『有性生殖論』 高木由臣 NHKブックス

 副題は“「性」と「死」はなぜ生まれたのか”という。著者はゾウリムシを使った発生学の研究者で、今はもう大学を退官されている人物。これまでの研究で得た知見を基にしてひとつの仮説をたてたそうで、それが本書で紹介された「有性生殖論」というもの。残念ながら現在では自ら実験によって仮説を検証する術はないが、生物進化の仕組みに関して独自の仮説を考えたので、いちどまとめておこうという趣旨で書かれている。いってみれば理論物理学みたいなものだ。

 読んだ印象をぶtっちゃけ書いてしまうなら、実を云うと自分としては著者の仮説には与しかねる。(その理由はおいおい書いていくことに。)ただしゾウリムシを使った発生学の本として本書を読む分には、充分に愉しめた。

 著者の考え方は一般の進化論とは違いちょっと独特。それは何かというと、有性生殖が進化した理由(というか目的)について、「遺伝的多様化」(≒遺伝子プールの多様化による絶滅防止)ではなく「世代交代(若返り)」にあるとしている点。単細胞生物が細胞分裂で数を増やしていくのは良く知られているが、そのように細胞分裂によるクローンをつくることで増殖と同時に「若返り」(すなわち細胞のリフレッシュ)を行うという目的がまずあって、その仕組みの中で生まれてきたのが性別なのだという。以下、少し専門的な話になってしまうがご容赦いただきたい。
 まず生物には遺伝子の仕組みによってバクテリアに代表される原生生物の「一倍体」(=遺伝子をひとつだけで保持しているもの)と、人間など「二倍体」(=同じ遺伝子を一対もっているもの)を持つものがあるそうだ。一倍体は遺伝子の控えが無いため放射線や化学物質その他の外的要因によって、簡単に書き換わり(エラー)が発生してしまう不安定な仕組みではあるが、同時に突然変異によって環境の変化に適用しやすくなるという利点もある。一方の二倍体の場合は遺伝子が一対(二つ)あるので、複製の際に片方でエラーが起こってももう片方でバックアップが可能となり、外的な影響を受けにくく安定しているという利点を持つ。しかしその一方で突然変異が起こりにくいために環境の変化への対応ができにくいという面も持つ。(*)

   *…自分が首肯しかねるのはまずこの点。古澤満著『不均衡進化論』の考え方から
      すれば、二倍体であっても安定であるべき時期と突然変異が必要な時期の切り
      替えは自由に行えるわけで、前提が少し古いのではないかと思う。

 著者の説明によれば、二倍体の遺伝子を持つ生物が細胞分裂(=無性生殖)で増える際、片側の遺伝子で発生したエラー/突然変異はもう片側の遺伝子によってフォローされてしまうため、殆どの場合は表面上に現れてこない「無効の変異」として遺伝プールに蓄積されていくだけになる。一方の一倍体では変異がそのまま個体の変化として発現するので、無性生殖すれば変化したものが増えていく事になる。すなわち環境変化などで従来のままでは不利な場合にも、つぎつぎ変化していけるわけだ。(病原体が変化して、それまで効いていた薬が利かなくなることを想像するとイメージしやすいかな?)
 そこで二倍体は考えた。二倍体がいったん一倍体になってから再びそれぞれの遺伝子が二倍体化する仕組みにすれば、変異した一倍体が二倍体化することになるため、突然変異が起こりやすくなるのではないかと。(**)

  **…ここが納得のいかない第2の点。上記の文ではわざと「二倍体」という遺伝子に
      意志があるかのような書き方をしたが、本書を読んでいるとこのように生物が意
      図して進化をしているようで、どうも気になって仕方がない。「キリンは高い樹の
      葉を食べようとして首が長く進化した」というのはラマルク進化論として有名な
      喩えだが、ラマルクにしても今西錦司にしても進化に何らかの意味(もしくは種と
      してのの意志)を持たせようとしていたきらいがある。本書を読んでいると著者の
      考え方にも同様の雰囲気がして、自分としては「何だかなあ」と感じてしまうの
      だ。

 話がそれたので戻そう。
 二倍体がいったん一倍体になって複製したのち、各々が再び二倍体に戻るだけなら単なる細胞分裂による無性生殖でも用は足りる。事実、原核細胞生物は無性生殖しかしないが、真核細胞生物が生まれてからもしばらくの間は無性生殖が続いたと推察されるらしい。それがある時点から有性生殖に切り替わったのは何故か?それを著者はずっと考え続けてきたというわけだ。(ちなみに有性生殖が生まれた理由は一般的には「ゲノム(=遺伝情報の総体)が大型化した結果、無性生殖で同一性を保ち続けるのが難しくなったから」とされている。)
 先ほども述べたように、著者の考える「答え」にはちょっと引っ掛かりがあるが、そこに至るまでの過程は滅法面白い。本書を読む愉しさはそのあたりにあるといって良いだろう。ちなみに著者がそのような説に思い至ったきっかけは、ゾウリムシのあまりにも自由な生殖方法にあるのだという。自分にとって本書の読みどころは、この説明のためにゾウリムシを始めとする繊毛虫類の生態が詳しく述べられるくだりにあるといっていい。
 本書を読んでまず驚いたのは、繊毛虫類では性別が2つとは限らないということ。たとえばミドリゾウリムシでは4つの接合型(≒性)をもつタイプと8つの接合型のタイプが知られているそうで、それどころかなんと数十もの接合型を持つものもいるらしい。(微生物を研究している人には常識なのかもしれないが、自分は本書で初めて知ったので驚いた。)SFなどでは「もしも性が2つでは無かったら」というアイデアが取り上げられることがあるが、まさかこんな身近にあるとは思わなかった。
 このあたりのくだりが面白いのでもう少し続けよう。ゾウリムシは周囲に充分に餌がある時は無性生殖で分裂を繰り返すが、エサがなくなると突如有性生殖に切り替わるそうだ。その時、例えばⅠ・Ⅱという2つの性をもつゾウリムシであっても、Ⅰ×Ⅱという接合のみをするわけではない。Ⅰ×ⅠもⅡ×Ⅱも同時におこり、全部で3種類の接合対があってなおかつどれも正常に交配が行われるというのだ(このように同じ性同士で結びつく交配のことを「自系接合/セルフィング」と呼ぶらしい)。人間でいえば男×女だけでなく男×男や女×女でも正常に交配が出来るということになる。
 おどろくことはまだある。細胞内の核の変化に眼を向けるともっとすごいことがおこっている。ゾウリムシはなんと自分だけで核分裂をおこして、細胞内で分かれた核が再び融合して新たな世代に変化すること(=「自家生殖/オートガミー」)すら出来てしまうらしいのだ。(分裂して融合すると、遺伝的には何ら変わりがないのみ関わらず、ゾウリムシの固体は次の世代に変化したことになり、寿命もリセットされて若返るとのこと。なんとまあ不思議。)
 ここまでいくと「生殖」と一括りで呼んでしまって良いのかすら分からないが(笑)、何しろゾウリムシの性は信じられないくらい自由ということのようだ。

 本書は寄り道が結構多くて話の流れを追うのがちょっと大変だが(しかしそれが面白かったりもする)、冒頭の「なぜ有性生殖が生まれたのか?」という疑問に関する結論の要点をまとめると、最終的に次のような内容になるだろう。

 ■二倍体となった生物は突然変異の可能性を活かすために「自家生殖/オートガミー」
  で一倍体から二倍体への変化という仕組みを作った。
 ■しかしのべつ幕なしにオートガミーを行うとエネルギーの浪費につながってしまう。
 ■そこで合理的に生殖をおこなうため、「なるべく近場で」「決まった時期に」「自分と異な
   る接合型をもつ同系の個体」との出会いをトリガーにして交配することにした。

 つまり性の起源は、著者によれば「交配に用いる自分の分身の手っ取り早い“代わり”」というわけだ。うーん、身も蓋もない(笑)。これはこれでぶっ飛んでいて面白い仮説ではあるね。(ただし著者が言うように実験室でほんとうに検証できるものなのかは、門外漢である自分にはよく解らないが。)

 最後になるが、本書の中に「有性生殖をする」ということはすなわち「生き物の寿命を決める」ことに他ならない、という話が出てくる。それはなぜかというと、遺伝的に同一の個体の継続には限界があるから。生殖の結果として産まれる新個体は、無性生殖の場合と違って前の個体のままではない、唯一無二の存在であるというわけだ。(***)
 なぜ古今東西の多くの研究者が、(自分の専門でもないのに)進化の仕組みについて自らの説を語りたがるのか以前から不思議だったのだが、本書をよんでなんとなく解った気がする。やはり「進化の仕組み」とは生物関係の研究に携わる人にとっては、尽きせぬ夢のテーマなのかも知れないねえ。

   ***…インディアナ大のソネボーン氏により1954年に発表された論文で、初めて
         指摘された知見とのこと。色々と勉強になった。
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