『翻訳ミステリー大賞シンジケート名古屋読書会/第11回』

 2月に引き続いて表題の読書会が昨日5月17日に名古屋駅前で開催された。今回の課題図書は先にも書いたがレイモンド・チャンドラーのハードボイルド『ロング・グッドバイ』(もしくは『長いお別れ』)だ。前者は村上春樹訳、後者は清水俊二訳でどちらもハヤカワ文庫から出ている。公式なレポートはやがてミステリー大賞シンジケートのホームページにアップされると思うので、ここではとりあえずの速報ということでご報告。「“読書会”ってどんなことをするの?」と思っている方の参考に、その場の雰囲気だけでも伝わればいいが……。
 ところで、2月の会は課題本がミステリーっぽいSF『夢幻諸島から』だったので、自分としては特に予習なども必要なく自然体で参加することが出来た。ところが今回はお題がハードボイルド。これまで殆ど読んだことがないジャンルということで、それなりに事前準備も怠りなく臨んだつもりだったが、やはり知らないことばかり。教えていただくことも多く、新しいジャンルに対して興味を持つことが出来た。名古屋読書会の参加者はレベルの高い方も多いのに(*)、初心者にも敷居が低いのが素晴らしい。皆さん臆せずに意見交換をできるのは、前回のレポートでも書いたようにスタッフの方々の運営が巧いからだろう。(そして常連参加者の方々による上手な雰囲気作りも。)

   *…豊崎由美さんの書評講座に参加されている方や、ミステリの読書歴が数十年の
      方、それにプロの作家や書評家の方などもちらほら。そこに今回はゲストとして、
      『ロング・グッドバイ〔東京篇〕』を書かれた司城志朗氏や、ミステリマガジン
      編集のK塚さんなど豪華メンバーが参加となった。

 話は少し変わるが、当日の午前中は、せっかくなので愛知県美術館で開催中の『シャガール展』へと足を延ばした。こちらはパリ・オペラ座の天井画やギリシャ神話を題材にしたバレエの衣裳デザイン、そして晩年に手掛けた旧約聖書をモチーフにした作品など、普段目にすることがない作品が数多く公開されていた。シャガールの幻想的で美しい色彩の作品を直接この目で観ることが出来て大満足。(本当はもっと色々書きたいのだが、今回は読書会レポートなのでこれくらいで。美術展についてはまたの機会にしよう。)
 午後からは寄り道しようと思っていたところが時間切れで行けなくなったので、中途半端な時間をジュンク堂で過ごすことに。うろうろしているうちに何故かいつの間にか手の中に一冊の本が(笑)。結局ギリギリの時間になって会場に滑り込むことになった。
 受付で会計を済ませると、レジュメとともにあるテーブルを振り分けられる。どうやら前回と同じく3つのテーブルに分けられているらしい。自分は3つのうち、ハードボイルドに造詣が深く手筒花火とマラソンの愛好家でもある(それは関係ないが/笑)、K藤さんが司会のテーブルと聞いてひと安心。しかもそのテーブルにはS山大で英米文学を教えておられるSF仲間のN澤さんの姿が。心細かった自分はいそいそとその横の席に座って開始を待つことにした。

 ちなみに読書会の進行方法は2月の時と同じ。90分を各テーブルでのフリーディスカッションとし、ホワイトボードにポイントを書いていく。最後には「次に読むならこんな本」を各自で推薦しあって前半は終了。5分ほどの会場セッティングを兼ねた休憩を経て、後半は全員が横一列に並べられた3つのホワイトボードを眺めながら、各自の疑問点や意見を出し合ってさらに理解を深める。最後には予め募集した推薦文のコンテスト。優秀作にはゲストの方からいただいた記念品の贈呈があって、次回読書会の予定紹介とともにお開きとなる。
 ただし用事のある方を除いては、殆どの参加者がそのまま二次会になだれ込むケースが多いようだ。まだまだ喋りたりないものねえ。ついでにいうと二次会が終わってもまだ話し足りない人たちは三次会へ行くことになる。(今回は読書会参加者の約半分の20名ほどが三次会まで参加となった。当然のごとく自分も参加。名古屋会のもつ一体感たるや恐るべし。/笑)

 閑話休題。話を読書会に戻そう。
 今回はハードボイルド自体に詳しくないので、さほど整理してディスカッションの様子が書けそうにない。そこで自分のテーブルおよび全員の意見交換の場で出たことの中から、書きとめられたことをざっとかいつまんで書くことにしよう。(詳しいレポートを期待されていたら申し訳ないが、速報ということで平にご容赦を。あとは公式レポートをお楽しみにしていただきたい。)
 私は詳しい経緯を知らないのだが、どうやら過去にコージーミステリの『ゴミと罰』の読書会をした時に、ハードボイルド好きのK藤さんが「ニンジンサラダの作り方とか、日常の家事の描写なんて要らない」といった発言でかなり物議をかもしたらしい。(笑)そこで今回は、名古屋読書会のコージー大好き軍団がその時の遺恨を晴らそうと、手ぐすね引いて待っていたようなのだ。(笑)そんな背景を詳しくは知らない自分は、主人公や物語の構成に対する(主に女性陣を中心とした)容赦ない意見と、それを必死に耐えるK藤さんの様子に、つい笑いを禁じ得ないのであった。(K藤さんすいません。)
 まあそれでもさすがは名古屋読書会、傾聴に値する話もかなり多かった。例えば、プロットが前半&ラストのテリーのパートと途中の捜査のパートでは完全に分離しているので読みづらいとか、出てくる女性がステレオタイプ過ぎて同性から見て全く魅力が感じられないなど。マーロウが金を受け取ることをかたくなに拒むという点で、本書はマーロウシリーズ6作の中でも結構異色な話という説明もあった。これなどは自分のような“にわか読者”では気付かない内容なので、聞いていてとても面白い。
 N澤さんのコメントは、さすがアメリカ文学を専攻されているだけあってひとつひとつが的確だった。曰く、当時のアメリカでは金持ちや権力を持つ者(警察含む)に対する不信があり、私立探偵はそれに盾つくヒーローとして描かれているだとか、あるいは本書における“ファムファタル(運命or魔性の女)”は実は女性ではなくテリーであるといった点だ。なかには、ハードボイルドは寡黙な探偵が特徴なのにマーロウがしゃべり過ぎであるとか、やたら女性のファッションチェックをしていてまるでピーコのようだ(笑)という手厳しい意見も。そのたびに司会のK藤さんは苦笑されていた。(**)
 おおむね本書に対する違和感は、マーロウとテリーの出会いと友情があまりに唐突すぎて不自然という意見と、マーロウが今の時代からみるとあまりに“面倒くさい性格”だというところに集約される感じだろうか。
 ただ本書が発表されたのは1953年であり、日本でいえばほぼ『三丁目の夕日』の時代のあたり。価値観が今の時代からみると違っているのは当たり前で、読んだ時の年齢や時代によってもマーロウに対する印象が変化してしかるべき、という意見があったことも付け加えておきたい。

  **…実はこのあたりの話は、ハードボイルドの定義にも関わってくるものだと思う。
      本会ではハードボイルドの定義に言及しだすと収拾がつかなくなるので棚上
      げにする措置が取られていたようだが、気になったのであとで三次会の時に
      意見交換をさせて頂き自分なりの仮説を持った。それは、ハードボイルドの
      捉え方は「1.ハメット作品のようなノワール(犯罪)小説」「2.感情を一切
      排した客観的描写の文体」「3.チャンドラーが創始した“高潔な騎士”としての
      ヒーロー小説」の3つの側面が入り混じっており、各人のハードボイルド定義は
      これらの配分が異なるのではないかということ。尤も他の作品を読んでみなけ
      れば、これが正しいかどうかは分からないけれど。
 
 全体の意見交換では村上訳と清水訳の特徴の違いであるとか(村上訳が言葉を丁寧に盛って説明しようとしているとか)、中国語版は女性が訳していて、中国語の特長を生かして原作の雰囲気をうまく伝えているといった、ここでしか聞けない面白話もたくさんあった。
 最後には「次に読むならこんな本」を出し合ったのだが、時間がないのと自分が知らない本が多くて書き留められなかったのが残念。とりあえず書き留められたものは、次の作品だ。(自分が選んだものも含む)
 ヒギンズ『鷲は舞い降りた』/ライアル『最も危険なゲーム』/マクリーン『ナヴァロンの要塞』/グリーン『第三の男』/パレツキー『サマータイム・ブルース』/ウィンズロウ『ストリート・キッズ』シリーズ/ディック『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』 etc
 これらはあとで公式レポートに挙げて頂けるそうなので、それを楽しみに待っていよう。

 前回は初めてということもあり、また課題本が自分の得意なジャンルということもあって大変愉しく過ごすことが出来たのだが、今回は完全に未知の世界。それでもこれだけ愉しい時間を過ごすことが出来たのだから、名古屋読書会の面白さは本物だと思う。以前、作家で翻訳家の西崎憲氏がおっしゃっていた言葉に、「面白くない本は無い。面白くない読み手がいるだけだ」というのがあったのを思い出した。要はこちらの気の持ちようで、読書は詰まらなくも愉しくもなるのだよねえ。せっかく時間を使って読むわけだから、どうせならせいいっぱい愉しみたいものだと思う。
 次回は7月に開催予定とのこと。お題はクリスティ『オリエント急行の殺人』。実はこの作品、有名すぎてこれまで読んだことがなかったのだよね。これを機会に読んでみるというのもいいなあ。どうやら読書会がやみつきになってしまったようだ。(笑)

<追記>
 実は今回、もうひとつ嬉しいことがあった。読書会メンバーによる推薦文コンテストに出した自分の案が、優秀作として選んで頂けたのだ。賞品はテレビドラマをノベライズした『ロング・グッドバイ〔東京篇〕』の文庫本とドラマのポスター。さっそく著者の司城氏にサインを頂いて、その晩は終始ゴキゲンで過ごすことが出来た。
 ちなみにこんな作品。
「つらくても哀しくても、やらなくてはいけない時がある。そんな疲れた人々への応援歌としても効き目があります。」
 お恥ずかしい!ハードボイルドは「かつて少年だったオヤジたちに向けたファンタジー」ということで、ご勘弁を。(苦笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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