『塩の世界史(上・下)』 マーク・カランスキー 中公文庫

 副題には「歴史を動かした小さな粒」とある。自分は特定の食べ物に焦点を当ててその変遷をつづった本が結構好きで、これまでにもジャガイモや紅茶にコーヒーなどの本を読んできた。で、今回は「塩」である。書店で見かけた時には正直「地味な題材だなあ」と思ったけれど(笑)、読んでみたらびっくり、意外と面白かった。
 内容は古今東西さまざまな国や地域における食塩(*)の製造と利用について、丹念に拾い集めてまとめたもので、取り上げられる国や地域は数多い。中国や日本やインドといったアジアをはじめイギリス・ドイツ・フランスといった西欧諸国、そしてノルウェーなどの北欧や北アメリカに死海周辺の国々など多岐に亘る。時代も古代から20世紀初頭までと、文字通り世界中の塩の歴史といえるものになっている。(そのせいで話が途中あちこち飛ぶので、若干読みにくいのはご愛敬。)

   *…食塩(塩化ナトリウム)以外に、塩化カリウムやその副産物としての炭酸ナトリ
      ウム・炭酸カリウムなど、広い意味での“塩”や、また凍結防止や工業など食用
      以外の用途に使われる塩についても一部記述あり。

 本書を読んで一番驚いたのは、塩が国家経済や戦争の勝敗を左右するほど重要な戦略物質だったという点だろう。たとえばアメリカの南北戦争で勝敗の分かれ目になったのは、北軍により南部の製塩所がことごとく封鎖された結果の塩不足なのだそうだ。考えてみればしごく当たり前のことなのだけれど、恥ずかしながら本書を読むまでそんなことは気にもしていなかった。
 もちろん塩は身体にとって無くてはならないもの。それは当然のことなのだけれど、塩にはそれ以外にも物の腐敗を防ぐという重要なはたらきがある。19世紀以降に缶(瓶)詰や冷凍保存の技術が確立するまでは、雑菌の繁殖を防ぐには塩漬けにするか干物にするくらいしか方法が無かった。肉や魚はそのままではわずか数日しかもたないため、塩漬けにしなければ生産地から遠方の消費地(大都市)への食糧の移送はほとんど不可能になる。というわけで、塩は人類の長い歴史のなかで食料の貯蔵に欠かせないものとなっていった。中世から近世にかけ、塩は平時には魚や肉の加工を通じて経済の要になり、戦争の時には敵の兵站を絶つ意味で戦略上の要になった。なるほどこれは確かに「歴史を動かした小さな粒」といえるだろう。

 塩を手に入れるには大きく分けて二つの方法があった。ひとつは海水を蒸発させて結晶を取り出す方法。これにはきれいな海水がとれる海岸と、その海水をゆっくりと蒸発させて濃い塩水にする広い敷地、そして最後に塩水を鍋で煮詰めて結晶を作るために大量の燃料(=木材)が必要になる。ふたつめは岩塩鉱を地面の中から直接掘り出す方法で、こちらは地表に露出した塩の層かあるいは地中深くに隠れている岩塩鉱を見つけるまでが一苦労となる。(山中に湧いている塩泉をつかう方法もあるが、これには海水から塩を取り出すのと同じ設備が必要。)こうして考えると、むしろ塩が重要な戦略物資にならない方がおかしいような気もしてくる。塩の歴史は意外と奥深いのだ。
 現代では石油や天然ガスといったエネルギー資源が経済や国家戦略の要になったりしているけど、こうしてみると他にも意外なものが経済の要になっていたのかも知れないねえ。自分が知らないだけで。

<追記>
 本書で知ったおまけの話題をひとつ。ニシンは英語ではへリング(Herring)というが、この魚は燻蒸すると色が鮮やかな赤に変わるのだそうだ。そうして出来た香りの強い赤い干物のことをレッドヘリング(Red Herring)と呼ぶそうで、かつて北米大陸では入植者がオオカミの注意をそらすためにこの燻製ニシンをわざと道端に放置したらしい。そこからレッドへリングという言葉が「ひとの注意を逸らすもの」という意味で使われるようになったとのこと。ミステリで読者をミスリードする仕掛けのことをレッドへリングと呼ぶのだが、この言葉の背景にそんな由来があったとは知らなかった。意外なところで勉強になるものだなあ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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