2015年5月の読了本

『なぜ怪談は百年ごとに流行るのか』 東雅夫 学研新書
 およそ百年の周期で訪れる怪談実話の流行を時代ごとに区切って分析を施した本。江戸の上田秋成や鶴屋南北たちが活躍した時代、そして大正~昭和の泉鏡花や内田百閒、岡本綺堂や幸田露伴らが活躍した3つの時代の怪談流行の様子が甦る。
 「動乱への予感をひそめた繁栄と爛熟の時代」がおよそ百年ごとに繰り返される怪談流行の背景にあるという指摘は面白い。巻末には今まさに進行中の“平成の怪談”についても触れられているが、もしかしたら震災被害や経済危機による不安は、施政者および社会の右傾化と同時に怪談の流行を呼んでいるという仮説も成り立つのかも知れない。また百物語や実話怪談が大正期に流行した理由のひとつに、新聞や雑誌といった出版メディアの急成長にあったという指摘は面白い。もしかしたらポール・バニヤンなど北米の法螺話や実話怪談も、エドガー・アラン・ポーなどと同じで出版メディアの勃興に関係するのだろうか。(ところで本書の中で最も怖かったのは実は怪談ではなくて、著者が東日本大震災のときにやっとのことで帰宅したらマンションの電気温水器が破損していて、溢れた水が天井裏をつたって蔵書に滴り落ちていた時の描写だったというのはここだけの秘密だ。/笑)つい先日、学研が文庫や新書の出版事業から手を引くというニュースが流れていたが、本当だとしたらとても残念。まだ手に入るうちに本書が読めて良かったと思う。

『太宰治の辞書』 北村薫 新潮社
 なんと著者のデビュー作にして代表作の“円紫師匠と私”のシリーズが帰ってきた。版元は東京創元社から新潮社に変わったが、味のある表紙のスタイルが同じで嬉しくなってくる。このシリーズは初期作品こそ落語家の円紫師匠を探偵役に高校生の“私”が語り手となるミステリ連作だったが徐々にその要素は薄れ、前作の『六の宮の姫君』では芥川龍之介の文学上の謎を巡る物語へと変貌をとげていた。本作でもそれを踏襲しており今度は太宰治が取り上げられて、相変わらずのいい味を出している。このスタイルならまだまだ続きが期待できるかも知れない。

『21世紀の資本』 トマ・ピケティ みすず書房
 経済学の高額な専門書であるにも関わらず大ベストセラーとなった話題の本。現在入手な可能で且つ信頼できるデータのみを集め、それらに精緻な分析を加えることで見えてくる経済政策と資本との関係を示した労作。

『ニセ科学を10倍楽しむ本』 山本弘 ちくま文庫
 “水伝”や“アポロ=偽物説”に“911アメリカ政府陰謀論”、あるいは血液型性格判断に“地震雲”にホメオパシー等々、巷に溢れるニセ科学の中身と、それらのどこが間違いなのかを解りやすく紹介。たいへん面白いのだがが、自然科学を装ったインチキの数の多さを考えると、だんだん哀しくなってくる(苦笑)。

『ゴースト・ハント』 H・R・ウェイクフィールド 創元推理文庫
 20世紀初頭に活躍した怪談の名手による傑作集。語り口はあくまでも伝統的で美しく、英国の泉鏡花と呼ぶに相応しいかも。グロテスクさは無いがかなり怖い。「赤い館」「”彼の者現れて後去るべし”」「目隠し遊び」「最後の一束」や表題作はかなり好み。

『「食の職」新宿ベルク』 迫川尚子 ちくま文庫)
 新宿東口のルミネ地下にある、こだわりのカフェ&ビールの店ベルク。ユニークなその店の副店長が、食材とメニュー開発にかける自らの情熱を綴った本。中ほどにはベルクが扱っているパンやハム・ソーセージ、そしてコーヒー豆の店の職人オーナーさんたちとの語らいも載っていて大変に面白い。彼らが作るのは大手スーパーのPB品の対極にある食材なのだが、これは書物に対して自分が持っているこだわりとよく似ている。ベストセラー本にもそれなりの意味はあるのだろうけど、それは自分が本に求めるものとは違う。こう考えると、本は究極の嗜好品かも知れない。

『われはラザロ』 アンナ・カヴァン 文遊社
 『アサイラム・ピース』や『氷』といった作品で有名な作家による短篇集。長短とりまぜた15の作品からなる作品集で、まるで素描や覚え書きのようにも見える。第二次世界大戦を背景にした作品が多いが、世界から拒否され疎外された人々を描く姿勢は変わらない。作者が影響を受けたというカフカ的な作品もあるなど、バラエティに富んでいる。それにしても文遊社は復刊・新訳を含めて次々とカヴァン作品を出していて偉いねえ。

『増補 オオカミ少女はいなかった』 鈴木光太郎 ちくま文庫
 副題は「スキャンダラスな心理学」。心理学の世界における悪しき「神話」、すなわち否定的な証拠があるにも関わらず時代を超えて何度も甦る通説の嘘を暴く。語り口がかなり厳しめなのは、心理学に纏わりつく胡散臭さを払拭したいという著者の思いの表れだろうか。徹底した科学的な姿勢には好感が持てる。章題はそれぞれ次の通り。(注:カッコの中に書いてあるのは内容)
 「オオカミ少女はいなかった」(“インドのオオカミ少女”アマラとカマラの物語)/「まぼろしのサブリミナル」(映画館でポップコーンとコーラの売り上げを伸ばす実験)/「3色の虹?」(サピア-ウォーフ仮説の嘘)/「バートのデータ捏造事件」(双子の性格のシンクロに関する研究)/「なぜ母親は赤ちゃんを左胸で抱くか」/「実験者が結果を作り出す?」(天才馬クレヴァー・ハンスの顛末)/「プラナリアの学習実験」/「ワトスンとアルバート坊や」/「心理学の整理」

『カステラ』 パク・ミンギュ クレイン
 栄えある第一回の日本翻訳大賞を受賞した韓国生まれの傑作短編集。日常の閉塞感と虚しさに流されていく若者の日常と、あまりにも情けなく無力な彼らを突如襲う不条理で滑稽な出来事が描かれる。逆らいようのない悲劇に対してただ笑うことしかできない彼らの姿は、その飄々とした語り口もあって村上春樹や高橋源一郎あるいはヴォネガットやブローティガンを思わせる。(無気力感と不条理感は吾妻ひでおにも近いかも知れない。若干、粕谷知世著『終わり続ける世界のなかで』に似た雰囲気も感じられた。)いずれにせよ、落語にも似た軽さを持つ語り口ではあるが中身は重い。原書に収録されている10篇の他、さらに韓国の著名な文学賞である「イ・サン文学賞」を受賞作の「朝の門」を加えたお得な一冊。
ヒョン・ジェフン氏と斎藤真理子氏の共訳なのだが、日本翻訳大賞をとっただけあって言葉づかいがとても自然。最初から日本語で書かれた小説のような気さえしてくる。きっと韓国の人が原著で読んでもこんな風なんだろうなあ――なんて考えていると、日本翻訳大賞受賞のレベルの高さが何となく実感できる。好著。

『泰平ヨンの未来学会議』 スタニスワフ・レム ハヤカワ文庫
 近未来のコスタリカを舞台にレムには珍しいほどのドタバタと冗句が炸裂する前半と、眠りから覚めたヨンを悪夢のユートピアが待つグロテスクで批評精神に満ちた後半からなる中篇。短い作品なのに信じられない程のアイデアが放り込まれていて驚く。薬に侵され現実と幻覚の境が消えていく様子はまるでディックのような悪夢に満ち溢れると同時に、ルイス・キャロルを思わせるような言葉遊びも。ヴォネガット的な面もあるが、絶望間は寧ろオーウェルやハクスリーにも似る。久しぶりに読み返したが、やはり泰平ヨンのシリーズ中一番好きな作品だ。

『歩くアジア』 下川裕治 双葉文庫
 バックパッカー出身で自他ともに認める“貧乏旅行作家”が、韓国・釜山からトルコ・イスタンブールまでをなんと全て陸路(!)により踏破した旅行記。極寒のチベット自治区や灼熱のカザフスタンを抜け、腐敗した役人や心優しい現地の人々の人情に触れ、そして通れるかどうかも分からぬ国境目指してバスと列車でひたすらゴールを目指す。1995年当時のアジア各地の生の姿が(あくまで旅行者の視点ではあるが)垣間見えてくる。著者の本にどれも共通するように、本書もまた“ゆるい”旅ではあるが決して“甘い”ことはない。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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