2013年12月の読了本

 今年もこれで最後。なんとか滑り込みで最後の一冊を読み終えることができたので、こんなぎりぎりになってしまいすいません。来年もまた宜しくお願いします。

『江戸怪談集(上)』 高田衛/編・校注 岩波文庫
  *全3巻からなる岩波文庫版『江戸怪談集』の第1巻。「宿直草(とのいぐさ)」「奇異雑
   談集(きいぞうたんしゅう)」「善悪報ばなし(ぜんあくむくいばなし)」「義残後覚
   (ぎざんこうかく)」の4つの物語集を収録。入手の関係で中巻と下巻を先に読んでしま
   ったので本書が最後となる。(古い岩波ってなかなか見つからないのだよね。)中身は
   「怪談」というより「奇談」と言った方がよい話も多く、今でいうところの「実話怪談」
   という感覚で読まれていたのではないかという気もする。場所と人物名が明確化されて
   いたりという細工も、いかにもそれっぽい感じ。(笑) いずれも文学史的にはいわゆる
   「仮名草子」と呼ばれる説話集だが、個人的には特に「奇異雑談集」と「義残後覚」が
   読みやすくて面白かった。「奇異雑談集」の中には、中国の『剪燈新話(せんとうしん
   わ)』より「牡丹灯記」(「怪談 牡丹燈篭」の元になった話)の他、3話が収録されて
   いる。
『夜と霧 新版』 V・E・フランクル みすず書房
  *医師であり心理学者でもある著者が、第2次大戦中にナチスの強制収容所で過ごした日々
   の記憶と、そこで得た洞察をつづった本。霜山徳爾氏による旧版が1956年に出版されて
   いて現在でも入手可能だが、今回読んだのは1977年改訂版を底本にして池田香代子氏に
   より新たに訳し直された2002年の新版。(何でもかんでも新訳が良いとは言わないが、
   間違いなく読みやすくはなっていると思う。)収容されてから解放されるまでが順に語ら
   れているのではあるが、きちんとした時系列に沿って語られるわけでは無い。(当時の筆
   者にとって、そのように体系だった時間の経過などというものは意味をなしていないだろ
   う。「無期限の暫定的存在」に貶められていたわけだから。)心に残る言葉は数多いが、
   例えば次のようなものはどうだろう。筆者が何としても生き抜こうとし、そしてそれを
   可能にできた理由が何となくわかる気がする。
   「おびただしい被収容者のように無気力にその日その日をやり過ごしたか、あるいは、ご
   く少数の人びとのように内面的な勝利を勝ち得たか」/「きわめてきびしい状況でも、
   また人生最後の瞬間においても、生を意味深いものにする可能性が豊かに開かれている」
   /「あるいは熾烈をきわめた保身のための戦いのなかに人間性を忘れ、あの被収容者の心
   理を地で行く群れの一匹となりはてたか」/「ひとりひとりの人間にそなわっているかけ
   がえのなさは、意識されたとたん、人間が生きるということ、生きつづけるということに
   たいして担っている責任の重さを、そっくりと、まざまざと気づかせる」…このような洞
   察を得ることが出来たからこそ、未来に待つ何かのために生き抜くことが出来たのではな
   いだろうか。
『定本 何かが空を飛んでいる』 稲生平太郎 国書刊行会
  *円盤や宇宙人を始め疑似科学や妖精といったオカルティックなテーマを、文化人類学や民
   俗学の視点で読み解いた本。元本は表題にもなっている第1部なのだが、著者が「稲生平
   太郎」「法水金太郎」とそして本名の横山茂雄の3つ名義を使い分けて書いた単行本未収
   録の文章が大量に追加され、読み応えあり。
   第1部は円盤・宇宙人・誘拐といった、自分が子供の頃にテレビで一世を風靡したネタが
   満載。つづく第2部では、地球空洞説や日猶同祖論(日本人と猶太/ユダヤ人が共通の祖
   先であると主張する説)といったトンデモ学説から、ブラヴァツキー婦人の神智学協会、
   ナチスにも共通するアーリア人高等人種説を唱えたアドルフ・ランツなど危険な薫りのす
   るものまで、さまざまな題材が取りあげられる。第3部は柳田國男や南方熊楠、泉鏡花な
   ど本邦の民俗学を巡る人物を中心としたものだが、第1部から3部まで共通なのは、著者
   が一貫して注ぐまなざしが「幻視そのもの」にではなく「幻視する人々」の方であると
   いうこと。しかも批判めいた視点ではなく(もちろん讃美でもないが/笑)、純粋な興
   味でもって接している。高かったが読んで良かった。
『ぼくは本屋のおやじさん』 早川義夫 ちくま文庫
  *著者はかつてロックグループ・ジャックスで活躍した歌手。24歳にときに引退し、街中
   の本屋を22年やって94年から歌手に復帰したとのこと。(そちらは詳しくないので申し
   訳ないが著者略歴の受け売り。)本書は著者が本屋時代に出していた「読書手帖」や
   「本の新聞」に書いた文章をまとめたエッセイだ。本屋の日常生活や辛さやが書かれて
   いて、盛り上がるタイプの本ではなくしみじみとする感じ。内容は町の書店経営の光と
   影についてで、良いこともあれば悪いこともある。漫画で言えばつげ義春や福満しげゆ
   きの『ぼくの小規模な生活』みたいだなあ―と思って読んでいたら、やはり筆者はつげ
   義春の大ファンだった。大崎梢著の書店ミステリとセットで読むとバランスがとれて良
   いのではないだろうか。「小説や映画やステージの上だけに感動があるのではない。
   こうした何でもない日常の世界に、それは、目に見えないくらいの小さな感動なのだが、
   毎日積み重なっていたのだということを僕は閉店の日にお客さんから学んだ。」これな
   んかいい言葉だね。うん
   うん、激しく同意。
『夢の中の夢』 タブッキ 岩波文庫
  *カルヴィーノ、エーコと並び20世紀イタリア文学を代表する作家・アントニオ・タブッ
   キによる掌編集。20人にのぼる歴史上の著名人を主人公に、「彼らが見た夢」をタブッ
   キが夢想するという面白い趣向。夢がテーマと聞いて、夏目漱石の『夢十夜』や内田百
   閒の『冥途・旅順入城式』のように、不気味で酩酊感に満ちた昏い物語を想像していた
   のだが全く違った。からっとして時にすっきり。まるで西洋版の『壺中天』か『胡蝶の
   夢』を読むかのよう。いやこれは恐れ入りました。さほど期待していなかっただけに
   (失礼)、あまりの面白さにびっくりした。「作家にして破戒僧、フランソワ・ラブレ
   ーの夢」「画家にして幻視者、フランシスコ・ゴヤ・イ・ルシエンテスの夢」「詩人に
   して旅行家、アルチュール・ランボーの夢」なんてあたりはかなり好み。愛娘から贈ら
   れた手帖に書かれた本書成立のエピソードも好いなあ。
『パンの文化史』 舟田詠子 講談社学術文庫
  *文字通りパンに関する世界中の文化について調べ、そのなりたちや社会における役割につ
   いて考察した労作。前から食物に関する文化史や世界史には興味があり、『麺の文化史』
   とか『ジャガイモの世界史』など色んな本を読んできたのだけれど、本書は“パン食い”
   である自分にとっては特に愉しかった。本書によれば「パン」とは小麦粉をこねて焼いた
   もので、発酵させたりさせなかったりといった製法や、また地域や文化によって様々な種
   類があるそう。パンの文化史について日本語でかかれた本はこれまで一冊も無かったそう
   で、著者はヨーロッパの文献など直接あたって丹念に調査。・分析をしている。米食文化
   だった日本では家でオーブンを使ってパンを焼く習慣がなく、パンと言えば“外で買って
   くるもの”というイメージが強いからのようだ。期待に違わず読みごたえがあって愉しか
   った。
『ムーミン谷の仲間たち』 ヤンソン 講談社文庫
  *ムーミン一家ではなくムーミン谷にすむ人々を中心に、9つの作品が収録された短篇集。
   (ムーミンパパが主人公の話はあり。)全体的に割と渋めの物語が多く、どちらかという
   と子供向けではなく大人向けのような感じもしたが面白かった。個人的には「この世のお
   わりにおびえるフィリフヨンカ」「ニョロニョロのひみつ」「もみの木」あたりが好いか
   な。
『教会の怪物たち』 尾形希和子 講談社選書メチエ
  *副題は「ロマネスクの図像学」。ヨーロッパの教会に散在する奇怪な意匠の像やレリー
   フの起源を、ゴシック様式に先立つロマネスク様式に求め、中世の世界観を怪物図像から
   みた美術史の観点から解き明かしていこうという本。
『ボリバル侯爵』 レオ・ペルッツ 国書刊行会
  *かのボルヘスが絶賛したという幻想歴史小説。ナポレオン専制時代のスペインを舞台に、
   ライン同盟の二連隊が壊滅するまでの奇々怪々な顛末を描く。今年はただでさえ幻想怪
   奇の分野が大豊作なのに、年末になってまたこんな本が出るなんて…嬉しい悲鳴つづき
   だ。(笑)
『僕僕先生 先生の隠しごと』 仁木英之 新潮文庫
  *人気の中国仙人ファンタジー『僕僕先生』の第5弾。前作の『さびしい女神』で先生の過
   去が明かされ、よりいっそうシリアス感を増した気がする。でも相変わらずひょろひょろ
   と頼りない主人公・王弁が適度に気を抜いてくれるので好い感じ。このシリーズはここい
   らのバランスがうまいなあ。
『本を読む人のための書体入門』 正木香子 星海社新書
  *書籍の面白さについて、そこで使用される「書体」に焦点を当てて語った本。明朝体とゴ
   シック体くらいは知っていたが、これほど多くの書体があり(今でも新たにつくられ)、
   そして書体によって書物の印象がこうも変わるとは思わなかった。何気なく手に取ったの
   だけれど大当たり。こういう出会いが本屋巡りの醍醐味といえる。
『死なないやつら』 長沼毅 講談社ブルーバックス
  *著者は極限環境下に生きる微生物の研究者。本書はそれらの微生物との出会いをきっかけ
   として、「生命という現象の本質」について考察さいたもの。2万気圧という高圧でも生
   きる微生物や、塩分濃度30%の飽和食塩水から真水までどんな塩分濃度でも生きられる
   微生物。毎時6000万マイクロシーベルトという恐るべき量の放射線を浴びても死なない
   微生物など、興味深い生き物たちが沢山出てくるのに、あまりページが割かれていないの
   が残念。もう少しそちらを詳しく書いてもらいたかったな(いや、無理な注文ではありま
   すが。)生命現象に対する著者の立場は、基本的にはドーキンスの「利己的な遺伝子」に
   近い。その上で「エネルギーを食べて構造と情報の秩序を保つシステム」である生命の発
   生原理について自分なりの推測を述べている。「生命は渦である」というところなどは、
   福岡伸一著『生物と無生物のあいだ』にもテイストを感じた。
『第三の警官』 フラン・オブライエン 白水Uブックス
  *ベケットやジョイスにも高く評価されたという、アイルランド作家の奇想小説。噂に違わ
   ぬ傑作だった。この小説を面白いと思う人は若干限られるかもしれないけれど、好きな人
   には堪らないと思う。ヴィアンの『北京の秋』や『うたかたの日々』、あるいはカフカ
   『審判』やカミュの『異邦人』、そしてモンティ・パイソンが好きな人なら多分お奨め。
   (ただし巻末の「出版者の覚え書」と「訳者あとがき」は読了前に読まない方が良いと思
   う。折角の小説の仕掛けを、ラストのオチまで全部ばらしてしまっているから。)
『笑い』 ベルクソン 岩波文庫
  *哲学者ベルクソンによって1900年に発表された「笑い」に関する考察の本。「笑う」と
   いう行為はごく普通の「可笑しさ」に対して発せられるものもあれば、嘲笑や哄笑、もし
   くは「嗤う」といった黒い笑い・赤い笑い・黄色い笑いなど様々なものがある。そういっ
   た「笑うという行為」のもつ意味に前から興味があるので、そのうち読んでやろうと思っ
   ていた。ところが実際によんでみると、こちらが期待していたものとは少し違う。この本
   が考察する対象は「笑うという行為」ではなく、「笑い」(しかもごく一般的な狭義の笑
   い)を引き起こす原因である「滑稽さ」について考察したものだった。
   多くの事例を引き合いに出しているので結構まどろっこしいところもあるが、著者のいう
   「滑稽さ」とは煎じ詰めれば「安全な位置から“場違い”なものに接した時に感じる違和
   感」ということになるのではなかろうか。それが具体的には何によって引き起こされるか
   というと、例えばハロルド・ロイドの映画のようなギクシャクとした機械的な動き。ある
   いは崇高な行為をしている時におきる、くしゃみなどの肉体的衝動であったり、もしくは
   思い掛けない地口による異化作用であったり...。それらの要素の“繰り返し”による
   「緊張と弛緩の反復」というのも笑いを引き起こす上で非常に有効であるとも書かれてい
   る。(これなどは、いわゆる「お約束」というやつにあたるのかも。)また、人々が笑う
   ことで何を期待しているのかといえば、それは虚栄心といった社会的なある種の「侵害」
   に対する矯正の役割を目的とするのだという。いずれにせよ頭で考える笑いであって、
   例えば子供が野原を思い切り駆け回るときにおもわずあげる笑い声や、幼子を見るときの
   親の微笑み、あるいは誰か弱い者を嘲り笑うといったものは考察の対象には含まれてはい
   ない。(かなり偏った考察であるなあとおもったら、1976年の改版における訳者あとが
   きでも同じ趣旨のことが書かれていた。)まあこれはこれで参考になったが、もっと広い
   意味での笑いを哲学的に考察した本が他にあったら、それもぜひ読んでみたいな。
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