『21世紀の資本』 トマ・ピケティ みすず書房

 たまにはベストセラーだって読むのである。1月には『その女アレックス』だって読んだし。(←既に4か月前であるが。/苦笑)ピケティなる人の高い本が経済学の専門書として異例の売れ行きを示している―― そんな話を小耳に挟んで、中身を調べてみたら結構面白そう。しかも版元はよくあるダイヤモンド社や日本経済新聞社ではなくて“みすず書房”。哲学書や歴史書など人文系の手堅い本を出している中堅どころであり、ちゃんとした学術書として期待できるかも知れない。自分が読みたくなるような経済学系の本には、残念ながら日頃あまり出会えないので、これも機会と買ってみた。
 
 で、さっそく中身であるが、ハードカバーの本文だけで600ページを超える大著であるにも関わらず、実をいうと内容はいたってシンプル。著者の主張は「はじめに」の部分かもしくは本文ラスト8ページあたりを読めば凡そ理解できる。ではなぜこれほど分厚いのかというと、それは著者の主張の根拠となるところを、詳しいデータとともに懇切丁寧に列記しているためだ。現在入手可能でかつ信頼できるデータの収集と徹底した分析により、経済政策と資本との関係を解説する労作といえる。「ごく単純な結論と精緻な分析」というスタイルが何かを連想させると思ったら、網野善彦氏の歴史学の著書に似ているのであった。
 ではどんな内容なのか、ざっくりとまとめてみよう。概ね次のような感じになると思う。

1)人が暮らしていくには「資本(あるいは富、財産)」から収益をあげる方法と「労働」から収益(所得)をあげる方法がある。(注:前者は不動産の賃貸収益や株の配当など、実際に体を動かさなくても利益があがるもので、後者は会社や工場などで実際に働いて得る給料や賞与をイメージすると解りやすい。)

2)資本収益率(資本の運用で利益をあげる率)が労働収益より高いまま放置しておくと、やがて資本の集中と蓄積が更に進み19世紀並みの格差社会になってしまうリスクがある。

3)それを食い止める方法は幾つか考えられる。例えば所得が上がるほど課税額も増える累進課税というものがあるが、これを高所得だけでなく高資本の持ち主に対しても公明正大な仕組により適用するというもの。(ただし実現するには色々な課題がある。)

 まあ、云われてみればごもっともな話で、現状認識も提言も含めて極めてオーソドックス且つ簡単なものだ。それでも書店のビジネス書の棚を見れば、やたら本書の解説本が目立つのは、手っ取り早く結論だけを手に入れたいからだろう。(著者が苦労した調査および分析の部分は全て省略して......。)
 でも本好きの立場から言わせてもらえば、この種の本を読む愉しさは細部を味わうことにこそあるのであって、ちまちました考察を味わうこと無しに一足飛びに結論だけを頭に入れても全く意味がないと思う。(まさに「神は細部にやどる」というわけだ。/笑)テスト前に参考書を読んでいるわけではないのだから、書店にあふれる解説本を有り難がって買うのはどんなものだろうかと思ってしまう。まあ、あくまで個人の感想ではあるが。

 せっかくなので、もう少し中身について触れてみよう。本書は経済学のジャンルで云えばマクロ経済について書かれたもので、全体は4部(16章)に分かれている。順に説明すると、まず第Ⅰ部(第1~2章)「所得と資本」は所得と資本に関する用語の定義と考察のための基本的な考え方について。第Ⅱ部(第3~6章)「資本/所得比率の動学」では資本による収益と労働所得がこれまでどのような関係にあったかを示し、続く第Ⅲ部(第7~12章)「格差の構造」では資本収益率が何らかの理由で高くなると、徐々に資本がそちらに集まって“持つ者”と“持たざる者”の格差がどんどん開いていったり、あるいは同じ労働収入の中でも高所得者と低所得者の格差がどのように変化していくかについてのメカニズムを説く。最後の第Ⅳ部(第13~16章)「21世紀の資本規制」では、これら社会的・経済的な格差を食い止めるための処方箋について幾つかの案と課題を提示する。いずれの章でもデータには18世紀から21世紀にかけてヨーロッパやアメリカ、日本などの富裕国で蓄積された、比較的信頼できる統計データのみを使用し、デヴィッド・リカードなど過去の研究者による実績を踏まえた上で彼らの不充分な点などを補完・訂正することでより精度の高い分析を施している。(このあたりの話は「はじめに」で詳しく触れられている。)資本収益率やインフレ率などの諸条件による違いの考察も抜かりはなく、全体を通じてねちっこいほどの(笑)分析が行われているといえるだろう。

 それではここからは、読書好きな人間としてどのように本書を愉しんだかポイントをいくつかご紹介してみよう。例えば「資本主義の法則」というのが出てくる。第一法則は資本と所得の関係を示す単なる定義で「α=r/β」というもの。数式で書かれるとアレルギーを示す人がいるかも知れないが、要は「資本運用で上がる収益の統計的な値(=r)に、資本と所得(労働対価)の比率(=β)をかけたものが、国民の全所得における資本のシェア(=α)になる」というだけのことだ。
続く第二法則は貯蓄率や経済成長率によって資本がどれだけ蓄えられるかの年率を示すもの。式で表すと「β=s/g」となるが、これは「国民の貯蓄率(=s)を国民所得の成長率(=g)で割ったものが、資本と所得の比率(=β)になる」という意味で、つまりは貯蓄をして低成長の国は長期的にみると莫大な資本ストックを蓄積するということになる。これらは過去の経済統計データを分析して導き出したもので、いわば著者がみつけだした資本主義経済に共通する特徴というわけだ。(もちろん長期的にみればその方向に向かうというだけであって、数式通りに実現するというわけではない。)他にはアメリカの奴隷制度を資本として計算した場合の数値だとか、1970年以降に世界各地で行われた国有財産の民営化による資本への影響分析なども面白かった。
 おもえば本書のユニークな点は、これまでの研究者のように「資本と労働の分配」を対象に分析するのでなく、「資本/所得比率」の変遷に着目したところかもしれない。そこからは「経済の低成長や人口減少が続くと資本ストックが増加していく」だとか、あるいは「技術変化による労働効率のアップは資本収益率(=r)や資本シェア(=α)の低下に一定の効果があるが充分なものではない」といった分析結果が導き出される。放っておくと資本は勝手に膨れ上がっていき格差が広がっていくというわけだ。

 アメリカ経済に対しても様々な分析を加えている。本書によればアメリカでは労働所得のトップ10%(いわゆるスーパー経営者)が国民所得のなんと35%を受け取っていて、最下層50%の人々はわずか25%にあたる労働所得の分配にしか預かっていない。世界的にみるとヨーロッパ諸国でトップ10%の人々が25~30%、最下層50%が35%ほどをうけとっていて、それに比べても突出している。「アメリカンドリーム」という言葉はよく聞くが、実際にはアメリカンドリームが可能だった時代は20世紀初頭までで終わっており、今では資本や所得の固定が進んで世界で最も不平等な国のひとつになっているという指摘はかなり面白い(ただし賃金の絶対値や生活水準は単純に比較できないのでまた別の話)。比率だけで云えば、アメリカは貧富の差が激しい発展途上国となんら変わりはないらしいのだ。なおアメリカの名立たる大企業はある時期から軒並み経営者の報酬を極端に引き上げたが、業績の向上はスーパー経営者の手腕ではなく単にツキであったように思われるという分析結果は傑作だった。1929年の大恐慌や2007年の大暴落の原因が、実質購買力が低下した中下層の所得世帯に対して、銀行が(規制緩和で融資条件が緩やかになったおかげで)営業を活発化して多額の借金をさせたことで、経済が破綻してしまったためだという仮説も面白かった。
 ここで本書の説明のときに必ず取り上げられる有名な関係式「r>g」が出てくる。資本収益率(=r)は通常4~5%あって、先進国においては通常は1%程度しかない経済成長率(g)を上回ると、資本は集中する方向へと向かい、その結果、富の集中による不平等が拡大するというものだ。集まった資本は世襲されていき、所得格差が固定されていくことになる。日本でも最近よく聞かれるようになった所得格差による負のスパイラルだ。

 最後の第Ⅳ部で示されるのは、これら資本主義社会が持つ問題点に対する著者からの提言となる。この部分におけるスタンスもいたって穏当なものだ。いわく、極端な社会格差をなくして最低限の人間らしい生活が送れること、また所得による社会的な地位が将来に亘って固定されないこと―― とまあ、概ねこんなところ。そして最初にも述べたように、著者が提案する社会システムは所得や相続や法人に対する累進課税を政府が行い、そうして得た資金を教育や福祉に投入すべきという、極めてオーソドックスな結論となっている。(ただし現在の税制は世界大戦後の経済復興にために慌てて導入されたため様々な問題を抱えているそうで、たとえば資産所得の比率が大きい超高所得層に対する課税の仕方は見直しが必要とのこと。)
 ざっくり言うと、労働所得はある程度まで容認するが、不労所得(=資本の相続やそれらの運用による所得)に対しては社会還元を進めるべきという見解だ。自分も“持たざる者”なのでこの意見には賛成である。(笑)
 最終的には一国ではなく世界的な規模での(資本に対する)累進課税を行う必要があるとも述べられており、たしかにグローバル社会を迎えた現代においては、世界的な資本集中が可能な国際金融を前提とした新システムができたらすばらしいと思う。ここで著者が考えているのは、課税システムを単に国の税収を増やすための手段ではなく、「経済活動に対する法的枠組みを課す手段」として活用すべきということ。こういった富裕税とでもいうものが「グローバル化した世襲資本主義」に対する処方箋となる。これも至極真っ当な意見だと思う。ひとつの国の利益だけを考えた資本統制や保護主義あるいは移民という政策は、所詮は不完全な手段でしかないわけだから。

 以上、非常に大雑把ではあるが本書で印象に残ったところについて簡単に紹介してみた。何度もいうように、本書のような学術書は細部を愉しまなければ読書の意味がない。〇〇経済新聞社などから出ている高価な解説本をわざわざ買うくらいなら、店頭で「はじめに」や末尾を立ち読みするくらいで充分だと思うし、本当に愉しみたいと思うなら、ぼちぼちと並び始めているらしい安い古本を買うというのはどうだろう。それとも、その手の解説本に「マンガで読むドストエフスキー」みたいな胡散臭さを感じてしまうのは、自分が活字中毒であるが故の偏った見方なのだろうかねえ。(苦笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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