『虎よ、虎よ!』 アルフレッド・ベスター ハヤカワ文庫

 近々参加する予定の読書会のために再読したのだが、何度読んでも面白い。いや、繰り返し読むほどに面白くなるというべきか。自分が本格的にSF小説を読み始めたのは中学生の時だが、本書は当時からガイドブックの類いでは必ず取り上げられていた作品だった。おかげで一気に何十年も若返ったような気分。(笑)

 ひとくちにSFといってもサブジャンルとして色々な種類がある。(ミステリでいえば本格物やスパイ物、冒険小説にサイコホラーがあるようなものだ。)たとえばスターウォーズのような冒険活劇の元祖ともいうべきE・ハミルトン『キャプテン・フューチャー』やE・E・スミス『レンズマン』といった“スペースオペラ”。S・スタージョン『夢見る宝石』やF・ライバー『闇の聖母』といった幻想SF。もしくはR・L・フォワード『竜の卵』にH・クレメント『重力の使命』のようなハードSFなど、作風も目指すところもそれこそ千差万別。
 中にはブラッドベリやヴォネガットのように文学の世界と重なる作家もいるし、誰にも似ていない独自の世界を展開して、根強い人気を誇る作家もいる。後者の例を挙げるなら、例えば実存の不安とチープなSFアイデアを融合して悪夢の世界を作り出すP・K・ディック。あるいは“内宇宙”の探究を通じて現代社会の病理をえぐるJ・G・バラード。そして哲学的な思考を追究した孤高のポーランド作家S・レムもそう。いちいち挙げていくとキリがない。
 
 本書『虎よ、虎よ!』はそういったサブジャンルで考えた場合、“ワイドスクリーン・バロック”と呼ばれる小説になる。簡単に言えば「奇想」を売り物にした作品群とでも言えば良いだろうか。もともと“ワイドスクリーン・バロック”という用語は作家B・W・オールディスがSFの歴史について書いた『十億年の宴』という本で提唱されたもので、「時間と空間を手玉に取り、気の狂ったスズメバチのようにぶんぶん飛びまわる。機知に富み、深遠であると同時に軽薄」と評される一群の小説を指す。まさにバロックの語源とされる”歪んだ真珠”のような、奇想と悪趣味とSFならではの興奮をごっちゃにしたような作品のことだ。(そしてまた奇想というのは、幻想と並び自分がもっとも好む小説のタイプでもある。)
 その異様な魅力については、幾ら言葉を尽くして説明しても、実際に読んでみないとよく解らないと思う。これまで出版された作品ではB・J・ベイリーの一連の作品(『カエアンの聖衣』『禅銃(ゼンガン)』『時間帝国の崩壊』『シティ5からの脱出』など)や、C・L・ハーネス『ウルフヘッド』、C・ボイス『キャッチワールド』、A・E・ヴァン・ヴォークト『非Aの世界』などがあり、興味があれば一度手に取ってみられてはいかがだろう。
 話はいずれもスケールが大きく派手な展開が愉しい一方、ストーリーが錯綜したりときには破綻しているところもあって、正直好みが分かれるかも知れない。しかし癖はあるがいずれも異様な迫力を持った作品ばかりなので、一度その魅力に嵌るとやみつきになる。ちょっと斜に構えた印象は、歌舞伎にも共通する“外連味”と呼んでも良いかも知れない。(もしかして特に日本のファンにワイドスクリーン・バロックが高く評価されたのは、そのせいなのかも。ベイリーがその昔「マニアのアイドル」と呼ばれていたのも思い起こせば懐かしい。)
 本書の作者であるA・ベスターは、凡庸な短篇を幾つか発表したあと一時期SF界を離れたが、やがて長篇『分解された男』とともにカンバックしたところ熱狂的な人気を得て第1回のヒューゴー賞(*)を受賞している。『分解された男』の設定も「テレパシーにより全ての犯罪が取り締まられる未来社会で、完全犯罪(殺人)を目論む男とそれを暴こうとする警察の捜査の物語」というかなりぶっ飛んだものだったが、次に発表された『虎よ、虎よ!』はそれに輪をかけて破天荒なものとなっている。

   *…ファン投票によって、その年出た最も優れたSF小説に送られる賞。

 内容はデュマの『モンテ・クリスト伯』にヒントを得たという触れ込みの、主人公ガリヴァー・フォイルによる一種の復讐譚なのだが、まず主人公が酷い。無教養で偏執的で野蛮で無気力という、良いところがひとつも無い人物(笑)。さらにその上、彼を不幸が襲う。宇宙船に取り残されたのち漂着した宇宙の辺境では、原始社会を営む人々によって顔に虎の刺青を施されるという念の入れよう。そんな彼がいかにして犯罪者からのし上がり力をつけて成長し、人類の存亡の鍵を握る人物となるまでを描いた文字通りの悪漢小説にして教養小説となっている。まさにSFでしか描けない奇想に溢れた作品といえるだろう。
 デーモン・ナイトはこの小説を評して「普通の小説六冊分ものすばらしいアイデアを持ちこんだ。(中略)さらに六冊分の悪趣味と。矛盾と、誤謬を持ちこんだ」といったそうだが、さもありなん。参考までに本書に初めて描かれた有名なアイデアを幾つか挙げてみよう。(SFファンには言わずもがなの内容だが。)まずは奥歯に仕込んだスイッチを入れると加速装置が働き身体能力が強化され超高速移動が出来るというアイデア。これは『サイボーグ009』に流用されて有名になったものだ。また主人公の前に突如 “燃える男” が現れるというアイデアは後に『AKIRA』の中で使われた効果。(いずれのアイデアも、今では漫画の方が有名になってしまったかも知れない。)
 もちろんこれらSF的なアイデアやフォイルの復讐を巡る冒険もスリルがあって愉しいのだが、自分としてはむしろそれら安手のアイデアが錬金術のように坩堝の中で溶けて掻き回わされ、やがて“黄金”へと変わる展開が堪らないところだ。(『2001年宇宙の旅』ではないけれど)最後にはとうとうニーチェの超人の概念まで引っ張ってきて、大上段に人類の運命へとつないでいくデタラメさこそが、まさに本書の醍醐味といえるのではないだろうか。思念により爆発する金属“パイア”や、時空を超えたテレポーテーション能力“青ジョウント”といった突拍子もないアイデアが、単なるこけおどしではなく物語の根幹に関わるものと知れた瞬間、SFを読む快感に酔いしれることが出来る。
 思えばSFは子供のときからたくさん読んできたが、小学生の頃に喜んで読んでいた単純な勧善懲悪や冒険小説が物足りなく感じるようになったのは、いつの頃からだったろう。あれほど夢中だったスカイラーク号やキャプテン・フューチャーがいつの間にか面白く思えなくなり、レムやバラードこそが最上のSFと思うようになった......。しかし本書はそんな自分でも、子供の頃に戻ったように夢中で愉しむことが出来る。こういうものを読みたいからこそ、自分はSFを読み続けているのかも知れない。
 死と暴力と憎悪と贖罪。不具と無知と怒りと悔恨。時間と空間と共感覚。そして信仰と救済と覚醒―― どんな角度からでも深読みすることが出来そうな、それでいてするりとすり抜けていってしまいそうな、そんな悪趣味と興奮に満ちた怪作にして快作といえるだろう。

<追記>
 正直いうとガリヴァー・フォイルの偏執的で熱狂的な性格にはちょっとついていけないところがあって(特に前半)、それが主人公への素直な感情移入を妨げる。中学生のころに本書を読んで面白かったけれど少し戸惑ったのは、案外そんなところが理由になっているのではないかと思う。実はその点について、今回読み直すことで気がついたことがあった。何かというとシオドア・スタージョン(**)との類似についてだ。スタージョン作品における人物造形とベスターのそれは、かなり似通っているのではないかというのが今回の発見。
 フォイルが宇宙空間で自分を置き去りにした宇宙船の乗組員にではなく、宇宙船《ヴォーガ》そのものに復讐を誓うという思考方法は、まるでスタージョンの短篇「考え方」に出てくる“扇風機をぶつけられたら相手を持ち上げて扇風機にぶつける”人物のよう。他のベスター作品でもそうで、『コンピューター・コネクション』や『ゴーレム100』などでも、かなりエキセントリックな人物たちが数多く登場する。読者を置き去りにしたまま熱病に侵されたように一つの目的に向かって突き進む登場人物というのは、ベスター作品が共通して持つ一種のドライブ感覚を説明する鍵になるのかも知れない―― なんてことを思ったりした。既に言及されているのであれば、どなたかご教示頂けるとありがたい。
 ちなみに本書の元になったとされる『モンテ・クリスト伯』は今まで読んだことが無かったので、これを機会に読み始めてみた。(はたして読書会までに岩波文庫版・全7巻が読み終われるか定かではないが。/苦笑)
 現在、冒頭を少し読んだところではあるが、とりあえず主人公の造形は全く違うことが判った。(『モンテ...』の方は最初から有能で倫理観に優れた青年として描かれている。)やはり借りてきたのは「いわれのない酷い仕打ちを受け復讐を誓う主人公」という設定だけで、他のところはあまり似ていないようだ。年を取るにつれ、それなりに色んな愉しみ方が出来るようになるから、いくつになっても読書はやめられない。次回の読書会ではどんな話が聞けるだろうか?今からとても楽しみだ。

  **…奇妙で幻想的なSFやミステリを数多く発表し、一部に熱狂的なファンをもつ作家。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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