『動きの悪魔』 ステファン・グラビンスキ 国書刊行会

 今からおよそ100年前、20世紀初頭のポーランドで活躍した作家による連作短篇集。まったく聞いたことが無い作家だし結構な値段だったのだけれど、先日読んだばかりのスタニスワフ・レム『短篇ベスト10』(国書刊行会)と同じ芝田文乃氏が翻訳をされており、思い切って買ってみた。名前を聞いたことが無かったのも道理で、この作家自身日本では殆ど知られておらず(*)、作品集としては本書が本邦初紹介とのこと。内容はちょっと変わった題名にもあるように、鉄道にまつわる話ばかりを集めた怪談集だ。

   *…これまでの邦訳は『東欧怪談集』(河出文庫)収録の「シャモタ氏の恋人」のみ。

 ぱらぱらと目を通した巻末の解説によれば、著者グラビンスキはポーランドでほとんど唯一ともいえる恐怖小説ジャンルの書き手であったらしい。「ポーランドのポー」「ポーランドのラブクラフト」とも称されるとあるが、幻想小説ファンならこれだけで凡そどのような作風か分かるのではないだろうか。「モルグ街の殺人」や「黄金虫」で推理小説の開祖とされ、また「アッシャー家の崩壊」や「黒猫」「赤死病の仮面」など怪奇小説の名作を世に送り出したエドガー・アラン・ポー。そして今でも人気を誇るコズミック・ホラー“クトゥルフ神話”を作り出したH・P・ラブクラフト。これら幻想文学界のビッグネームにも比するとされるのだから、否が応でも読む前から期待は膨らむ。
 で、読んでみた結果だが、かなり満足のいく出来だった。(こういう読み方をすると当たり外れが大きいので、面白い本にあたると嬉しい。)同じテーマばかりで正直飽きてしまわないかと心配だったのだが、いやいやどうして、そんなことは無い。主人公は乗務員や乗客など作品毎で様々に変わり、しかもいずれ劣らぬ癖ある人々ばかり。(誰もがどことなく偏執的なのが面白い。)そんな彼らが鉄道事故にまつわる恐怖を体験する前半と、形而上的ともいえる神秘体験が色濃い後半の全十四篇からなる、バラエティに富んだ短篇集だった。なるほど確かに前半はポーだし後半はラブクラフトだ。グラビンスキはポーの大ファンだったらしく前半がポーの作風に似ているのはなるほど納得できるのだが、ラブクラフトについてはおそらく読んだことは無かっただろうとのこと。大西洋を挟み遠く離れた地に住む2人の作家が同じような時期に同じような宇宙的ホラーを書いていたとは面白い。ちなみに収録作の題名と大雑把な内容は次の通り。

 ・音無しの空間(鉄道のバラッド)/引退した車掌が廃線で体験する奇妙な出来事
 ・汚れ男/事故を予言する“汚れ男”を目撃した車掌
 ・車室にて/列車に乗っている時だけ生気に満ち溢れる男
 ・永遠の乗客(ユーモレスク)/駅と列車を徘徊する悲しい男の物語
 ・偽りの警報/鉄道事故にまつわる謎の法則
 ・動きの悪魔/全速で走る列車に取りつかれた男と彼を見舞った怪異
 ・機関士グロット/心に傷を負った機関士の恐怖
 ・信号/鉄道員たちに伝わる伝説と奇妙な偽信号
 ・奇妙な駅(未来の幻想)/超高速未来列車の夢と幻影
 ・放浪列車(鉄道の伝説)/突如あらわれ自走する車両の恐怖
 ・待避線/乗った人をおかしくしてしまう車両と、それに憧れる保線工夫の策略
 ・ウルティマ・トゥーレ/山中の小さな駅の管理長が体験した友人の不幸
 ・シャテラの記憶痕跡/駅長が取り憑かれた狂気の幻
 ・トンネルのもぐらの寓話/鉄道トンネルを守る職に就いた男の秘密

 なかでも特に気に入ったのは「音無しの空間(鉄道のバラッド)」「偽りの警報」「動きの悪魔」あたりだが、山野浩一氏のSF短篇「X電車で行こう」を彷彿とさせる「放浪列車(鉄道の伝説)」や、奇怪な妖精の世界のような「トンネルのもぐらの寓話」も好み。全般的にかなり水準が高く、最後まで愉しめた。往年の名アンソロジー『怪奇小説傑作集』(平井呈一編/創元推理文庫)に収録されていても違和感ないものばかりといえるだろう。幻想文学ファンなら買って損はないと思う。そしてこんな出会いがあるからこそ、なんど失敗してもついつい衝動買いをしてしまうのだろうね。

<追記>
 それにしてもなぜ鉄道ばかりを題材に選んだのだろう。(単に著者が鉄道好きだったというだけではあるまい。/笑) 昔、鉄道が持っていた象徴の力は、現代とは比べ物にならないほど大きかったということだろうか。大きな鉄の塊が疾走する暴力性とか、あるいは徒歩や馬に比べはるかに短い時間で遥か遠くまで行ける魅力、そして彼方まで線路がつながっているという浪漫など......。
 すごく乱暴な思いつきだけれど、20世紀初頭に列車が持っていたある種のイメージは、その後はリンドバーグらによって飛行機へと引き継がれ、そして今ではロケットや宇宙探査機が担っているのかも知れない。人間が作り得た力の象徴とでもいうべき何かとして。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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