『書きたがる脳』 アリス・W・フラハティ ランダムハウス講談社

 自分が読書ブログをやっていることもあって、以前から「本を読むこと」や「文章を書くこと」には大変に興味がある。(以前、「本を読む」という行為が脳のどのようなメカニズムによって成立しているかを繙いた『プルーストとイカ』が話題になった時にも、さっそく買って読んでみた。)今回見つけたのは「文章を書くこと」の方で、本書の副題には「言語と創造性の科学」とある。中身をパラパラと見たところどうやら「書くことに関する脳のメカニズム」について書かれたものらしい。さっそく読んでみることにした。
 著者は神経科の女性医師であり、もともとが脳や神経についての専門家。そんな著者が出産のときに早産で双子の息子を喪い、その悲しみから神経症(「産後気分障害」)を患うことになってしまったとのこと。その時に「ハイパーグラフィア(=書かずにいられない病)」や「ライターズ・ブロック(=なぜか文章が全く書けなくなる状態。ライター/職業作家に多い)」といった状態を経験し、そのとき感じた「人は何故書きたがるのか?」「書くことで何を成し遂げようとしているのか?」「そして何故書けなくなるのか?」といった疑問について追究していったのが本書というわけだ。そう考えると本書の執筆動機は単なる研究成果をまとめるということではなく、もっと切実なものがある感じがする。ざっくりいえば内省が全体の1/4程を占めているような印象。そのためか論点が若干整理されていないきらいがあるが、ある程度は致し方ないところかも知れない。本書を科学解説書として見た場合には、ここまで著者自身のプライベートな出来事や逡巡まで書かなくても良かったのではないかという気もするが、一方でそれが本書をユニークなものにしているのもたしか。本書を読むときはそれらを丸ごとひっくるめて愉しむのが良いと思う。
 ちなみに原題は日本語版とは全く違い“The Midnight Disease(真夜中の病)”という。日本語版ではいかにも脳科学の一般向け解説書のような書名になっているが、このようなタイプの本を「ロマンチック・サイエンス」と銘打って売るのは正直いかがなものだろうか。以前、サイモン・バロン=コーエンの『共感する女脳、システム化する男脳』の感想でも書いたが、変な日本語の書名を付けるよりは原題の直訳の方が良いのではないだろうか。

 閑話休題。中身の話に戻ろう。
 結論から言うと、本書には色々な説が紹介されてはいるが、先ほどの「何故書きたがるのか?」といった疑問に対してはっきりした結論は示されてはいない。しかしまあそれはそうだろう。脳研究においても、文章の創造などという高度な機能の研究に関してはまだ端緒についたばかりのはずだし。
 ただ「書くこと」およびその他の創造的芸術活動、そして「創造活動の抑圧」を司る脳の様々な機能については、本書刊行当時(2000年初頭)における最新の知見がたくさん紹介されていて、それが滅法面白い。
 例えば作家の創作意欲に関する脳の報酬系(≒快感を感じる回路)の影響については、「報酬が伴う仕事だと、作品の質が予め提示された報酬額に見合ったレベルで留まることが多い」といった認知科学から得られた知見が述べられている。また心理学の観点からは次のような3つの代表的な理論を紹介したりも。

 1.精神分析からみた創造性
   創造とは無意識により自分の不備な点を補ったり昇華するために
   行うものだという考え方。
2.認知心理学からみた創造性
   分散型思考(アイデア創出と新奇性)と集中的思考(分析と検証)という、
   ふたつのプロセスに分ける考え方。
3.精神病理の一種としてみた創造性
   芸術の創造性の根本には精神病とその補完があるとする考え方。

 最後の理論はちょっと極端かもしれないが、癲癇や躁鬱病といった主に側頭葉の機能的障害に起因する症例なんかを読んでいると、軽度の精神病の傾向をもつような一部の芸術家には当てはまるかもしれない、などという気もしてくる。
 他には右脳と左脳の連携による機能統合が創造性に不可欠だという神経学者の研究なども。「統合」と聞くとすぐに思い浮かぶ脳部位は前頭葉。ダマシオ著『デカルトの誤り』(ちくま学芸文庫)にあった、前頭葉損傷による異常行動の症例を思い出した。創造というのはやはり、脳の中でもかなり高次な機能にあたるのだろう。
 ちなみにライターズブロック(*)については、ジョセフ・コンラッド(『闇の奥』など)やフランツ・カフカ(『変身』『城』『審判』など)の例が取り上げられている。(自分は開高健がいつも「書けない」といっていたことを思い出した。)

   *…定義は「作家本人が望んでいるよりもはるかに少ない量しか書けない状態が
      長く続くこと」だそうだ。

 なお“書きたがる症状”であるハイパーグラフィアと同様に、“読みたがる症状”である「ハイパーレキシア(レクシア)/過読症」というのもあるそうで、これら「読む」という行為に関しては(ハイパーレキシアとは逆に全く読めなくなってしまう「ディスレキシア」という症状も含め、)第5章でまとめて取り上げられている。ここでは右脳と左脳の働きの違いや失読症の症例から脳の皮質の仕組みを考え、読む行為と書く行為についての比較分析がなされる。子供が読み書きの力を身に着ける仕組みについても書かれているので、子供の「読む能力」の発達について書かれているメアリアン・ウルフ著『プルーストとイカ』と併せて読むと良いかもしれない。ここを読んでいる間中、自分が左利きである事と幼い頃から読書に異常なほどの興味があったことには、何か関連があるのだろうかとしばし考えこんでしまった。
 つづく第6章は「なぜ書くのか」という章題で「書く行為に対する意欲や動機」に関する内容がまとめられている。著者によれば書くことで感じる喜びや解放感といった情感は、視床下部や側頭葉などの辺縁系の働きによるものだそう。創造的な文章を書きたいという気持ちを生物学的にみると、どうやら悲しみや怒りを感じて動物が叫ぶのと同じ衝動によるものらしい。書く(もしくは話す)ことで脳内麻薬の分泌が促されているのではないか?という話にはちょっと驚いた。たしかに文章を書いていると気持ちいいものなあ。(笑)
 最後の第7章は創造性(インスピレーション)そのものについての考察。“創造の内なる声(≒独創性)”を感じる瞬間には脳の中で何が起こっているのか?という話だが、どうやら宗教的な法悦と同じく側頭葉の働きらしい。(詳しくはまだ不明とのこと。これからの研究成果に期待したい。)
 暗喩(隠喩)や換喩(言い換え)についても語られていて、「創造性とは暗喩の形成そのもの」という説も述べられているが、これは詩に対してはそのまま当てはまるかも知れない。

 以上、とりとめない内容で恐縮だが、本書の内容についてざっとおさらいしてみた。結論らしいものは特にないが、現在の状況を俯瞰するには良い本ではないだろうか。
 科学解説書が好きな自分にとっては、最近は池谷裕二氏の『進化しすぎた脳』を始めとして気軽に読める脳科学の本が多く、嬉しい限りだ。自分の好きな科学ジャンルには例えば宇宙物理学や素粒子物理学の分野、深海生物学や生物進化の分野、それに本書のような脳科学の分野など色々あるが、いずれもこのところ発展著しくて(たとえば素粒子分野でいえばヒッグス粒子の発見など)気が抜けない。この調子で研究が進めば、いつの日か「自分はなぜこんなに本が好きなのか?」や「忙しくて読めないのにどんどん本を買って積んでしまうのはなぜか?」といった疑問についても答えが見つかるのだろうか。(いや、逆に知りたくなかったりして。/笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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