『江戸の想像力』 田中優子 ちくま学芸文庫

 平賀源内と上田秋成という2人の人物をキーワードにして、18世紀の江戸/日本文化について語った本。1986年度の芸術選奨文部大臣新人賞を受賞している。昔からサントリー学芸賞と講談社エッセイスト賞をとった作品はハズレが無いので信用してよく読んでいるが、今度からそこに芸術選奨もリストに加えることになるかも。(笑)
 
 さっそく中身についてだが、なぜ平賀源内と上田秋成なのか?というと、この2人をきっかけにして様々な世界へのチャンネルを開いていくことが出来るから。例えば源内の場合だが、まず最初の話題は彼が金儲けのために手掛けた「金唐革(きんからかわ/今でいうオシャレ小物)」について。源内が作った「金唐革」は安く売るため紙製であり、革製の本ものに近い質感を出そうと苦心した模造品であった。それではこの「金唐革」は元を辿ればどこからもたらされたのか? 田中は多くの文献を駆使して追求していき、ついにはルネッサンス期のイタリア・フィレンチェにまで行き着いてしまう。(しかもそこに出てくる名前は何とボッティチェルリ。)
 同じく平賀源内では、彼が書いた有名な滑稽小説『風流志道軒伝』についても追及がされていく。『風流…』のネタ本としてよく取り上げられるのは『和漢三才図会』だが、田中の考察は『和漢…』の元になった中国の『三才図会』『山海経』はおろか更にその先にまで伸びていき、キリスト教の宣教師が書いた『マテオ・リッチ地図(坤輿万国地図)』に辿りつく。

 『雨月物語』を書いた上田秋成の場合も同様である。中国白話小説(=口語で書かれた俗文学)が日本に紹介され、やがて近世の日本文学が誕生するまでに焦点をあて、それが口語の文章を「誤読(!)」したことによる結果であったことを看破する。
 具体的には中国白話小説『白娘子永鎮雷峰塔』の物語が、『雨月物語』の「蛇性の婬」に翻訳される過程が例として取り上げられている。口語体の気楽な読み物がいかにして格調高い文章に変化したか、そして西湖のほとりの物語がいかにして古代日本の世界へと切り替わっていったかが良く分かる。また源氏物語に始まる「無常観」、つまり滅びの美学とでもいうべき日本独特の価値観が、中国の小説世界に溢れる生々しい生命の感触に触れて変容し、曽我蕭白の「群仙図屏風」となど従来では考えられない画風が登場した経緯についても語られる。(ここまでくれば辻惟雄『奇想の系譜』の世界まであと少し。)
 平賀源内と上田秋成の事例から見えてくるのは、鎖国時代の江戸/日本文化は閉鎖的だったどころか、世界との交流を抜きにしては語れないということ。そして大航海時代を経てつながったヨーロッパと東アジアのネットワークにおける日本の位置づけはどうであったかということ。もはや著者の“想像力”は江戸を超えてはるか世界へとのびていき、とどまるところを知らない。

 他にもある。
 平賀源内は博物学(当時の名は本草学)の学者としての顔を持っていて、大規模な本草学の博覧会を開催したこともある。その準備にあたって源内が多くの出品物を全国各地から集めるために行った方法は、「連」と呼ばれるものであった。「連」という仕組みは江戸文化に独特のものであり、もとは俳諧を商業的に運営していくために作られた、同好者グループであった。(*)源内はそれと同じ仕組みを博覧会にも展開したのである。「連」はやがて落語(咄/噺)の誕生のきっかけにもなったし、新井白石らが作った“蘭学社中”という「連」においては『解体新書』の出版という成果まで生まれた。
 さらに「連」とならんで江戸文化に特徴的なのは、「列挙」の手法であると田中は言う。最終章において彼女は上田秋成の『春雨物語』を俎上に挙げ分析を試みるが、その中で出てくるのが、前後のつながりなくエピソードを淡々とならべていく「列挙」という手法である。これにより著者が江戸文化の大きな特徴と考えている(あらゆる価値観の)「相対化/無効化」が明らかにされていく。

   *…その様子は嵐山光三郎『悪党芭蕉』(新潮文庫)で活き活きと描かれている。

 山口昌男ほどでは無いにしても、田中優子の脱線ぶりもなかなかのものである。あちらこちらと連れ廻されるうち、やがて見えてくるのが江戸文化の既成概念を覆す「グローバル化」と「相対化/無効化」という“発見”であり、とても愉しい読書だった。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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