2015年1月の読了本

『なるほど!赤ちゃん学』 玉川大学赤ちゃんラボ 新潮文庫
  *玉川大学の研究機関による、2003年の設立からこれまでの「乳幼児のことばを中心
   とした発達の仕組み」についての研究成果を紹介した本。最終的な目標は「人間の
   子供がいかにして知能を獲得するか」を明らかにすることだそうで、研究範囲も非常
   に多岐に亘っている。本書で挙げられている分野もたとえば、「a.自分の身体を認
   識すること」「b.音楽や音韻、歌や呼びかけといった音情報を聞き分けること」「c.
   不公平さと共感性を獲得すること」「d.モノのカテゴリや区分けを正しく行うこと」
   「e.ロボットなど非生物に対して心を感じること」など様々。参加している研究者の
   専攻も、医学・心理学は勿論のこと生物学や工学に農学、哲学、言語学、教育学
   など幅広い。まさに学際的な研究といえるだろう。2012年に発行されたばかりの本
   を文庫化したものなので、内容が古びていない点が何しろありがたい。(この手の本
   は刊行されたらなるべく早く読むことにしている。いつものように積んでおくと、どんど
   ん時代遅れになってしまうから。/笑)
『この世で一番おもしろいミクロ経済学』 ヨラム・バウマン ダイヤモンド社
 *題名にあるミクロ経済学とはマクロ経済学と対で用いられる用語で、需要と供給の
   バランスや価格競争といった市場原理を中心とした考察を行う学問分野。本書は
   そのミクロ経済学が具体的に何を課題として、これまでどのような成果を挙げてきた
   かについて、ざっくりと俯瞰するのを目的としたガイドブックだ。軽いタッチの漫画で描
   かれているのですらすら読める。(ただしギャグはアメリカ流なので日本人が読んでも
   さほど面白いわけではない。/笑)「最適化する個人」や「神の見えざる手」といった、
   個人的には以前から納得のできない点のおさらいも含めて参考になった。内容として
   は行動経済学についての言及が最後にほんの僅かしかなかったのが残念。基本的
   にはアメリカ式の自由主義経済を支える昔ながらの経済理論の説明に終始していた。
   山形浩生氏も訳者あとがきで書いているように、基本あっての応用というのは分かる
   けどね。たとえ数式を使ってはいても経済学が理系ではなくあくまで文系の学問であ
   る理由は何となくわかった気がする。自然科学のように実験により繰り返して理論検
   証が出来ないから、言いっ放しに近いところは致し方ないのだろう。唯一の正しい経
   済政策を求めるための政治の道具でもないしね。以上、経済学の素人から見た印象。
『黄金時代』 ミハル・アイヴァス 河出書房新社
  *語り手がかつて滞在した不思議な島について、そこに住む人々の生活と文化につい
   て語る幻想文学。著者はチェコの作家で、前作『もうひとつの街』と同様に英米作品と
   はまた一味違う独特の雰囲気が好い。『ガリバー旅行記』や『アフリカの印象』を思わ
   せる文化人類学的な描写の前半にくらべ、後半ではボルヘスばりのメタフィクショナ
   ルな幻想が炸裂する。拡散・増殖してバベルの図書館と化す本の無限は比較的よく
   あるイメージだが、アキレスと亀の如く極小の中に本の無限をみたのは初めてだっ
   た。傑作。
『ジェゼベルの死』 クリスチアナ・ブランド ハヤカワ・ミステリ文庫
  *本格ミステリの名作と呼ばれる作品が復刊された。「衆人環視の中、ひとりの悪女が
    首を絞められた状態で塔から落ちて殺された。たまたま現場を訪れていたコックリル
    警部は地元警察に協力して捜査を開始する。」とまあ、不可能犯罪の提示とその合
    理的な解決はさすがに巧い。(「“ブランド力“に優れる」というベタなギャグを考え付
    いた/笑)。以前読んだ『はなれわざ』も面白かったが、こちらの方がもっと好きかも
    知れない。そのうち『緑は危険』や『自宅にて急逝』も読んでみたいなあ。
『その女アレックス』 ピエール・ルメートル 文春文庫
  *「このミステリーがすごい!」「週刊文春ミステリーベスト10」などの年間ミステリー
    投票で軒並み1位という、2014年翻訳ミステリ界最大の話題作。ベストセラーはあま
    り読まないことにしているのだが、これは聞きしに勝る傑作だった。全体は3部に分
    かれており、話が進むにつれ次々と万華鏡のように様相を変えてゆく。物語自体は
    描写も含めて陰惨で残酷なものではあるが、どことなく鮮烈で澄み切ったような感じ
    さえするのはなぜだろうか。何となくだが、フランスのミステリやSFにはこのような
    ものが多い気がする。ジャン・レノ主演で映画になったジャン=クリストフ・グランジ
    ェ『クリムゾン・リバー』や、ピエール・クリスタン『着飾った捕食家たち』も、純粋
    な悪意と残酷な描写の連続ながら読み終えた後に深い余韻を残す作品だし、
    アニメーションの『ファンタスティック・プラネット』もそうだ。一筋縄ではいかない
    のは、国民性みたいなものなのだろうか。(以上、内容については何を書いても
    ネタバレになりそうなので、雑駁な印象のみに終始。/笑)
『言説の領界』 M・フーコー 河出文庫
  *フーコーが1970年にコレージュ・ド・フランスで講義を開始するにあたって行った開
    講講義の記録。1970年と云えば『狂気の歴史』(1961)、『言葉と物』(1966)、
    『知の考古学』(1969)は発表されていたが、『監獄の誕生』(1975)や『性の歴史』
    (1976~)はまだ書かれていないわけで、この講義の内容は、前期の精神医学や
    経済学的言説の歴史を問う活動と、後期の権力の成立を分析した活動のちょうど
    分岐点にあたるらしい。「言説」の構造やあり方に拘るフーコーにとって、このよう
    にいかにもな「開講の辞」を述べるのは戸惑いがあったようだが、それでも真摯に
    聴衆に語りかける様子がまた他の著作とは違った雰囲気で面白い。
   これから行う自分の講義は、西洋社会において言説が「排除」「制限」「占有」される
   仕組み(「手続き」)と、それらを強化してきた西洋哲学的な思考(「創設的主体」「根
   源的経験」「普遍的媒介」)を明らかにしていくものだという宣言がなされる。次いで
   この分析を行うにあたって彼が従うべき四つの原則(「逆転」「非連続性」「種別性」
   「外在性」)が示された上で、彼が分析を実行する二つの対象(「批判的総体」と「系
   譜学的総体」)について述べる。――うーん、このように単語だけ並べても何のこと
   か分からないねえ。本文を読むともう少し具体的に書いてあるが、全体を見てみると
   その後の彼の著作で展開された内容のガイダンスになっているような印象をもつ。
   それにしてもポストモダン系の著述家の言葉は、どうもまだるっこしくていけない。フ
   ーコーはまだ読みやすい方だが、それでも、もう少し簡潔に言えないものかねえ。
   (苦笑)
『工場』 小山田浩子(新潮社)
  *短篇「穴」で芥川賞を受賞した著者の第一作品集。「工場」「ディスカス忌」「いこぼれ
    のむし」の3つの中短篇を収録し、表題作の「工場」では新潮新人賞を、単行本とし
    ては織田作之助賞を受賞している。どこまでも続く、なんとも掴みどころのない不思
    議な「工場」に努める3人の男女の話。不気味でも恐怖でもない何とも形容し難い描
    写が玉ねぎのように何層にもなって連なっていく。不穏な感じとでも言えばいいだろ
    うか。どこかで読んだ感じがすると思ったが、良く考えたら山野浩一作品の雰囲気
    に近いのだな。この違和感はちょっと癖になるかも。
『物語の中世』 保立道久 講談社学術文庫
  *副題は「神話・説話・民話の歴史学」。日本に古くから伝わる物語の世界をひもとい
    て、中世の社会/風俗/意識を浮かび上がらせる。著者自身が述べているように、
    柳田国男や宮本常一、石田英太郎に網野善彦といった人々の延長に位置付けら
    れる研究だろう。竹取物語や桃太郎、物ぐさ太郎に鉢かづきといった、馴染み深い
    物語がこれまでとは違った姿に見えてくる。
『沢田マンションの冒険』 加賀谷哲朗 ちくま文庫
  *高知市内に今も建つユニークな賃貸マンション「沢マン」。本書は沢マン建設の経緯
    や設計構造、住民たちの自由な住まい方といった、その全貌と魅力について紹介し
    たもの。1971年から建てられ始めた地上6階地下1階建て約60戸のこの巨大マンシ
    ョンは、たとえば屋上には池や菜園、水田などが作られ、軽自動車も通れるほどの
    スロープが建物の表裏をぶち抜いて5階まで続いていたりするといった破天荒さ。
    しかも全てが素人のオーナー夫妻による「セルフビルド」であったというのが凄い。
    (当然ながら違法建築。/苦笑)全体は曲線と緑に溢れ、常識にとらわれないデザ
    インの自由さがある。シュヴァルの「理想宮」やワッツ・タワー、ガウディの「カサ・
    ミラ」など世界のユニーク物件も引き合いに出されているが、たしかにそれらと比べ
    ても遜色はない。本書によればこれはオーナーの沢田嘉農氏が信仰していた密教
    の世界観と、氏のコレクションでもあるポンプに象徴される工業や科学への信頼との
    「錬金術」の賜物であるとのこと。いつか高知に行って実際に見てみたいものだ。
『ウィンブルドン』 ラッセル・ブラッドン 創元推理文庫
  *長らく絶版になっていたスポーツミステリの名作の復刊。創元推理文庫はこういう地
    道な発掘活動をしてくれるから嬉しい。さっそく買ってきて読んでみた。題名からも
    わかるように、内容は二人のテニスプレイヤーの胸熱い友情と、ウィンブルドン決
    勝戦を舞台に凶悪犯罪を決行しようとする犯人と警察との息詰まるサスペンス。
    実をいうとスポーツ小説の類は殆ど読まないし、サスペンスやスリラーもあんまり
    得意じゃないのだが、これは読んで良かった。ニ人の選手の関係がとてもよい緩衝
    材になっていて、心臓に悪い展開ながらも(笑)最後までページを繰る手が止まらな
    い。前半は結構ガチなスポーツ小説なので、テニスを知らないのがちょっとだけ残念
    だったが、しかしそれがあるから後半のサスペンスが余計に活きてくる。テニスが好
    きなら前半も含めて本書全体がもっともっと楽しめるだろう。
『全滅領域』 ジェフ・ヴァンダミア ハヤカワ文庫NV
  *チャイナ・ミエヴィルらとともに「ニュー・ウィアード」と呼ばれる一派に属する著者の
    (新しいタイプの)ファンタジー。「サザーン・リーチ3部作」の第1作で、映画化も
    予定されている。解説の柳下毅一郎氏はニュー・ウィアードについて「モダン・ホラ
    ーがホラー・ジャンルにもたらした革命をファンタジー再現しようとしたもの」と書い
    ているが、自分の印象では本作はむしろディッシュ『プリズナーNo.6』のようなニュ
    ーウェーブSFを思わせる。もちろん氏の云う通り、舞台となる「エリアX」はA&B
    ・ストルガツキー『ストーカー』に出てくる「ゾーン」によく似ているし、目的が明か
    されない謎の心理実験は初期のバラードの短篇群を連想させる。そしてもちろん
    主人公たちを襲う現実崩壊感はディックというのも納得。(エンタメ成分が多くなっ
    たバラード『結晶世界』やシルヴァーバーグ『大地への下降』とでも言えばいいか。
    調査記録を巡るシーンでは筒井康隆『驚愕の曠野』も連想させるなど、色んな先
    行作品を思い起こさせるので読んでいてとても愉しい。こういうのは好みだ。
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