『本を読む人のための書体入門』 正木香子 星海社新書

 著者による創作物は本というハードウェアに載って我々のもとに届けられる。本好きの端くれとして、装丁や書籍の作りには以前から興味があったのだけれど、本書がテーマとしている「書体」については正直なところ無頓着だった。でもテレビでは画質、音楽では音質が問題にされるように、確かに本にとって書体(フォント)というのは大事なものかも知れない。そんな風に気づかせてくれたのが本書だった。
 例の如くふらりと立ち寄った本屋でたまたま見つけ、手に取ったのが大当たり。とても面白い。やはりリアル書店はこういった思い掛けない本との出会いがあるからいいね。
 テーマはかなり専門的だと思うのだが、意外や意外、著者は編集者でもデザイナーでもない。単なる(失礼)市井の「書体ファン(*)」。そんな人がいるのにも驚きだが、2011年から始めたウェブサイト「文字の食卓」が読者の目線からの“書体批評”として話題になり、やがてウェブ連載をまとめた書籍『文字の食卓』が本の雑誌社より出版されたという経歴にもびっくり。(この『文字の食卓』の方も読んでみたい。)

   *…ご本人は自らのことを「文字食(もじしょく)」と呼んでいるそうだ。

 まずページを開くと現れるのが、夏目漱石の『吾輩は猫である』を様々な書体で比較したもの。明朝/ゴシック/行書といった異なる書体で書かれると、同じ文章でも印象が全く違う。次に例として挙げられるのは、本来はハンコ用に作られた「淡古印(たんこいん)」と呼ばれる書体。『ドラゴンボール』で初めてマンガに使われたて以来用途が拡大し、今ではホラーマンガに良く使われているということだ。こうしてみると、読書における書体やレイアウトは、朗読でいえば声のリズムや抑揚、強弱といった感じではないだろうか。言語情報とは別の次元に属し、且つさらなる情報の補足や演出を行うもののような気がする。
 なお著者によれば、文字とは「記憶を読む装置」であるとのこと。文字(書体)から受ける印象は、その文字を通じてこれまで得られた読書体験の記憶による…というのは仮説としてなかなか面白い。(自分なんぞは書体に対する意識が著者ほどには強くなかったので、言われて初めて「ああなるほど」と気が付く程度だが。)
 冒頭にも書いたように著者は出版のプロではないので、もちろん名前をしらないフォントも山ほどあるそうだ。しかし「自由に文字を楽しむ」ことでは誰にも負けない人だと思う。「フォントの名前を知らなければ語る資格もない、と考えるのは、美術は美術家のもの、音楽は音楽家のもの、と決めつけてしまうのと同じ。(中略)もったいない!」という言葉には、まさに目を開かされる思いがした。
 一介の読者としては気にしたこともなかったが、本書によればこの数十年で本の製作にかかわる技術や状況は大きく変化しているよう。そして活版印刷から写植をへてDTP(デスクトップパブリッシング/出版作業のデジタル化)で用いられるデジタルフォントへの変遷の過程で、失われていった書体が数多くあるのだという。もしかしたら、古本屋で購入した本を読むと妙に落ち着くのは、古い紙の手触りや匂いの他に、文字の印象も大きく関係しているのかも知れない。そんな気もした。
 本にはこういう愉しみ方もあるんだねえ。

<追記>
 ついでなので、色んなメディアで伝えることが出来る情報の質(次元)について、以前から考えていたことをご紹介したい。例えば落語のネタを様々なメディアで表現することを考えてみよう。
 まず一番簡単で情報量が少ないのは、①テキストデータ(文章)によるもの。落語でいえば、噺家の喋った言語を一語一句忠実に書き写したものとなる。次が②静止画像データ。これは好いのが思い浮かばなかったが、例えば子供向けの落語の絵本などはそれに当たるだろうか。(『寿限無』なんてあったよね。)
 これより情報が多いのが、CDやラジオ放送などの③音声データ。テキストの内容に加えて、噺家の声の抑揚や強弱、声色や間合いなど、感情やニュアンスを伝える情報を載せることが出来る。そこに演じ手の身振り手振りや顔の表情など、ボディランゲージの情報が増えたのが、DVDなどの④映像(動画)データということになるだろう。
 そして最後、最も情報量が多いのは⑤現場(寄席)で聞く生の落語ということになるだろう。先ほどからのすべての情報に加え、話者の息遣いや会場のニオイに雰囲気、温度、舞台までの距離感、周囲の客の反応などといった、自分がその場でまさに落語を“体験している”という臨場感がある。
 
 これらを書籍に当てはめてみると、せいぜい出来るのは②の静止画像データまで。電子書籍になれば可能性は広がるが、本来であれば④映像(動画)までフォローできるメディアを、あえて②の段階までで留めている感じがして、すこし勿体ない気がしないでもない。
 ちなみに映画は現在④のレベルだが、3D化を進めたり、映像と一緒に匂いやボディソニック(振動)による4D化を行うことで、一生懸命に⑤に近づけようとあがいている状態と言える。茂木健一郎いうところの「クオリア」というやつを獲得できるのは、果たしていつの日のことだろうねえ。
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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