2014年1月の読了本

『バベットの晩餐会』 イサク・ディネーセン 筑摩書房
  *イサク・ディネーセン(ディネセン)は、デンマークを代表する作家カレン・ブリク
   センが英語で作品を発表するときの筆名。最近『七つのゴシック物語』が白水uブッ
   クスで復刊されるなど、個人的に(笑)盛り上がりを見せている作家のひとり。本書
   には映画にもなった表題作ともうひとつの短篇「エーレンガート」を収録。もともと
   は『運命綺譚』(ちくま文庫)に収録されている作品とセットだったらしいが、日本
   で刊行されるときに分けられたらしい。
『白熱光』 グレッグ・イーガン 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ
  *オーストラリアを、いや今では現代を代表するハード系のSF作家イーガンの最新長篇。
   イーガンは未来の世界を単にテクノロジーの進化だけでなく、それがもたらす社会
   意識の変容まで含めて描くのが特徴なので、慣れないと少しとっつきにくいかもしれ
   ないが、SFだけが持つ種類の面白さに満ちている。本書では人類の遥か先の子孫が主
   人公の章と、どことも知れない過酷な環境で暮らす異星人の科学史とサバイバルを描く
   章が交互にならび、それらがどう絡んでくるかが大きなポイント。“ハードSF作家
   イーガン”の、現時点での最高作かもしれない。堪能した。
『怪奇幻想ミステリーはお好き?』 風間賢二 NHKテキスト
  *NHKラジオのテキスト。「NHKカルチャーラジオ 文学の世界」で1月9日~3月27日ま
   で放送される、翻訳家にして大学講師の風間賢二氏による文学史講義。まだ怪奇幻想
   (ゴシック)と未分化だったころを中心に、ミステリの誕生からの初期の歴史を紹介
   する。前半はゴシック・ロマンスからエドガー・アラン・ポーを経て、やがてホーム
   ズやルパンが生まれるまでの欧米における発展について。後半は日本における歴史で、
   黒岩涙香たちの翻案による欧米小説の紹介から、国産冒険小説の誕生と新青年による
   探偵小説の隆盛まで。こういう繋がりで読むミステリの歴史は初めてなのでとても愉
   しかった。今のところラジオも欠かさず聴いている。
『乱歩の選んだベスト・ホラー』 森英俊・野村宏平/編 ちくま文庫
  *上述のNHKラジオテキスト『怪奇幻想ミステリーはお好き?』では乱歩の怪談に関する
   エッセイ「怪談入門」が言及されていた。本書はそのエッセイを基に、中で紹介され
   た作品を抜粋して収録したアンソロジー。かなりの有名作も多いが、乱歩がそれらを
   どう読んで自作品にどう反映したかが分かって興味深い。超有名なジェイコブズ「猿
   の手」やエーヴェルス「蜘蛛」などは別格として、それ以外に自分の好みに合ったのは、
   ナメクジ状の化け物が怖いE.F.ベンスン「歩く疫病(ネゴティウム・ペランブランス
   )」、正統派幽霊モノのマーガレット・オリファント「廃屋の霊魂」、魅力的な小道具
   である鏡がうまく使われたジョージ・マクドナルド「魔法の鏡」あたりか。ボーナスト
   ラックとして巻末にエーヴェルス「蜘蛛」をベースにした乱歩の「目羅博士」も収録さ
   れていて、両者の比較が愉しい。
『記憶のしくみ(下)』 ラリー・R・スクワイヤ/エリック・R・カンデル 講談社ブルーバックス
 *分子生物学の観点からみた「記憶」のメカニズムに関する最新知見を紹介した本。
  (専門用語が多いので、この手の本に慣れていない人は読み進むのにちょっと苦労するか
  も知れない。)12月に出た上巻ではDNAやタンパク質合成による、記憶貯蔵における基
  本的な分子のメカニズムと、学習によりシナプス結合が変化するメカニズムを解説して
  いたが、。下巻である本書では記憶の貯蔵に関して「認知神経科学」の観点を分子生物学
  の研究成果で補足する形で話が進む。
  視覚の体験は視覚領域に皮質の変化をもたらして、文字通り「ものの見方」に影響を与え
  るという話が面白い。例えば風景画家は木をみてもコンピュータープログラマーとは違う
  見方をするということ。本好きはそうでない人とは別の文/文章を見ているということか。
  また(意識しているとしていないとに関わらず)以前見たものには好意的な判断を下すら
  しい。本好きを育てたければ、小さな子供には内容は何でもいいからまず本を読ませろと
  いうのは正しいのかも知れない。「直感」「気質」や「好み」「習慣」の多くはおそらく
  学習されたものであり、それは非陳述記憶(意識されることのない無自覚な記憶)によっ
  て支えられているという指摘も鋭い。
『味覚の探究』 森枝卓士 中公文庫
  *もとは写真家にしてジャーナリストとのことだが、著作は食に関するものが殆どなので
   自分の中では完全に“食のエッセイスト”という位置づけ(笑)。本書は「カレー」と
   か「アジア料理」といった個別テーマではなくて、「食を追究とはどういうことか」を
   テーマに書かれている。個人的には第四章の『「美味しい」を伝える』が圧巻だった。
   テレビタレントや安手の雑誌のようないい加減なレポートでなく、本当に美味しいもの
   の味を如何に言葉で伝えるかについて考察されている。旨い(美味い)というものの
   正体は分からないが、美味い物を食べ続けていると不味い物はわかるようになるのだと
   いう。そして不味いものばかりたべていると美味い物は分からないのだとも。なるほど
   ねえ。
『魔女物語』 テッフィ 群像社
  *ロシア生まれの亡命作家テッフィによる、スラブに伝わる妖怪たちを題材にした連作短
   篇集。群像社ライブラリーの妖怪ものはO.ソモフ『ソモフの妖怪物語』以来2冊目だが
   これもまた面白い。実際に妖怪たちが現れるわけでは無く、例えば京極夏彦のミステリ
   のように人の心にふとよぎる魔であったり、不可解な事象がおこること自体がすなわち
   妖怪であったりする。訳者あとがきにもあるように、これらの妖怪はおそらくスラブの
   民族の心性や精神構造に根差したものなのだろう。恐ろしさとともに、独特の物悲しさ
   や滑稽さも併せ持っていて興味深い。
   全15篇の収録作の中には魔女(ヴェヂマ)や吸血鬼(ヴルダラーク、ウプィリ)という
   割とポピュラーな妖怪もあるが、「風呂の魔(バーンニク)」や「森の魔の女房(レシ
   ャチーハ)」といった初めて聞く名前も。特に気に入ったのは「家の魔(ドモヴォィ)」
   に「家鬼(ドマーシニイ)」、「妖犬」「うろつく死人」といったところ。あ、それから
   スタニスワフ・レムの不可思議ミステリファンタジィ『捜査』に出てくる甦る死体とい
   うのが、もしかしたら昔から伝わる「うろつく死人」の伝説なのではないかと気付けた
   のは、レムファンとして嬉しかった。
『あわいの力』 安田登 ミシマ社
  *能楽師であり古代漢字の研究者でもある著者が、「身体感覚」を通じて心にまつわる
   諸々について綴ったエッセイ(というかなんというか、分類不能な一冊)。題名にある
   「あわい」とは、媒介という意味をあらわす古語だそうで「あわい・あわひ(間)」
   と書く。“こちら”と“あちら”をつなぐキーワードとして使っている。たとえば夢幻
   能でいえば著者がつとめるワキこそが(多くは亡霊や精霊である)シテと現実の世界を
   つなぐあわい/かけはしとなる役割を果たしたのだとか。ちょっと不思議な気分になれ
   る本だった。
『砂男/クレスペル顧問官』 ホフマン 光文社古典新訳文庫
  *表題の2作品に「大晦日の夜の冒険」という作品を加えた短篇集。どんな基準でこれらを
   選んだのかと思ったら、これら3作品はジャック・オッフェンバックのオペラ「ホフマン
   物語」の原作になったものなのだそう。「砂男」の自動人形のモチーフや、主人公ナタ
   ーナエルの狂気にはやはり何度読んでも引き込まれるし、「クレスペル顧問官」の哀切
   も悪くない。「大晦日の夜の冒険」を読んだのは今回が初めてだったが、シャミッソー
   の「影を売った男」がゲスト出演するなどサービス満点。これまた愉しめた。
『皆勤の徒』 酉島伝法 東京創元社
  *イマジネーションの極北の連作短篇集。4つの作品とその間に挟まれた断章によって、
   異形の人類の未来史が語られる。著者の酉島伝法氏は円城塔氏と並んでそのまま世界に
   通用するレベルではないかな。始めのうちは著者独特の造語を駆使した異様な文章に戸
   惑うが、実はイーガン『白熱光』にも似てしっかりしたハードなSF的設定をもつ。造語
   の多用は、異形の世界を今の言葉で分かりやすく表すのでなく、そのままに表現しよう
   としているからで、感覚的には飛浩隆『グラン・ヴァカンス』や筒井康隆『驚愕の曠野』
   のような感じか。とっつきやすさから言えば最後の「百々似(ももんんじ)隊商」から
   読み始めて、ついで学園ものの雰囲気もある「洞(うつお)の街」、ハードボイルド調
   の「泥海(なずみ)の浮き城」、最後に表題作の「皆勤の徒」を読むのがいいかもしれ
   ない。大森望氏による懇切丁寧な解説が併録されているのもgood。話についていけなく
   て途方にくれるようなら、解説を先に読んで設定を理解してから愉しむという手もある
   ね。
『ALL WAYS Ⅳ』 開高健 角川文庫
  *あちこちに書かれた雑多な文章を集めた、落穂ひろい的なエッセイ集の4巻目。本書に
   は著者最晩年の1987年から89年に書かれたものを集めてある。時代的には『オーパ、
   オーパ!!』のモンゴルやスリランカのころなので、自然に関するエッセイが中心で、
   肩の凝らない読み物になっている。(中には、絶筆となった『珠玉』に関係するムーン
   ストーンの記述もあったりして、開高ファンはさらに愉しめるかも。)
『エノケン・ロッパの時代』 矢野誠一 岩波新書
  *戦前から戦後を代表する東京喜劇人の2大巨頭の生涯をたどる芸能史の本。プライドの
   高かった古川ロッパ(緑波)と、笑いに貪欲で喜劇王の名をほしいままにした榎本健一
   (エノケン)というふたりの、全くことなる芸風が好対照。自分の知らない時代の芸
   能史は興味深い。古川ロッパは貴族院議員である男爵の家に六男として産まれたそうで
   実兄は弁護士であり探偵小説作家の浜野四郎。早稲田大学に進学(途中退学)したほど
   のインテリで、当初は役者になどなるつもりは無かったらしい。声帯模写などが得意で
   基本的にディレッタントであり、いい意味でも悪い意味でもアマチュア意識をもちつづ
   けた。一方の榎本健一は鞄屋(のちに煎餅屋)の長男として産まれ、中学には進学した
   が学業には興味がなく一日も出席しなかったらしい。音楽的才能やリズム感に優れ、
   レビューや体を張った笑いに長ける。こちらはまさにプロといった印象。あと何十年か
   したらドリフやコント55号、ザ・マンザイや「オレたちひょうきん族」についての芸
   能史も書かれるのだろうねえ。それとも、もうあるのかな?
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No title

エノケン ロッパに関しては小林信彦さんの「日本の喜劇人」
も 詳細ですよ。絶版ですが、お薦めいたします。

それから哲学・思想系も よく お読みですね。
ただ、分析哲学系の本が ほとんど出てこない ようですが、
御趣味に合いませんか?

戸田山和久さんの「知識の哲学」
三浦俊彦さんの「可能世界の哲学」
丹治信春さんの「クワイン」
飯田隆さんの「言語哲学大全」全四巻

など お薦めします。

いちプロ様

ご訪問とコメントをありがとうございます。

小林信彦氏はそのあたりにお詳しいですよね。『日本の喜劇人』は読んだことがありませんが、小説のオヨヨ大統領シリーズは大好きでよく読みました。

読む本は基本、いきあたりばったりなのでお恥ずかしいです。分析哲学に興味がないわけではなく、単にこれまで触れる機会がなかっただけです。
本をご紹介いただきありがとうございます。こんど探してみます。(論理学系はあまり手を出していないのですが、量子力学が好きなので「可能世界の哲学」などは面白そうですね。)
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Author:舞狂小鬼
サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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