『明日のプランニング』 佐藤尚之 講談社現代新書

 著者の肩書きは「コミュニケーション・ディレクター」。今ひとつどんな職業かイメージが湧かなかったが、著者略歴をみて合点がいった。もともとは電通でCMプランナーなどを手掛けていたとのことで、要は広告やマーケティング関係の仕事というわけだ。本書もどちらかというと一般読者というよりは、広告プランナーやマーケッターを想定して書かれているような雰囲気がある。(ちなみに副題は“伝わらない時代の「伝わる」方法”。)
 ところで自分は“佐藤尚之”氏の本を読むのは初めてなのだが、実は氏の著作は以前から好きで読んでいた。但し“さとなお”というペンネームで書いていた食べ物エッセイの著者としてだ。氏は早い時期から自身のブログを立ち上げ公開するなど、ネットへの造詣が深い。そのブログでアップしていた記事が『うまひゃひゃさぬきうどん』や『沖縄やぎ地獄』など、いくつか書籍化されていたというわけ。

 ではさっそく本書の中身について紹介しよう。
 広告業界ではここ数年、広告を作っても消費者に伝わっているという手応えや実感がないと云われているらしい。著者はそれは半分だけ正しいと云う。著者は次のような仮説を述べる。

■2005年ごろから始まったインターネットの爆発的な普及により、生活者は情報への接し方によって「ネットを日常的に利用していない人」と「ネットを日常的に利用している人」の2種類にわかれてしまっている。
■「ネットを日常的に利用していない人」は今でも昔と変わらずマスメディアからの情報のい頼っており、従来のマーケティング手法がまだまだ通用する。
■しかし「ネットを日常的に利用している人」は日常的に大量の情報にさらされているため、これまでのように広告を出したとしても埋没してしまい、目に留まるチャンスはほとんどないといって良い。(またバナーを工夫して目立つようにしても、煩わしく思われて悪印象をもたれるので逆効果。)

 上記の三つめの内容が、広告業界で現在ささやかれている話の大元ということだろう。ただしこれらは仮説といっても、何の根拠も無い思いつきというわけではなく、著者は電子情報通信学会誌や雑誌WIREDの記事からデータを引用して説明している。それによると2005年ごろから始まった”情報洪水”は年を追うごとに激しさを増し、ついに2010年には世界中の情報量の合計が「ゼタバイト」のレベルに達したらしい。「ゼタ」がどういう数字かというと、「世界中の砂浜にある砂の数と同じ」とのこと。つまり1年間で世界中を駆け巡った情報の量は砂浜の砂の数ほどに増えているのだ。そんな世界ではいくら広告を流そうが、砂浜の砂一粒ていどにしか効果が期待できない。
 さらに言えば、日頃からネットを日常的に利用している人たちには、テレビCMも大した意味をなさない。番組はハードディスクに保存して興味のあるものしか観ないし、新聞を取らずニュースはネットで済ませる場合も多い。かと言ってPCのポータルサイトに広告を出してもスルーされてしまう。さらには話題になった人や出来事も、あっというまに過去のこととなり忘れ去られていく......。マーケティングに携わる人たちにとっては、とんでもなくやりにくい世の中になったものだ。(著者はこのように常日頃から大量の情報に接している人たちを称して、“砂一粒の人”と呼ぶ。)
 ただここで注意しなければいけないのは、ネットを日常的に利用していない人もまだまだいるという点。著者がざっくり計算したところでは、「ネットを毎日は利用していない人≒5670万人」「検索を日常的に利用していない人≒6000万人~7000万人」「ソーシャルメディア(SNS)を利用していない人≒7000万人」ぐらいはいるらしい。これらの人々はたとえば新聞を主な情報源とする高齢者であったり、あるいは新聞も読まずテレビや口コミから情報を得るマイルドヤンキーなどいくつかのタイプに分かれるが、いずれにせよ従来と同じ方法でアプローチすれば良い人々ということになる。
 すなわち「ネットを日常的に利用していない人」と「ネットを日常的に利用している人」というふたつのグループの人々に対しては、それぞれ全く違うマーケティング方法を取らなければいけないというわけだ。では“砂一粒の人”に対してはどのようなアプローチをすればよいのだろうか。結論から言うと、これまでの標準的な広告手法である「アテンション(注意喚起)とインパクト(強烈な印象)」を目指るのでなく、「インタレスト(興味をもたせる)とシンパシー(共感を呼ぶ)」を目指した手法をとるべきと云うのが著者の意見。
 そしてそのために一番有効なチャネルは何かというと、これまた意外なことに「友人知人のネットワーク」なのだそうだ。なぜそのような事になるかというと、膨大な量の情報を検索して必要な情報を得るよりも、自分の好みを理解したうえで情報提供をしてくれるのが友人知人だから。彼らのフィルターを通すことで、膨大な情報の海の中から無駄なく合理的に、自分に必要な情報だけを得ることが出来るのだ。これは言われてみれば自分にも思い当たる節がある。ツイッターで流れてきた情報を“お気に入り”に入れておいて、あとから買う時に参考にする。あるいは自分の知りたい情報を流して、親切なフォロワーさんからの返信を待つ。こういった事をうまく活用すれば、“砂一粒の人”に対してもまだ広告は有効な手段となり得るのだと著者はいう。いやむしろ、この方法以外に有効な手段は無いのだと。
 うーん。ネットを利用していない人々に流す広告よりもはるかに手間がかかり非効率ではあるが、致し方ないのだろうか。それにしても高度IT化社会で最良の広告媒体が「友人知人のツテ」というのは、なんだか逆説的で面白い。
 新しい商品やサービス、コンテンツが出たら、まずは「(その分野に)興味や関心があるファン」に伝え、彼らから友人知人に広げてもらう。ただしそれはお仕着せの宣伝を“転送”(ツイッターの場合ならリツイート)してもらうのでなく、彼らに心からの興味関心をもってもらえるものであること。そして素直な言葉で友人に推薦してもらえる(=つまり知り合いに言いふらしたくなる)ような環境を整えることこそが、今後ますます発達する情報化社会において唯一通用する「明日のプランニング」であるというのが、本書における著者の結論なのだ。うん、なるほど。マスメディアの衰退著しい昨今、物量作戦ではなくゲリラ戦を仕掛けることこそが大事という趣旨はよく理解できる。そして趣味嗜好の強い商品ほど有効であるような気もする。最初は軽い気持ちで手に取ったのだが、意外と読みごたえがあるいい本だった。

<追記>
 補足として、自分の趣味の世界で本書の主張によく似た事案が二つほどあったので、併せてご紹介しておこう。まずは『教皇ヒュアキントス』という短篇集についてのエピソードから。一説によると、日本においては(自ら情報収集に努めてコンスタントにハードカバーの本を買うような)幻想文学ファンは、全国でわずか2000~3000人ほどしかいないと言われている。そんな中、これまで日本では殆ど知られてこなかったがとても素晴らしい作品を書いた、19世紀ヨーロッパの幻想小説家ヴァーノン・リーの作品集が、翻訳家の中野善夫氏の手によって訳されたと思って頂きたい。
 氏はこの素晴らしい作家を出来るだけ多くの人に知ってもらいたいと考え、中身にふさわしい美しい装丁が施されたハードカバーの本であるにも関わらず、版元と交渉して破格の値段(といっても5000円弱するが)で世に出した。しかしこのままでは全国に散らばっているコアな幻想文学ファンの耳には届かない。耳に届かなければ当然買ってはもらえない。ではどうしたら多くの人にこの本のことを知ってもらい、手に取ってもらえるのだろうか ――といった経緯で、この本の出版に関わった多くの人の協力により、ツイッター上で様々なイベントが繰り広げられることになった。
 まずは装画と同じ美しい版画の図柄を使った特製しおりを、PCまたはコンビニでプリントアウトできるサービスを行った。ついで幻想系の書籍に強い“古書ドリス”という古書店の協力を得て、装画を担当した版画作家の林由紀子氏の作品展と連動したサイン本の販売を実施。さらには訳者・中野氏の手作り(!)による豆本プレゼントキャンペーンが行われ、ツイッター上でお気に入りの作品を3作つぶやいた人のなかから抽選で豆本が贈られた。(先ほどの古書ドリスでは大手新刊書店よりはるかに多い、なんと100冊以上の『教皇ヒュアキントス』を販売。中野氏からお礼として世界に一冊しかない特製の“饅頭ヒュアキントス”と名付けられた豆本が贈呈された。)
 豆本が当たった読者はそれを部屋に飾って写真を撮りツイッターにアップしたり、あるいは「ヒュアキントスのある風景」と称してファンが自主的に、自分の買った本を本棚に美しく並べた写真を撮るなど、これまでに無かった多層的な“遊び”が繰り広げられた。
そしてこの様子がネットで話題となり、それをきっかけとして『教皇ヒュアキントス』を購入したという声もちらほら聞こえるなど、自然発生的に販促が行われることになった。本当ならば『教皇ヒュアキントス』は本の性質上もっと少ない部数で一部の愛好家だけが買うことになっても不思議では無かったと思うので、この事例などはまさに本書『明日のプランニング』の実践といえるのではないだろうか。ファンを中心にした販促で、しかも心からの推薦があってこそ、これほどまでに売れたと思うのだ。
 次にもうひとつの事例。こちらは中国系アメリカ作家ケン・リュウのSF短篇集『紙の動物園』だ。こちらも『教皇ヒュアキントス』と同様、訳者の古沢嘉通氏のご厚意により表題作(=折り紙で作った動物が登場する)に因んだ「作者と訳者のサイン入り折り紙」という、ファンにはとても嬉しいプレゼントが準備された。応募要領も同じくツイッター上でお気に入りの3作品を挙げるというもので、熱く語るファンの様子をみることで、2000円という比較的高価な本であるにも関わらず、読みたくなって買ってきたという声もツイッター上でちらほら見受けられた。
 (幻想文学ファンほどではないにせよ)少数派である海外SF小説の購入層に対しては、こういったコアなファンを通じた販促がやはり有効なのかもしれない。ファンは面白い作品であれば全身全霊を込めてプッシュするし、かつての角川書店のように広告宣伝費の大量投入によって数十万部のベストセラーを生み出すことがほぼ不可能な今日、ファン発信型のプロモーションすなわち巨大な器を狙うのでなく小さなパイをコツコツと積み上げていくことこそが重要なのかもしれないと思った。一部の愛好家やファンに向けて情報発信することで、そこでの盛り上がりがトレンドワードになり、さらにそれがきっかけで新聞の日曜日の読書欄やテレビで取り上げてもらい、結果的にネットを使わない層にも伝わっていく。そんなことを考えたとき、メーカーにとっては厳しい時代かもしれないが、一個人としてはますます面白い時代になっていくような気もしている。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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