『乳しぼり娘とゴミの丘のおとぎ噺』ラティフェ・テキン 河出書房新社

 「魔術的リアリズム」や「マジックリアリズム」と形容される類いの小説が好きだ。もともとはガルシア=マルケスやカルペンティエールといった南米の作家たちに共通する特徴を述べた言葉だが、現実世界がいつの間にか地続きで幻想世界に入り込むような怪しい魅力がある。
 本書の存在はネットの情報で初めて知ったのだが、帯に書かれた「トルコ発マジックリアリズムの最高傑作」という惹句に魅かれた。解説によれば、トルコ国内ではノーベル文学賞を受賞したオルハン・パムクとならぶ国民的な作家らしい。ときどきこのように飛び込みで読んでみる本があり、それが当たりだととても嬉しくなる。
 本書の内容をひとことで言うと、農村から都会への人口流入とそれにともなう貧困という、トルコ近代化を象徴する問題を取り上げた社会派小説(?)なわけだが、それを描くにあたって著者(*)が幼い頃から親しんだおとぎ話のような、虚と実/奇想と現実とが入り混じった文章を駆使している。まさに好みのタイプだ。(笑)

   *…ちなみにいっておくと、著者ラティフェ・テキンは女性。

 物語の舞台となるのは〈花の丘〉と呼ばれる小高いゴミの山。都会のゴミが捨てられるゴミ捨て場だ。急激な都市化により大量のゴミが生まれると、処理に困って昔の東京の「夢の島」やフィリピンの「スモーキー・マウンテン」のようにゴミの集積場が作られる。「スモーキー・マウンテン」では貧困層の子供たちがゴミの中をあさる映像がニュース等で有名になったが、トルコでもそこは同じらしい。ゴミ捨て場には「一夜建て」と呼ばれるバラックを建てて人々が住みつき、当局によって何度追い払われても舞い戻ってしたたかに生きている。(というより、農村を捨てて街に出てきた彼らにはゴミ捨て場より他に住むところが無いのだ。)本書はそんな人々の姿を描き、〈花の丘〉の変遷をたどっていく。
 でてくるキャラも個性的なメンツばかりだ。たとえば“盲目のギュルリュ爺さん”や“憑き物つきの女の子スルマ”、キブリィェ母さんに“黒髪”ハサン、“床上手”フィダンなど。名前を聞いただけでもいわくありげな人々が、入れ替わり立ち代わり次々に登場する。特定の主人公というのはいなくて、ゴミの丘に住む人々の群像劇のような感じになっている。もしくは〈ゴミ通り〉に伝わる慣習の起源を説明する神話とでもいうべきだろうか。

 彼らを次々に襲うのは、謎の奇病や住まいを吹き飛ばすほどの強風、そして近くの工場から降ってくる毒の“白い雪”といった様々な災厄。しかし住民たちはその都度声を張り上げて“はやり歌”を歌いへこたれない。徐々に町は発展し、町会議員となったクルド人ジェマルや資本家イザクといった人物を輩出。イザクが経営する冷蔵庫工場ではギュルベイ親方を中心とした組合運動が湧き起こり、やがて〈花の丘工場街〉へと変貌を遂げていく。
 人々がそれまで共に暮らしてきたゴミとの決別を決心し、工場の従業員とその家族という選択を行ったのと時を同じくして、町にはチンゲネ(ロマ族)がやってきて新たな住民として住みつくように…。どうだろうか。ざっと流れを紹介してみたが、少しでも本書の魅力は伝わっただろうか。時代による町の変遷とともに新たに生まれる〈ゴミ通り〉〈下着通り〉〈ミニバス通り〉〈銀行大通り〉といった名前も魅力的だ。

 そうこうするうち、いつの間にやら“神話の世界”は、トルコ共和国の歴史を踏まえたリアルな世界へと変わっていく。「ゴミの大火」のエピソードではチンゲネの長“兵隊”マフムトや、一夜建ての住民“憤怒”ドゥルスンなどが登場。「“博打うち”ラドと珈琲店の時代」の後には無政府主義者が出現し、不安定な当時の世相を反映するかのように体制もくるくると変わっていく。
「“物狂い”の娼婦ギョニュルと映画館」の後は、「花の丘サッカークラブとクラブ監督の“恥知らず”エロル」が登場するが、ここまでくるとかなり現代に近い。とある財団によって〈花の丘〉を追い出されそうになった住民たちは、別の山を不法占拠して〈団結ヶ丘〉と呼ばれる新たなコロニーをつくり、元の場所は〈財団ヶ丘の花の丘〉と呼ばれるように……。

 『百年の孤独』ではジャングルの中に生まれた村・マコンドはやがて土に還る運命であったが、〈花の丘〉の人々はもっとしたたかだ。本書は今に続くトルコの近代化の歴史を、花の丘の住民たちが語り継いできたおとぎ噺というわけなのだろう。ちなみに原題は「乳しぼり娘クリスティン、ゴミのおとぎ噺」というそうで、農村で乳搾りをしていた娘が街にでて、クリスティンという源氏名をもつ娼婦に身を落とした状態を示唆しているそうだ。(外国人の源氏名を付けた女性は娼婦を意味するらしい。)
 農村から都市へ移住した者たちの困窮と苦悩、そして自然発生的に出来上がったゴミの街の盛衰を描く叙事詩とでもいうべき感じで、魔術的リアリズムが引き起こす眩暈を期待して読んだところなかなかに読み応えのある作品だった。思い切って買った本が面白いと気分いいね。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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