『言霊とは何か』佐佐木隆 中公新書

 「言霊(ことだま)」という言葉。伝奇小説などで割とよく出てきたりするけど、実は正しい意味をよく知らなかったりする(苦笑)。何となく“言葉に宿る霊力”という程度の意味という認識しかないのだが、本当のところ古代の日本人にとって「言霊」とはどのような概念だったのだろうか...。
 とまあ、本書はそんな言霊について『古事記』『日本書紀』『風土記』といった文献に直接当たり、考察を施したものだ。著者は古代人が「言霊のもつ威力」をどのように捉えていたか、そしてその背景にはどのような自然観を持っていたのかについて、分かりやすく且つ詳しく説明してくれる。何より気に入ったのは個人的・恣意的な解釈を極力排した真摯な執筆の姿勢。人文系の研究書でたまにあるのが、思い込みの強い著者が検証不可能な説を得意げに開陳する類の本。そんなのにあたるとちょっと困惑してしまうわけだが、本書はそんなことは無く、とても好感が持てた。
 いつも思うことだが、この手の学術的な本は細かな検証過程こそが面白い。本書でも題名にある「言霊の正体」については割と早い段階で説明があり、その後に詳しい説明が続くスタイルをとっている。したがって当ブログもそれに倣って、結論をざっくりと述べてしまおう。
 本書の結論を簡単にまとめると、「言霊」というのは「神が口にした言葉が持つ霊力」のことなのだそう。あくまでも「神が発した言葉」に限定されているところがミソで、古代においては(天皇も含め)人間が発する言葉に言霊は一切宿っていないらしい。(冒頭にも少し書いたように、本書の話題は言霊の正体探しではなく、それが持つ「威力」が具体的にどのようなものであったかが主体。)ちなみに「言葉には呪力がある」とか「呪いや言祝ぎは言葉に宿る」というのは近代になって生まれたもので、江戸後期のいわゆる国粋主義的な思想家や学者たちにより生まれた比較的新しい概念(解釈)だったようだ。

 たとえば古く『万葉集』には、神が言霊を発揮することで国を「佐(たす)くる/助ける」ことや「幸(さき)はふ/幸いをもたらす」ことを実現する、との記載があるそうだ。先に述べたように人(天皇)が発する言葉が直接威力を発揮するものではなく、人はあくまでも神に願い事をするだけ。そしてその願いが聞き届けられ神が言葉を発すると、その言葉には言霊が宿り願いは実現する...という筋書きになっているとのこと。
 『古事記』や『日本書記』などでも同様であって、高天原から降臨してきた神々は新たな土地を目の前にして、まず国褒めの言葉を述べるところから始める。これ(国褒め)が実現するという事は、すなわち国が栄える事に等しいわけであって、神が逆に国褒めの儀式を怠ったり逆に土地を貶すような発言をしてしまうと、その後は次々と不幸な出来事が襲いかかることになる。
 では人間が神の言葉を無視したらいったいどうなるのだろうか。神が発した言葉は相手が望むと望まざるとに関係なく実現しなければならないのが掟。従ってそれを破ると神に恥をかかせることになるため、その人は神の大きな怒りをかう事になるらしい。(神って面倒くさい/苦笑)
 なお神の言葉がもつ強制力は、「○○になれ」という肯定の内容に限らず、「○○してはいけない」という禁止の項目を述べた場合も同じ。こうなると絶対に実現させてはならないらしい。これらがすなわち神の言葉の持つ強制力であり、また「言霊」の正体に他ならないという事のようだ。(*)

   *…ひとつ例を挙げれば、天照大神が天岩戸に隠れたのも、単に素戔嗚尊の乱暴に怒った
     からではなく、自分の発した言葉が彼によって否定されたからというのが著者による
     解釈。このあたりの記述を見ていると、日本神話の神も嫉妬深かったり怒りっぽかっ
     たりして、まるでギリシア神話のオリンポスの神々のようにみえてくるね。(笑)

 ここで「口に出された言葉」のもつ威力について、別のエピソードをひとつ。それは何かというと、たとえ「偽りの言葉」であっても後から口に出されたものは、先に発せられた言葉に置き換えてしまえるということ。つまり乗っ取ってしまうというか、上書きのようなことが可能ということだ。
 たとえば「夢合わせ(夢占い)」において夢見が悪かった場合には、あえてその解釈を良い風に読み違えて口にすることで良い結果がもたらされる(実現する)事になるそう。また仮に誰かが良い夢を見たとして、その人が別の人に夢の内容を喋ってしまった場合、聞いた人が先ほどの夢の内容をあたかも自分が見たように語り直せば、そっくり夢を盗めてしまうというのもあるらしい。
 この決まりをうまく使うことで、国褒めをしなかったがため災いが訪れてしまった場合でも、後から改めて国褒めを行えば元通りに関係を修復することが可能なのだとか。このあたり、今のわれわれの感覚とはかなり違うところがあるようだ。「一度口にした言葉は元には戻せない」とは現代に限った話であって、昔はいくらでも取り消し可能だった様子。(このあたりの伝統を引き継いでいるのは、現代では政治家ぐらいしかしない気がする。/笑)

 少し話が発散してしまった。
 ここまでの話をまとめるならば、「“言霊”というのはオカルト的なものでも何でもなく、神が持つと言われる“力”の一種である」ということ。そして「口に出した言葉は実現するものであって、それが神にあって人に無い力である」ということになるだろうか。
 本書のおかげで言霊の何たるかはよく理解できたが、その代わり言霊という単語を安易に使っている文章を見かけたら、これからは気になって仕方がないかもしれない。(笑)
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