『教会の怪物たち』 尾形希和子 講談社選書メチエ

 ゴシック建築を代表するパリのノートル・ダム寺院。その屋根の上には、まるであたりを睥睨するかのようにガーゴイルの像が鎮座する。なぜあのように奇怪な像が聖なる施設であるはずの教会に設置されているのか? 前から不思議に思っていたのだが本書を読んでやっとわかった。その起源はゴシック建築の生まれた12世紀に先立つこと200年、10世紀ごろに現れた「ロマネスク様式」にあったのだという。
 副題に「ロマネスクの図像学」とあるように、本書はロマネスク時代における中世ヨーロッパの世界観を、このような怪物図像(つまり美術史)の視点からから解き明かしていこうというもの。なお著者の尾形氏は、ご自身の紹介によれば最初はロマネスク聖堂に対する興味から始まり、やがてイタリアのロマネスク図像の研究(*)を専門にされたとのことだ。

   *…「はじめに」でも書かれているが、バルトルシャイティスの『幻想の中世』の
     ようなアプローチの本だ。このような「図像解釈学」(イノコロジー/イコノ
     グラフィー)というのを初めて知ったのは、学生時代に読んだ荒俣宏氏の著作
     から。大変に面白いものだと思う。

 図像研究というだけあって写真がいっぱいで、文章を読まずとも図を眺めているだけで愉しい。地方の職人が手掛けたとおぼしい世俗的な題材の柱頭装飾には、どことなく素朴さからくる滑稽さや不気味さなどもあったりして、なんとはなしに「鏝絵(こてえ)」が連想される。入口扉の周囲の彫刻を見ると、文字が使われるようになるよりずっと昔から口承で伝えられた『狐物語』などの動物寓話が刻まれることもあったらしい。自分の印象では、これらロマネスク図像の魅力は現実世界と空想世界の境界の曖昧さにこそあるのではないかと思う。夢とうつつは紙一重なのだ。
 以下、本書で取り上げられる怪物たちをいくつか挙げてみたい。たとえば「グリーンマン」(ローマの「真実の口」のような顔をした、口からつたを出す男の形象)や「ピープルド・スクロール」(人や動物などを複雑に絡めて伸びる蔓草の形象)といったものがある。もしくは「セラフィム(熾天使)」や「ケルビム(智天使)」といった異形の天使や、「グリフィン」や「ケンタウロス」「ミノタウロス」といった神話的怪物。さらには鶴と戦う小人「ピュグマイオイ」に、巨大な一本足を日よけ代わりにする「スキアポデス」といった奇怪な民族。そして「ドラゴン」に「セイレーン」といった(日本で言えば河童にあたるような)超有名なものまで。
 これらの怪物が表す“意味”としては、古くは驚異的な自然の力や予兆に警告、もしくは神の計り知れない叡智の証であったり、聖なるものの顕現など様々なものがあるようだ。中には、遥か遠くに住む人々のトーテミズムや刺青といった身体的“異形”や奇形学的現象が、間違って伝えられたことで言語/図像上の混乱を起こした場合もあるとのこと。(ゲスナーの『動物誌』で、長旅により皮膚病に罹ってしまったサイの図が掲載され、その異様な姿が後年まで正しいサイの図として信じられていたエピソードを思い出した。)

 紹介される事例のひとつひとつが初めて聞く内容ばかり。大変に興味深い。例えばロマネスク図像のひとつに三つの顔をもつ人物を表す「三面のイコン」というのがあるそうだが、これは「否定神学」(**)により表現された“聖なるもの”の顕現とのこと。それまでは正直いって単なる気色の悪い図像にしか見えなかったのだが、言われてみればなるほど納得できた。さらに地獄の最下層にいるルシファーも、同じく3つの顔をもつという指摘には思わず膝を打つ思い。こういう瞬間が学術系の本を読む醍醐味といえるのではないかな。

  **…神は人間が考えるあらゆる思索を超えた存在だという考えから、「○○でない」
     を積み重ねることで神を表現しようとしたキリスト教神学の方法論。ロマネスク
     図像でいえば、既存の生物には当てはまらないものを描くことで、人智を超えた
     神への畏怖を表現しようとしている。

 しかし本書の白眉はなんといってもドラゴンとセイレーンを取り上げた章だろう。
 ドラゴンはラテン語で大蛇を意味する“ドラコ”から生まれた言葉なのだそう。そういったドラゴンに関する薀蓄は勿論の事、(大きいとはいえ)単なる蛇にやがて翼や足が付随していった経緯や、ドラゴンの特徴である力強い尾が意味するところ、そして「毒を持って(毒蛇の)毒を制する」目的で教会に飾られた背景など、事細かく説明される。
 セイレーンについても同様。本来は下半身に魚ではなく鳥(!)の尾をもつ姿だった事や、それが魚に変化していった経緯、さらには尾が一本ではなく左右2本に分けられている理由などが詳しく書かれている。セイレーンと言えばこれまでアルゴ探検隊に出てくる怪物という程度のイメージしかなかったので、こちらも大地の女神との関係など初めて聞く話ばかりで愉しかった。(スターバックスのシンボルにもなっている二股の人魚に、これほど深い意味があるなんてちっとも知らなかった。)

 これらのロマネスク教会(およびゴシック教会)に彫刻された怪物たちは、中世ヨーロッパにおける文化を理解するための「解釈の枠組み」であり、重要な「鍵」なのだと著者はいう。これは本邦における小松和彦氏のスタンスにも共通するもの。中世から近世にかけての日本の人々の心証や文化を、「百鬼夜行」や「妖怪」によって解き明かそうとするのに近い。と思っていたら、やっぱり「むすび」で妖怪学について言及されていた。まさに我が意を得たりといった感じ。阿部謹也氏によるドイツを中心とした中世ヨーロッパ研究もそうだけど、これまで着目されていなかったものを通じて文化理解が進むというのは面白いね。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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