『チョコレートの世界史』武田尚子 中公新書

 特定の食品目に焦点を当てた本が好きで、「○○の世界史」や「○○の文化史」に類する本をみつけると読んできた。(*)日常的に食べたり飲んだりしているものが、実は世界を動かす原動力になっていたりという話がとても面白い。でもそれは考えてみれば当たり前のことかもしれないね。世界は身の回りにあるもので出来ているのだから。そういえば以前ジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』がベストセラーになったけれど、あれも欧州で当たり前のものが他の地域で大きな影響を与えたという話だった。(もっとも病原菌に関する分析ならば、ウィリアム・H・マクニール『疾病と世界史』の方がより詳しくて面白いと思うけれど。)

   *…たとえば『ジャガイモの世界史』『茶の世界史』『一杯の紅茶の世界史』に
     『コーヒーが廻り世界史が廻る』、もしくは『パンの文化史』『麺の文化史』
     に『ナマコの眼』といった感じ。

 というわけで、今回はココアおよびチョコレートについてだ。(注:本書ではカカオ豆全般に焦点をあてているため、チョコレートの前身であるココアについてもかなりのページが割かれている。)
 チョコレートの原料であるカカオは、赤道を中心とした湿潤で温暖な気候に育つ作物。したがって世界史的な観点でみれば奴隷貿易や植民地支配に関する話がでてくるだろうことは、本書を読む前から何となく想像はついていた。(**)しかし知らなかったのは、カカオ豆はコーヒー豆に比べて加工の手間が格段に大きいということ。そのためチョコレートを産業として見た場合、第一次産業としてプランテーションを中心とした“暗い農業史”ももちろん外すわけにはいかないが、意外と第二次産業としての食品加工の比重が大きいのだ。原料のカカオ(=現地で一次加工されたもの)は先進国にある工場に運ばれ、そこで様々に加工される。したがってその部分は工業史にもなるわけで、これは正直言って予想外だった。
 ちなみに当初は貴族の嗜好品だったココアは、現代になって子供の滋養強壮や健康増進の飲み物へとイメージを変え、チョコレートもキットカットやスニッカーズといった安価なチョコレート菓子へと広く展開されている。こうなると販売におけるイメージ戦略という意味では、もはや第三次産業と不可分とも言えるだろう。

  **…コーヒー(豆)/カカオ/砂糖(キビ)はいずれも大西洋を跨いだ“三角貿易”
     の対象品目として、ヨーロッパによる植民地支配と奴隷貿易を支えた重要な作物
     だったようだ。そういえば栽培に適した気候風土や、いずれもある種の嗜好品
     (贅沢品)である点も似ている。

 本書では中米のマヤ・アステカ文明で昔から貴重な薬として飲まれていたカカオが、いかにしてヨーロッパに伝わり広まっていったか、そしてココアやチョコレートがどのように受容されていったかについて、大まかな俯瞰が出来るように書かれている。
 前半はココアが貴族や聖職者たちといった上流階級の人々に好まれるようになった様子と植民地政策の推移。そして後半は産業革命や社会革命によって庶民の口にも入るようになっていった様子と、「固形で扱いやすいココア」としてチョコレートが生まれ製造機械とともにヨーロッパ各地へと広がっていった様子が描かれる。イギリスの食品加工メーカーでキットカットの生みの親であるロウントリー社の歴史を例に、工業としてのチョコレート産業についても詳しく書かれている。
 また冒頭にはカカオ豆およびチョコレートについての一般的な知識が色々と書かれているので、そちらも大変に参考になった。本書によれば、カカオ豆に含まれる代表的なアルカノイド「テオブロミン」と、コーヒーなどに多く含まれるカフェインの分子構造は非常に似ているそうだ。これらのアルカロイドがカカオ独特の香りを醸し出すとともに、リラックスや集中力を高めるといった効果のもとになっているとのこと。コーヒーと似ているのは栽培地域や歴史だけじゃなかったのだねえ。
 ちなみにチョコレートとココアの製法上の違いも本書で初めて知った。カカオには50%を超える非常に多くの油脂分(カカオバター)が含まれているので、そのまますりつぶしただけでは表面に油脂が浮いて飲みにくい。そこで今のココアは油脂分をかなり搾り取って飲みやすくしているのだそうで(昔はそのまま飲んでいた)、
 逆にチョコレートの場合、口に入れた時の滑らかさを出すためにカカオ豆をすりつぶしたどろどろの液/カカオマスに、さらに油脂分を加えて作るのだそうだ。

 それでは例によって印象に残ったところを幾つか簡単にご紹介。
 先ほども述べたように、ココアはカトリック社内で聖職者や貴族層から浸透していった。(スペインやポルトガルが中心になってカカオ産地である中南米からカカオを輸入していたため。)その際、キリスト教の断食期間中に口にすることが許されるかどうかを巡り、ココアは「薬品か食品か?」もしくは「液体か固体か?」が真剣に討議されたらしい。断食中は食品や固体物は口にしてはいけないためだ。最終的にはローマ法王により「液体の薬品である」という都合のいい判断が下されたが、反対する者も多かったようだ。医食同源の考えからすると、そんなものどっちだって同じではないかと思うのだが。(笑)
 またカカオ豆には、苦みや酸味が少なくて美味しいが栽培が難しいクリオロ種と、苦みが強いが栽培しやすく安価なフォラステロ種、それらを交配させたトリニタリオ種の3種があり、一般に出回っているチョコの原料は殆どがフォラステロ種とのこと。そこでスイスのチョコレート業者は、地元で入手できる安価な油脂分としてミルクを加えたところ、苦みも減って食べやすく一石二鳥のミルクチョコレートが生まれたらしい。他にもベルギーでチョコレートボンボンが生まれたのは現地に古くから金型産業が盛んで、チョコの原料を流し込む金型が容易に入手できたからとかいう話を読むと、チョコレートも地場産業と密接に関わっていることがよく分かる。
 もっと驚いたのは、イギリスにおけるココア製造がクエーカー教徒らによって営まれたということ。イギリス国教徒でないことを理由に社会的な迫害を受け、公職や伝統産業から締め出されたかれらが、新しい嗜好品であるチョコレート加工に乗り出したということが真相らしい。しかしマックス・ヴェーバーも述べているように、クエーカー教徒(プロテスタント)にとっては「ビジネスに励むこと」と「社会のために尽くすこと」、そしては「社会活動を通じて信仰を深めること」はほぼ同義。その結果、ロウントリー社/フライ社/キャドバリー社といったイギリスの有名なココア・チョコレートメーカーは、全てクエーカー教徒によって営まれ、工場は社会福祉の見本のような位置づけになっていたのだそうだ。(余談だが、このあたりの話はロアルド・ダールの『チャーリーとチョコレート工場』に出てくるウォンカチョコレートを連想した。)
 他にも、実はキットカットは当時の労働者が、工場で(酒の代わりに)手っ取り早くエネルギーを摂取する手段として生まれたとか、小ネタも色々。工業の話が中心になる後半部は、これまで知らない話ばかりでとても愉しい本だった。
以上、今回の結論としては“「○○の世界史」にはやっぱりハズレ無し”というところだろうか(笑)。そのうち本屋で「○○の世界史」や「○○の文化史」の類の本を見つけたら、きっとまた手に取ってしまうのだろう。なるべく意外性のあるのがいいな。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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