SFインターメディアフェスティバル2015/私的レポート

 3月7日(土)に、これまで名古屋では無かったようなイベントが開かれたので行ってきた。タイトルは「SFインターメディアフェスティバル」という。サブタイトルに「ロボットの昼とプログレの夜(*)」とあるように、昼の部と夜の部の2部制の大掛かりなイベントだった。場所は地下鉄・矢場町駅の近くの“spazio rita(スパジオ リタ)”というイベントスペース&カフェの店。(名古屋の人には「ランの館の道路を挟んだ反対側、つるやゴルフの横」というと分かりやすいだろうか)
 主催はSFコミュニケーション研究会といい、2014年10月に発足したばかりの若い女性たちによるグループ。イベントのチラシには「単なる空想の粋を越えたSFと、もはやSFを実現させつつある現代社会をつなぐイベントを企画するために結成された」と設立趣旨が書いてあるが、要は小説だけではなく映画や音楽といった様々な創作ジャンルと、芸術や科学といった現実社会の出来事をミックスして面白がろうということだろう。
 今回のイベントも、昼の部ではロボットの実物展示やボーカロイドなどについてのディスカッション、そして夜の部ではミュージシャンによるライブとプログレッシブ・ロックについての対談が主体という、まさにジャンル横断型のものであった。

   *…もちろんこれは光瀬龍の『百億の昼と千億の夜』からとったもの。

 実をいうとこのイベントには、開催前から少し絡ませていただいていた。昨年は「名古屋SFシンポジウム」というイベントに参加したのだが、その発起人である椙山女学園大学の長澤教授から「若い方がSF関係のイベントを開く」という話を伺ったので、少しばかりお手伝いをしたのだ。(といっても名前を考えたのと多少の宣伝に協力した程度だが。/苦笑)というわけで当日は昼夜通して参加したので、以下にざっくりと内容をまとめてみたい。なお当日のレポートは主催のSFコミュニケーション研究会や名古屋大学SF研究会のブログなどにもアップされているので詳しくはそちらもご覧いただけると幸いである。本レポートはあくまでも管理人による個人的な印象をまとめたので、不足している点などがあっても悪しからず。

<スケジュール>
【昼の部】(講演とパネルディスカッション)
 1.ロボット制作にまつわるお話
    …藤堂高行(芸術家/ヒト型ロボットGAZEROIDなど)
 2.ロボット映画にみるアイデンティティ
    …川本真弓(SFコミュニケーション研究会代表)
 3.ボーカロイドについて
    …長澤唯史(椙山女学園大学・教授)
 4.出演者による対談と質疑

【夜の部】(ライブとトークセッション)
 1.宮崎尚アコースティックライブ
    …宮崎尚(ボーカル)/中村克宏(ギター)
 2.トークライブ/プログレとSFを巡るあれこれ
    …菊池誠(大阪大学・教授)/渡辺英樹(SF研究家)
 3.andmo‘ライブ
    …児嶋佐織(テルミン他)/菊池誠(ギター他)

 当日は生憎の曇り空の下、開始の14:00より少し早めに現地に着いた。地下への階段を下りて左手の扉を開け、受付を通って奥へ進む。するとそこにはいきなりウエディングドレスを着た柏木由紀(AKB48)そっくりのロボットがいた。近くに寄ると顔を上げ、瞳を動かしてこちらに視線を合わせてくる。予想していたよりもはるかに人間っぽいので、ちょっとどぎまぎする。これが視線追従型ロボットGAZEROIDというものらしい。表情は固定されているのだが、眼球がぎょろりと動いてこちらを向く様子はまるで人間である。
 抹茶オレを注文して待つと次々に人が入ってくる。始まる頃には会場に50人ほどが溢れるほどで、立ち見も出るほどの盛況となった。
 そうこうするうち昼の部の開始時刻になり、SFコミュ研の“ぽちこ”氏による司会進行でロボット制作者である藤堂高行氏による講演がスタート。「現代芸術、インタラクションデザイン、ロボット工学などの分野をまたいで表現活動と研究を行う」という紹介から、難しそうな話を覚悟したところが全然違った。氏の“ゆきりん”への愛と、「不気味の谷(**)」を越える真剣な考察が、素晴らしくも爆笑を誘いあっという間に時間が過ぎる。

  **…ある程度人間に似ると不気味に見えるという心理的な現象のこと

 続いては今回のフェスを主催するSFコミュニケーション研究会の代表である川本氏が、映画『クレヨンしんちゃん/ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』を題材にして、ロボットと化したひろし(父)に対する、みさえ(妻)としんのすけ(息子)の反応の違いをスライドで見せながら、不気味の谷現象をまた違った角度から考察してみせた。(この作品、お気楽なタイトルではあるが文化庁メディア芸術祭アニメーション部門の優秀賞受賞だそうで、なかなか侮れないのだ。)結果、他者への感情移入が不気味の谷を越える鍵なのではないか?という話になった。そういえばダイオウグソクムシやオオグチボヤといった、少し不気味な外観の深海生物に対しても、「可愛らしい」という印象をもつ人がいるが、それも感情移入の有無で説明がつくのかも…などと考えているうちに二つめの講演も終わり、長澤教授による三つめの講演「ボーカロイドについて」がスタート。
 いきなり「ボーカロイドと初音ミクは別物である」という刺激的な提案がなされたので、ぐっと身を乗り出す。氏は流石に大学教授だけあって学術的なアプローチがすごい。ボーカロイドの歴史を俯瞰しながら、昨今のアイドルグループの人気とボーカロイドの人気は切り離せないものである、といった鋭い指摘がなされる。そして初音ミクにとってボーカロイドの機能は特性のひとつに過ぎず、キャラ(二次元アイドル?)という側面があることで、ボーカロイドの中でもとりわけ初音ミクの人気が高いのではないかという説明がなされていく。一方の特徴であるボーカロイド機能は、“P(=プロデューサー)”という肩書をもった人々により、「自分の代わりに歌ってくれる存在」として広く音楽の裾野へと伸びていくもののようだ。もしも先ほどの“ゆきりんロボット”がボーカロイド機能を内蔵して歌ったとしたら、果たして不気味さを増加させるのかどうか?などと、不謹慎なことを考えたりしていた。(笑)
 と、ここまで話が進んだところで、話題は突然J・ヴェルヌの『カルパチアの城』という小説へと移る。実はこの作品こそが、いわゆる“ボーカロイド”を題材にした小説の元祖であるらしい。ヴェルヌは『海底二万里』や『地底旅行』、それに『十五少年漂流記』くらいしか読んだことが無かったが、聞いた感じはなかなか面白そうな作品のようだ。作中にでてくるゴルツ男爵という人物が、今でいうところのオタクの原形であるという指摘には、爆笑するとともにとても納得できた。

 さて三人の発表が終わると、次は全員が登壇して互いの発表に関する対談。
 藤堂氏は今後のGAZEROIDの方向性として、眼球だけでなく目蓋との連動でより自然な表情を作るとともに、さらにその先は全身を使ったダンスを考えてみたいとのこと。ボディランゲージが加わるとさらに人間臭さと親近感が増すかも知れない。(この時、初めて「ミクミクダンス」という言葉を聞いたので、後日ネットで見てみたら、なるほど初音ミクが自然な動きで踊っていた。)
 また、不気味の谷は人によりその“幅や深さ”(≒程度)が違うとのこと。ゆきりんロボットの経験からすると、大人より子供の方が怖がるし、学会発表のような研究者の集まるイベントよりも、AKB48のようなアイドル系イベントに集まる人々の方が怖がるらしい。“慣れ”は不気味さを低減させる上で大きな影響を与えるものだろうし、おそらく知的理解も谷を越える道具となるということなのだろう。となると積極的な「不気味好き」というのは、果たしてその延長にあるのかそれとも全く違う次元の話なのかも気になった。
 また脳科学的なアプローチからの仮説、すなわちミラーニューロンや幻肢が不気味の谷の形成と大きく関わっているという話には驚いた。脳の共感機能を司るとされるミラーニューロンが混乱するためではないかという仮説があるそうだ。面白いなあ。共感機能が鍵なのだろうか?「自然に見える姿/動き/声」をいかに出すか……という意見には首肯できる気がする。
 他には「ボーカロイドの歌を歌う人間のグループ」(←ややこしい!)だとか、二次元キャラを模倣するコスプレの話題も。個性の無い抽象性がボーカロイドの人気を支えていて、中でも初音ミクは最も抽象性が高い(=個性がない)からこそ圧倒的人気を誇るのだろうというのが長澤氏による結論であった。

 最後には3名の講師を前にして、熱気あふれる質問タイム。全部で6人の人からの質問があり、時間を少しオーバーするほどの熱心さであった。(せっかくなので自分もちょっと質問してみた。/笑)講演自体ではあまり本の話題は出なかったのだが、会場にはSF文学のファンも大勢いらしていたようで『カルパチアの城』と『ヨハネスブルグの天使たち』についての質問が出たのがいかにもSFイベントらしい気がした。
 以上が昼の部の大まかな内容。今回のイベントは“不気味の谷”というキーワードで、ロボットやアニメに小説といった様々なジャンルが交叉して響きあう、まさにインターメディアなものになったと思う。大いに気に入った。自分は本はもちろん好きだが、こういった脳みそを刺激される話を聞くのもまた大好きなのだ。

 昼の部が大盛況のうちに終わり、夜の部を準備するために一旦会場が閉められることに。休憩中に夕食を取ろうと街へ繰り出したら、何時の間にか雨が降り出していた。鄙びた喫茶店でサンドイッチと珈琲の軽食をとって再びspazio rita へ。店内にいるのは25名くらいだろうか。昼間とはがらりと雰囲気が変わり、いい感じでオトナの雰囲気になっている。カウンターで頼んだアルコール飲料を片手に待っていると、やがて夜の部が始まった。
 まず最初は宮崎尚氏によるアコースティックライブ。ちなみに氏はLED ZEPPELINのトリビュートバンドとして名高いsinnamonの初代ボーカルを担当されていた方。今はソロ活動の他、椙山女学園大学で現代音楽を教えているそうだ。当然今回のライブもLED ZEPPELINの楽曲からで、セットリストは次の通りだ。(曲目の後ろにあるは、その曲が収録されているアルバムタイトル。)

 1.”That’s the Way” (LED ZEPPELIN 3)
 2.”Gallows Pole”  (LED ZEPPELIN 3)
 3.”The Rain Song” (聖なる館)
 4.” The Battle of Evermore/限りなき戦い”(LED ZEPPELIN 4)
 5.“Stairway to Heaven/天国への階段”(LED ZEPPELIN 4)

 マンドリンの音が心地良い“限りなき戦い”や、シメの名曲“天国への階段”は圧巻だった。生歌はやはり好いなあ。
 休憩を挟んでは、菊池誠氏と渡辺英樹氏によるトークライブ「プログレとSFを巡るあれこれ」がスタート。「ジミー・ペイジが住んでいたのは魔術師アレイスター・クロウリーの家だった」といった濃い話が冒頭から炸裂して仰け反っていたら、次は不思議なジャケット写真で強い印象を残すデザイン集団「ヒノプシス」が手掛けた数多くのジャケットの話になったり、LED ZEPPELINが実はプログレだったとか話が縦横無尽に飛び回って気が抜けない。(笑)
 そうこうするうち、やっと本来のテーマであるプログレッシブ・ロックの話に。最初は5大バンドを例にプログレの歴史を順に辿るとして、キング・クリムゾンのデビューアルバム”クリムゾン・キングの宮殿'からイエス”こわれもの”、ピンク・フロイド”原子心母”、ジェネシスの”眩惑のブロードウェイ”にEL&Pの”タルカス”までが取り上げられる。
 一通りのおさらいが終わったら、今度は色んな映像を片っ端から紹介してお二人がコメントを加えていくスタイルに。例えばピンク・フロイドのポンペイライブから“エコーズ”や、バグルスの“ラジオスターの悲劇”に垣間見えるプログレ成分など。イエスの”ロンリーハート”に付けられたヒプノシスによるPVが、まるで往年のSFドラマ「プリズナーNO.6」みたいで面白かった。(ここらへん、タイトル通りちゃんとSFになっていた。/笑)
 マグマという、地球上に存在しない架空の言語を作って歌うプログレバンドがあるのだが、そのマグマの影響を受けたとされる日本のバンド高円寺百景のライブ映像や、ジャズピアニスト上原ひろみの映像を見ながらでたトークの結論は「プログレとSFの共通点は誇大妄想にある」ということだった。そうか、過剰なまでの妄念というのは何となく解るぞ。バリントン・J・ベイリーやアルフレッド・ベスターなんてまさにそうだ。

 閑話休題。時刻は7時半を回り、本日のラストであるandmo'によるライブが開始された。andmo‘は世にも珍しい電子楽器テルミンを使ったサイケでプログレ風味のオリジナル曲を演奏するバンド。これが生で聴くと空間の広がりが実感できて大変に気持ちいいのだ。当日のセットリストは次の通り。

 1.UMA2
 2.B.Rex
 3.地下室の林檎
 4.Onza Forest(オンツァの森)
 5.ヨーロッパの曙
 6.夜のリレンザ

 草原を疾走する馬をイメージしたという“UMA2”に続いてはハードな曲調の“B.Rex”。楽しいMCを途中に挟みつつ、スペースサウンドと変転を繰り返す複雑な音調がどことなくディックの作品世界を思わせる“Onza Forest”や名曲”夜のリレンザ“まであっという間の一時間だった。(夜のリレンザはアルバム収録とは別のバージョン。)しかもこれで終わりと思いきや、サプライズとして宮崎尚氏とandmo'の共演によるLED ZEPPELINの”カシミール”の演奏が。これはすごいテルミンロックだった。いや素晴らしい!(いつか翻訳家の西崎憲さんと、氏が所属するロックバンドswisscameraを名古屋にお招きして、「幻想文学とソフトロックの夕べ」というイベントも企画してみたいものである。)
 盛り上がったところで長澤氏による挨拶で夜の部も終了。「来年も続けられると良いと思う」という長澤氏の言葉が、この日の参加者の気持ちを代弁していたのではないだろうか。14:00から21:00という長丁場で疲れたが、盛りだくさんのとても愉しいイベントだった。
 細かいことを言い出すと、例えば「もっと小説について取り上げて欲しかった」などの意見もあるだろう。例えば人型ロボットにおける不気味の谷についてはP・K・ディックが、そして機械知性についてはS・レムをはじめ数多くの小説作品がある。しかしそれらについて深く話し出すと、それだけで制限時間が来てしまう。書籍については我々が企画している名古屋SF読書会や名古屋SFシンポジウムでカバーできるだろうし、今回は名前のとおり「メディアの交差」という意味で、このくらいの按配で良かったのではないかと思う。第一、商業目的でないメディアミックスのイベントというのは、全国的にみても珍しいのではないだろうか。文化イベントが少ない名古屋で、もっとこういう取組みが増えると良いなあ。スタッフの皆さんも出演者の皆さんも、そして参加者の皆さんもお疲れさまでした!

<追記>
 当日は昼の部が終了したところで、翻訳家の中村融氏らと不気味の谷のメカニズムについて語り合った。時間の都合であまり深くは掘り下げられなかったが、このテーマはもっと検討すると面白いだろうということで意見が一致した。以下はそれを踏まえて何となく考えてみた仮説のようなものである。
 昆虫学者E・O・ウィルソンの著作に『バイオフィリア』というのがあり、生物は他の生物の存在にとても敏感だということが示されている。ユクスキュル『生物からみた世界』などもそうだが、要は生存競争の激しい自然界において、他者(たとえば捕食者)の存在にいち早く気付けるものだけが生き延びてこられたという考え方がある。その延長で、自らの仲間か否かを判断して群れを作るのが生存のために重要なポイントだとしたら、ミラーニューロンの発火により共感機能が発達することで愛着が生まれたという理屈は成り立たないだろうか。だとすれば、掃除機のルンバのちょっとしたしぐさに愛着を感じるというのも、ミラーニューロンの発火によるものなのかも知れない。
 一方で人は、精神的な距離が縮まるほどに共通点ではなく差異を見つけ始めるという特性も併せ持っている。そのため、中途半端に人に似てしまった人形やロボットは、「仲間のようで仲間でない(=偽者)」という感覚を生み出すことで、ミラーニューロンに混乱を引き起こすというわけだ。ボーカロイドの微妙にずれたイントネーションが、慣れないものにとっては何とも居心地の悪いものに聴こえるのも同じなのかもしれない―― とも思った。講演で出た「不気味の谷を越える鍵が“慣れ”と“共感”にある」という結論は、けだし名言であるかも知れない。
 ただそうなると、日本エレキテル連合のように無機質で異様なロボットを人間が模倣するというのはどのような意味を持つのだろうか?また初音ミクを始めとする2次元キャラを真似たコスプレが流行るという現象にも、何か深い意味が読み取れるのだろうか?ふうむ、どこまでも興味は尽きない。
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