『記憶をあやつる』 井ノ口馨 角川選書

 分子脳科学の専門家が自ら書いた、「記憶」に関する脳研究の解説書。題名や帯の惹句は少し怪しそうな感じがしたのだが、店頭で中身をパラパラと確認して買うのを即決した。そもそも自分が脳科学に興味を持ったのは、本書でも触れられている立花隆著『脳を究める』を読んでからだった。当時は『サル学の現在』や『サイエンス・ナウ』など、様々な分野の研究者に立花氏が最前線の話を伺う本がたくさん出ていて、店頭に並ぶたびに買って読んでいた憶えがある。どれかの本の中で立花氏が「これからは脳研究から目が離せない」という趣旨のことを述べていて、それ以来、脳科学の本に気を留めるようにしているのだ。もちろん専門書まで手は出ないが、最近は一般読者向けの本も増えているので手軽に読めてありがたい。(*)

   *…『進化しすぎた脳』を始めとする池谷裕二氏の一連の本も、最新トピックスを
      わかりやすく噛み砕いて書いてくれるので気に入っている。

 本書も一般のひとに最新の脳研究をわかりやすく紹介しようという趣旨で書かれた本なので、内容は専門的だがとっつきやすい。前半にはこれまでの脳研究の歴史や脳の構造、「記憶」の基本的な仕組みといった基礎知識がまとめられているので、脳科学の本を初めて手に取った人でも解りやすいと思う。
 しかし何といっても本書の白眉は、記憶研究の最前線を解説する第4章からだろう。脳の中にシナプス結合を強化された特定の「セル・アセンブリ/細胞集合体」が生まれ、それにより記憶が保持される―― という仮説が検証されるまでのエピソードや、海馬に蓄えられた短期記憶が大脳皮質の長期記憶へと転送されていく様子など、これまであまり知らなかったことが詳しく述べられている。シナプスにつけられた分子的なタグを使うことで長期記憶を制御して、連動するシナプスのセルを作り出すメカニズムは、これまで全く知らないことだったので大変興味深かった。さらにはそれらの独立した記憶のセルが互いに関連付けられる事で、更に大きな繋がりを持つ連合体になるという一連の流れは、推測や独創的な想起がいかにして可能になるか、もしくは何でもないエピソードがなぜいつまでも強い記憶として残るかについても解き明かしてくれていて、ぞくぞくするほど面白い。
 さらには独立した記憶をあとから人工的につなぐことでマウスに偽の記憶を作り出すことに成功したという実験や、逆に意図しない記憶の連合を絶つことで事故や天災によるPTSDに苦しむ人の治療が出来ないかといったアイデアが語られ、ちょっと高かったが存分に愉しむことが出来た。これからの脳研究はますます目が離せないものになりそうだ。

<追記>
 新書や選書は人文科学や社会科学系の本が多いが、ときどきこういった自然科学系の面白本が混じっているので侮れない。自分のような興味本位の読者にとっては、高い専門書を読むよりももしろ良い本にあたる確率が高かったりすることも。ネットで注文も便利だけれど、こういう本にばったり出会えたりするからこそ本屋巡りはやめられないのだよねえ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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