椙山女学園大学 「国際文化フォーラム」 レポート

 今回はちょっと趣向を変えて、先日開催されたフォーラムについて書きたい。最近はミステリ系の読書会を始めとして、本に関係するイベントに多く参加している。今回もそのつながりでご紹介いただいたものだ。場所は星ヶ丘にある椙山女学園大学。国際コミュニケーション学部が主催して7月5日(土)に開かれた。演題は「女性作家・評論家によるパネル」という。 名古屋近郊に在住する3名の著述家の方を招き、大学の講義を行う教室で行う本格的なもの。朝の10:00からとちょっぴり早い時間だったが、年取ってから休みの日でも目が覚めるのが早いので(笑)、まったく問題ない。なんせ女子大なんていうところに足を踏み入れるのは生まれて初めてなので、どきどきしながらも興味津々で出かけて行った。1時間ほどかけて市内を横断し、地下鉄・星ヶ丘の駅を降りたらそこは別世界。お洒落な街並みをぬけると美しいキャンパスが広がる。気後れしながらも内心の動揺を見せないように平然とした様子で構内を進み、会場についたのは10分ほどまえ。受付でスタッフの皆さんにご挨拶をして教室に入り、あたりを見渡すと見知った顔がちらほら。少し安心する。
 その後も続々と人は増え続け、人数は数えなかったが、一般の人や学生など全部で30~40名ほどはいただろうか。場所柄のせいかテーマのせいなのか参加者は女性の方が多く、(自分も含め)男性は少ない。無料だし事前登録もいらないので、もっと沢山の人が参加すれば良いのにと思う。

 さて、ここで今回の「国際文化フォーラム」について少し紹介しておこう。フォーラム自体は十数年前から開催されてきたそうで、一般に公開を始めたのは外部講師の方を招いて開催するようになった昨年かららしい。今回は東海地区で活躍する作家・書評家の方によるパネルディスカッションであり、出席者は演台の向かって左から順に、小説家の水生大海(みずきひろみ)氏、書評家の大矢博子氏、そして小説家で椙山女学園大学の准教授でもある堀田あけみ氏のお三方。司会進行は同じく椙山大の長澤唯史教授(こちらは男性)だ。
 大矢氏はミステリ読書会でお世話になっていて、話術の巧みさは折り紙つき。長澤氏によれば他のお二人もトークがかなり達者な方のようで、今回は特にテーマを定めずに文筆家としての経歴や名古屋という土地で活動をしていることなどについて、自由に語ってもらう形としたということだ。
 司会の長澤氏からまずは質問の形で振られたのは、「現在のように文章を使った表現者になる以前、どのような本を読んできたのか?」という話題。
 右の堀田氏から順番にこたえていく。彼女の場合は、4歳年上の姉の本棚にあった少年少女世界文学全集がきっかけだったそうだ。外国といえば当時はまるで「夢の国」と同じであり、今のように情報が溢れていないので分からない言葉が出てきても想像で補って読むしかなかった。基本的にはそのまま世界文学を読み続けていたため、17歳の時に『1980アイコ十六歳』でデビューするまで、実は日本文学はあまり読んだことがなかったという話が語られる。
 次は大矢氏。氏は大分出身で地元には当時大きな書店もなかったため、学級文庫を読みふけったとのこと。お決まりの江戸川乱歩の『少年探偵団シリーズ』にはまり、そしてホームズ、ルパンなどを経て読書の面白さに目覚めていったそうだ。中学生の頃には角川書店がプッシュしていた横溝正史にどっぷり浸かってミステリに開眼したらしい。ただし乱歩も横溝もミステリとしては少し異質で、いうなれば“様式美”や“耽美”の世界。今のようなミステリを知るきっかけになったのは仁木悦子氏(『猫は知っている』など)だそうだ。彼女の作品によってリアルな日常を舞台にしたミステリに触れ、欧米のからりとした作風のミステリへと幅が広がっていったとのこと。
 水生氏も三重県の山間部(?)出身ということで読書環境は大矢氏に割と似ている。学級文庫でポプラ社の乱歩を知り、子供向けにリライトされた『マルタの鷹』などを読みつつ角川の横溝にどっぷりはまったクチ。違うのは理科の先生から教えてもらった星新一から新井素子を経てSFへとすすみ、やがて漫画家の道に進んだという点だ。
 3人ともほぼ同年代なので社会背景や見ていたテレビ番組もかさなるし話も弾む。その意味でこの選択は大正解だったといえる。自分も同じ世代なので、こちらも「あ、そうそう」と頷きながらつい聞いてしまう。『宇宙戦艦ヤマト』や『機動戦士ガンダム』。『エースをねらえ!』に『ベルサイユのばら』。そして吉田秋生の『カリフォルニア物語』まで、懐かしい名前が次々と出てきて気分が盛り上がる。(若い人には申し訳ないけど。/笑)

 続いての話題は、デビューのきっかけや誰かの文体から影響を受けたか?といったもの。
 堀田氏は読んできた本が翻訳物だったため、はじめて小説を書くときも海外小説に多い一人称を選んだとのことだが、そんな中、日本人で影響を受けたのが田辺聖子氏だというのは意外だった。小説やエッセイなど作品によってスタイルががらりとかわるが、とくにエッセイの読みやすさは素晴らしいという意見は同感。(といっても自分はそんなに読んでいるわけではないのだが。)
 思い返せば当時は椎名誠や嵐山光三郎ら「昭和軽薄体」と呼ばれる軽い口語調の文体の最盛期。てっきりその影響だろうと思っていたら、むしろ氷室冴子や新井素子といった集英社コバルト文庫系の作家の影響が大きいという。ちょっと驚いたがしかし納得した。(ちなみに昭和軽薄体の大元は庄司薫ではないか?という鋭い指摘もあった。)
 大矢氏の場合は、書評の場合は発表媒体(たとえば雑誌なら読者層)に応じて文体をかき分けているそうだ。もしかして(奇しくも名古屋出身の)清水義範のパスティーシュ/文体模写の影響があるかもしれないという話もあった。どんな文体で書いても平易で分かりやすい清水氏の文章は良いお手本になるらしい。(こちらもあんまり読んでないので迂闊なことはいえない。/苦笑)大矢氏がエッセイを書く場合、新井素子や栗本薫の語りかけるような文体をはじめとして、色々なものの影響が混じっているとのこと。(ここでも新井素子の名前が出てきたが、当時はかなり影響力あったのだなあと感じ入る。)面白かったのは、自分の気持ちをだらだらと書き連ねるスタイルから入って、それがブラッシュアップされたのはパソコン通信だったという話。字数制限のおかげで、自分の言いたいことを簡潔にまとめる技術が身に付いたらしい。

 いちど火が付いたおしゃべりはもう止まらない。司会が無理に話題を振らなくても勝手にどんどん進んでいく。文体の話から次は、「頭の中のイメージをいかに文章に表現するか?」という深い話題へと。最近の若い人たちが小説を創作する時は、最初に映像でイメージを作る人が多いという発言が堀田氏から出てきて、これもまた納得できる。教育者ならではの鋭い指摘だと思う。なるほど子供の頃からテレビやビデオなど豊富な映像表現に慣れてきた世代ならば、創作も画像のイメージから入るのかもしれないなあ―― なんて思ったりした。ちなみに創作のキャリアを漫画家としてをスタートされた水生氏も、やはり映像が先に浮かんでくるそう。それをいかに文章で表現するかに腐心されているとか。

 話はあちらこちらに飛ぶが、どの話も面白い。コバルト文庫の話題から今度は講談社X文庫などジュニア向け小説全般の話題へ。
 当時は今と違って小説によって作家が明確に色分けされており、ジュニア向け小説でデビューした作家が活躍の場を一般小説に移すのには高いハードルがあったらしい。ペンネームを変えて別の新人賞に応募し直し、再デビューを果たした人もいたとか。(実名も出てきたがここで挙げて良いか分からないのでやめておこう。当日はこのようにオフレコに近いような話もどんどん出てきたが、こういったフォーラムやセミナーに参加する醍醐味はこんなところにもあると思う。)今でこそ有川浩や米川穂信、桜庭一樹に西尾維新など、ティーンズ向けでデビューしてから一般小説を書いた作家は枚挙に暇がない。その意味ではかなり恵まれた環境になったようだ。しかし逆に作家自身の持ち味をPRして編集者に売り込んだり、読者のニーズに合わせて作品ごとに書き分ける技術という点では、却ってハードルが高くなったかも知れないという声も水生氏からあった。
 文章を書く上での何かこだわりといったものはないか?という質問もあったが、これに対しては三者三様に特にこだわりは無いといいつつも、それなりに意識していることがあるようだ。たとえば「すべからく」を「総ての」という意味で使うといった明らかに間違った表現を使う文章家に対しては、「言葉に対して慎重でない人」という判断を下すという意見もあった。(大矢氏)
 水生氏は登場人物の表記の仕方にこだわったり、言葉のリズムを意識して校正が入ったときも敢えてそのままにすることがあるとのこと。同じ単語を漢字か平仮名で統一するように指摘された場合でも、漢字が続いて見苦しくなったり、文章のリズムが崩れてしまうと感じたときには、わざとそのままにすることもあるそうだ。また「日本語としてきちんと書く」のを心掛けているのは堀田氏で、最近は意識して辞書を引く回数が増えたそうだ。
 大矢氏がおっしゃっていた「作家(著述家)は頭の中のイメージを的確に伝えるため、出来るだけ多くの語彙を持ち、その中から最も適切と思うものを選ぶよう日頃から訓練している」という言葉は、とても腑に落ちるものだった。さらに、それは作家に限ることではなく一般人であっても同じで、語彙を増やし言葉選びを訓練すれば、日常的なコミュニケーションの場で大いに役に立つのでは?という意見もごもっとも。

 以上、盛りだくさんの内容すぎてかなり端折ったが、ここまででやっと1時間が経過したところ。ここで10分間の休憩をはさみ、後半は地方在住のまま仕事をすることの苦労などについて語ってもらった。(この調子で書いていくと長くなるので、以下はパネラーの皆さんの意見を大雑把にまとめてみる。)
 昔は情報機器が発達していなかったので、出版社(=東京が多い)とは郵便で原稿のやりとりするしかなく、地方はその分締め切りが短くなるなどの苦労が色々とあったようだ。今はFAXやメールでのやりとりができるし、いざとなれば新幹線で2時間かからずに顔を合わすことも可能。原稿の引き渡しや校正のやりとりもとても簡単に出来るようになったため、その点で地方在住の苦労は無いという。むしろ、子育てをしながら作家活動を続けるのは、地縁もあり落ち着いた地方の方が東京よりも向いているのではないか―― というコメントは、子供3人を育てながら名古屋で活動を続けている堀田氏ならではの深い意見といえるだろう。
 沖縄などは地方の出版がとても盛んだが、名古屋はそんなでも無い。「はたして名古屋で出版事業が興る時代がくる可能性はあるか?」という質問に対しては、一人の作家が名古屋の出版社から大ヒット作品を出してその出版社の経営を支えられるようにさえなれば、名古屋で若い新しい作家を育てる余裕もできるのではないか、というコメントがあった。しかし一方で、出版業界自体が構造的にもつ問題で市場を縮小させ続けているため、地方で出版を盛んにするのは難しいのではないかという重い意見も。難しい問題ではある。
 ただ水生氏が会場に呼びかけて、書店に足を運ぶ人の挙手を求めたらかなりの人が手を挙げた。なるべく大勢の人がネットではなく街の書店で本を買い支えていきさえすれば、まだ可能性は残されているのかも知れない。
 ちなみに小説の舞台としての名古屋については、都会的な面と田舎の面がうまく配分されているので色々な小説の舞台として意外と向いているようだ。これは一介の読者ではなかなか気づかないことで、作家だからこそ言えることだと思う。

 パネルディスカッションの本編は以上で終了し、続いて会場からの質疑応答へとうつる。
 3つか4つの質問が出たが、一つ目の質問がいかにもこのフォーラムらしい質問でよかった。質問したのは専門学校で漫画やアニメの創作を学ぶ人のお世話をしている人。最近は先生や編集からの一度のダメ出しで心が折れてしまう学生が増えているということで、彼らへのアドバイスをいただきたいということだった。
 会場にお越しのプロの作家さんも交え得て色んなアドバイスがでたが、要約すると「自分への否定」ではなく「作品へのダメ出し」だということを意識することだという。常に複数のアイデアを持ち、ひとつの作品のアイデアが否定されてもすぐ別のアイデアに切り替えて提案すべき。そして貶し言葉も褒め言葉も話半分に聞いて、本気にしないで聞き流すことがコツなのだとか。他にも地方を舞台にすると他の地方の人には単語や地名のもつニュアンスが分からないではないか?だとか、男女によるキャラクターの捉え方の違いはあるか?だとか、色んな質問に対してそれぞれ的確に答えていた。中には「メイド喫茶とBL喫茶の愉しみ方の違い」だとか、ここに書くのは憚られるような話もでたりして爆笑につぐ爆笑、とても愉しい2時間だった。壇上と会場が一体となって和気藹々とした良いフォーラムだったと思う。フォーラム終了後はパネラーと一部の参加者でランチのテーブルを囲み、さらに愉しい時間を過ごすことが出来たのも大変よかった。
 本会の企画および司会進行をされた長澤教授によれば、椙山大学では今後も定期的に今回のような催し物を企画されるらしい。次回はまだ未定だが、都合がつく限りぜひ参加したいと思う。地元に開かれた学問の場としてとても良い試みだと思うので、出来る限り長く続けられるとありがたい。


 本会を企画された長澤教授には心から感謝もうしあげます。そして水生さん、大矢さん、堀田さん、どうも有難うございました。どうもお疲れ様でした。またの機会を楽しみにしております。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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