『怪奇小説日和』 西崎憲/編訳 ちくま文庫

 副題は「黄金時代傑作選」。19世紀から20世紀にかけての、いわゆる“ゴシック・ロマンス”と“モダンホラー”の間をつなぐ数々の傑作を生み出した時代から、バラエティに富んだ怪奇短篇の傑作ばかりを集めたアンソロジーだ。3月に同じ編者によって出された『短篇小説日和 ― 英国異色傑作選 ―』の姉妹篇でもある。前著は不思議な話や不気味な話、しみじみする話など、様々なタイプの極上短篇を集めたものだったが、今回は特に怪奇色の強い作品に絞って集めてある。氏の編纂によって国書刊行会から以前出された全三巻のアンソロジー『怪奇小説の世紀』から厳選し、さらに訳しおろしの作品などを加えたものだそうで、全部で18編が収録されている。氏が選ぶ作品のセンスが自分の趣味に合うのは既に承知済みなので、迷うことはない。本書も刊行と同時にすかさず買ってきた。

 収録作の題名と作者は以下の通りだ。
 ■「墓を愛した少年」フィッツ=ジェイムズ・オブライエン
   ひとつの墓を愛した孤独な少年の物語
 ■「岩のひきだし」ヨナス・リー
   岸壁にあるひきだしと海魔に魅入られた男
 ■「フローレンス・フラナリー」マージョリー・ボウエン
   恋人を裏切りずっと生き続ける呪いをうけた女
 ■「陽気なる魂」エリザベス・ボウエン
   クリスマスにある家に招待された人物が体験する不可解と恐怖。
 ■「マーマレードの酒」ジョーン・エイケン
   休暇で森を散策していた男を見舞う運命。さらりと書かれているがこれは怖い。
 ■「茶色い手」アーサー・コナン・ドイル
   まさしく正調な幽霊譚。インドに長年駐留し、今は故郷イギリスに住む叔父を襲う怪異。
 ■「七短剣の聖女」ヴァーノン・リー
   分不相応な憧れを抱いたドン・ファンが自ら破滅してゆく顛末。編者の言葉にならえば
   “ゴシックともバロックとも形容しがたいような”独特の味わいの中篇。
 ■「がらんどうの男」トマス・バーク
   数十年まえに殺した男が甦る。
 ■「妖精にさらわれた子供」J・S・レ・ファニュ
   いかにもレ・ファニュらしい感じの、古き怪奇小説。「取り替え子」の物語。
 ■「ボルドー行の乗合馬車」ロード・ハリファックス
   街角で出会った婦人から頼まれ、乗合馬車の発車時刻を尋ねたことで男が味わう不条理
   な恐怖。ラストも好い。
 ■「遭難」アン・ブリッジ
   スイスの雪山で姉妹を襲う恐怖。登山にまつわる幽霊譚・怪異譚も多いね。
 ■「花嫁」M・P・シール
   ダメ男と姉妹による恋のさや当てかと思ったらいきなり怪奇小説に。びっくりした。
 ■「喉切り農場」ジョン・デイヴィス・ベリズフォード
   小編ながら何とも言えぬ後味の悪さ。(褒めてます)
 ■「真ん中のひきだし」ハーバート・ラッセル・ウェイクフィールド
   ゴーストストーリの名手による怪談。妻を殺した男と、彼を糾弾する妻の幽霊。
 ■「列車」ロバート・エイクマン
   気ままな二人旅に出た女性たちが、迷い込んだ洋館で体験する恐怖。聞こえてくる
   列車の音と、深く静かに狂ってゆく屋敷の住人が不気味。
 ■「旅行時計」ウィリアム・フライアー・ハーヴィー
   これも小品ながらぴりっとして結構怖かった。屋敷にいたのは一体何なのだろか。
 ■「ターンヘルム」ヒュー・ウォルポール
   風変わりな叔父の家で休暇を過ごすことになったひとりの子供。その屋敷に隠された
   秘密とは?
 ■「失われた船」ウィリアム・ワイマーク・ジェイコブズ
   行方不明になった船から数十年ぶりに帰ってきた男と、彼を待ち続けた母の物語。

 どれも極上の短篇小説であり怪奇小説であるのだが、とりわけ自分の好みに合ったのは、「墓を愛した少年」「陽気なる魂」「七短剣の聖女」「がらんどうの男」と、そして「失われた船」あたりだろうか。(もちろんその他のものもどれも愉しめた。)
 ちなみに前著『短篇小説日和』にも作品が収録されている作家が何人かいる。それはマージョリー・ボウエン/ヴァーノン・リー/M.P.シール/ロバート・エイクマン/W.F.ハーヴィーの5人。それぞれ「看板描きと水晶の魚」「聖エウダイモンとオレンジの樹」「ユグナンの妻」「花よりもはかなく」「羊歯」という作品を書いており、そちらもお薦め。これらの本をきっかけにしてヴァーノン・リーやスパークなどに接することが出来、「短篇」という形式を改めて意識することで読書の幅がこれまで以上に広がったような気がする。(今はコッパードの短篇集『郵便局と蛇』を捜しているところ。)長篇作品もしくはまとまった短篇集が出されていない作家はどうしても印象に残りにくいが、こういう形で紹介してもらえると大変に有り難い。本書は創元推理文庫の『怪奇小説傑作集』(平井呈一訳・全5巻)がかつて果たしたのと同じ役割を、これからの読者に対して果たすことができるのではないだろうか。
 巻末には「怪奇小説考」と題して、西崎氏による短篇&怪奇についての力作エッセイ3篇も収録されている。題名と主な内容は次の通り。

 ■「怪奇小説の黄金時代」
   怪奇小説を巡る、当時の社会背景や作品の受け取られ方など。
 ■「境界の書架」
   好事家が好むものとしての怪奇小説と、周縁に立ち続けるファン気質について。
 ■「The Study of Twilight」
   過去から現在に至る、怪奇小説に関する解説書・研究書の紹介。

 なぜこんなに怪奇と幻想の物語に魅かれるのか自分でも不思議なのだが、西崎氏の論考「境界の書架」は、これまで常にマイノリティもしくはアウトサイダーを意識してきたそんな読者として、とても共感できるものだった。『短篇小説日和』にも同様の三つの論考が収録されていたが、日頃こういった“趣味の文学論”とでもいうものを読みたいと思っていた自分にとって、この2冊は充分に渇きをいやしてくれるものだったと思う。
 氏にはできればこれからも「○○日和」シリーズとして同趣向のアンソロジーを出して頂けることを期待したいな。

<追記>
 話は変わるが、今年はこれまでに無いほど幻想怪奇の分野が豊作だった。例えばちくま文庫からは本書の他にも、アンソロジスト・東雅夫氏による『幻想文学入門』『怪奇小説精華』『幻想小説精髄』と『幻妖の水脈』『幻視の系譜』『日本幻想文学事典』という、海外&日本の幻想文学を網羅した全6冊のシリーズが出版されている。
 また同じく東氏により、泉鏡花の小説と柳田國男の論考のカップリングという珍しい『山海評判記/オシラ神の話』という本も出されている他、今年はなぜか岩波文庫からも泉鏡花の『化鳥・三尺角』という短篇集が出た。比較的幻想系の強い作品が多く集められているので、鏡花ファンとしては嬉しい限りだ。(岩波は他にもタブッキ『夢の中の夢』が掌編ながらとても好かった。)
 河出文庫からは澁澤龍彦編訳『幻想怪奇短篇集』に『暗黒怪奇短篇集』や、大泉黒石の『黄夫人の手』といった渋いところが出ており、中公文庫からは岡本綺堂作品集の一冊として『青蛙堂鬼談』の続編にあたる『近代妖異篇』が。また意外と幻想系にも強い光文社古典新訳文庫には、大御所ブラックウッドの『人間和声』が新たに収録されている。
 ハードカバーに目を転じれば、国書刊行会からはボルヘス編の『新編・バベルの図書館』全6巻が無事完結の他、アンナ・カヴァンの幻の作品『アサイラム・ピース』の発売までも。(カヴァンはこの後引き続いて文遊社から『ジュリアとバズーカ』『愛の渇き』が復刊されたのは嬉しい限り。)年末も押し迫ってからは「ボルヘス絶賛の幻想歴史小説」という帯の文句も眩しいレオ・ペルッツ『ボリバル侯爵』が出るなど、いくらお金があっても足りないくらい。
 以上、SF色の強いものはあまり触れなかったが、プリーストの大傑作『夢幻諸島から』を始めとして実はこちらのジャンルでも今年は結構な傑作揃い。来年は『PEACE』を皮切りにジーン・ウルフの新刊が立て続けに出されるようだし、今年の“R.A.ラファティ祭り”に続いて“ウルフ祭り”が開催される模様だ。祭りに参加するためには、是非とも今のうちに小遣いを貯めておかなくてはならない。嬉しい悲鳴はまだまだ続きそうだなあ。(笑)
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サラリーマンオヤジです。本から雑誌、はては新聞・電車の広告まで、活字と名がつけば何でも読む活字中毒です。息をするように本を読んで、会話するように文を書きたい。

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