【第1回】名古屋SF読書会レポート/『闇の左手』

※小説の内容について詳しく触れています。未読の方はご注意ください。

 さる2014年11月22日(土)の午後に、第1回目となる「名古屋SF読書会」が開かれた。発起人(スタッフ)は自分も含め、不惑はおろか既に知命に達したオジサンばかりの3人組。数か月まえから仕事の傍らコツコツと準備を進め、なんとか総勢19名(スタッフ含)での開催にこぎつけた。色々と不手際は有ったと思うけれど、初めてにしてはまあ上手くいったほうではなかろうか。(←自画自賛/笑)
 というわけで、今回はその内容についてレポートをばしたためたい。なお、お名前を出していいかどうか分からないので、今回は全員略称もしくはニックネームで記載しますのであしからず。

 ではさっそく開催概要から。場所は名古屋駅前にある「名古屋会議室」という名の貸会議室。(本当は公共の会議室が使いたかったのだが、価格が安くて競争率が激しく、早くから予約でいっぱいで取れない。やむなく民営会議室での開催と相成った。しかしすごい名前の会議室だね、どうも。)
 受け付けは14:00にスタート。分かりにくい場所だったにも関わらず、皆さん遅れる事も無く開始時刻の14:30までには全員が集合して、無事に始めることが出来た。参加者は一般の本好きの方のほか、遠路はるばる東京から参加頂いた作家のIさんや、反対に関西から参戦の翻訳家Niさん、そして豊橋からお越しの翻訳家Naさんなど錚々たる顔ぶれ。正直ちょっとビビッていたところもあったが、当日はプロもアマもなくひとりの本好きとして皆さん参加して頂き、和気藹々としかし熱気にあふれた雰囲気で16:45までのつごう2時間15分を愉しく過ごすことが出来た。(他にも関東からお越しの“ていし”さん、焼津からお越しのTaさんなどなど、まさしく全国からお集まりいただき本当にありがとうございました。)
 会の最初はオジサン3人組のひとり“渡”氏(*)の司会で、車座になった全員による自己紹介からスタート。まずはそれぞれの読書傾向や、課題本であるアーシュラ・K・ル・グィン『闇の左手』についての簡単な感想を順に述べていく。ちなみに今回の読書会は女性の参加者が多いのが特徴で、スタッフのオジサン3人を入れても全19名のうちなんと半数以上の11名が女性という高比率。これが「フェミニズムSFの嚆矢」と言われた今回の課題本のせいなのか、それともおなじく名古屋で定期的に開催されている「翻訳ミステリー読書会」からの流れなのかはわからないが(10名近くがダブっている)、おかげでなにしろ活発な意見交換が出来た。

   *…彼は見開き4ページに亘る今回のレジュメも作ってくれた。感謝。
 
 参加者の傾向は概ね3つのグループに分かれる感じ。ひとつめは熱心なSFファンかル・グィンのファンで、何をおいても『闇の左手』について語りたいというグループ。二つめは昔SFを読んでいたけど今はそうでもなく、懐かしい書名だったので参加したというグループ。そして三つめはSFを殆ど読んだことが無く興味があるという人たちのグループだ。(注:最後の人たちもミステリーやその他の本を読んでいる本好きではある。)
 比率はそれぞれ2:1:1ぐらいだったので、割とバランスが取れていたのではないだろうか。SF好きの人たちも、あまり小難しい話ではなく他の方に分かりやすくル・グィンの魅力や感想を語っていただけた。
 ただ、殆どSFを読んだことが無い三つめのグループからは、なにしろ前半の進みが遅くてちょっとハードルが高いという感想も出ていたので、このあたりは次回以降の本を選ぶ際の課題かもしれない。(しかし一方では、一般的に評価が高い後半の雪原逃避行のシーンより、前半の宮廷政治を舞台にした喧々諤々の駆け引きが愉しかったという人も数名いらっしゃったので、好みは人ぞれぞれだなあと思った次第。)
 正直いってル・グィンが苦手という人は、独特の「説経臭さ」(というか学級委員のような行儀のよさ?)が合わないという事を述べていたのが印象的だ。もちろん会場には「大好き!」という人も同数かそれ以上にいたわけだが、モラリストとして自他どちらに対しても襟を正すことを要求するような作風が、熱心なファンとともに苦手な人を生んでいるというのは分かる気がする。テーマが重いからとっつき難い印象を与えてしまうのかもね。もちろんその逆で「エストラーベン萌え!(笑)」と仰る方や、ル・グィン全作を何度も読み返している剛の方もいらっしゃったし、細部までとてもよく考えられている作品だから何度よんでも面白いという意見があったのも事実。何度目かの再読という人も多かった。初めて読んだ人も2次会の席で「一度で終わるのはもったいないかも知れない」といっていたし。
 面白かったのは旧ハヤカワ文庫版の表紙のイラストの話。旧版には謎のコサック風のおっさん(笑)が描かれていて、昔その版で読んだ人は異口同音に「このおっさん誰なんだ?」という疑問をもっていたというのが可笑しい。“びりい”さんの説によれば、中身をちゃんと読まずに冒頭の描写だけでエストラーベン(注:主人公ゲンリー・アイの重要なパートナー)を描くとこうなるということだ。ゲセン人は両性具有でだれもが中性期と男女どちらかの性に無作為に変わる時期を過ごす(妊娠出産も全員が経験する)というのが特徴なのだが、自分が数十年前に初読した時にどうしてもエストラーベンに対して、おっさんのイメージしかなかったのはそのせいかと合点がいった。もちろんそれは、原著自体が三人称をheにしてしまっている点(これはのちにル・グィン自身が後悔しているらしい)や、それを踏まえて訳書も「彼」になってしまっているせいでもあるわけだが。

 ざっと自己紹介と簡単な感想が終わったところで、いよいよフリーディスカッションへ。今回はスタッフも読書会の運営が初めてだったので、ちょっと人数が多いとは思いつつも、ひとつのテーブルでディスカッションをやってしまった。そのせいげで各個人ひとりひとりが発言する機会が少なくなってしまい申し訳ない。このあたりも次回への反省点だろう。(そのためには司会進行と板書の係りを増やさなくてはいけないので、当日お手伝いいただける人を増やす必要がありそうだ。今回は司会を“渡”氏、板書を同じくスタッフの“長”氏、そして自分自身は書紀とレポートを担当することになり、すでに手が一杯の状態...。)

 脱線してしまった。話を戻そう。
 前半が面白かったという人は、先ほども書いたように最初の舞台となるカルハロイド王国の宮廷での権謀術数が気に入ったみたいで、むしろ後半の冒険は(迫力もあって面白いのだが)流れが単調という印象のようだ。これについては翻訳家のNa氏がル・グィンの自作に対するコメントを基に、裏話を色々と語ってくださった。
 それによるとル・グィンはまず雪原の逃避行のシーンが書きたくて仕方なかったらしい。ベースになったのはスコットやシャクルトンによる南極探検とのことで、道理で食料をカロリー計算して分けるなどやけにリアルだと思った。ちなみにル・グィン大好きなI氏からは、短篇集『コンパスローズ』収録の「スール」という短篇が、女性だけによる南極点到達の顛末を書いたものだという情報も提供された。(アムンゼンより早く成功したが、男のメンツをつぶすのが気の毒なので黙っていたという話らしい。/笑)
 対する後半の冒険シーンは、自分も含めて昔読んだ人ほど印象が鮮明...というかそこしか憶えていなかったくらい強烈で、今回も前半で苦労した人は後半にいくほど勢いに乗って読めた様子。カロリー計算がとてもリアルで、「前半で豪華料理のはずなのにどの料理もまずそうなのが許せないと思ったが、カロリー計算までするのなら不味くても仕方ない」というNi氏の意見が会場の笑いを誘う。他には「チャベ・ストーブ便利すぎる!」「家にひとつ欲しい!」という意見が続出した(笑)。なおチャベ・ストーブの燃料が何なのか最後まで判らなかったという声に対しては、「ぶちゃけ作者もそんなところまで考えてないのでは?」という結論に最終的に落ち着いた。
 話題は次いで本書の重要なテーマである「性」の問題へ。ここでは女性を中心に活発な意見が出て議論は白熱した。スタッフ“長”氏の「ゲセンは母系社会?」という話を皮切りに、「すごい“ウーマンリブ”の世界だと思う」とか、「女性性=反暴力として描かれていて、この世界には個別の暴力はあってもテロや戦争は無い」といった”硬派”な話から、そうでない話まで様々色々とあった。たとえば「妊娠中から授乳期まで1年半ほどは女性に固定されて過ごすはずで、社会にはたくさん女性状態のゲセン人がいるはずなのに描かれていないのは残念(**)」という意見や、ラストにアイが(性別の固定され)自分の仲間のクルーと再会して違和感を感じるシーンが好いという意見も。
 「エストラーベンとゲンリー・アイが大雪原を旅する間に何も関係が無かったのはおかしい!」という意見に対して、「あれはアイの手記の体裁を取っているので、都合の悪い話を書くわけがない。本当はやっているに決まっている」という“信頼できない書き手”の問題が指摘されたのはびっくりした。(笑)

  **…ル・グィンへのインタビューによれば、「寒いから子供を産んだ世界では家に
      引きこもっているに決まっている」というコメントがあったそうで、これはわざと
      のようだ。Na氏によれば当時のSF小説の99%を占める「主人公=白人男性」と
      いう図式への批判のため、わざと女性成分を排除して男だけにし、そのうえで
      (例えばゲンリー・アイを泣かせるなど)なよなよした姿を描いたとのことだ。
       うーん、奥が深い。

 さらに話題は物語の核心である「エストラーベンの死について」へと移る。これは当ブログの『闇の左手』の記事(2014.11.16)の追記にも書いたが、最愛の実の兄を自殺に追いやり故郷から追放された過去をもつエストラーベンが、アイとの“心話(テレパシー)”でそのことを思い出して後追いした(=自殺もしくは時間差心中)という個人的な理由がひとつ。そしてカルハロイド国王のアルガーベン十五世によってお尋ね者とされた自分がアイに同行すると、エクーメンに対して開国させるという、重要な責務が果たせない恐れがあるという大義がもうひとつ。このように公私をまたぐ複雑な思いがあったのではないかという話になった。
 この日は他にもNa氏から提供いただけた貴重な情報をはじめ、色々な話題が飛び交ったのだが、とても全部は紹介しきれそうにない。以下ににポイントだけをかいつまんで挙げておこう。

 ・随所に組み込まれた神話など文化人類学的なネタが面白い。
 ・ゲセンのカルハロイドとオルゴレインはそれぞれ清朝と中国共産党からヒントを得て
  いる。
 ・光と闇の混合は道教の「太極」がモデル。
 ・ル・グィンは初期の作品で「自分のテーマは“結婚”である」と言っている。
 ・彼女の父親は文化人類学者で北米インディアンをテーマにした『イシ』という学術書を
  書き、それを手塚治虫が漫画にしている。(『タイガーブックス』所載)
 ・萩尾望都や竹宮恵子、佐藤史生といった漫画家たちは皆ル・グィンから多大な影響を
  受けている。
 ・ル・グィンは後に性的な意味を排した代名詞を作ってみたことがある。日本語なら主語
  を使わず文が作れるので、「彼」を使わないで訳せたのではないか?(小尾芙佐氏に
  は今からでも新訳を出してもらえないか?)
 ・やっぱりシフグレソルはよく解らない。メンツみたいなものか?
 ・「ヌスス」というハンダラ教の生活信条は省エネでいい。
 ・ハンダラ教による“予言”は悟り(超常現象)なのかメタ論理による帰結なのか?

 様々な白熱した話が続き、はっと気が付くと時間はもう終了10分前。会議室を返さなくてはいけないので、慌てて「(『闇の左手』の)次に読むなら?」を紹介し合うことになった。
 まず本書と同様に異世界を作り込んだ作品としては、『デューン 砂の惑星』/『指輪物語』(旅に出るところも似ている)/『ガリヴァー旅行記』(元の世界に対する文明批評としても)/『竜の卵』/『氷と炎の歌シリーズ』/『2312』(主人公が両性具有でもある)/『旅のラゴス』/「見果てぬ風」(中井紀夫。『日本SF短篇50Ⅲ』所載)など。
 次に女性が主人公だったり文明批評だったり、あるいは従来の価値観をひっくり返す作品としては、『歌う船』(魅力的なサイボーグ船の女性が主人公)/『殺人出産』(10人産めば一人殺す権利が与えられる)/『沼地のある森を抜けて』/『オーランドー』/『老いたる霊長類の星への賛歌』/『フィメールマン』/『星へ行く船』/『バルーンタウンの殺人』/『BG、あるいは死せるカイニス』/『アマノン国往還記』/『ファイナルジェンダー』/『奇妙な関係』/『残像』『バービーはなぜ殺される』(いずれもジョン・ヴァーリィ)/鈴木いずみの諸作品といったところ。
 そして文明批評や思考実験ということでは『第6ポンプ』/『ソラリス』。漫画では『11人いる!』/『続11人いる! 東の地平西の永遠』/『A-A‘』/『大奥』。そして同じ作者の他の著作として『所有せざる人々』/『風の十二方位』/『ラウィーニア』/『ゲド戦記・初期3作』(神話をテーマにしたものとして)といったところが挙げられてお開きとなった。その後は希望者による2次会、3次会へと進み、濃密な時間は更けていったのであったが、それはまた別の機会で......。

 最後はバタバタしてしまったが、盛りだくさんの内容で第1回としてはまずまずの成功だったのではないかと思う。もちろん次回以降に改善が必要なところは直して、ぜひとも今後につなげていきたい。最後に今回やってみた感想としては、やっぱり読書会は面白かった。ひとつの本をテーマにああでもないこうでもないと大勢で語り合うことで、思いがけない視点からの感想を聞くことが出来たり、話し合いの中で誰も想像していなかった意見が出されたり。いい読書会は、まるで集合知の実践をしているような感じになることが分かった。なんだか病み付きになりそう。(笑)

<追記>
 ところで2次会の場で第二回の課題本も決まった。予め事務方で選んでおいた候補作の中から、出席者の多数決により選ばれたのはアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』(ハヤカワ文庫)。開催日は3月29日(日)の予定なので少し先だが、もう既に今からわくわくしている。今度はどんな話が聞けるかなー?
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コメントありがとうございます

拙記事の訂正箇所をご指摘いただきましたので修正しました。

訂正箇所:泣いたのはエストラーベンではなくゲンリー・アイです。

ご指摘ありがとうございました。
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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