『快感回路』 デイヴィッド・J・リンデン 河出文庫

 表題にある快感回路とは、脳科学の本では一般的に“報酬系”と呼ばれているもの。生命の危険に関わる状況になったときに苦痛や不快を感じるのと同様、甘いものを食べたり遊んだりしているときに感じる心地よさを生み出す部分のことだ。言うなれば生物が生まれながらにもっている“飴と鞭”のシステムのうち、飴にあたるものといえる。
 本書は原題を「快のコンパス」という。内側前脳快感回路(側坐核や背側線条体など)にある“報酬系”と呼ばれる部位が快感を感じるメカニズムと、そしてそれらが生み出す「依存症」という負の側面に関して最新の研究成果を紹介したノンフィクションだ。
 取り上げられている快の種類は、薬物/高カロリーの食物/性/ギャンブル/ランナーズハイなど様々。麻薬やギャンブルが脳にもたらす快感と、(人に親切にした時に感じる満足感のように)連合系が関与する高次な快感が、快感の質としては同じものだという話は興味深い。(もしかして善意の押し売りをする人の目が座っているのもそのせいなのかな。/笑)
 本書によれば、快を感じる仕組みは基本的に脳内ホルモンの一種であるドーパミンの受け渡しによるものだそうで、それだけならさほど難しい話じゃない。普段はドーパミン自体の放出を増やす回路とドーパミンの受容を抑制する回路の二つがバランスをとり、様々な刺激に対して報酬(快感)を制御しているのだという。
 自分が特に面白かったのは、快感が実は「感覚的・識別的」な要素と「快感・情動的」なものに分かれるという点。脳への感覚的なインプットと快感の発生は、一対一で直接対応はしていないのだ。だからこそランナーズハイのように苦しさと同時に多幸感を味わったり、あるいはある種の性的嗜好のように痛みが快感に変わったりもする。(*)この仕組みによって、複雑で多様な趣味嗜好が生まれるというわけなのだろう。瞑想や慈善活動と快感(報酬)の関係の考察もあって面白い。

   *…中でもすごいと思ったのは、言葉による抽象的な概念の受け渡しであっても実際
      の体験と同じように快感を呼び起こすことが出来るということ。読書の愉しみなど
      はこのあたりに起因するものなのだろうか。

 ところで冒頭でも触れたように、快感を感じるということは必ずしも良いことばかりとは言えない。報酬系には負の側面である「依存症」というものが存在するわけで、本書でもかなりのページが割かれている。
 依存症の仕組みを簡単にいうと、記憶とほぼ同じメカニズムのようだ。ちょっと難しく云うと「神経系の信号受け渡しの“長期増強”」により「快感回路の増強と固定が行われる」ため―― ということになる。たとえて言えば「人(=信号)が多くとおる道(=神経回路)は踏み固められてより歩きやすくなるし、滅多に人が通らない道はさびれていく」という感じに近いだろうか。したがって一度快感を覚えてしまうと、何度もその快感に浸っているうちに神経回路の増強が行われて脳が変化してしまい、おいそれと止められなくなってしまうわけだ。これは怖ろしい。ちなみにこの仕組みは薬物依存の場合もストレスの場合も同じで、フラッシュバックなんていう現象も、整備された道路に久しぶりに人が通ったら歩きやすかった……みたいなことなのだろう。
 最後の章「快感の未来」で示されるのは、快感を自由に制御して依存症の治療はもちろん、日々の生活にも役立てようというビジョン。これなどはオーストラリアの作家G・イーガンが「しあわせの理由」という短篇に描いた世界に他ならない。悪用されると悪夢の世界になる両刃の剣ではあるが、タバコやギャンブルが止められるのなら喜ぶ人も多いんじゃないだろうか。個人的にはテロや特定集団に対するヘイト・差別の原因になる脳研究もしてもらえると嬉しいなあ。
 秋の夜長にこういったノンフィクションを読むのも悪くないね。面白そうなノンフィクションは他にも幾つか買い溜めてあるから、ぼちぼちと読んでいこう。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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