところ『酔郷譚』(倉橋由美子)/『青蛙堂鬼談』(岡本綺堂)/『高岳親王航海記』(澁澤龍彦)/『ラピスラズリ』(山尾悠子)の4冊。)

『山怪』 田中康弘 山と渓谷社
 著者は全国を歩いて狩猟に関する本を多く出しているプロカメラマン。取材で回った各地にいるマタギや里山の人々から、彼らが体験した不思議な出来事を集めた聞き書き集だ。帯には『遠野物語』が引き合いに出されているが、狐とか狸とか蛇が出てくる話でも民話とはまた違う味わい。オチも何もない”投げっぱなし”の話が生々しくて面白い。「天狗倒し」や狐火といった怪異がついこの間まで普通に語られていたなんて、深い山や森にはやはり人の心をおかしくする作用があるのだろうか。

『アーキテクチャの生態系』 濱野智史 ちくま文庫
 インターネット上に構築されるブログやフェイスブックや2ちゃんねるといった“アーキテクチャ”について、日本における歴史と将来を考察した本。2008年に書かれた本なので若干記述は古いところもある。予測とは反対に今では廃れてしまったものや、逆にその後大いに発展したものがあったりもするが、2ちゃんねるなどのアーキテクチャの設計思想まで踏み込んだ内容とともに、すべてひっくるめて自分のようにネットの世界に疎い人間にとっては興味深い

『夢宮殿』 イスマイル・カダレ 創元ライブラリ
 臣民の夢の集積を分析し、予兆や無意識を皇帝の支配に役立てる役所”夢宮殿”。そこに勤める一人の官吏の目を通して、複雑な民族的背景を持つ東欧の人々の思いを描く。幻想的な仕掛けを用いて描かれているのは、個人の文学的な葛藤というより、もっと大きなうねりの中で不条理な運命に翻弄される人々なのだろう。いわゆる“体制側”であるにも関わらず終始不穏な思いと無力感に苛まれる主人公は、ブッツァーティ『タタール人の砂漠』やカフカ「掟の門」のような世界を作り出す人々もまた、その世界を前にして立ちすくむ人々と同じ想いを抱えている事を示している。暗い物語だと聞いて読むのを敬遠していたのだが、決して陰湿ではなく乾いた描写が続き決して読み難くはない。もっと早く読めば良かった。

『歯車他一篇』 芥川竜之介 岩波文庫
 著者最晩年の三作を集めた短篇集。表題作の他「玄鶴山房」「或阿保の一生」を収録。やけに暗いと思ったが、遺稿だったとは知らなかった。表題作には見事な「閃輝暗点」の描写があるが、これは片頭痛体質によくみられる典型的な症状。芥川が片頭痛もちだったとは知らなかった。

『双生児(上・下)』 クリストファー・プリースト ハヤカワ文庫
 「信頼できない語り手」プリーストによる、ナチスにより翻弄される双子の運命と有り得たかも知れないもう一つの歴史を描いた傑作。著者の代表作であるにも関わらずハードカバーで出たきりで長年入手困難だったので、このたび文庫で復刊されたのはとても嬉しい。プリースト作品では複数の現実が判然としないままに描かれるものが多いのだけれど、もちろん単純なリドル・ストーリーではなく、例えば量子力学でいうところの「重ね合わせ」が起こっているようなイメージ。物語の枠と現実ともうひとつの現実の境目すら定かでない、メタフィクショナルな構成が巧い。すごく印象的な感想を述べるなら、ちなみに同じメタフィクション的な仕掛けを得意とするE・マコーマックの場合は、個々の要素がもっとくっきりしている。譬えるなら箱根細工のモザイク模様のような見え方。対するプリーストの場合、個々の要素の境目を故意に塗りつぶして一枚の大きな絵にしてしまっている感じ。目くるめくカラクリ細工と茫洋とした騙し絵という対照的な作風だが、どちらも魅力的だ。これらの物語では、結末が読者の中で収束できないまま宙ぶらりんに放り出される。錯綜した物語の中に隠された物語をいくつ読み取るかは読者の判断に委ねられていて、物語の豊穣さはそれらの物語の数に比例する。(もっともそれを魅力に感じるか逆に解りにくいと感じるかは読む人次第なわけだが。)
 残念ながら現代史には詳しくないので、欧州大戦を舞台にした本書には解らない点も多い。仕方ないので気になるところはネットで調べたりメモを取りながら読み進んだわけだが、それでも欧州大戦を舞台にした本書の面白さが自分にどこまで理解できたか疑問ではある。ただし自分が引っかかったところは殆ど全て大森望氏の懇切丁寧な解説が書いてくれているので、二度読みするには困らなかった。話は違うが、本書を太平洋戦争が舞台の物語にしたら、はたしてどんな作品になるだろうかと考えるのも面白かった。(山田正紀『ミステリ・オペラ ― 宿命城殺人事件』なんか近いかも知れない。)。何度も思い返しては愉しめるという点で、自分の中では『夢幻諸島から』と双璧といえるだろう。

『死海写本』 土岐健治 講談社学術文庫
 紀元前に死海付近に住んだクムラン宗団と呼ばれる人々が遺した膨大な写本「死海文書」。それらの生い立ちや構成、クムラン宗団の思想などについて、現在判明しているところまでを詳しく解説した本。情報が多いので読むのが大変だが、古代ユダヤ社会の話がややこしくも面白い。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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