『いちから聞きたい放射線のほんとう』菊池誠/小峰公子/おかざき真里 筑摩書房

 2011年3月11日に起こった東日本大震災。地震により発生した津波によって福島第一原子力発電所はメルトダウンを起こした。もちろん地震や津波による被害は甚大で悲惨なものだったし、今でも復興への営みは続けられているわけだけれど、もうひとつ忘れてならないのが放射能汚染にまつわる福島の人々や農作物に対する風評被害というやつだ。
 震災への対応と経済政策の失敗などによって民主党政権は倒れ、その後の極右的な自民党政権復帰への端緒を開くことになった。周辺国に対するヘイトスピーチや全国各地の原子力発電所を巡る問題などで日本中が今だに揺れているのも、もとは東日本大震災による景気回復への深刻なダメージがきっかけといえるだろう。
 ここで政治的な話題に触れるつもりはないが、以前聞いた言葉に「誰かを差別をするのは簡単、しかし理解しようとすれば学ぶことが必要になる」というのがあった。(うろ覚えなので細かな表現は違っていると思う。)これは社会生活を送る上でのあらゆることに対して当てはまる事ではないだろうか。
 核分裂や核融合のイロハについては数十年前に高校の物理で習ったが、最近の報道で良く出てくる「ベクレル」とか「シーベルト」という言葉の意味は正直よく分かっていない。専門用語が飛び交うニュースを、皆が全て理解できているとも思えない。間違った測定方法による値を鵜呑みにして過剰な反応をする市民団体の話などを聞いたりするたび心が痛む。かといって難しい専門書を繙く気力もない。それでもいつか、ちゃんと説明してくれる本が読みたいものだと思っていたのだが、そんな時、ひょんなことから知ったのがこの本というわけだ。

 前置きが長くなってしまった。本書は副題を「いま知っておきたい22の話」という。表題にひらがなが多く使われているのも、一般の人にひろく手に取ってもらいたいからだろう。
 著者は3人。まず一人目は大阪大学サイバーメディアセンター教授の物理学者・菊池誠氏。この人はとてもユニークな方。まずは長年に亘り活動をしている有名なSFファンという貌をもち、P・K・ディックの『ニックとグリマング』という子供向け長篇作品を翻訳して筑摩書房から出したりもしている。また電子楽器テルミンの奏者としても有名で、現在は音楽ユニットandmo‘の一員として全国でライブ演奏を行うなど、大学の枠にとらわれない様々な分野での活動をされている。
 二人目の著者は同じく音楽の分野からで、ZABADAKというユニットで音楽活動を続けるミュージシャンの小峰公子(こみね・こうこ)氏。彼女は福島県郡山市出身で、今回の原子力発電所の事故で実家が受けた被害や健康への不安、そして福島の人々が各地で受けた差別的な風評被害でつらい思いをされたのだが、その時にネットのチャットで菊池氏に放射線に関する様々なレクチャーを受けた。本書で”対談形式の物理解説書”という非常にユニークな形式が取られているのは、その時のやりとりが元になって出来た本だからだ。
 そんなわけで、三人目の著者であるおかざき真理氏によっておしゃれな漫画やイラストが加わり、放射能の仕組みと生体への影響などを(おそらく)世界一読みやすく解りやすく解説した、世界でも(たぶん)類を見ないユニークな本が生まれたというわけだ。
 この本、出たことはツイッターで知ってずっと探していたのだが、なかなか手に入れることが出来なかった。最終的には菊地氏ご本人のライブ会場で購入するという珍しい経緯で手に入れて読んだのだが、やはり期待通りのとても良い本だった。ベクレルやシーベルトなどの専門的な用語の正しい意味や、身体に対する影響の説明を自分のような素人にも解りやすく解説してくれている。数式も一切でてこない。(科学解説書にしてはかなり思い切ったことをしたものだ。)
 高校生くらいの一般知識があれば充分に分かる内容なので、原発や食品の安全について気になる人はぜひ一度目を通すと良いのではないだろうか。

 少し本書の具体的な中身について触れておこう。
 まずベクレルという言葉。これはまず「そこにある放射性物質の原子が1秒間に何個毀れるかを表す単位」だと説明されている。そしてその後には小峰氏による一般的な視点からの質問と、それに対しての菊池氏による説明が続く。「放射線が出るのは原子核が壊れるときだから、(あるものに含まれる放射性原子の)個数で考えるよりも、壊れる数を表すこの単位の方が便利なんだ」といった具合。とっても解りやすい。
 ちなみに本書の説明によれば、シーベルトという言葉の用法には2種類の意味があるらしい。まずひとつは“等価線量”というもの。これは放射線(α線/β線/γ線の総称)から体が吸収したエネルギー(≒身体への被害をもたらすもの)を、影響度を考慮して等価に換算したものだそう。たとえばα線は他のβ線やγ線の20倍の(内部被ばくに対する)影響があると考えるらしい。(*)

   *…気を付けなければいけないのは、この等価線量は無からず「臓器1キログラム
      あたりに換算して計算する」という点。甲状腺は大人でも20グラムぐらいしか
      ないので、実際の影響度は肝臓など大きさの違う臓器とは違ってくる。

 そしてシーベルトのもうひとつの意味は、個々の臓器への影響の総和によって身体全体への影響を示す“実効線量”というもの。様々な臓器の等価線量を算出して、それぞれの被ばくが身体全体に与える影響度を平均化して見積もったものなのだそうだ。(うーん、端折って書くと分かりにくくなってしまうな。せっかく本書で解りやすく書いてあるのに。やはり詳しくは本書を直接当たってもらった方が良い。)

 昨今テレビは新聞で放射線に関するニュースも多い。しかし報道する側に専門知識が不足しているためか、ニュースの内容に結構間違いや不正確な表現が多かったりする。また馴染みがない言葉だけあって、聞く側もよく理解できず漠然と不安に感じるだけだったり、もしくは誤解することも多いように感じる。
 中には「自然由来の放射線は安全で人工の放射線は危ない」などというデタラメを平気で広める人もいるらしいし。(当然ながら放射線のリスクは自然だろうが人工だろうが関係ない。)今の時代は巷にあふれる玉石混交の情報の中から、正しい知識に基づいて必要な情報を選び出す「情報リテラシー」が求められているというが、まさに今の日本に住む人にとって「放射線のほんとう」についての知識は、各自が充分に理解しておくべき事項なのではないだろうか。

 小峰氏によると本書は「(溢れる情報からの)自立のヒントとなり、少しでもみなさんの生活のお役に立て」てもらうために書かれたものなのだそう。たしかにそうだ。食品や環境における放射線量の測定値とそれが人体に与える影響を正しく理解したうえで、個人個人が自らの基準でリスクを判断して暮らして行けばいい。多少放射線量が高くても人間らしい暮らしを選ぶ人がいて構わないし、それを咎めたり差別したりする権利は誰にもない。(放射線を気にしながら煙草をぷかぷか吸っている人を見ると、特にそう思ったりもする。/苦笑)。
 少し長くなるが、小峰氏の結びの文章を紹介して今回は終わりとしたい。

 「(略)選ぶ道は人それぞれということも改めて認識したいと思うのです。自分自身で学び、考え、選び、生きていくのは少し難しいかもしれない。少し覚悟は必要かもしれないけれど、自分らしい暮らし方を探していく。そして、それぞれが選んだ道をお互いに尊重しあえる、そんな社会になったらいいなと思うのです。」

 うーん、いい言葉だね。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

最新記事
カテゴリ
プロフィール

舞狂小鬼

Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

最新トラックバック
FC2カウンター
最新コメント
リンク
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR